「あれ、楯無じゃない。何してんのよこんなとこで」
「飯食いに来たんだけど」
鈴音が転校してきた次の日。
簪と一緒に昼飯を食べようと思って屋上へ向かったのだが、そこには弁当箱を広げようとしてた先客が居た。
凰鈴音。中国の代表候補生にして、俺の親友である。
簪と一緒に適当なベンチに座ると、鈴音の方をじろりと見た。
「お前こそ学食じゃなくていいのか。あそこのラーメンは中々だぞ。王道の醤油が最高だ」
「本当!? 今度食べに行きましょうよ」
「いいぞ。炒飯と餃子も美味いからそれぞれ頼んでシェアしようぜ」
「おっけー。やっぱ持つべきものは親友だわー」
お互い遠慮のない会話をすると、弁当を広げる。
何と今日は簪が弁当を作ってくれた。他人の手料理なんてここ数年束姉の料理以外食べてなかったから楽しみでしょうがない。
しかし簪は緊張で黙りこくっていた。いや別に、不味くても全部食べるよ?
「ところで、隣のあんたの連れは誰よ。クラスに居なかったでしょ」
鈴音は簪の方を見ながら言ってくる。簪は未だに固まっているので俺が紹介する事にした。
「更識簪。四組のクラス代表で日本の代表候補生。立場的にはお前と一緒だ」
「よ、よろしく……」
挨拶だけは頑張って自分でした簪へ、鈴音は笑顔で答える。
「あたしは昨日転校してきた二組の凰鈴音。よろしくね、簪」
お互い挨拶している間に、俺は待ちきれずに勝手にいただきますをして簪の弁当を食べていた。
俺の分の弁当箱はご飯とおかずの二段になっていた。
ウィンナーと卵焼き、ほうれん草のお浸し。シンプルなものが取り揃えられたおかずに、何より目を引くのはご飯の段だ。
この間一緒に見たアニメのヒーローのキャラクターが、海苔やらハムやらで描かれている。力作のキャラクター弁当だった。食べるのが勿体ない。
「美味いよ簪。一体何の心配してたんだ」
「わ、私だって味見はした……でも、楯無の口に合わなかったらって思うと」
「簪が作ってくれたのなら何だって食べるよ」
ばくばくと弁当を食べ続けると、鈴音の呆れた目線が突き刺さる。
「見せつけてくれちゃってさ。付き合ってんの?」
「つ、付き合って……!?」
「違うけど、それ以上か同じぐらいの関係ではあるんじゃないか」
そう告げれば、簪は完全にショートしてしまった。
顔を真っ赤にしながら弁当を食べるマシーンと化している。
これはこれで刀奈にビデオを取って送り付けてやりたいレベルだ。
「あぁそう。どういう関係かはともかく、仲いいのは分かったわ」
「そういうお前はどうなんだよ、再会した一夏とは進展したのか?」
昨日は態々昼休みに気を遣って食堂に行かないでやったのに、流石に進展無しはないだろう。
そう思って聞いてみたのだが、どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしい。
鈴音のそのしょんぼりした顔は、大体が一夏絡みじゃないと見せない顔だ。
(……難儀なもんだな、相棒)
(マスター、今は鈴音さんの話を聞くのが先決かと)
確かに相棒の言う通りだ。
弁当を食べるのを一度完全に中断して、鈴音の話を聞く体勢に入る。
小学生の頃から幾度となく繰り返してきた事だ。慣れたものである。
「どうした、話してみろよ」
「……約束。あいつ、全然違う意味で憶えてた」
その言葉に、俺は箸を落としそうになった。
「約束って、まさか……」
「そう。毎日酢豚を作ってあげる約束。一夏の奴、『毎日ただ飯食わせてくれる』程度に思ってたんですって。……あはは。笑っちゃうわ。私の勇気を出して告げた言葉、そんな風に受け取っちゃう程、私の事なんて意識してなかったんだなぁって」
そうぼやく鈴音は静かに泣いていた。
経験則から言って、これはちょっとやっちまってる奴だ。今度からあいつの事織斑君って呼ぼうかな。
女の子の一世一代の告白を、ただ飯宣言と思ってしまうのは流石に頭がバグってるんじゃないだろうか。
これは親友として放ってはおけないだろう。
「もっとはっきり言ってやれよ。プロポーズと同じ意味でしたって」
「……いいわよ。今度はどんな勘違いされるか考えるだけで怖いから」
鈴音は沈んだ様子でそう呟いて黙ってしまった。
俺もどうしたものかと相棒と脳内会議をして、解決案を練っていたのだが。
「そう……かな」
意外にも声を出したのは簪だった。
ショートから復帰したようで、弁当も既に食べ終わっている。
「だって、凰さんは織斑さんの事が好きなんでしょ? 言わないと伝わらない事だって、あると思う」
「……言ったって伝わらない事だってあるわよ」
