刀奈求める楯無き者   作:乱麻@PINK

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天国からの地獄は基本


16..シャルロットと帯

「雪月、こっちに来い」

 

放課後。さっさと一人部屋になってしまった自室に戻って“打鉄”のデータ整理をしようと椅子から立ち上がった瞬間に、千冬さんに名前を呼ばれた。

担任に呼ばれてしまっては仕方がない。俺は教壇に陣取っていた千冬さんの許へ向かう。

 

「何の用ですか、千冬先生」

 

「織斑先生だ。六月になっても直らんらしいな」

 

振り下ろされた出席簿を白羽取りしながら一連のやり取りをする。

俺と千冬さんのやり取りを、同じく教壇の近くに居たシャルルが苦笑いしながら眺めていた。

その両手には通学するには少しばかり大きな荷物が……シャルル?

 

「お前もさっさと寮の自室に行けよ。時間を置いて転入してきたなら、ちゃんと寮の自室は用意されてるだろ。……色々大変だろうけど、まぁ頑張れ」

 

「う、うん。そうなんだけど……」

 

「お前を呼んだのはその事でだ、雪月」

 

……何だか、物凄く嫌な予感がする。

そしてこういう時の予感は大体当たるのがお決まりだ。

 

「デュノアはお前と同室だ。同じ男同士、面倒を見てやれ」

 

「……は?」

 

まさかの内容に俺は間の抜けた声を出す。

いやだって、たった今日簪が引っ越しをしたばかりなのに直ぐに同居人が決まるのか。

 

「同じ男だってんなら、一夏の方がいいでしょう! 自慢じゃないですけど、俺はシャルルと上手くやっていく自信はありませんよ」

 

「お前と上手くやっていけるのは更識達と凰ぐらいだろう……。ではなく、織斑の同居人は篠ノ之だ。篠ノ之が謹慎中なのはお前も知っているだろう。謹慎中の人間を引っ越しさせるわけにも行かないからな」

 

それなら一夏を引っ越させれば、という言葉は呑み込んだ。

千冬さんの視線が告げている。『厄介事だ。お前に任せた』。こいつ、一夏と同室にするより俺と同室にする方がリスクが少ないと踏みやがったな。

俺が何を持ってるのか分かってるのか。企業や国家所属でもないのに専用機と、無人機のコアだぞ。……あ、知らないか。

――――と言うか、この為に部屋割りを変更しやがったのか。

 

「だから今日は少し優しかったのか……! 飴と鞭の飴の部分少な過ぎだろ!」

 

「飴をやっただけでもありがたいと思え。本格的な荷物は明日送り込まれるそうだ。今日の所はデュノアが持ち込んだ荷物で何とかなるな」

 

「はい。問題ありません」

 

「話は以上だ。雪月、お前も少しは普通の学生らしく振舞ってみろ」

 

いや、俺は何もなきゃ普通の学生なんですけど。

決闘を申し込んでくる奴が居たり、無人機に襲撃されたりしなきゃそこまで変な事した覚えはない。

そして新たな厄介事をぶん投げてきた人に言われたくもないが……まぁ、これ以上何か言っても無駄なのは分かってる。

 

「案内する。行こうぜ、シャルル」

 

「う、うん。お願いします、楯無君」

 

シャルルを連れて教室から出る。一夏は特訓をしにセシリアとアリーナに向かっていった。特訓馬鹿なのはもうクラス中に知れ渡っている。

寮に向かう途中、様々な視線が俺達に注がれた。

俺と一夏にはもう大分慣れてきたこの学園だが、新しい異物であるシャルルにはまだ慣れていない。

 

「何か……凄いね」

 

「何が」

 

「いや……やっぱり男子って、目立つんだなぁって」

 

しみじみと言うシャルル。一夏も最初はこんな感じだったな。

 

「その内慣れるさ。……着いたぞ」

 

もうすっかり慣れた帰路が終わり、部屋の前へ辿り着いた。

鍵を開けてシャルルと共に中に入る。

 

「手前のベッドを使ってくれ」

 

短く告げて鍵を閉め、部屋の中を進む。

手前のベッドは俺のベッドだ。俺のベッドには何にも置いてないから、そのまま明け渡してしまっても構わないだろう。

俺は奥のベッド――簪が使っていたベッドに座る。……別に、このベッドを他の人に使ってほしくなかったわけではない。

 

(本当だからな!)

