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ポケットから出した紙切れを、アオバは目の前にいる女の子に見せる。
「ほら、キオ。わかる?」
何だろう? とでも言いたげに、女の子……キオ・イチマツが写真を覗きこんだ。
写真に写っているのはアオバとキオ。
今から五年以上は前になる写真。夜に、大きな公園で、二人そろって花火をしている写真。
確かにちょっと暗いけど、それでも、写っているのがアオバとキオだということは覚えている。その時に二人がどんなことを話していたのかもしっかり覚えていたし、この写真を見る度に思い返すことができた。
「……これ、わたし?」
「そう。覚えてる?」
写真に写っているキオを、今のキオが指さす。そしてアオバが首を縦に振った。
ばっさり短く切られた明るい茶色の髪。青色の瞳。アオバよりも白い肌。桃みたいにちょっと赤みのある頬。
――写真に写っているのと全く同じ姿のキオ。確かに、首に黒い輪を巻いていてその後ろから太めのヒモが伸びているし、大きくてゴテゴテしたヘッドフォンが耳を隠しているけど、でもそうじゃない部分は、キオは全く変わっていない。
「うーん」
キオは思い出そうとして人差し指を唇の下に当てて右上を見つめて……ゆっくり、一つ一つの音を確かめるように発音した。
「わかんない」
そんなキオより高くなっている目線を、屈んで同じぐらいにして、アオバはキオの頭を撫でる。
「そっか。覚えてないか」
何度となく確認したことでも、アオバはその度に、固くて大きい、石のような重いものを飲みこむような衝撃をこらえきれなかった。
それでもアオバははにかんで、写真をしまう。
あの時にキオは、写真を撮ったあとすぐに火が消えてしまった花火を見つめて「花火よりもいっぱい光ったから花火がびっくりして消えた」と言っていた。アオバは「まだ花火あるよ」と言い返して、まだ消えていない自分の花火じゃなくて、新しい花火を取りにテントへ向かう、キオを見ていた。
こんなことを覚えているのは、アオバだけだった。
こんな些細な会話とかだけじゃない。学校も、他のクラスメイトも、担任の先生も、一緒に作った雪だるまも、お雑煮に何が入っているのかも、お花見で泥だらけになって怒られたことも……キオは全部全部、忘れてしまっていた。
キオの頭から手をどけて、アオバはどっと座りこむ。天井に囲まれた地下空間の、コンクリートの床に。
「アオバ、髪固いね」
お返しとばかりにキオがアオバの頭に手を乗っけるけど、それはアオバの手よりも断然小さくて、撫でているというより叩いている感じだ。
――アオバとキオは、同い年だった。
同じ年の、同じ月に生まれた幼馴染み。
でも今は違う。同い年なんかじゃない。
アオバは今年で十六歳。今は十五歳だ。
でもキオは、今年で十一歳になる。
それは五年以上……あと少しで六年目になるぐらい、前のことだった。
宇宙に、世界最高の通信サーバー衛星〈クレイドル〉が打ち上げられたことが世界中のニュースになっていた時期。
ほぼ同じ時刻、ほぼ同じタイミングで、全世界にあるほぼ全てのコンピュータがハッキングされるという、歴史で最も大規模な同時多発サイバーテロが起こった。犯人も、犯人でなかったとしたら原因も、さっぱりわからなかった。
というより、それを探し出す余裕なんてなかった。
核ミサイル、核じゃないミサイル、インターネットに繋がっていた戦車も戦艦も戦闘機も、全部操られて……結局、世界中がどうなったかなんて、確認することはできなくなった。
無線などでインターネットに接続している装置なら、パソコンでも携帯電話でも、どれか一つでも持っていたら、世界のどこかからその操られた兵器たちがやってくるという噂が流行って、みんなが捨てたから。
せっかくの大規模通信衛星だったのに、それをまともに使える日がやってこなかったことを嘆く大人たちが居たことをアオバは覚えている。
世界なんてあまりにも広すぎるものを、アオバも、大人たちも、その細かいところまで知っているわけじゃない。
だから海の向こうの国々がどうなっているかなんて全くわからないし、同じ陸が続いていても、ちょっと離れた場所に行くことは怖くて、みんなできなかった。
だから、ミサイルなんて飛んできていない……そう思うことだって、アオバはできたかもしれない。
でもそうじゃなかった。ミサイルかどうかはわからないけど、とにかくものすごい熱さを持った爆発を、アオバは知っている。
……それは、あの花火の夜。
キオがテントへ歩き始めた、ちょうど次の瞬間。
テントも、公園を取り囲んでいた街並みも、全部まとめて吹き飛んでしまったのだから。
それで、アオバは大人たちに引っ張られるがままに地上を歩き回って、この地下空間にみんなで引きこもった。地下なら電波は届かないし、通信機能を持っている機械があるわけじゃない。
爆発に巻きこまれてボロボロになったキオも一緒に運ばれたけど、誰もどうしようもなくて……。
結局キオは、今の今まで、透明なガラスの中で凍らされてしまった。
でも今、キオはあの時のまま、アオバの頭を叩いて髪をくしゃくしゃにしている。
きっと傷が治ったんだとアオバは思う。五年もあったんだから、きっと治る余裕もあったんだと。
アオバは立ち上がって、キオより高い視線から見下ろす。まだ叩き足りなかったのか、キオは両手を目一杯伸ばしてアオバを見上げていた。
さらにお返しでキオの脇に手を入れて一気に持ち上げて……。
「うっ」
さすがにちょっと重くて、すぐに降ろした。
高い高い、とやりたかったけれど、アオバはまだそれができるほど大人じゃない。でもアオバは大人になりたくなかった。キオがこんなに小さいのに、自分だけキオを置いてけぼりにするのが嫌だった。
「できなかった? わたし、重かった?」
「そうじゃないよ。僕がヘナチョコだったんだ」
アオバのことを覚えていないのは確かにショックだったけど、それでもキオとまた一緒に、同じ時間を過ごすことができる……そのことが、とても、とっても、嬉しかった。