「だったら、伝わるまで言う。……すれ違ったまま、諦めたままお終いなんて、私は嫌だから」
そう告げる簪の目は強かった。きっと刀奈の本当の気持ちを知る前には出来なかった目だ。
その目の力強さに鈴音は気圧される。やがて現実を受け入れるようにゆっくりと目を閉じてから息を吐いて、再び現を捉えた。
「そうね。そんな風に終わるのだけはごめんだわ。ふられるならふられるではっきり言ってもらわないと、こっちだって納得出来ないし」
ふん! と振り切るように鼻を鳴らす鈴音は、元来の強気をすっかり取り戻していた。
そうしてくれた方が俺も安心出来る。せっかく再会したのに、じめじめされたまんまの鈴音じゃ味気ない。
「先ずはクラス対抗戦で一夏をぼこるわ! それで鬱憤晴らしてからやり直し!」
「そりゃいい。お前らしいぜ」
「ふふん、そうでしょ! いやぁ、何か喋り過ぎて喉乾いたわ。楯無、飲み物ない?」
鈴音の言葉に、俺は飲みかけのペットボトルのお茶を投げ渡す。
それをキャッチした鈴音はキャップを回してぐびぐびと飲む。飲み過ぎじゃないですかね。
ぷはーっ! と気持ちよさそうに一気飲みしやがった鈴音。それを見て震える簪。
「ちょ、ちょっと……! それ飲みかけ……!」
「何よ。それがどうしたの?」
簪の言葉に鈴音はきょとんしている。俺も簪が何が言いたいのか分からない。
「か、間接……キス……」
『……あぁ』
俺達の間抜けな声が重なった。
鈴音とは中学時代に散々回し飲みとかしてたせいで、お互いそういう抵抗がすっかりなかった。
呑気に状況を理解している俺達とは違って、簪は未だにわなわなと震えていた。
「負けない……」と呪詛の様に何度か呟いている姿は、少し前の簪を思い出させた。
そうして俺の食いかけの弁当を見つけると、自らの箸で卵焼きを摘まむ。
「……は、はい。あーん」
そして顔を真っ赤にしてこちらに卵焼きを差し出してくる。……はい?
「い、いいから。恥ずかしくて死にそうだから……あーん」
「あ、はい」
恥ずかしくて死にそうな割には有無を言わさない迫力だったので、大人しく口を開いて待つ。
ゆっくりと口の中に卵焼きが運ばれてきて、もぐもぐと咀嚼した。
「お、美味しい?」
「……味が全然分からない」
さっきまで同じ物を食べていた筈なのに、今度は全く味を感じなくなってしまった。
でも何だろう。味が全然分からないのに、さっきより美味しく感じる。
これはあれか。そう――――。
「幸せの味、か……」
(マスターが失った五感は左目の視覚だけの筈です)
――――相棒、そういう事じゃない。
◇
クラス対抗戦の当日がやってきた。アリーナには一年生達の熱気が充満していた。
俺はアリーナの観客席に座って試合の開始を待っている。
(相棒、“白式”のデータを取っておけよ。後で束姉に送る)
(承知しています。姉さんのデータを取るのは個人的には吐き気がしますが、お母様とマスターの為ならば背に腹は代えられません)
相変わらず唯一の姉が大嫌いなコアの次女だが、データはちゃんと取ってくれるようだ。
あとは試合が開始されれば、一夏の試合内容がどうあれ“白式”の稼働データは取れる。
そう、あとは試合を待つだけ……なのだが。
「遂に、一夏さんの戦いが始まりますわね」
「織斑さんは、“白式”をどこまで扱えるようになっているのか……」
俺の左隣には簪、そして右隣にはセシリアが座っていた。
いや何だこれ。簪はいいんだけど何でセシリアが居るんだ。お前一夏を鍛えてただろ。
「セシリア。お前はピットに居なくていいのか。篠ノ之は居るんだろ?」
「えぇ。箒さんは一夏さんにエールを送ると言って、一夏さんと共にピットへ向かいました。今頃は一夏さんへ言葉を掛けている事でしょう」
「お前は声を掛けてやらなくていいのか。一夏の師匠みたいなもんだろ」
俺は事実を言ったつもりだったのだが、セシリアは不満だったようだ。
客観的に見て可愛らしく頬を膨らませ、恨めしそうに告げる。
「楯無さんが朝練に出てくれなくなったので、クラスの為に一夏さんを鍛えていただけですわ。私の標的は楯無さん、あなただけですわ。何度も申させないでくださる?」
「あぁ、悪かった悪かった。お願いだから簪の前で思わせぶりな事言わないでくれ」
隣の簪がこの間の鈴音との間接キスの一件の様な状態になっている。
本当に要らない事で彼女を揺さぶらないでほしい。簪の強かさが変な所で暴走する。
俺が簪の名前を呼んだ事で、セシリアは簪の存在に気付いたようだ。
「簪……確か、日本の代表候補生の」
