刀奈求める楯無き者   作:乱麻@PINK

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知らない間にお気に入り100件超えてました、ありがとうございます。

真ヒロインが出てない話数を数えたら切なくなった。


18.今はない言葉

「ふーん、そんな事があったのねぇ」

 

朝。登校時間前の生徒会室。

更識刀奈は『理解』と書かれた扇子を広げながらそう言った。

生徒会会長である刀奈は自らの席である生徒会長の椅子に腰掛けて、壁に寄り掛かりながら欠伸をしている雪月楯無へ視線を向けた。

 

「……面倒くさい。投げ出したい」

 

普段の良く言えばクール、悪く言えば冷めた――――否、唯目が死んでいる楯無は、普段は言う事のない泣き言を容易く漏らした。

更識簪や凰鈴音には漏らさない泣き言が、年齢の差もあるからか更識刀奈の前ではするりと出ていた。

 

「あらあら、お姉さんには妹は居ても、弟は居なかったと思うんだけどな?」

 

昔からの癖なのだろう。五歳の頃から両親が居ない彼にとって、弱みを見せたり甘えられる相手は身内には存在していなかった。故に同級生であった更識簪の姉である、一つ年上の刀奈は彼女の性格も相まって彼にとってそういう対象になっていた。

その背景を理解している刀奈は昔を懐かしみつつ、椅子から立ち上がって楯無へと歩み寄る。

 

「いきなり話があるって言うから、てっきり告白されるのかと思ったわ。まさか簪ちゃんとのいちゃつきを聞かされるなんてね」

 

もう、と羨ましそうに言う刀奈だったが、一体どちらの立場が羨ましいのかは怖くて聞けずにいた。

 

「……シャルとボーデヴィッヒの件は無かった事になってるのか」

 

寧ろその件が本題だったのだが、刀奈にとってはどうでもよい事だったようだ。

 

「ボーデヴィッヒの件は俺に押し付けられただけとして、シャルの件は本当にいいの?」

 

「織斑先生が何かあるまで現状維持って判断したんでしょ? なら生徒会としてもそれに従います。それにね、楯無君ならどうにか出来る気がするから」

 

「……過度な期待はしないでね。今の俺は何の後ろ盾もないんだから」

 

楯無の立場は二番目の男性操縦者でしかない。織斑一夏の様に織斑千冬という存在がいるわけでもなければ、倉持技研といった企業や研究所に所属しているわけでもない。

社会的な立場で言えば明らかな弱者であり、そのせいで堂々と専用機を使う事も出来ない。

そんな自分が何が出来るのかは至って謎だが、なるようにしかならないだろう。そもそもがシャルロットの入学を許した学園側の過失であると、楯無は思考を止めた。

それより、今も着々と距離を詰めてきている刀奈に意識を集中するべきだ、と楯無は脳味噌を殺した。

 

「……近くない?」

 

「だって近付いているもの。逃げちゃやーよ?」

 

逃げようにも既に壁を背負っている。そもそも楯無にとって逃げる理由がない。

更識姉妹なら何をされようとウェルカムだった。

 

「ふふ、捕まえた」

 

捕まえるも何も逃げていないのだが、楯無は所謂壁ドンと呼ばれる体勢に追い込まれた。

爽やかな匂いを感じる。甘く柔らかい簪の匂いとは正反対だった。

明らかにじゃれてるな、と楯無は煩悩を振り払う。遊ばれてるのだから反応すれば思う壺だ。それも悪くないと思っている辺り、もう色々と手遅れなのだが。

 

「捕まった。それで、かた――――」

 

「だーめ」

 

「……更識先輩は、一体何をするつもりですか?」

 

名前を呼ぶ事は相変わらず許されない。その事実に拗ねながら、楯無は刀奈へ問う。

刀奈はにやりと笑った後、更に楯無との距離を詰めた。もう殆ど密着である。

 

「簪ちゃんを虜にする匂い、お姉さんにも嗅がせなさい?」

 

「人それぞれだと思うけど……偶々簪にとって俺の匂いがクリティカルだっただけで」

 

「大丈夫よ、私は簪ちゃんの匂いもクリティカルだから」

 

