アオバとアリスは、見上げた空の向こうに奇妙な光景を見た。
一本のひこうき雲を追いかけていたミサイルの群が空の向こうで煌めいたと思えば、その煌めきがだんだんと大きくなっている。
「流れ星?」
「違う。あれは〈クレイドル〉だ」
アオバのぼやきにアリスが鋭く切り返す。
もう一つ、視界の端から空へ登っていく様々な影を見ていた。
「双眼鏡はあるか?」
アリスの言葉へ答えるよりも先に、アオバは後方から迫りくるその甲高いエンジンの音に気づいて、振り向いた。
巨大な円筒の両横に着いた翼。その翼の下に括りつけられたジェットエンジン――旅客機。
それがアオバたちのすぐ頭上を通り抜けて、ミサイルと同じような軌道を辿って空へと――煌めく光へと飛んでいく。
やがて煌めきは、赤い光として二人の視界に映りこむ。
大気圏突入によるプラズマの光。傘のように広がっていたソーラーパネルは全て粉々に砕け散り、その光に巻きこまれて蒸発していた。
真っ赤な炎と化して落ちてくる〈クレイドル〉へ、先ほど飛び去った旅客機や、それ以外の世界中から集った飛行できる機械の群が全て、何度となく〈クレイドル〉へ先端ではなく胴体をぶつけるようにして接近し、炎に巻きこまれ、砕けては消えていく。
〈クレイドル〉を包む炎を――突入する際の速度があまりにも速過ぎる故に発生するプラズマを、その身を以て〈クレイドル〉を減速させている。
そうとしか、アオバには思えなかった。
「助けようと、している……?」
〈クレイドル〉はその形をボロボロと崩している。円筒が真っ二つに折れて分散してしまっても、しかし飛行機の群は予め知っているように、一方のみへ突っ込んでいく。
だが、炎は一向に消えない。
それどころか、アオバたちの視界には非常に大きなものとなって、地上へ――それこそアオバたちの居る場所のほど近くへ、迫り来ていた。
まるで空に太陽が二つあるかのような眩しい輝きが、アオバとアリスへ照り付けられる。
「少年。逃げるぞ! 地上がまるごと消し飛びかねない!」
「待って!」
アオバの腕を引っ張ったアリスの声よりも、アオバは今にも落ちてくる真っ赤な炎を見上げ……。
瞬間。
〈クレイドル〉は巻き上げていた黒煙だけを残して、忽然と、綺麗に消えてしまった。
周囲を散っていた破片がその一点へ引き寄せられたかと思えば、爆発にも似た空気の流れに飛散する。
二人の居る場所にも、大きな突風が吹き荒れた。すぐ近くを火の粉が飛び交って、風が止んだその時に、ある音が聞こえた。
それは、爆縮によって生み出された空気の流れが大気を揺さぶる波となって、地上へ当たる音だった。
ごーん、ごーん。まるでどこかで鐘が鳴り響くかのような、荘厳さを持った低い音。
地上の全てを埋め尽くすほどたくさんの鐘が鳴っているように聞こえるが、そんなものはこの近くには一つもない。
「……なんだ、これ?」
胸の奥を揺さぶる、心地よい鐘の音にアオバが、何が起こっているのかを把握できずに戸惑う。
しかしアリスは違った。
「あ……ぁあ」
膝をついて崩れ落ち、両手を握りしめて、顔をしわくちゃに歪め、涙を地面にこぼす。
「あぁあああぁぁああ!」
今まで聞いたことのないアリスの大声。いや、泣き声だった。
アリスが泣いているということ事態も、そこまでアリスが感情を表に出すことも、今までに一度もアオバは見たことなどない。
それほどのことが、起こっているのだと自然とアオバにも伝わってきて……それが何かを考える前に、アオバにもわかった。
――キオの背中にあったブラックホール。それが〈クレイドル〉を含んだ周囲の空間全てを、一瞬で、どこかへ飛ばしてしまった。
アオバの背中を、冷たい戦慄が駆け上る。動揺が胸に入って心臓を握り潰そうとする。
「……嘘だ」
口を突いて出てきたのは、そんな言葉だった。
「嘘だ、嘘だ! そんなの認められるか! キオは、死んでなんかいない! 消えてなんか……」
悲噴を表情に滾らせたアリスが、アオバの胸元を握る。
「現実と虚構が違うものだと言ったのは君だ。今さら惑乱するつもりか……!」
「でも、でも! そんなの、こんなこと、ありえない。だって、約束を」
「それは君の希望的観測だ。願望の域を出ない。現実を見ろ」
涙を頬に流すアリスの表情を、アオバは直視できなかった。
アリスの手を引き剥がして、よろめきながらアオバは叫ぶ。
叫ばないと、そうでもして自分を思いこませないと、耐えきれなかった。
「生きている! キオは、キオは絶対に生きている!」
「どうしてそう言いきれる! 万が一にでも彼女があのブラックホールから助かったとして、しかしブラックホールなくして稼働しない〈想鐘〉が使えない生身の姿で、地面に落下した衝撃に耐えられると思うか? さらに奇跡が起こってそれに耐えたとして、動力が切れるまでの数分の間に動きまわってケーブルを繋げることができるとでも言うのか!?」
「でも! それでも僕は、僕は……信じるしか」
「それを信じるとは言わない。現実逃避だ!」
深い絶望の中で、こみ上げてくる涙をこらえきれなかった。
振っていた小雨が止んで、雲間から鮮やかな夕陽が差しこむ。
動き回る機械もなくなり、それこそ静寂に包まれた世界の中で、アオバの泣き声だけがどこまでも響いていた。