その他、外国人の名前の表記の仕方など細かい表現が原作とは異なりますが、あくまで原作とは別物としての表現ですのでご了承ください。
「もう……行っちゃうんだね」
――――兎の声が聞こえる。
全ての軍事兵器の常識を覆してしまったり、女尊男卑の世界を作り出してしまったりしたが、俺にとっては返しても返しきれない恩がある兎の声が。
「行っちゃったら、もう興味無くなっちゃうよ?」
その言葉は、俺の足を止めるには至らなかった。
後悔なんてしない。ここで振り返ってしまったら、俺の数年間は無駄になってしまう。
首に付けた黒いチョーカーをそっと撫でる。俺の翼はここにある。苦楽を共にし続けてきた、空を自由に駆ける事が出来る翼。
(マスター、本当にいいのですか?)
(いいんだ。早く行こう)
もう戻れない。――――いや、戻らない。
あの時、少女の涙を見た日から。俺の歩む道は決めている。
頭の中に直接聞こえる相棒の声に心の声で答えながら、俺は行動を開始する。
彼女が本当の名前で笑える世界へ――――飛ぶ為に。
◇
IS学園一年一組。女生徒しか居ない筈のこの教室には、二つの異物が存在していた。
世界に二人しか存在しない男のIS操縦者。その内の一人が俺、雪月楯無である。
特にやる事もなく、窓際の席だったのをこれ幸いと頬杖をついて外を眺めていれば、嫌でも女生徒のひそひそとした話が聞こえてくる。
どれもこれもミーハー全開の内容で、動物園の見世物になった気分だ。
(人気者ですね、マスター)
(こんなのモンドグロッソで散々経験しただろ。まぁ、男として注目されたのは今回が初めてだけどな)
慣れたように無視して初めてのホームルームを待つ。“黒雷”はホームルーム開始までの時間を脳内にアナウンスしてくれた。
そのアナウンスされた時刻まで、もう一人の男性操縦者――小学五年生からの幼馴染である織斑一夏は耐えられるだろうか。
――――しかし、まぁ。あの人に出会ってから随分と長い月日が経ったもんだ。
五歳の頃に事故で両親が死に、更識が支援している施設に妹共々預けられ。とある少女の姉の運命を知り、小学校四年生の時に相棒に出会い、兎の言い成りになる道を選んだ。
言葉にすればこれだけだが、ISとの適合を高める為に左目にナノマシンを移植され、元の赤目から白目になってオッドアイにされたり、初めての任務として一夏を監視し続ける事になったりした。
それもこれもこの間全て終わってしまった事だが、あの人は元気でやっているだろうか。
天災でありながら、女の子が空を飛ぶ事を夢見続けていた不思議の国のアリスは――――。
「つき――――雪月君?」
そう思い出に浸っていると、誰かから名前を呼ばれた。
意識をそちらに向ければ、緑色の髪の副担任――山田真耶先生が俺の名前を呼んでいた。
どうやら俺の自己紹介の番のようだ。『あ』から始まって『ゆ』までだったから、相当な時間があったらしい。
つまりクラスメイトの自己紹介を殆ど聞いていなかったわけだが、さっきがたがたとクラスメイト達が倒れてたのは一夏が何かしたのだろうか。
とにかくさっさと自己紹介を済ませてしまおう。俺が気付いていなかっただけだが、何時の間にか山田先生の後ろに居た世界最強の目線が怖い。
「雪月楯無です。織斑君とは小学生からの付き合いですが、それでも世界で二人の男性IS操縦者という事で不安です。仲良くしてください」
自己紹介を済ますと、奥の方から世界最強――千冬さんの視線が突き刺さった。
あの人とは昔からこんな感じで警戒されまくってるので気にしない。とりあえず手でも振ってみようか。
(マスター。それは煽る事と同義では。出席簿を投擲される可能性が非常に高いです)
(まじで?)
(はい。既に織斑一夏が犠牲になっています)
やっぱり何かやらかしていたか。昔から変わらないよな、一夏。
その後は恙無く自己紹介は終わり、ISの軽い歴史やらIS学園の説明やらが始まった。
IS。インフィニット・ストラトス。二つの例外を除いて女性にしか扱えない、日本で開発されたマルチフォームスーツだ。
IS学園はその操縦者の育成を目的に設立された学園だ。故に日本人だけではなく外国からの生徒も多数在籍している。
ついでに言えば、このIS学園はあらゆる国家からの干渉を受けない。だから、ここは目的を果たすのにうってつけなんだ。
まぁ、それも終われば休み時間だ。……そしてまぁ、当然の事だが見世物度合いは増していく。
他のクラスどころか上級生まで教室の入り口に蔓延って俺と一夏の様子を見ている。どうでもいいんだが、IS学園って男子トイレあるよね?
