簪さんのISスーツを見て酷く狼狽える童貞
追撃しようとした所で千冬さんからの「それまで」が入り決着した実演戦闘だが、デモンストレーションとしては機能したようだ。
「お前達も成熟すれば訓練機でこれくらいの動きが出来るようになる。励めよ」
『はい!』
元気良く返事をする生徒達。俺は一応ISを動かして二ヶ月程度という設定なのだが、俺も返事しておいた方がいいだろうか。
ハイパーセンサーで地面に墜落した山田先生を確認する。うん、怪我もしていないし、絶対防御も働いていない。シールドエネルギーが減っただけだし、ISにも影響はないだろう。
俺は地面に降下し、地面に罅を入れて転がったままの山田先生に近寄る。
「大丈夫ですか、山田先生」
「は、はい……まさか本当にやられるなんて思いませんでした」
それは仕方ない。言っちゃあ何だが、相手が悪い。現役を退いた元代表候補生と、現役の世界第三位だ。流石に負けてしまっては立つ瀬がない。
苦笑いしながら手を伸ばす。山田先生は手を取りながら苦笑いを返してきた。
「ISで背負い投げされた事なんて初めての経験でした」
「出来るならISを傷付けたくなかったんで。本来だったらアサルトライフル突き付けて降参してもらうつもりでした」
「あはは……ちょっと自信無くします」
いや、現役を退いてあの動きが出来るなら十分だと思う。
基本に忠実な丁寧な動きと戦闘軌道。冷静な判断力と不意打ちへの対応力。
どれを取っても代表候補どころか代表クラスだった。千冬さんと同世代だったから代表になれなかっただけじゃないだろうか。
「雪月、ご苦労だった。戻ってこい」
「へいへい」
千冬さんの声に従って、皆の所に戻る。
戻ってみれば、一夏、セシリア、シャルル、ボーデヴィッヒ、そして簪――代表候補生と専用機持ちが列から別の所で待機していた。
「今から実際にISの装着と歩行訓練を開始する。先程名前を呼んだ五人をリーダーに、グループに分かれて実習を行う」
「俺も訓練組でいいんですか?」
「そんなわけがあるか馬鹿者が。お前には専用機がない更識とペアで指導に当たってもらう。さっさと行け」
「行ってきます!」
何だ、今日の千冬さんは大分優しいな。サービスがいいと言うか、まるで別人だ。ホームルームで出席簿を投げてきたのは多分別人だろう。
ISを展開したまま簪の許へ向かう。千冬さんが「扱い易くて助かる」と言っていたのはこの際聞かなかった事にしよう。
「簪。今日はペアなんだってさ、よろしくな」
「うん……よろしく。さっきの実演、かっこよかった。早く、私も“打鉄弐式”で……」
飛びたい。そう言葉が続くのは明白だった。
俺もだ。俺も早く、簪が“打鉄弐式”で飛ぶ姿が見たい。
「リーダーはちゃんと分かれたな。よし、では班員も分かれろ」
千冬さんの号令で列が一気に崩れた。生徒達はわらわらと目的のリーダーの所へ向かっていく。
……まぁ、案の定と言うか何と言うか。
『織斑君、よろしくね!』
『デュノア君、頼んでもいいかな!?』
見事に二人の所にしか人は行っていない。俺と簪、セシリア、ボーデヴィッヒの所へは誰一人として来ない。
千冬さんが溜息を吐き、山田先生は「皆さん均等に!」と注意している。
「これはこれで、応えますわね……」
「そうか? 来ないなら来ないで楽でいいけど」
空いた時間は自主練でもしよう。堂々とISに乗ってデータが取れるなら、取っておきたいデータもある。
「でも……どうして楯無の所にも誰も来ないんだろう。楯無も男性操縦者なのに」
簪が不思議そうに言っている。
確かに、どうして俺の所にも誰も来ないんだろう。
適当に理由を考えてみる。……いや、一つしか思い付かないな。
「俺、クラスで死んだ目扱いされてるからかな。死んでるの左目だけなんだけど」
「そう……? 楯無の目、私……好きだけど」
それはありがたい。俺も簪の目は好きだ。照れくさくて目を伏せてしまっている時も、恥ずかしくて目を潤ませている時も好きだ。
さっきは目を逸らしてしまったが、今度はしっかりと簪の目を見る。眼鏡の下の瞳は吸い込まれそうな程透き通っていた。
簪の顔がほんのりと赤く染まり、ふと俯いて目を逸らす。
「……恥ずかしい」
「そうだな……俺も」
こういう事は部屋でやろう。部屋でやったら永劫にやり続ける気もするが。
「……二人だけの世界に入り浸っている所申し訳ないのですが、そちらに数人来てますわよ」
『え?』