「そう……私が、更識簪」
俺を跨いで簪がセシリアへ自己紹介をする。
鈴音の時の様に、俺が説明した方がいいだろうか。
「俺のルームメイトで、幼馴染――――」
「楯無とはルームメイト。それに幼馴染。だからいつもシャワー浴びた後髪を乾かしてあげてるし、この間はあーんもした。着替えも見られちゃったりした」
セシリアの俺を見る目がどんどん死んでいく。こっちもですか。そう言いたげなのは嫌でも伝わってきた。
そんな事もお構いなしに、簪は俺との生活で起きた事を延々と話していた。
いい加減聞き飽きた。そろそろそう言おうとしたセシリアだったが。
「そして何より……大切な人」
「あら……あらあら」
簪が最後に言ったその言葉に、セシリアは口元を押さえた。
……いやどう見てもにやついてやがる。こっち見るな。簪を見るふりをしてこっちを見るな。
「これでは、あなたを撃ち落とすのは無理そうですわね」
お前が俺を撃ち落とす約束をしたのはISの話だろ。
「……で、一夏の成長度合いは」
何だか妙に恥ずかしくなったので、強引に話を切り替える。
セシリアは先程までのにやつきを捨て、真剣な表情で語る。
「――――成長はしていますわ。それも恐ろしい速度で。かなりの長丁場の末ですが、鬼ごっこで私を捕まえる回数も増えました。始めた時は一度も成功しなかったのが、今は一日の訓練の三割と言った所でしょうか」
予想通りの成長率だ。流石は世界最強の弟。
「……凰さんの情報は、楯無は知らないの?」
「鈴音の性格上、近接型パワー型のISに乗ってるのは間違いないだろう。そして中国では第三世代型として“甲龍”がある。代表候補生に預けるパワー型としては、これ以上ない適正機体だろうな」
「第三世代型って事は……第三世代兵器が」
搭載されている筈だ。そう頷いて、俺はピットから飛び立ってきた二人を見る。
一夏と鈴音は向かい合って何か話をしていた。まぁ大方酢豚関連の話だろう。
とりあえず鬱憤を晴らしてから。そう言ったのは鈴音自身だ。
「まぁ、言葉で伝わらないなら拳で語るのも一つの手か」
「でしたら、私も撃ち落として――――」
「煩い。お前もそこそこ馬鹿だな」
試合が始まった。一夏は速攻を掛ける為、スラスター全開で鈴音へ直進した。
一夏らしい真っ直ぐな軌道。それに相対する鈴音の口元は――――笑っていた。
次の瞬間、一夏の体勢が大きく崩れた。
「――――! 何ですの、あれは!?」
「何かしらの攻撃を食らったんだろ」
「そんな事は分かっています! ですから、何の攻撃を――――」
セシリアが騒ぐのも無理はない。恐らくあれが中国の第三世代兵器。
両肩の非固定浮遊部位から放たれる見えない砲弾。恐らくあれは衝撃砲だろう。
確かに不可視の弾丸だろうが、ISの武器である以上共通する事はある。
それは――――エネルギーを使っているという事だ。
(相棒、ナノマシンに“黒雷”のエネルギー感知機能を同期)
(了解――――同期、完了。成程、これならマスターの視界にも砲弾は映りますね)
俺の左目のナノマシンを通じて、“黒雷”のエネルギーを感知する情報を視覚化する。
本来の用途とは違うが、相棒の言う通り砲弾へのエネルギー収束や放出が視えるようになった。
こうして見てしまえば大した事はないが、やられている方はかなりの注意を割かれる事だろう。恐らく射角は無限。死角など存在せず、ハイパーセンサーの三百六十度の視界と合わされると、更に攻め込むのは難しい。
暫く一夏の回避が続いた。――――一夏は、絶えず学習している。たとえそれが実践中だろうと関係ない。このままだと衝撃砲の攻略は時間の問題。そして待っているのは“零落白夜”。あの全てを一撃の下に切り伏せる魔剣に、鈴音はどう立ち向かう。
鈴音の仕留めきれない攻撃は続き、そうして時間はやってきた。
一夏の唯一の武装“雪片弐型”が割れ、中から光の刀身が出現する。ここからが一夏にとっては本当の勝負だろう。
「さて、どうする鈴音――――ん?」
視界に妙なエネルギーの波が見えた。
思わず出所――上空を見る。そうして無意識の内に告げていた。
「二人共、屈んでおけ」
『えっ――――きゃあ!?』
反射的に二人を抱き寄せて身を伏せる。二人は顔を赤くしていたが、そんな事を気にしている余裕はないようだった。
当然だ。――――アリーナの遮断シールドを貫通するビームが上空から放たれれば、気にしている場合じゃないだろう。
あぁーっと簪さんのヒロインムーブが止まらない!
当初の予定とずれまくってるレベルで止まらない!
……あ、次週戦います。