その視線がかなり応えるらしく、一夏がこちらをちらちらと見ているが、無視だ無視。
(知り合いという事は皆さんに知られているのですから、堂々と話せばよいのでは?)
(あと五分で休み時間が終わる。本当にしんどいなら次の時間に向こうから来るさ)
相棒と話していれば、一夏の方には一人の女子が寄っていた。
長い黒髪をポニーテールに纏めた女子。……あれが、束姉の妹の。
(えぇ、篠ノ之箒です。剣道の腕前は、去年の全国大会を優勝する程だったかと)
(新聞に載ってたな。写真の表情が優勝した人間とは思えない程思い詰めてたのを憶えてる)
その後二人は教室を出て行った。一夏との古い友人らしいから、何か話す事でもあるんだろう。
頬杖をつきながら授業開始を待っていれば、山田先生と千冬さんが教室に入ってきた。授業の開始だ。
(初歩の初歩ですね)
(あぁ、ものすっごい初歩だ)
はっきり言って授業の内容は退屈だった。数学知ってる人間に算数をさせてるようなものだ。
俺はいきなり実践から入ったから順序が逆だけど、それでも後から勉強したおかげで知っている事ばかりだ。
しかし、一夏は全然ついていけてないようだった。教科書を読む背中が震えている。
一区切りした時点で心配した山田先生が一夏へ質問はないか、と問うていた。
無論一夏は全て分からない、と回答。山田先生も吃驚だ。しかもその後千冬さんに、入学前の参考書を古い電話帳と間違えて捨てた、とまで言い放ったのだから更に驚きだ。大物になるぜ一夏。
これなら窓の外を見ていればその内授業も終わるだろう、と踏んで教室から見える水平線でも眺めていようと思ったのだが、親切な山田先生はこちらにまで気を遣ってきた。
「雪月君も、分からない場所は遠慮せず訊いてくださいね?」
「大丈夫です。今の所は問題ありません」
ぶっちゃけ、この一年ぐらいは寝てても問題ありません。
そうして水平線を眺めていようと目線だけを窓の外へ向けたのだが、世界最強は許してくれなかった。
「授業に集中しろ馬鹿者」
何かが空を割いて直進する音が一瞬だけ聞こえた。
次の瞬間には俺の額に黒い手裏剣がヒット。その後くるくると宙を舞った。
痛みを堪えながら、目の前に落下してくる手裏剣をキャッチする。よく見れば出席簿だった。
「いくら何でも出席簿を投げるのはどうかと思うのですが……千冬先生」
「授業に集中せんからだ。それと織斑先生と呼べ」
差し出した出席簿を受け取りに千冬さんが席の近くまで来た。
そしてそのまま出席簿を受け取ろうとした瞬間――――。
「――――随分とヘディングが上手いようだな、次は直接返してもらおうか」
「……そもそも投げないでください」
小さな声で交わした会話。それを明確に聞き取れた者は恐らく居ないだろう。
今度から直撃して受け止めた方がいいだろうか。痛いから却下。
……しかしまぁ、世界最強が担任とはついてない。弟である一夏が居るから仕方ないのだろうし、男性操縦者を一つのクラスに纏めておいた方が面倒がないのは理解出来るけど。
山田先生が「テキストの十二ページを開いてください」と言っていたので大人しく従い、そのまま授業を受けた。
授業が終われば休み時間――――なのだが。
「頼む、ISの勉強教えてくれ!」
何故かマッハで席にやってきた一夏に頼み込まれていた。
俺の休み時間、どこですかね。
「後で千冬さんが参考書再発行してくれるんだろ? 一週間死ぬ気で憶えれば何とかなるだろ、多分」
実は俺も読んでないから知らないけど。
まぁ授業に関係する事なら問題ないだろう。
「そんな事やってたら本当に死んじまうよ!」
「安心しろ、憶えなかったら千冬さんに殺されるだけだ。憶えて死ぬか、憶えず死ぬか、好きな方を選べ」
そう言うと、一夏はがっくりと項垂れた。本当に千冬さんが怖いらしい。
いや、怖いと言うか恐れているのだろう。千冬さんの事ではなく、千冬さんの期待を裏切ってしまう事を。
小さな頃から一夏は家を空けがちだった千冬さんの代わりに、家事の一切を担っていたりもした。それが一夏の出来る事だったから。
「まぁ、完璧に憶えなくてもどうにかなるよ。必要な時に必要な知識が間に合えば――――」
「ちょっとよろしくて?」
「んぁ?」
俺の言葉を遮って、この会話に割り込む存在が居た。
