虹の彼方に、フェアリーテールの祝福を   作:在田

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「駄目だ。許可できない」

 

 操作室。腕を組んで厳めしい表情を浮かべたケンジがそう答える。

 

「もし万が一にそれが可能だったとしても、命が保障されるわけじゃない。成功する可能性も見込めず、君の言っていることも論理的なものではない。君の言っていることは、空想と何ら変わりはないんだぞ」

「でも、わたしは……」

 

 反論するキオ。

 

「認められるわけがないだろう。俺はこのコミュニティを、曲がりなりにも取り締まっている身だ。全員の命に対する責任がある。そして君もその一人だ。むざむざと死地に向かわせるなど言語道断だ」

 

 ケンジの態度と同様に、キオも頑なだった。

 

「でも、それじゃあこの世界も、わたしたちのコミュニティも、何も変わらないままですよ!?」

「その考えだけは理解できる。俺だってできることならこんな地下から出て、地上で暮らしたい。だがそれとこれとは話が別だ。誰だろうと、人ひとりができることなど限られている。しかもそれが子供である君ならば尚のこと。実現など夢のまた夢だ」

「それでも。お願いします。わたしを……」

 

 キオは頭を下げる。

 後ろから見るだけのアオバは、キオの決意が如何ほどのものか、ついさっきに思い知らされたばかりだからこそ、止められない。

 あろうことか腕を引っ張っていたはずのアオバを、今度はキオが引っ張るという事態が起こって、二人はこの操作室まで来て、そして回収班から返ってきたケンジを呼び出して、今この状況に至っている。

 それほどにキオが自らの考えを押し通すことなど……そもそも押し通そうとすること自体が、異常だったとすら思える。

 

「わたしをどうか、外の世界に出してください」

 

 何度となく繰り返された言葉に、ケンジは嘆息して頭を抱えた。馬の耳に念仏だとでも思っているのだろう。

 

「それで、今の世界のどこに、安心して接続できるインターネットがある?

 この地下にあるコンピュータは全て有線接続のみだからこうして地下でのみ使うことができている。もちろんそのスケールでなら理解できるが、インターネットはそれこそ世界中全てだぞ。君の見てきた世界とは、比べ物にならん大きさだ。わかっているのか?」

「はい」

 

 引き締めた表情を浮かべて、キオは毅然と答える。

 

「それは広いということだけで、広さそのものを正確にわかったわけじゃあ……」

「まあ、落ち着きたまえ」

 

 苛立ち始めたケンジの声を遮るように、操作室にいたもう一人が声を出す。

 アリスだ。

 睨みつけるケンジを手で制し、今度はアリスがキオの前に立ち、そして問いかけた。

 

「少女よ。君がやろうとしているのは自殺行為に等しい。確かに八年前の世界なら、いつでもどこからでもインターネットへのアクセスは可能であり、そしてそのアクセスポイントも多量に存在していた。

 しかし現状となっては地図すらあやふやな状況だ。故に当時のことをどれほど知っている人間がいたとしても、その知識は頼りにならない。だから君は、君一人でアクセスポイントを探し出すことが何よりの優先事項になる。

 加えて、君が地上に出れば……君ほどの存在ともなれば、レーダーなのか衛星カメラなのかはわからんが、何かしらの異常として検知され、世界中の兵器たちがこぞって君へ襲い来ることになる。当然これへの対処も一人で行うことになる。対処を行いながらアクセスポイントを見つけ出し、今度はそれを死守しなければならない。これは本来、一人の人間ができることではない。

 さらに言えば、インターネットへ人間がダイレクトに接続するということ自体が、今までの有史に存在しない事例だ。何が起こるのか私にも想像がつかず、そして起こり得る問題を想定できない以上、その対処法も君自身が見つけなくてはならない。

 わかるかね? 君の言っていることはその全てが夢想にも等しいことであり、そして現実的なことですらない。

 君はそれほどのことをして……あるいは君自身の命を捨てる覚悟を持って、そのようなことを、まだ言い続けるつもりなのかね?」

 