何が大丈夫なんだろう、と楯無は疑問に思ったが、自分も刀奈の匂いがクリティカルだったのを思い出して黙っておいた。

幼馴染の姉妹の匂いを意識してしまうのは些か罪深い性質……もとい性癖な気がするが、片方からは許可が出ているので気にしない事にした。

そんなこんなで密着を通り越して首筋へ顔を埋めた刀奈。傍から見ればどう見ても事案だった。

 

「どこがいいのかしらね……すーっ……はーっ」

 

遠慮なしに匂いを嗅ぎ始めた刀奈。息を吸うのはともかく、吐き出される息が生暖かくて非常にくすぐったい。

まぁ十秒も続かないだろう、と楯無は我慢していたのだが、十秒どころか一分経過しても刀奈が離れる様子はなかった。

 

「……大丈夫?」

 

「んっ……これは思った以上にクリティカルね」

 

頭が悪い感想を頂きながら、『姉妹って好物が似てるものなんだな』と頭の悪い感想を抱いた楯無。

刀奈によって何かを堪えるように強く握られていた自らの制服。皺になる事など微塵も考えていなかった。

残念ながら、楯無は更識姉妹の事になると思考回路が極限まで衰えてしまう傾向にあった。

 

「……もうちょっとだけいいかしら」

 

「別に、これぐらいなら何時でもどうぞ」

 

「こっそりお姉さんの匂いも嗅いでいいわよ?」

 

朝から何やってるんだこの二人。

人で遊ぶ傾向にある刀奈とそれを全力で受け止める楯無。救いようのない組み合わせだった。

お互いむっつりで暴走気味である簪との組み合わせも救いようがないのは、普段の生活から分かりきった事だった。

そもそもこの距離で匂いを嗅がないのは不可能だ。先程から楯無は刀奈の匂いを感じ続けていた。

その爽やかな匂いが楯無を安心させる。簪とは正反対でも、その効能は同じだった。

警戒しているシャルロットと同室だったせいで眠りが浅い。簪と同室だった頃の熟睡には程遠い睡眠の質。朝早くから生徒会室にて刀奈と話す為にした早起き。そして、今嗅いでいる安心する匂い。

 

「……あら?」

 

不意に掛かった体重により、刀奈は楯無の顔へ目線を向ける。

穏やかな寝息を立てて、子供の様に安らかな表情で眠っていた。

 

「……お疲れ様。朝食の時間になったら起こしてあげるわ」

 

優しい笑みで楯無を受け止めて、ゆっくりと地べたに座り込む。

頭を撫でながら、眠ってしまった幼馴染が安心出来るように、そっと抱きしめる。

 

 

          ◇

 

 

「お姉ちゃんの匂いがする」

 

簪は半目でそう言った。

朝の訓練等の理由でお互いの朝が別々だった時、朝食を共に食べる為のいつもの待ち合わせ。

そうして食堂前で待っていた簪と合流したのだが、開幕これである。

 

「知らない間に眠ってて、起きたら抱きしめられてた」

 

「……どういう事?」

 

簪は俺が刀奈に事情を説明する為に生徒会室に行っていたのは知っている。

俺も何をどうしたらこの結末になるのかは分からない。匂い嗅ぐとかそんな提案受けたやつ誰だよ。俺だよ。

簪はさっぱり分からない様子で俺を半目で睨み続けている。何度も言うが俺もさっぱり分からない。

 

『簪さんと同じような理由です。第三者からすれば、どっちもどっちかと』

 

混雑している食堂では相棒の声も雑踏の一つに過ぎない。一言二言程度ならば怪しまれる事はないだろう。

相棒の言葉に簪は「まったく、お姉ちゃんたら……!」と呆れていた。人の事は言えないぞ、お互い。

もやもやした気分は晴れないのか、簪は不満げにこちらを見ている。矛先をどこに向けていいのか分からないのだろう。

 

「……別に、大丈夫。お姉ちゃんは楯無のシャツを持ってないけど、私は持ってる。私が一歩リード」

 

「ゴールどこなんだ、それ」

 

あと全然大丈夫じゃない。本当に唯の変態だからな?