長い金髪と青いヘアバンドが特徴的で、どこか高貴さを携えた佇まい。
IS学園には有名な資産家や企業の御令嬢も大勢在籍している。きっとその内の一人だろう――――と言うか、どっかで見たな。
この御令嬢は一夏の間の抜けた返事が気に入らなかったらしく、どこか哀れな者を見るように驚いた。
「まぁ、何ですのそのお返事? 私に話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度があるのではないかしら?」
俺はそもそも返事さえしてなかったのは見逃してくれたみたいだ。ありがたい。
「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
「知らない!? このセシリア=オルコットを!?」
「あぁ、どこかで見た事があると思えば、イギリスの代表候補生か」
何かの雑誌でインタビューとか受けていた気がする。或いはファッション雑誌のモデルだったか。
言われないと思い出せない時点で、真面に読んでないのは明白だが。コンビニの立ち読みの時にでも読んだのかな。
しかしそれでも御令嬢――オルコットはご満悦だった。憶えていてくれたのが余程嬉しかったらしい。
「そう! イギリス代表候補生、セシリア=オルコット! 付け加えれば、入試主席の学年トップのエリートでもありますわ!」
(検索が完了しました。彼女はイギリスの名家、オルコット家の当主。つまり貴族です)
「へぇ、そりゃ凄い。入試主席は素直に感心するぜ」
IS抜きの学問でも相当難しい筈だぞ、ここ。相棒の言う通り、貴族に恥じない頭脳も持ってそうだ。
褒められたおかげで更に気を良くしたのか、オルコットは俺の方を向いてうんうんと頷いている。
大変整った顔立ちで何をやっても絵になるが、用件は何だよ。
そんな俺達を尻目に、こそこそと一夏は俺に耳打ちをしてくる。近いよ一夏君。そんなんだから中学の頃から男色家とか言われるんだよ。
「なぁ、楯無」
「何だ?」
「代表候補生って、何だ?」
呆れた。そう視線で訴えると、一夏は「な、何だよ」とたじろぐ。
「千冬さんと同じようなもんだよ。国家代表のイギリス版。あぁ、候補生だから国家代表の卵か」
「あぁ、そっか! って事は、オルコットさんは凄いんだな!」
俺はお前が物事の大半を千冬さんに例えると理解してしまうのが凄いと思うよ。
シスコン過ぎるだろこいつ。
「些か織斑さんの方の知能に問題があるのは気になりますが……。そちらの……雪月さん、でしたっけ? あなたは常識が身に付いているようですわね」
「まさか。常識ある奴が授業中に外見てたりしないだろ」
(マスター。自分で言う事ではありません)
相棒の言葉が耳に痛いが、オルコットは納得していた。
「成程。野蛮性では雪月さんの方が上ですか。まったく、これでは男性の操縦者には期待出来ませんわね。入試で唯一、教官を倒したエリート中のエリートのセシリア=オルコットがISに関する事を教えて差し上げようと思いましたのに」
唯一試験官を倒した? それは変な話だ。何故なら俺も倒している。
しかし突っ込むのも野暮な話だ。そう思って黙っていようとしたが、一夏は持ち前の素直さで言葉にしてしまった。
「俺も教官倒したぞ。楯無もそうだよな?」
「な!?」
「要らん事言うなよ。オルコット代表候補生がショック受けてるだろ」
間違いを指摘するのは必ずしも優しさではない。黙っていてあげるのもまた優しさである。
わなわなとオルコットは震えている。アイデンティティーを揺さぶられて可哀そうに。
「まぁ、落ち着いてくれオルコット。一夏は壁に突っ込んできたのを躱しただけだって言うし、俺は初撃だけ与えて向こうのエネルギーが切れるまで逃げ回ってただけだから」
「こ、これが落ち着いていられ――――」
オルコットの言葉を遮るように、授業開始の予鈴がなった。
悔しそうに「お話の続きは、また後で」と告げてオルコットは自らの席へ帰っていく。
一夏も席へ戻った後、俺は相棒へ語り掛けた。
(なぁ、俺の休み時間は?)
(残念ながら、たった今終わりました)
五千文字ぐらいがちょうどいいかなーと思って書いてます。
もうちょっと長い方がいい! と思われたら感想などからご意見をお聞かせください。