 

(マスター。私相手にその言い訳は無理があると判断します)

 

「お、お邪魔しまーす」

 

自分の部屋に帰ってくるのに『お邪魔します』も変なのだが、そこは放っておこう。

俺は制服の上を脱いでインナー姿になる。堅苦しいんだよ、この制服。

シャルルはちょこんとベッドに座ったまま、周りをきょろきょろと見回している。

……さて、もう面倒くさいから始めるか。やる事もあるしな。

 

「コルセットとか取っていいぞ。苦しいだろ」

 

そう告げた時、シャルルの動きが止まった。

ぎこちなくこちらを見て、「え?」と間抜けな声を上げている。

 

「あ、ええと……何の事、かな。僕、コルセットなんて付けてないよ?」

 

「そっか。じゃあ、質問を変えるか」

 

この時点では別に『お前が男ではない』と直接告げているわけではない。

故にこの程度で白を切るのだろう。だったらはっきりと告げてやろうか。

 

「どうして男のふりをしてこの学園に入ったんだ。男性操縦者と接触するなら女性のままでも問題はなかっただろうに」

 

「……何を言ってるのかな。僕はれっきとした男だよ?」

 

シャルルが冷静に努めようとしているのが手に取るように分かる。

虐めているみたいであまりいい気分ではないな。

 

「男はISに乗れないよ。そういう風になっている」

 

「で、でも。一夏や楯無君は乗れてるじゃない。きっと何か条件があって――――」

 

「だったら、お前は何を犠牲にした?」

 

冷たい声が、部屋の中に響く。シャルルが「犠牲……?」と反復していて、少しだけ腹が立った。

左目の白い瞳を指して、俺は続けた。

 

「俺はこの左目の犠牲にして、ISとの適合力を高めるナノマシンを身体の中に取り込んだ。そうでもしなければ、男性はISを使う事すら出来ない」

 

厳密には、俺との意思疎通が出来る相棒以外のコアは俺に力を貸してはくれない。

これをしてでも、俺という男性とのコアの相性はよくない。“打鉄”がここまで力を貸してくれている事に感謝したいぐらいだ。

だから、俺の入学試験でのIS適性はCランク。適性は目安程度にしかならない事が幸いし、経験によってどうにか相手の上を取っているに過ぎない。

 

「コルセットで胸を隠し、ハイネックで喉仏が無いのを誤魔化せば、まぁ男に見えなくはない。中性的だもんな、お前の顔」

 

「……っ」

 

「まぁ、お前を剝けば嫌でも分かる事だ。お前が男なら、それぐらい問題ないよな」

 

そのまま、沈黙が流れた。

かれこれ一分ぐらいだっただろうか。シャルルは大きな溜息を一つ吐いた。

溜息を吐きたいのはこっちだ。

 

「うん……僕は女だよ。名前は、シャルロット=デュノア」

 

シャルロット=デュノア。それが彼女の本当の名前らしい。

デュノアって苗字も偶然というわけではなく、本当にデュノア社の経営者の一族だそうだ。

まぁ、そこまで聞けば大体の目的は推測出来る。

 

「男性操縦者による会社の宣伝と、俺と一夏のデータ取りってとこか。……あぁ、そうだ。第三世代機も開発しないといけないから、“白式”のデータも盗み出してこいとか言われたか?」

 

だから、別に女性のままでも問題なかっただろうに。

寧ろ身体を使って落とせる分その方が有利だろう。まぁ、その場合でも俺と同室だったら意味がないが。

 

「どうして、第三世代機の事情まで……」

 

「“ラファール=リヴァイヴ”以降のフランス製ISの話を聞いた事がないからな。未だ正式ロールアウトをしていなくても噂ぐらいは流れる。それもないって事は相当遅れてるんだろ、そっちは」

 

欠伸をしながら説明すれば、どうやら大体当たりだったらしい。

しかし、一日でばれるようなこの計画を考えたのはどこの誰だ。もうちょっとやりようがあっただろうに。

ともかく、正体を判明させて牽制も済んだし、これ以上はどうでもいい。

 

「僕は……妾の子なんだ」

 

シャルル――シャルロットの呟きに興味はない。

どうしよう、整備室にでも行こうか。無人機のコアは持ち歩いた方が安全だろうな。

 

「引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなって、父の部下がやってきたんだ。検査の過程でIS適性が高い事が分かった僕は、非公式のテストパイロットになったんだ」

 

「食い扶持見つかって良かったじゃないか」

 

施設出身の身としては羨ましい限りだ。

破滅的な未来を選ぶ事を止めた俺としては、将来の食い扶持を探すのは重要な事だ。

しかしシャルロットにとってはいい思い出ではないらしい。沈んだ様子でぽつりぽつりと続けた。

何時まで聞いてればいいのか。同情を誘ってるなら時間の無駄だ。

 

「で、お前はどうすんの。強制送還は多分叶わないぜ」

 

「え?」

 

IS学園はどの国家にも属さず、干渉もされない。

仮に男装がばれ、フランスの本社に呼び戻される命令があったとしても、IS学園に居る限りはその命令に従う義務はない。

そもそもだ。男性操縦者の情報を盗もうとした危険人物を、IS学園がそうそう本国に返してくれるわけがない。

 

