お気に入りと評価いつもありがとうございます。
感想にて誤字報告いただいたので修正しました。ありがとうございます。
他の誤字脱字報告も確認し次第修正しています。
教員達に保護されて、俺達三人はピットまで送られる。
ピットには千冬さんと山田先生が待っていた。
火傷はともかく、裂傷によって制服に赤い染みが出来ている俺を見て山田先生は顔を青白くしている。
慌てて俺に駆け寄る山田先生だが、冷静な千冬さんに止められる。
「医務室には私が送ろう。山田先生は現場の指示を」
「はっ、はい!」
急に役割を振られて冷静に戻った山田先生。
それを横目に、俺は千冬さんに連れられて医務室へ向かわされる。
……担架とかで運んだりしてくれないんですかね。そう思ったが、言ったら言ったで担がれそうだったので言うのは止めておいた。
廊下に出た所で、千冬さんに話し掛ける。
「医務室より、行きたい場所があるんですけど」
「……どこだ」
「整備室。“打鉄”の修理をしてやらないと」
告げれば、心底呆れた顔をされた。
「阿保か。ISの修理なら直ぐに他の者に任せる。お前はさっさと医務室で治療を受けろ」
「……へいへい。じゃあ、頼みましたよ。千冬先生」
「――――いいえ。その役割、このセシリア=オルコットが承りますわ」
何故か廊下でセシリアが待っていた。どうやらアリーナから脱出した後真っ直ぐこちらに来たらしい。
しかしクールに不敵に微笑んでいるのは結構だが、お前には俺の身の安全より遥かに大切な事を頼んだ筈だ。
「簪は無事か」
問えば、セシリアも呆れた顔をする。
「無事ですわ。今頃寮の自室で待機をしている筈です。しかし、あなたの思考回路はどうしてこう極端なんですの……? ISと簪さん以外に興味はないのかしら」
失礼な。刀奈にだって興味はある。彼女の名前を言うのは禁じられているので黙っておくが。
「ともかく!」と力強く続けるセシリア。
「“打鉄”は“打鉄”広告宣伝隊長であるこのセシリア=オルコットに任せなさいな。しっかりと修理の依頼を整備科の皆さんに依頼しておきますわ。……あなたは少し、自分の身を案じなさい。今のあなたを簪さんが見たら卒倒しますわよ」
どうやら、俺はまた自分を蔑ろにしていたらしい。この間簪に言われたばかりなのに、反省しないとな。
とりあえず今は治療を受ける事が最優先だそうなので、大人しく従うか。
「じゃあ、頼んだ」
「えぇ。任されましてよ」
待機形態である指輪をセシリアに渡す。
本当は俺が直してやりたいんだが、千冬さんを振り切って整備室に駆け込むのは今の状態だと無理だし、自分を蔑ろにしてはいけない。
簪は無事だったし、ISに人殺しをさせずに済んだ。
とりあえず今は治療を受ける事と、ISコアを持っている事がばれない事に専念しよう。
――――そう思って、俺の気が緩んだのか。
ブラックアウトする視界が、自分のものだとは思えなかった。
◇
夢を、見た。
背中まである水色の髪の女の子が、背を向けて水面の上に立っていた。
纏っているのは黒いワンピース。少女の身長はそこまで大きくはなく、きっと百五十程度しかないだろう。
彼女は空を見上げている。彼女の髪の色と同じ、雲一つない青空。
「――――、」
どうやら、俺はこの夢に存在しているようだ。
少女は俺に気付いたのか後ろへ振り向く。
その口元には優し気な笑みが浮かんでいた。
彼女はそっと手を伸ばす。まるで俺を、大空へと誘うように。
どうしてだろう。俺は見た事がない筈なのに、その少女を信頼した。
彼女の手に重ねるように、俺は手を伸ばし――――。
「あ、起きた」
目が覚めれば、そこは見知らぬ天井だった。
状況を理解する為に周りを見渡せば、どうやらここは学園の医務室のようだ。
もう日が傾いている。俺が寝かされていたベッドの隣では、鈴音が椅子の上に胡坐を掻いて座っていた。
「鈴音……怪我はないか」
「あんたにだけは聞かれたくないわよ。全身傷だらけのくせにかっこつけちゃってさ」
上体を起こそうとするが、両腕に力が入らない。
上半身の制服は脱がされ、特に左手の火傷が酷いらしく、支えにするのは無理そうだ。
鈴音は俺の身体を支え、上体を起こすのを手伝ってくれた。