二人して見てみれば、確かに女子生徒が三人居た。
相川と谷本と……見た事がない顔だから、残り一人は四組の生徒達か。
「一夏達のグループはあっちだぞ。それかちゃんと教えてくれそうなセシリアの方へどうぞ」
一夏とシャルルの方を差してそう言う。順番待ちが耐えきれなくなって俺の方へ来たのだろうが、初志貫徹する事が大切だと思うぞ。
親切心からそう言ってやったのだが、どうやら三人は列に並ぶのが嫌になってこっちに来たわけではないようだった。
「雪月君に教えてほしくて!」
「ISの授業中なら目は死んでないしねー」
「私は更識さんの彼氏の顔を見に……」
四組の奴がとんでもない事を言っていたが、それは顔を真っ赤にして「ち、違う……」と抗議している簪に任せておこう。俺が行くと話がややこしくなる。
……で、一組の二人は何故俺に教えてほしいんだ。
「俺はサービス良くないぞ? 普通に教えるだけだからな」
何か向こうではお姫様抱っことかしているが、俺にそんなサービス精神など存在しない。
ISはIS。俺を遠くに飛ばしてくれる翼だが、使い方次第では死人だって出る。
始まりは何にでも肝心だ。俺が束姉に教えてもらったように、こいつ等にもそう教えてやる事しかしない。
だが、二人はそれで構わないようだ。やる気たっぷりのガッツポーズで答えてくる。
「クラスで一番操縦上手い人に教えてもらえるなら、願ったり叶ったりだよ」
「ねー!」
「じゃあ谷本から行くか。じゃあまずは待機状態のISに座る感じで――――」
俺の指示に「はーい」と軽い返事で従う谷本。この五秒後に千冬さんが状況にキレてグループ分けからやり直しになったのは内緒だ。
◇
「おーい、二人共! こっちこっち!」
簪と共に屋上へ向かうと、一夏が座ったままこちらに向けて手を振って呼んでいた。
IS学園の屋上は生徒達に開放されている。屋上で昼食を取る生徒も少なくはなく、一夏もそれに倣って昼食を取ろうとしていたようだ。
食堂で日替わり定食を食おうと教室をぬるりと抜け出した辺りで一夏に捕まり、屋上に集合させられた。
簪も誘ってこいと言われたので、丁度四組から出てきた簪を誘った。
先ずは一緒に飯を食べよう、と告げる。笑顔で頷く簪。
屋上で食べるか、と告げる。きょとんとした顔で思案してから頷く簪。
一夏達も居るんだがいいか、と告げる。険しい顔で数十秒唸ってから頷く簪。
……この三種類の簪が見れただけでもうお腹いっぱいです。
(マスターは一度、検査を受けた方がよろしいかと)
(何だろう、隣に簪が居ないと死ぬ病か?)
(ならばマスターの命日は今日となります。マスターと簪さんは別室になってしまったのをお忘れなきよう)
(何時だか訊いた首を吊る絶好の場所は見つけたか? 案内を頼む)
相棒と心でいつも通りのやり取りをしていると、じっと簪が俺の顔を見ていた。
視線は俺の左目に集中している。言葉にせずとも告げている。『“黒雷”と話しているの?』とでも聞きたいのだろう。
こちらも言葉にせずに頷いて答える。簪は小さく「そっか」と呟いた。
「悪いな。一夏がどうしてもって聞かなくてさ。……俺の日替わり定食が」
「それは夕食に取っておこう……? 今日はちょっとだけ整備室での作業があるから、少し遅れちゃうけど……迎えに行くから」
「じゃあ俺は相棒と“打鉄”のデータの整理でもしてるかな。実力がある相手との実戦データが何個か取れてるし、足りてない分野のデータを割り出しとくさ」
二人で放課後の予定を話し合いながら、一夏達の輪に入って芝生の上に座った。
「おっそい! 空腹で死ぬかと思ったわよ」
「まぁまぁ鈴さん、淑女がそう空腹を訴えるものではありませんわ。我慢も美徳でしてよ?」
「オルコットさん、日本人みたいな感性してるんだね……」
一夏が誘ったメンバーは、セシリア、鈴音、シャルル。この昼食はシャルルの歓迎会も兼ねてるらしい。だから男の俺は強制参加だそうだ。
これだけ見れば簪以外は一夏の特訓面子なのだが、ここに何故篠ノ之が居ないのかと言えば――――。
「しかし、この場に箒さんが居ないのは残念ですわ。折角、こうして皆さんで青空の下、食事を取れる機会ですのに……」
「危険行動で謹慎なんだから、しょうがないじゃない。明日には復帰するんだし、我慢よ我慢。美徳なんでしょ?」
セシリアと鈴音の会話の通りである。
篠ノ之は“ゴーレム”襲来の際に、避難もせずに一夏に声を掛けた危険行動で数日間の謹慎中だ。
