虹の彼方に、フェアリーテールの祝福を   作:在田

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 もうすぐ地上へ出るというところで、またもアリスの体力が尽きたのか、その動きが遅くなった。

 

「何してるんですか。急がないと」

「……少年。私のことなど置いてさっさと行ったらどうだね? 休憩を終えればいずれ私も追いつく」

「そういうのはベラベラ喋んなくていいですから」

 

 膝に両手をついて、息も絶え絶えと言わんばかりにへばりきっているアリスを見て、アオバはすぐさまアリスの前まで降り、屈んで、その背中を向ける。

 

「ほら、乗ってください」

 

 そんなアオバを、アリスがきょとんとした表情で見て、唇だけ吊り上げた。

 

「君が運んで行くとでも」

「あとちょっとなんですから、それぐらい余裕ですよ」

「少年」

 

 アリスが一度、深呼吸をして息づかいを落ち着かせ、アオバの肩に手をかけた。

 

「なぜそこまでして、私を連れて行こうとする?」

「『親』って漢字の語源、知ってますか」

「何の話だね?」

「独り立ちして、どこか遠くへ行ってしまう子供を見送るために、親はわざわざ高い木の上にまで登って、本当に見えなくなる時までずっと木の上で立っていた。

 だから『木』の上に『立』があって、『見』ているんですよ」

 

「……君も私に、そうしろと?」

「キオは、すんごく恥ずかしそうでしたけど、あなたのことを『お母さん』と言ってて、嬉しそうでしたよ」

「君がそうするのはキオのためだと」

「当然です。まだアリスには気に入らないところがたくさんあります」

 

 アオバの後ろで、短く鼻で笑うのが聞こえた。

 

「随分と生意気な口を叩くものだな。少年」

 

 アリスがアオバの肩に手を回して、アオバはすぐさま立ち上がる。

 できればこうしてあげるのはキオが良かった、なんてみっともないことを思っていても、それは口に出さない。

 

 しかし、立ち上がった拍子にアオバはふと気づく。

 軽い。棒のような腕にも足にも、それこそ回収班や農作班で動き回って人並みには鍛えているアオバからはとても考えられないほど、筋肉も脂肪もない。まさしく骨と皮だけの体だった。

 ひょいと体を弾ませて、しっかりとアリスを背負う。

 

「運びやすいかね?」

「こんな体じゃ、そろそろ死んでもおかしくないですよ」

「キオは、成長が他の人間よりも著しく早くてね。それこそ私からしたら数時間の中でも、キオにとっては半日……いや下手をしたら一日以上という計算になってしまうこともおかしくない。臓器系は焼けてしまった部分を切除して短くなっているから食事量の制限は設けていたが、何より空腹になるのがあまりにも早かった」

「……」

 

 アオバは閉口する。

 農作班で作ることができる野菜や穀物は最近になってようやく安定を始めたばかりであり、それでもまだ足りないと言う意見は出てくるし、均等に配給をしようとしても難しいところがある。

 キオはこの三年間で八年分もの成長を遂げた。単純に考えて倍以上。時間だけでなく、飢えないために食べる必要もある。

 

「すみません」

「構わんさ。自分でしていることだ。最低限のカロリーぐらい算出できる」

 

 アリスは自らの分として分けられている配給を、キオに渡していたのだろう。

 あまりにも軽いその体を背負いながら、アオバは階段を上っていく。

 

「さて少年。私は親として……キオを待てばいいのかね」

「ついでに見送れればいいんですけどね」

 

 階段を一段飛びに足を運んで、上るペースをあげていく。

 少しばかり額に汗が浮かんでいた。

 

「気楽に言ってくれるじゃないか」

「良いんですよ。『可愛い子には旅をさせろ』って言うじゃないですか」

「ほう。キオがそれで死ぬかもしれないというのにか」

「キオは戻ってきますよ。僕は信じていますから」

 

 あっけらかんと、いっそ軽々しいとさえ思えるほどに即座に切り返されたアオバの返答。一切の迷いもなく、むしろそれ以外には何の懸念も疑念も杞憂も抱いていないといった考えの表れだった。

 ようやく、階段の薄暗い視界ではなく、明るく開けた場所へ出る。

 暗い雲に覆われた空。しかし空の色合いでも、日が沈みつつあることがわかった。

 

 アリスがアオバの背中から降りて、二人で空を見上げる。

 

 見上げた空のどこか、黒や灰色に包まれた雲の中で、唯一の白いひこうき雲が、まっすぐに空へ伸びていく。

 ひこうき雲が空へ消えていこうとしたその瞬間に、雲がここから見てもわかるほどの大きな円を描くように吹き飛んだ。

 雲の中にあった水分のせいだろうか、不思議とその大きな円の縁は、虹色に彩られている。

 

 そんな軌道をしている存在など、一つしか考えられない。

 

「まさか……!」

 

 アリスが悲鳴のように声を出す。緊張した空気が迫り来るのを感じながら、アオバはどこか晴れやかな気持ちでそれを見上げていた。


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