「あんたも無茶するわよねー。いくら絶対防御があるって言っても、あのぺらっぺらの装甲の“打鉄”であのビームを正面から受け止めたりしないわよ普通」
「死人出すわけにはいかないだろ……まぁ、“打鉄”には悪い事をした」
ポケットの中を探ると、ISのコアはまだ持っていた。どうやら誰にも気付かれてはいないようだ。
首元の“黒雷”も無事だ。まぁ、これを待機形態だと知っている人間は簪ぐらいだから取ろうとも思わないのだろう。
「ありがとな。あと胡坐は止めとけ。パンツ見えるぞ」
「なっ――――はぁ、これだからスカートは嫌なのよ」
顔を赤くしながら胡坐を崩す鈴音。これを指摘したのが一夏だったらもれなく殴られていただろう。
「それにしても、よく見舞いになんか来てくれたな。一夏と一緒に居なくていいのかよ」
鈴音には一夏に伝えなくてはならない事がある筈だ。
酢豚の約束。鈴音の一夏への気持ち。
せっかく再会出来たのだから、勘違いされたまんまじゃ終われないだろう。
「あぁ……その事なんだけど、さ」
鈴音のくしゃっとした表情。また何かあいつやったのか。
そう思ったが、それとはまた少し事情が違ったようだ。
絞り出すように、ぽつりと始まった彼女の言葉。
「伝えたわ……伝えたの」
「……そうか」
それ以上は何も聞かなかった。鈴音が話してくれるのを待つ。
暫くの間、無言が流れる。唯お互いの間にあるのは呼吸の音と、鈴音の瞳から流れる涙。
悔しいが、傷だらけの手ではそれを拭ってやる事は出来ない。……いや、たとえ傷が無くても、俺にその資格はないのだろう。
鏡映しではない相手に、そう易々と触れるべきではないのだから。
「一夏……私の事は友達としてしか見れないんだって」
その言葉が全てだった。涙を流したまま言葉が続く。
「分かってたのよ。あいつがいくら朴念仁でも、酢豚の約束をただ飯だと勘違いなんてしないって。きっと間違ってたのよ、最初から。あいつにとって私は女の子じゃなかった。こんな性格だもの。無理もないわ」
あはは、と泣きながら空笑いする鈴音。
諦めてしまったのか、という言葉は声にならない。
……知ってる。人の想いはそう簡単に割り切れるものじゃないって事は。
「……もっと女の子らしかったら、違ってたのかな」
鈴音は制服のスカートの裾を強く握る。
彼女の私服はズボンが多かった。それは凰鈴音という存在にとても似合っていたし、活発な彼女の笑顔を引き立てる。
それが、一夏の好みと違っていた。そうとしか言いようがない。
でも、そう言ってしまうのは簡単でも。そう納得するのは簡単じゃない。
「あぁ、違ってたかもな」
ここからの言葉はきっと掛けるべきじゃない。
その涙を拭う資格さえない俺。織斑一夏ではない雪月楯無が、凰鈴音へ掛けるべきではない言葉。
鈴音は俺の親友であって、恋人ではない。それは一夏にとっても同じ事で、あいつにとって鈴音は幼馴染でしかない。
「でもさ、そういう男勝りな所が鈴音なんだろ」
俺の言葉は鈴音にとって慰めにもならない。これは俺の意思だ。
俺が鈴音と親友になれたのは、きっと俺にとって鈴音が眩しかったからだ。
唯誰かを好きになって、当たり前の様に恋をしている鈴音が眩しかった。
分かってたよ。告げるべきだったのは、鈴音にではなく俺自身だ。
「好きな相手の為に自分を変えてしまうようなら、それはもう恋じゃなくて呪いだよ」
……そう言って、意味を理解して、俺は自嘲気味に笑う。
何を言えた事か。自分を変えるなんて事じゃ飽き足らず、己の未来さえ捨てようとしてたのはどこの誰だ。
だけどもう、俺は俺を大切にしてくれる人の為に、自分を蔑ろにはしない。
「お前もお前のままで、誰かを好きになってくれ。親友として言わせてもらえば、凰鈴音っていう女の子はとても魅力的だからさ」
「……何よ、それ」
「本心だよ。親友の言葉ぐらい信じてくれ」
鈴音はおかしそうに小さく笑って、立ち上がった。
「楯無って昔から偶に変な事言うわよね。どっか遠く見ちゃってさ。ま、だから気になったんだけどね」
そうだったのか。だったら、俺達はお互いがお互いに無いものを見ていたのかもな。
俺と鈴音が親友になるのはある意味運命だったのかもしれない。