 その言葉に肝を冷やしたのは、アオバだった。

 命を捨てる――それを言い換える必要はなく、そしてキオは、アオバにとってかけがえのない存在なのだ。

 しかしアオバには口を挟むことはできない。

 それが、キオの決めたことなのだから。

 だからせめて、今のアリスの言葉を聞いて考えを変えてはくれないかと、期待をしたが――。

 

「はい。あります」

 

 ――アオバの願いは崩れ去る。

 だが同時に嬉しいことのようにも思えた。

 ……今度こそ間違いなく、ケーブルを首から外して、地上を自由に動き回ることも意味していたからだ。

 しばらくの間、アリスはキオを見下ろしていた。いつになく、そして今まで以上に真剣な表情で。そしてキオも、アオバのいる角度からでは見えないものの、アリスを見上げ、見つめ合っていた。

 それが意志と意志の対峙なのか、それとも何かしら言葉にできないコミュニケーションを図っていたのか、わからない。

 だがしかし、脱力したようにアリスが息を吐いたのは聞こえた。

 

「わかった。少女よ、君の意思を尊重しよう」

「なっ!?」

 

 声を荒げたのは、ケンジだった。

 

「わかっているのか! お前は――」

 

 怒気に満ちたケンジの声に、アリスはケンジを振り返り、いつもと同じく冷徹に返答する。

 

「既に彼女は人間としての肉体を超越している。このことは私が保証しよう。

 加えて、今まで彼女自身が苦痛を慣れと習熟によって克服してきた高速演算は、おそらく普通の人間なら脳が破裂してもおかしくないような領域に達し、今の彼女はそれを事もなげに耐えているのだ。それに、激しい重力の流れを全て自らの管轄下で統御し、粒子加速装置の中心点に居りながら、通常の人間と同じように行動し、あまつさえ〈想鐘〉(ティンカーベル)をまともに接続できている時点で、我々の狭量な定義における人間ではない。

 彼女の述べた考えは一見非現実的だが、元より彼女の存在自体が夢物語から出てきているようなものだ。今さら彼女の行いは、その全てにおいて不可能と断じることなどできはしない」

「アリス。お前はそれで良いのか。よりにもよってお前の……」

 

 皮肉気にアリスは笑みを浮かべて、煙草を口に咥えた。

 

「大丈夫さ。今の彼女なら。異国へ台風で飛ばされた少女ですらも、魔女を踏み潰して元の家に帰ってきている。

 加えて、私たちが観測している時間では三年だが、彼女自身は八年間をその意識の上で過ごして、肉体の一部に置いてはしっかり十八年分を生きてきたのだ。そこに立つ少年と同じく、立派な一人の大人と言っても遜色はあるまい」

「アリス。お前はそれに賛成なのか」

 

 ケンジの問いかけに対してアリスは煙草に火を灯し、ただ白い息を吐いてみせた。

 

「彼女の示した意志あるいは覚悟は、尊重に値する。それ以上でも以下でも、ましてや以外でもない。それだけだ」

 

 やがてケンジが、うめくような声を腹の底から低く吐き……その長い熟考の末に、組んでいた腕を解いた。

 

「もはや俺には何も言い返せん。好きにしろ」

 

 キオが顔に喜色を浮かべてすぐに、大きく勢いよく頭を下げた。

 

「ありがとうございます!」

 

 そしてアオバに振り返ったキオは、心底嬉しそうな顔でピースサインを見せる。

 アオバも笑顔こそ浮かべて親指を立て返したものの、まだ、気が進まなかった。

 当の本人はとっくのとうに決まっているのかもしれない決心と覚悟が――他人であるアオバには、まだなかった。

 そしてアリスが振り返って、キオに話しかける。

 

「さて少女よ。君のその長くなった髪も、そうとなっては稼働に支障が出るだろう。着いてきたまえ」

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