「俺としては別にお前が何をしようが知った事じゃない。生憎家の事情を受け入れる事もせず、唯流されてるような奴には興味もない」

 

冷たいようだが、それが俺にとっての事実だ。

シャルロットと刀奈は似ても似つかない。刀奈は『更識』としての役目を受け入れて頑張っている。

だから関わろうとも思わない。やりたい事もやるべき事もないのなら、流されてるままの方が幸せだろう。

 

「……なら、僕はどうすれば良かったの」

 

「知らない。自分で決めろよ。俺が服脱げって言ったら従うのかお前は」

 

シャルロットは顔を赤くして黙り込んだ。こういったセクハラには弱いらしい。

 

「……お前は何がしたいんだよ。それすらない奴が何かを残せると思うなよ」

 

「僕……私が……したい事」

 

『僕』なのか『私』なのか知らないが、シャルロットが呟いて天井を見上げた。

 

「……ねぇ、君って何者なの? どうして私の男装を見破って、デュノア社の目的も把握してるの?」

 

「デュノア社の方は完全に予測が当たっただけだ。まぁ、男装の方はあれだな。経験則ってところか」

 

「経験則……?」

 

不思議そうにシャルロットが聞いてくる。

経験と言われても確かに分からないだろう。……まぁ、別にいいか。千冬さんにはもうばれてるし。

俺はシャルロットの秘密を知っている。下手な事も出来ないだろう。

……それにばれたところで、声の説明が付かない時点で世間は信じないだろうし。

 

「包村帯って聞いた事ないか」

 

「あるよ。有名だもん。国籍不明で第二回モンドグロッソに出場した『包帯の乙女』。左目と首に包帯を巻いてて、黒い髪と赤い右目が特徴の――――」

 

そこまで言って、シャルロットは気付いたらしい。

言葉で肯定せず、俺は腕を組む。

シャルロットが俺の顔をじっと見つめていた。面影があるのは当然だ。だって本人だもん。

 

「本当にあの……包村帯なの?」

 

「本名は雪月楯無だけどな。偽名は包村帯の方」

 

ベッドに身を放り出し、横になる。

ふと、簪の匂いがした。今日の朝まで簪が使っていたベッドだから当然だが。本人が居ないだけなのに、どうしてこんなにも存在を感じてしまうのだろう。

 

「楯無君」

 

簪と入れ替わりで俺との同居人になったデュノア社のスパイが俺の名を呼ぶ。

 

「何だ」

 

「私も……やりたい事を見つけていいのかな」

 

そんな事を言うようになったのは、何かしら心境の変化があったのかもしれない。

それを見つけられるかはシャルロット次第だし、シャルロットと向き合うのは彼女がやりたい事を見つけてからだ。

 

「好きにしろ。一々許可取るような事でもないだろ」

 

簪の匂いを感じて目を閉じる。

 

(唯の変態だな、俺)

 

(ご安心ください、マスター。マスターは簪さんと刀奈さんの事になるとむっつりの変態です。簪さんとはお互い様ですが)

 

(悪い、否定出来ない)

 

相棒との心の会話もそこそこに、俺は目を開けて“打鉄”からウィンドウを展開する。簪が迎えに来るまで“打鉄”のデータ整理でもしておくか。

暫くデータの整理をする。どうやら軌道データに偏りがあるようだ。回避パターンがすれすれ過ぎて、少しでも反応が遅れれば危険のようだ。これじゃ簪に渡した時のランダム回避パターンに影響がある。もうちょっと安定した回避を心掛けるかな。

 

「……『帯』」

 

「あん?」

 

今後の稼働データの収集傾向を見定めていると、突如偽名の方の名前を呼ばれた。

首だけ起こしてシャルロットの方を見れば、彼女はずっとこっちを見ていた。

だが、先程までの諦めてしまったような目ではない。別にいい目をしているわけでもないが。

 

「『帯』って、呼んでもいいかな」

 

「……別にいいけど」

 

理由を聞く事もせず、許可する。俺の呼び方なんてどうでもいい。

 

「僕の事も、『シャル』って呼んでくれるかな。……お母さんがくれた名前を、大切にしたいから」

 

母親との記憶。五歳の頃に両親を亡くした俺にはもう妹しか家族が居ないし、そもそも母親との記憶なんて憶えてない。

だから彼女の心は分からないし、それがどう彼女の支えになるのかも分からないが。

 

「あぁ、そう。……ま、そういう事なら呼ぶよ。シャル」

 

「うん。ありがとう、帯」

 

あれだけ散々貶されても、名前を呼ばれただけで嬉しそうに笑うシャルの気持ちを――――蔑ろにする事もないだろう。




果たしてシャルロットさんはやりたい事を見つけられるのか。
このルームメイトは悪影響しか与えないぞ!
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