「今日は凄かったね……」
簪が鶏の唐揚げを摘まみながらそう言った。
夕食時の食堂。簪の右隣に座っている、一応はラウラとの模擬戦を制した楯無も「本当にな」と相槌を打った。
彼としてはその後の篠ノ之箒とのやり取りの方が、悩みの種としては深刻だったのだが。
楯無の右隣りに座っているシャルロットも苦笑いだった。
「まさか、ボーデヴィッヒさんが包村帯に執着してるなんてね」
「どこに行っても人気者だね、楯無」
「勘弁してくれ。人気があるのは包村帯で、雪月楯無じゃない」
楯無は簪の皿から唐揚げを一つ拝借して口の中に放る。既に楯無自体は注文した日替わり定食を食べ終わっていた。
元より小食の簪には、この唐揚げ定食は多過ぎる。注文前に楯無に少し食べてほしいと頼んで、簪は唐揚げ定食を注文した。
楯無がこの間鈴音とラーメンと炒飯をシェアしていたのを見た事による対抗心かもしれない、と楯無は直感した。
「ボーデヴィッヒが一番執着してんのは一夏だ。何しろ目標が目の前に居るんだから、逃がす手はない。……ま、それは一夏自身がどうにかするだろ」
「そうだね、きっと一夏はあぁいう人と仲良くするのは得意だと思う」
「文字通り当たって砕けるような奴だからな。あの真っ直ぐさが羨ましい」
一夏に対する皮肉として言ってみた楯無だったが、両隣りの女子は深く頷いていた。
「うん、確かに帯は少し捻くれ過ぎかな。僕の事情に対してだって、やりたい事を見つけろって言って放っておくんだもん」
「でも……不器用だけど、凄く大切に思ってくれてる。……そんな不器用な楯無だから、私は……いい人だと、思う」
「…………あ、そ」
簪の言葉に照れた様子で右側にそっぽを向いた楯無。しかしその右側にはシャルロットが陣取っている。
にやにやと楯無の顔を眺めているシャルロットへ、不機嫌そうに楯無は告げた。
「何だ、まだ食べ終わってないのか。お前、まるで女子みたいだな」
「ちょちょちょっと帯!? 僕は男子だよ!?」
慌てて一生懸命もぐもぐと夕飯を食べ始めたシャルロットを鼻で笑う。『ざまあみろ』とでも言いたげだった。
そんな彼らの定まったと言っていい関係を見て、簪はつんつんと楯無の脇腹を突く。
「ど、どうした?」
「……明日、整備室で“打鉄弐式”の機体面の最終調整をする……から。だから、えっと。もし予定が無ければ、楯無も……」
「分かった。行くよ。予定が出来てもさっさと終わらせるから、先に整備室で始めててくれ」
「う、うん!」
頬を染めて笑顔で頷く簪は、小さな口でご飯を咀嚼する。
その様子を見て勝手に成仏しかけていた楯無の前に、新たな影が現れた。
「雪月、ここは空いているか」
「お前、俺の名前憶えてたんだな……空いてるけど、ここでいいのかよ」
「構わん。貴様と話したい事もある」
新たな影――ラウラはそう言って楯無の向かいの席に座った。
朝と同じような光景に、楯無はこっそりと溜息を一つ落とす。何だってまぁ、こちらにばかり寄ってくるのだと。
ラウラはそんな事を気にする様子もなく、ジャーマンポテトをフォークで刺した。
「放課後は見事だった。貴様の実力を認めよう」
「何だ、やけに殊勝だな。当たり所が悪かったか?」
「ふ、あの斬撃に当たり所も何もあるまい。まさか、源流が一緒だとはな」
今その話は止めてほしかった。忘れようとした問題を思い出してしまう。
どこで習ったかと問われれば、織斑千冬から習った事にしておこうと楯無は決めた。ラウラは楯無の経歴を知らない。昔からの知り合いからだという情報しかなければ、嘘も通し易い。
「差し詰め、私はお前の弟弟子と言った所か。いや、妹弟子だな」
「そこら辺の日本語は詳しくないから合ってるかは知らない。……まぁ、その話は置いといてくれ。あれは癖だから意識してるわけじゃない。それを話しに来たのなら、もう話す事はないぞ」
そろそろ左右の二人も食べ終わる。食堂には食事をし終わったら長居する理由もない。
ラウラは首を振って否定した。どうやらこれが本題ではなかったようだ。
「貴様に一撃を入れられ、貴様の実力は分かった。だが、私には分からない事がある。雪月、貴様はISが大切な人が笑ってる場所に向かっていく為のものだと言ったな」