もうこの問題を考えるのは止した方がいいだろう。簪が満足してるならそれで良し、それが世界の真理である。

二人して食堂の朝食セットを頼む。俺は適当に鮭の定食。簪は少し悩んでトマトレタスサンドにしていた。そういえば簪は鶏肉以外の肉がそう好きではなかった筈だ。ハムもそんなに好きではないのだろう。

テーブルに座って朝食を食べ始める。今日も脂の照りがいい鮭が美味そうだ。

 

「いつも思うけど……結構食べるよね、楯無」

 

簪は自分の朝食と俺の朝食を見比べた。俺は別に食べなくても平気だからこの量なんだが、一夏はもっと食べる。

まぁ、それでも簪のサンドイッチだけはちょっと量が少な過ぎる気がするが。

 

「男の子……なんだよね」

 

「元包村帯だけどな。最近は包村帯包村帯煩くて敵わない」

 

遂に俺の事を『帯』と呼び始める奴まで出てきてしまった。人の呼び名の由来なんてそうそう訊くものでもないから大丈夫だろうが。

 

「包村帯だと?」

 

「今日の鮭は美味いぞ。簪も食べるか?」

 

「う……うん。でも、箸がない」

 

「包村帯の話をしていたのかと聞いている」

 

「食べさせてやるよ、ほら」

 

「えっ、いいの? ……あーん」

 

「質問に答えろ」

 

視界の隅にあった銀髪を完全に無視して簪に鮭を食べさせる。簪は少し顔を赤くしたが、嬉しそうに食べている。

天使の笑顔を堪能した後で、テーブルを挟んだ向かいに居る不機嫌の方に向き直る。このままだとナイフが飛んでくる。

 

「朝飯ぐらい静かに食わせてくれないか。……包村帯の話はしてない。名前を出しただけだ」

 

ボーデヴィッヒは朝食が乗ったトレーを持っていた。当たり前だが食堂に居るのだから朝食を食べに来たのだろう。

残念な事に俺の向かいの席は空いている。誰かスライディングで入ってこないかな。

しかし祈りも虚しくボーデヴィッヒは俺の前の席に陣取った。さらば平和。

 

「何故包村帯の名前が出る。そうそう出る名前ではないが」

 

「もう憶えてない。最近物忘れが激しいんだ」

 

「ふん、その歳でもう惚けたか。ナノマシンのせいか?」

 

ナノマシンにそんな効能はない。だが、こんな軽口を叩いてくるのは意外だった。

千冬さんの言葉を思い出した。確かにボーデヴィッヒが他の相手にこんな風に何かを言ってくるかは考えにくかった。

鮭を堪能し終わった簪が、漸くボーデヴィッヒの方を向く。昨日の時点で特徴は教えてあるので、彼女がボーデヴィッヒだと気付いたようだ。

 

「私……更識簪。四組で、日本の代表候補生」

 

「ラウラ=ボーデヴィッヒだ。ドイツの代表候補生」

 

おや、千冬さんの命令が無くても自己紹介をしたぞ?

 

「何故包村帯の話をしていたか、貴様は憶えているか」

 

「楯無……何でだっけ?」

 

簪は惚けてくれた。ちょっと誇らしげなのが可愛い。

ボーデヴィッヒはそれ以上の言及は無意味だと悟ったのか、それ以上包村帯については訊いてこなかった。

無論会話はない。特に共通の話題もないのだから当然の事だ。

しかし、俺には千冬さんから下された『ボーデヴィッヒと関われ』というミッションがある。決して押し付けられた厄介事ではない。

何か会話をしなければならないのは明白なのだが、その話題をどうしたものか。

 

(マスター。織斑千冬の話題はどうでしょう)

 

(どういう事だ?)