「今その癖を直してるんだ。要らない心配させて泣かせるのはもうごめんだからな」
「難儀な性格してるわね、あんたも。いいわ。話して少しはすっきりしたし、あんたのその癖直すの手伝ってあげる」
「そりゃ心強い。やっぱり持つべきものは親友だな」
伸びをした鈴の表情は先程より幾分かましに見えた。
慰めにもならない筈の言葉でも、気休め程度にはなったのだろうか。
「任せなさいっての!」
「じゃねー」と手を振って鈴音は医務室から去っていった。
あれなら鈴音自身が踏ん切りを付けて、新しい恋でも、一夏を振り向かせる道でも、自分の意思で選べるだろう。
さて、俺もさっさと部屋に戻るか。ISのコアも隠したいし、簪とも会いたい。
右手が使えるなら何とかなる。血だらけの制服を羽織りながら立ち上がり――――。
「勝手に抜け出そうとするな馬鹿者」
世界最強に止められた。何てタイミングで医務室に入ってくるんだこの人。
千冬さんは呆れながら、眼圧だけで俺をベッドに座らせる。これ以上逆らったら出席簿が飛んでくる。今の身体でそれは避けたかった。
「鎮痛効果もある医療用ナノマシンが身体に入っている。無茶をしなければ三日程で治るそうだ。今は大人しくしておけ」
「……で、何の用ですか。織斑先生」
この人が唯の心配で俺の様子を見に来るとは到底思えない。その手に持っているビニール袋は何か関係があるのか。
生憎と今は腹の探り合いをする気分じゃない。用があるならさっさと言ってほしかった。
千冬さんもそんな気分だったらしく、いきなり本題に入ってくれた。
「楯無。あれは束の仕業だと思うか」
俺を名前で呼ぶという事は、教師として聞いているわけではないようだ。
「ここって盗聴器とかないよね?」
「あるならこんな話はしない。お前の意見を聞かせろ」
はぁ、と溜息を一つ吐く。出来ればもう少し考える時間が欲しかった。
あの時の違和感を思い出しながら、少しずつ俺は話し出す。
「あのISは束姉が作って送り込んできた。それだけは間違いない」
「……あのISは無人機だった。それも踏まえ、長年束の元に居たお前が言うのならそれは間違いないのだろうな」
束姉以外に無人のISが作れる人間は居ない。
俺と千冬さんの見解は一致する。
だから、今回の本当の問題点はここからだろう。
「ならば、途中で変わったあの動きはどう見る」
やはり、気になった所は同じらしい。
対人攻撃には決して最大出力での攻撃はせず、戦闘もカウンターを中心とした受け身の型。
それが突如一変し、相手を追い掛け回しながら最大出力で消し炭にする能動的な殺人兵器と化した。
「――――私見になるぞ」
「構わん。話してみろ」
「あれは束姉の仕業じゃないと思ってる。あの人はISに人殺しはさせない。……それに、動きが変わった後のISは、俺と目が合ってからずっと俺を見ていた。俺に対しての攻撃も甘かったし、ビームの出力も低い。俺を特別視していたのは間違いない」
ふむ、と千冬さんは腕を組んで考える。
「何か心当たりは? お前はあの三人の中なら一番の実力者だ。手心を加える理由がありそうな相手だ」
「さぁな。俺の正体を知る人間はそう居ない。包村帯にだったら関わりがあるテロリストには心当たりがあるけど、殺しに来る理由ならともかく、手加減する理由は一つもない」
「テロリストにまで知り合いが居るとは……お前の経歴は真っ黒だな」
自分で言う分には構わないが、他人に言われると何か傷付く。
「せめて未来は黒くないように頑張るさ。……さてと、もういいですか? お腹減ったんですけど、食堂に行っても大丈夫ですかね」
「……構わんが、本当に大人しくしていろよ。お前は私の生徒だからな」
千冬さんは手に持っていたビニール袋を投げ渡してくる。
キャッチすると、中身は新しい制服だった。
「その血塗れの制服で食堂に行くつもりか? 着替えてから行ってもまだ開いているさ」
何だ、これを渡しにも来てくれてたのか。
……確かに、こんな血塗れを晒して簪に卒倒されるわけにもいかないからな。
今日は色々と大変な一日だった。だからせめて、終わりはいつも通りでありたい。
千冬さんに礼を言って、俺は着替えて食堂に向かった。
この世界の一夏君はどこか違います。
それは誰のせいだろうね(すっとぼけ)