「あぁ。俺はその為の翼だと思ってる」
「ならば、何故貴様はあそこまで窮屈そうに戦う。私の目は誤魔化せない。いや、例えば教官の様な実力者ならば言わないだけで、気付いてるのだろうな」
「……、」
楯無は無言を貫いた。出来ればこのまま流してしまいたい。
しかし、ラウラ=ボーデヴィッヒはこの話題から離れる事はしない。
戦いの最中に感じた違和感。それを解明するまで、この少女は楯無から目を逸らさない。
「その先を知っていると――――貴様の操縦はそう語っていた。貴様自身は意識していなかったかもしれん。だが、貴様の操縦からは絶対的な窮屈さが感じられた」
「……お前が勝手に感じただけだ。そんな錯覚忘れちまえ」
「問おう。その先とは何だ? その先を知っているから、お前は私に勝てたのか?」
ラウラには強さへの飽くなき欲求があった。
楯無の強さをラウラは認めた。認めてしまったが故に、強さの理由を知ろうとするのは止められない。
だが、楯無の機嫌は悪そうだった。自覚していなかった何かを指摘されて、微かな苛立ちを感じていた。
「貴様は強い。だが忘れるな……強さとは錆び付くものだ。だからこそ強者は強さを追い求める。錆び付く事のない、絶対的な強さをな」
「翼を最大限広げる事をしなくなった鳥は、何時か本当の飛び方さえ忘れてしまう……。お前はそう言いたいのか、ボーデヴィッヒ」
「そうだ。そして何時かは手折られる。飛ぶ事も叶わなくなるだろう」
「……好き勝手言ってくれる」
楯無はトレーを持って立ち上がる。
「部屋に戻ってる。シャル、先にシャワー使わせてもらうぜ」
「う、うん」
「楯無……食べ終わったら、髪乾かしに行くね」
楯無は「ありがとな」と微笑んで去っていく。その背中はどこか燻っているように見えた。
残された簪とシャルロットは顔を見合わせ、もう一度楯無の背中を見ていた。
シャルロット=デュノアは、彼の言っていた事を思い出す。
『やりたい事も無い奴は何かを残す事も出来ない』。
――――だとすれば、雪月楯無は何を残したいのだろう。
そうして気付く。自分は、雪月楯無の事を何も知らないのだと。
◇
『マスター。先程から様子が変です。何か心配事が?』
部屋に戻って俯いたままシャワーを浴びる。完全な密室になっている為、相棒は遠慮なく音声で俺に語り掛けてくる。
温めのお湯が雨の様に降り掛かるが、どこか気分は晴れない。
原因は分かっている。夕食時にボーデヴィッヒに言われた言葉だ。
「……俺は、“打鉄”で飛ぶ事に窮屈を感じていたのか」
『肯定します。マスターの操縦技術は“打鉄”の性能を引き出して余りあります。だからこそ、マスターは一番最初に反応速度を変更したのではないですか』
確かに、俺はセシリアに『反応速度だけは弄らないと、窮屈でしょうがなかった』と言った事がある。
あぁ、そうだ。俺はずっと“黒鉄”――“黒雷”と飛んでいた。たとえ第一世代の“黒鉄”であっても、量産型である“打鉄”より遠くへ、速く飛べた。
俺が“打鉄”に乗ってる時の回避データが常にすれすれなのは、“黒雷”に乗ってる時の感覚で回避していたからだ。
ほんの少しでも回避のタイミングがずれてしまえば直撃をする回避パターン。それは達人の域に居るからではなく、動きの不自由から来ているに過ぎなかった。
「……ごめんな、“打鉄”」
右手の中指に嵌めている“打鉄”の待機形態を撫でて、彼女へ謝罪する。お前には無理をさせてしまっていた。
このまま“打鉄”に乗り続けていれば、ボーデヴィッヒの言うように俺の翼は錆び付いていく。
錆びた翼ではあの空へ飛ぶ事は出来ない。“黒雷”とでしか行けない、大切な人が笑っている空へ。
『マスター。“打鉄”からネットワークを介して提案が。マスターが“打鉄”に乗り続ける事が負担になるのなら、降りる事を推奨しています』
「……馬鹿言うな。お前達は道具じゃない。負担になったから乗り換えるなんて出来るわけないだろ」
俺が誰と一緒に居たと思ってるんだ。そんな事をすれば俺はあの人に顔向け出来なくなる。たとえもう会う事さえないとしても、あの人へ不義理を働く事は出来ない。
だが、相棒の話には続きがあった。
『“打鉄”から感謝を人の言語に変換し、マスターへ伝えます』