 

(織斑千冬はドイツで彼女の教官を務めていました。その頃の織斑千冬をマスターは知りません。そして織斑千冬に興味があると、ラウラ=ボーデヴィッヒへ好印象を与える事が出来ます)

 

成程。正直千冬さんには全く興味がないのだが、ミッション達成の為には聞かなければならないらしい。

腹を括ってボーデヴィッヒの名前を呼ぶ。反応したボーデヴィッヒへ聞いてみた。

 

「なぁ、千冬さんってドイツに居た頃お前の教官だったんだろ? どんな感じだったんだ」

 

「それを聞いてどうする」

 

「どうするも何も、俺と千冬さんはIS学園に入る前からの知り合いなんだよ。知り合いが知らない間に何してたかとか、気になっても不思議じゃないだろ?」

 

心にもない言葉を吐けば、ボーデヴィッヒは一応納得してくれたようだ。

静かな口調で、ボーデヴィッヒは当時を振り返る。

 

「教官はドイツ軍にISの教官として赴任され、私を気に掛けてくれた。……当時の私は不要品だったからな」

 

「そりゃまた、不要品の代表候補生なんて聞いた事ないぜ」

 

「黙って聞いていろ。私は教官のおかげで、今ではドイツ軍のIS部隊を率いる程まで上り詰めた。関係ない話だがな」

 

成程。こいつが千冬さんを崇拝しているのはそういう事か。……まぁ、自分を救ってくれた人を特別に想ってしまうのは無理もない事だ。

俺も経験がある。当然相手は束姉だ。あの人は今何をしているのだろうか。逐一“白式”のデータは送っているが、届いているのかも定かではない。

 

「教官は訓練の合間に話をしていた。日本に残してきた弟が居ると」

 

「一夏の事か。で、お前にとっては千冬さんが二連覇を逃した汚点だと」

 

ボーデヴィッヒは頷く。いやテロリスト相手にIS無しで攫われるなって結構無茶だぞ。

俺も助けようにも包村帯として行動するには限界があったから見ているしか出来なかったが。

 

「――――そして、もう一度だけ戦い、決着を付けたい相手が居るとも言っていた。それが包村帯だ」

 

「あぁ、そういう事なのね」

 

俺は納得した。別に千冬さんが勝ったんだからいいじゃん、そして降参を許さないとか大人しく斬られるの嫌がって当たり前だろ、と思っていたのだがこういう理由があったのか。

……全部千冬さんのせいじゃねぇか!

 

「教官と包村帯の試合の映像を何度も見た。奴は教官と互角に渡り合い、最後には教官の背後まで取ったというのに、奴は降参を選んだ。あのような態度、教官との試合への侮辱に他ならない……!」

 

成程なぁ、と納得した。

そんな事言われても、こちらとしては戦う理由が無くなってしまったのだから戦うわけにもいかない。

俺の空はあそこにはなかった。たとえ世界最強になったとしても、二人の笑顔がないのなら意味がない。

 

「あれが教官の現役最後の公式戦だった。IS乗りとしての血が滾っていた。それを棄権で済まされたとなれば、悔やんでも悔やみきれんのだろう……」

 

ボーデヴィッヒの言い分は分かった。こいつは極端だが優しい奴なのだろう。

自分以外の事でここまで怒れる人間はそうは居ない。国籍不明の相手を探し出そうとするなんて相当だ。

 

「一夏の奴が好きでさ、俺もその映像はよく見てた……まぁ、だからどこかの誰かの代わりに言うけどさ」

 

俺は告げるしかないのだろう。

今はもう居ない彼女。世界第三位の実力を持つ謎の女性、包村帯。その彼女が求めていた空。

 

「戦うだけならISが無くても出来る。折角飛んでるんだ、大切な人が笑ってる場所に向かっていきたいだろ」

 

「……くだらん。そんなもの弱者の言い訳に過ぎん」

 

「かもな。忘れてくれ」

 

ボーデヴィッヒはトレーを持って立ち上がる。朝食は終わりのようだ。

全力で俺がディスられていたのだが、何故か隣の簪は笑顔だった。

去っていくボーデヴィッヒを見ながら、簪は告げる。

 

「――――きっと飛べる。楯無の大切な人が笑ってる空に」

 

「……じゃあ。笑っててくれ、簪」

 

告げた言葉が恥ずかしくて、俺は急いで味噌汁を飲み干した。




ラウラさんと仲良くなれる気がしないんですけれど
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