地上へ続く階段を、アオバが率先して登る。その後ろでぜえぜえと肩をひどく揺らしながら、アリスが歩いていた。
「置いていきますよ。早く!」
アリスが壁に手をついて立ち止まり、アオバが呼びかける。
「ま……待ちたまえ。もう少し速度を」
「待ってられるもんですか」
嫌そうに、というよりは嫌味を晴らすようにアオバは歩を進める。
「そもそも、アリスがキオをあんな風にしたから、キオはあんなことを言って、あんなことをしちゃったんですよ」
言葉ではそう言っていても、しかしアオバは心からそう言っているわけでない。やっぱりアリスへの嫌味だ。
遠くから見ても、キオの姿など見えないかもしれない。
それでも、ただじっと地下の中に居続けることなんて、アオバにはできなかった。
回収班や農作班ができている時点で、見回りのヘリにさえバレなければ動き回れることはわかっている。
ならばせめて、キオが居ると思しき方角の空でも眺めていれればいいと思って、アオバはアリスを引きつれている。
キオが飛び立ったエレベータの蓋をまた閉じて、そしてまた解除することに手間取って、今という時間になってしまったが。
「あんなこと、か。少年もずいぶんと言うようになったじゃないか」
少しばかりの汗を浮かべてアリスが見上げてくる。しかし直立姿勢ではなく前に項垂れた姿勢のせいか、いつもの気難しそうな印象は感じない。
「確かに君の言うとおり、私はあの子の身に余るような、大きすぎる可能性を与えてしまったのかもしれない。
人の身に余る力。現に彼女はただの人間と言えるような存在ではないだろう。
私はただ、彼女を使って自分の研究を推し進めようとしていただけなのだよ」
「それが、アリスの言う赤の女王ってやつですか」
アリスは答えるわけではなかったが、しかしそれが肯定を示していることはすぐにわかった。
「何言ってるんですか」
思わず、アオバは眼下のアリスをどやした。
「今更、後悔なんですか?」
「……」
全く想像の範疇を超えた場所から飛んできた言葉だったのか、アリスは珍しく呆けた顔でアオバを見上げる。
「違いますよね。それは後悔じゃない」
矢継ぎ早に継がれる言葉。
「懺悔って感じじゃない。それは卑下ですか。罪っぽいものを見つけて、自分でてきとうに被って、それで自分勝手に満足して……ああ、ええと」
アオバの中でわき上がっている気持ちが声だけを羅列させても、まだアオバの中で、ただひたすら言おうとしている意志についていけるほどの速いペースで、思っていることを言葉に形容できるだけの語彙を捉えられていない。
「とにかく! それはなんだか言い訳っぽい。あと、アリスはいっつも、理屈っぽい」
アリスは返す言葉を見つける前に、階段に尻を置いてアオバに背を向けた。
ぱちんと音がしたと思えば、その顔のあたりから紫煙が見えて、アオバも座りこそしなかったものの、壁に寄りかり待つことにする。
「君は、私が嫌いかね?」
「嫌いでした。今はどっちかと言えば、気に入らないって感じですけど」
アリスの顔から覗く白煙が、一瞬だけふわっと吐き出され、アリスは咽せた。
「大人って、いつもそうですよね。悪いことをしたと思っても、全部考えての行動だったって言い訳する。
でもそういう嘘はどんどん、本当じゃないところを形作っていく。本人のはずなのに、その考えだけに従った人形みたいな人格を……周りに言いふらして、自分に言い聞かせている。
最初に、素直にごめんなさいって一言言えばそれで終わるはずなのに、どんどん本当のことからズレていく」
そこまで言い切って、アリスから言葉が返ってこないことが少しばかり怖くなる。普段ならアリスは、すぐに長い言葉をつらつらと言い返してくるものだと思っていたから。
でも、アオバはそこで言葉をやめない。
「そんなに理屈って大事なんですか? それとも、傷つくのが――咎められるのが嫌なんですか?」
追い討ちをかける若干の申し訳なさを感じていたが、それよりも吐き出せるものは全て吐き出しておきたいという欲求の方が勝った。
「いずれ君もわかるさ。人は脆弱だ。周囲へまかり通すためには理屈が必要なんだよ。気持ちではなくてね。
それがいずれ巡って自分にもやってくる。気持ちなどという曖昧なものより、理屈の方が大切なのさ」
「それって結局、全部嘘ってことじゃないですか。自分がしたいことも、本当の気持ちにも向き合っていない」
「周囲の言葉は脅威だ。自分の気持ちなんかよりも輪郭の整った、はっきりとした現象として私に襲いかかってくる。私の気持ちなんて、そんな洪水のようなものに敵うはずもないと思ってしまうのさ。だから人は嘘をつく。他人にも、自分にも」
吐き捨てるような、諦念ばかりから発される言葉にしか聞こえなくて、アオバはむしゃくしゃした。
「そんなものばかり頼りにしているから、本当のことが何にもわからないんだ!
それじゃあ、本当のことなんてすぐに見失うに決まってる。だから現実と夢が一緒だとか、そういう変なこと言うんだ!」
「……なるほど。核心を喪失してしまえば認識の領域も失う。多少暴論だが、一理あるだろうな」
いつもと同じく抑揚のない声。アリスは立ち上がり、アオバを見上げる。
その視線に足がすくみそうになったけど、アオバは見つめ返した。
激しい怒気――それが、アリスの視線には満ちていた。
「では、君は私が、何をしたくてキオを甦らせたのだと思う? なぜ私は、こんな運命を担わせたんだ?」
アリスが視線を下に向けて一度息を吐いてからの言葉でなかったら、アオバは返答ができなかったかもしれない。
「未来のことなんてわかりませんよ。何がどうなるのかなんて、それこそ魔法使いじゃなければわからない。
だから先のことなんて、きっとあなたは考えていなかった。あなたはきっと、その思いに従って、様々な理屈を貼りつけただけなんだ。
……親が子供にしたいことなんて、決まっているじゃないですか」
アリスのように長く、それも理屈が通ったように喋るのは、今のアオバには難しいことだった。
アリスが最後の白い息を吹いて、煙草を携帯灰皿の中に入れる。
「全く、子供には敵わないよ。説き伏せることはできても、根本の気持ちではどうにも、そこまで強くなれない」
いつの間にか、寄りかかっていた壁から身が離れていた。
「当然ですよ。気持ちは理屈じゃない。心も、筋道立っているものなんかじゃない」
言い終わった直後だった。
二人のいる階段が大地ごと震え、低い呻きのような音がどこからか聞こえてきた。
アオバは血相を変える。
「行きましょう」