虹の彼方に、フェアリーテールの祝福を   作:在田

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 大人たちは忙しなく動いているけれど、アオバにはやることなんてない。

 毎日が夏休み。宿題もない。学校もない。そんな日々。全部で五つある立坑と巨大空間を行き来しても、同じように大人たちが動いているだけ。

 学校で一緒だった友達もいないし、お父さんとお母さん以外に知っている大人はケンジとアリスぐらい。

 

 だからずっと、ほとんど、アオバより年下の子供たちも、年上の人たちも居たけど彼らには友達が居て一緒に遊んでいて……アオバもそこに混ざりたいと思っていても、なんだか、混ざろうとすることはできなかった。

 寂しいというわけじゃない。だって誰かと一緒に居る間は、その誰とでも話すことはできたし、名前だって覚えてもらっている。たまに年下とも年上とも遊ぶことがあるけど……それでもどこか夢中になれるわけじゃなかったし、夢中になっている彼らを見て、アオバは一緒に遊んでいても、独りぼっちを実感していた。

 

 でもキオが目覚めてからは、ちょっとだけ違う。

 確かにもうキオとアオバは別の年になったけど。

 確かにもうキオはアオバを忘れてしまったけど。

 

 それでもアオバの知っているキオが一緒の空間に居るんだと思えるだけで、そのちょっとだけが格段に違った。

 これまでの、ぽっかりと何もしてこなかった五年間が嘘のように、アオバは毎日キオに会いに行っている。

 年中いつも、透き通った風が通らないだだっ広いトンネルも、どこか変わったように思えた。

 

「君はまるで、お茶会へ急ぐ兎だな」

 

 アリス・イチマツは、キオのお母さんだ。

 アリスという外国の名前の通り外国人で、金髪と、青い瞳と、元々真っ白だったのに、この日に当たらない地下生活でさらに真っ白な顔。薄い青のシャツの上に白衣。

 そしてアリスは、いつも地上のインターネットから隔離したパソコンばかりが並んでいる操作室に引きこもっている。

 

 キオがアオバの知っているキオだった頃には、外国で同じように暮らしていたらしい。だからアオバは、あの花火の夜の一日か二日か前までアリスを知らなかったし、キオ自身もよく覚えていなかったんじゃないかと、アオバは思っている。

 でも今は違って、アリスはキオといつも一緒にいる。そりゃ親子なんだから当然だとも思ったけど、でもどこかしっくりしなかった。

 ……というより、アオバはアリスが嫌いだった。

 

「残念だったな少年。今日から多少、キオは誰とも会えない時間ができる。リハビリみたいなものさ」

 

 アリスは大人たちの中でもずっと頭が良いらしい。だからいつもパソコンをいじっているんだと思っているけど、そんなアリスの言葉がアオバには難しく聞こえて、しかもアリス自身はなぞなぞを問いかけるのが楽しそうに、その喋り方をやめないし、話もやたら長くて、余計難しく思える。

 

「今日からって、ずっと?」

「さてな。それはキオにもよるし、私の都合でも左右されるだろう。だが短くない期間であることは否定できない。尽力はするがね」

「じゃあ、ずっと会えないの」

 

 外国の人だからか、他の大人たちよりもずっと高いところにある頭をアオバは見上げる。アリスは少しだけ口元を緩めた。

 アリスの言葉に驚いたアオバがちょっとだけ涙を見せたことが面白かったのかもしれないけど、アオバは全然面白くなかった。

 

「そんなことはないさ。繰り返すが、一日の中で会えない時間ができ、それが毎日続くだけだ。そうだな……今日の正午過ぎにでもまた来れば、キオとは会えるさ」

 

 言葉の途中で腕時計を見つめて、アリスは言う。

 

「そういうわけで、失礼するよ」

 

 操作室の前まで来たのに、アリスは簡単にドアを閉めてしまった。

 ……考えてみれば、アリスも大人なんだから、他の大人たちと同じように忙しいのかもしれない。

 でもアリスと一緒にキオが忙しいことはわからなくて、でもそれを聞く相手はもうドアの向こうに行った。

 とぼとぼ階段を降りていく。巨大な地下空間からこの操作室のある場所まで続く階段はとても長くて、登るだけでも疲れる。その向こうにキオがいると思えば楽しかったけど、そうじゃないならこんな、長いだけの階段を登るなんてめんどくさくてたまらなかった。

 

 アリスの言うことは……アリスじゃなくても大人の言うことは、だいたい正しいことなんだというのは、わかっているつもりだ。

 だからきっと、あんなに元気に動いていたキオも、アリスがリハビリだと言ったんだから、まだどこかリハビリが必要なところがあったんだろうと思い直す。

 そして巨大空間に行き着いてすぐに、どこかからか声が聞こえた。

 

「おーい、アオバー」

 

 顔をあげてその声を探す。こんなに広くても地下だから声は反響する。だから遠くの声と近くの声を聞き分けることはできても、よほど近くない限り、どの方向から飛んできたのかを判別することは難しかった。けど、前から手を振りながら小走りで近づいてくる、アオバよりも一回り大きな青年の姿があって、アオバもそれに近づいた。

 名前を覚えてくれているお兄さん。アオバは名前を覚えていないけど、顔は覚えているお兄さん。

 

「どうしたの?」

「今から外に行くんだ。回収班さ。行くか?」

 

 お兄さんが指差す方向には、何人かが集まって、空の袋を持っていたり、ぺしゃんこのバッグを背負ったりしていた。

 外……この見慣れた地下空間じゃない、空が明るくも暗くもなる地上のこと。

 朝ご飯は食べたけど、まだ昼ご飯の時間じゃないぐらい。だから外は明るいはずだし、風が通り抜けていく地上は、いつも行きたい場所だった。というより、こんなじめじめとした地下にずっと暮らしていることが、アオバは嫌いなのかもしれない。

 だからアオバの返事は決まっていたし、すぐに声に出せた。

 

「わかった。行くよ」

 

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