「……酷いよな。箒だって俺を鼓舞しようとしてくれただけなのに」
不満そうに言う一夏。……俺の隣の簪がものすっごく怖い表情になってるのに気付いてないのはお前だけだ。
セシリアと鈴音は「しまった」とばかりに目を逸らしている。何の事情も知らないシャルルが哀れである。
俺は簪へ視線を向け、抑えるよう視線で訴えかける。簪も自分が何かを言えば空気が悪くなる事も理解しており、また自分自身が何かを言う資格もない事も理解していた。
故に、何かを言う資格があるのは篠ノ之を庇った俺だけだ。無論俺にも言いたい事は一つだけある。
「篠ノ之が勝手な行動をしたせいで“打鉄”が深刻なダメージを負った。負う必要のないダメージだった。喋る事が出来ない“打鉄”に代わって、それだけは言っておく」
別に俺の怪我はいい。もう治ったし。それを口にしたら簪に怒られ、鈴音に呆れられるので言わないでおくが。
二度とあれはごめんだ。ISに人殺しをさせるのも、ISに負う必要のないダメージを負わせるのも。
「……一夏に対しては済んだ所で、飯にしようぜ。腹減ったよ」
「あー、そ、そうだね! 僕もお腹ぺこぺこだなぁ!」
完全に死んだ空気を切り替えようとして、シャルルはそれに乗ってくれた。
転入初日にこんな修羅場に放り込まれたのに、結構いい奴なのかもしれない。
鈴音が、「よ、よぉーし! 私の渾身のお弁当を見なさい!」と勢いよく自らの弁当を開けた。
え、弁当持参なのか? 俺と簪普通に購買で買ってきたんだけど。
鈴音の弁当の中身は、油調した玉ねぎや人参、筍等の野菜類と豚肉に、ケチャップを利かせた甘酢を絡めた料理――酢豚だった。
『…………』
再び、空気が死んだ。厳密に言えば一夏と鈴音、そして俺の。全体のメンバーの半分の空気が重くなればもう地獄になるのは十分だろう。
どうして今日に限って酢豚を作ってきたんだ鈴音。何故お披露目してしまったんだ親友。
一夏と鈴音は既にこの場から逃げ出したそうだった。平時はお互い大丈夫でも、こういった爆弾が投下されるとやはりまだ時間が足りないらしい。
他の面子も何かを感じ取って黙りこくっている。シャルル可哀そう過ぎだろ。
「おぉ、それ美味そうだな。鈴音、転校する前も料理頑張ってたもんな」
ここは親友の俺がどうにかせねばなるまい、となるべく自然な感じで感想を告げる。
それを察した鈴音がこちらを見る。そうだ、言葉は要らない。俺達の長年のコンビネーション、見せてやろうぜ!
「そ、そうよ! 自分で言うのも何だけどかなり上達したんだから! よく味見してもらってたし、あんたなら違いが分かるでしょ!」
まぁ、俺の場合は本当にただ飯だったのだが。束姉が居ない時とかは食事を用意しなくて済むので助かった。
よし、これでここから一夏に食わせる流れだ。視線で鈴音に告げると、鈴音は大きく頷いて箸で豚肉を一掴み。
そしてそれを――――。
「はい、楯無。あーん」
俺じゃねぇぇええええ! 一夏ぁぁああああ!
何昔を懐かしんでにっこにっこになってんだよ!
間違いに気付かないまま、俺に対してぐいぐいと酢豚を押し付けてくる鈴音。普通に二人で飯を食ってれば速攻食うのだが、ここではそうは行かない。
一夏は何か嫉妬なんだかよく分からない表情してるし、セシリアは小さく「また修羅場ですわ……」と呟いてるし。シャルルは両手で顔を覆って隠しつつ、こっそり指と指の隙間から見てる。
……そして何より。
「……む」
じーっ、と。穴が開く程俺を凝視してくる視線が一つ。言わずもがな簪である。
鈴音との回し飲みで強制あーんだったんだ。最初の段階があーんだった場合、何が待っているのだろう。
「あ、あーん」
そろそろ口を開かなければ本当に酢豚を押し付けられる。
観念してあーんすると、酢豚が口の中へ運ばれる。
――――確かに、美味い。鈴音の今までの努力の集大成だ。
これを毎日食わしてくれるなら、こっちから結婚してほしいぐらいなのにな。
「楯無」
「ん――――むぐ」
名前を呼ばれて簪の方を向けば、口に何かを突っ込まれた。
……この食感は食パンか。つまり、これは――――。
「食べ掛けだけど……あーん」
簪がさっきから食べていたサンドイッチか。
もうあーんした後だが、簪は俺が食べた跡から再び口を付けていた。
――――簪が今言った事と、簪が今している事の意味を理解して、俺と相棒の脳内会議が始まるまであと五秒。
もう簪さんがメインヒロインでいいんじゃないかな