『自分達の為に戦ってくれてありがとう。共に飛べて幸せだった』。それが“打鉄”からの言葉だった。
礼を言うのはこちらの方だ。俺みたいな本来ISには乗れない男に翼を貸してくれたんだ。感謝してもし足りない。
“打鉄”からの言葉が俺の背中を押してくれた。俺は俺の空を飛び続ける為に、本当の翼を開放するべきなんだろう。
だが、そうする為には問題が幾つかある。
「専用機を使う為の後ろ盾。俺達のデータを取る相手への対処。細かな問題はまだ幾つかあるけど、主な問題はこの二つだろうな」
雪月楯無という男性操縦者は企業にも国家にも所属していない。
そんな人間が専用機を持っているとなれば当然疑われる。後ろ盾は当然必要だった。
『この方法は癪ですが、後ろ盾に関しては織斑千冬を利用する手があります。マスターはシャルロットさんの件で織斑千冬に貸しがあります』
「成程な。持て余してたし丁度いいか……問題はお前が高性能過ぎる事だけど」
多分どこの企業にさせていても納得されない。
何しろ“黒雷”自体が完全篠ノ之束製ISだ。しかも現状“黒雷”以外は“白式”しか搭載されていない機能もある。
だが、もう一つの問題はどうする。俺としてはそっちの方が気掛かりだ。
しかし、俺の気掛かりは相棒にとっては些末事の様だった。
『それは好きにさせてしまえば良いのです。私とマスターなら、たとえデータを取られ対策をされても問題ではありません』
「……言ってくれるな、相棒。その自信を、俺も信じてしまうだろ」
『今までは対策を恐れたマスターの意見を尊重していましたが、問題はそれだけです。私達の翼を、今の各国は本当の意味で捉えられません』
確かにデータを取られた所で再現出来る企業はないだろう。あれが再現出来るのなら各国は未だ第三世代で躓いてはいない。
……止まる理由はもうない。燻っているのは心だけで、俺の翼は羽ばたこうとしている。
俺は誓ったんだ――――二人の心からの笑顔を取り戻すと。
「飛ぶか、相棒」
俺の言葉を、相棒はあっさりと聞き入れた。
『了解しました、マスター。それではいい加減シャワーを浴びるのを止めましょう』
「だな――――おぶぶぶぶ」
俯いた顔を上げれば顔面にシャワー全開だった。シャワーを止めてシャワールームから出る。
身体を拭いて部屋着に着替えて脱衣所から出れば、丁度シャルが帰ってきた。
「あ、帯。シャワー上がったんだね」
「あぁ。お前も浴びるか?」
「僕――――私はもうちょっと後でいいよ。……帯が入った後って考えたら、ちょっとどきどきするから」
後半は聞かなかった事にしておこう。
思春期の女の子ってこんな感じなんだろうか。シャルとの共同生活はまだ二日目だが、簪と生活していた頃には感じなかった男女の差を感じる。
「……そういえば、簪は?」
「部屋で準備してから来るって。簪、すっごい気合い入れてたよ?」
何、俺整髪でもされるの?
とりあえずタオルを首に掛けて自分が使っているベッドに座る。シャルも嘗て俺が使っていたベッドに座った。
……そういえば、一番身近に俺のデータを取ろうとしてるやつが居た。
じーっ、と俺を見つめてくるシャルは一体どちら側なんだろう。デュノア社のスパイなのか、やりたい事を見つけた少女なのか。
「……そうだ、帯。聞いてほしい事があるんだけど」
「何だ……真面目な顔して。揶揄うのは駄目みたいだな」
シャルの表情は真剣だった。何らかの決意を感じ取れた。
自らの専用機の待機形態を握りしめて、シャルは真っ直ぐと俺を見た。
「私はデュノア社のスパイを辞める。正式にデュノア社を辞めるわけにはいかないけれど、もうスパイ行為はしないよ。現状維持をしつつ、デュノア社への反撃の糸口を探ってこうと思うんだ」
「……理由は?」
そう問うと、暫くシャルは黙った。
胸の前に右の握り拳を持ってきて、小さく何かを呟いている。
それは決意の言葉だろうか。呟いた言葉が何を意味するのかは、彼女自身にしか分からない。
意を決してシャルは俺を見た。
「私が、帯の事を知りたいから。スパイのままだったら、きっと帯の事は深く知れないと思ったから」
「……俺の事を知ってどうする」
「それはこれから決めようと思う。とりあえず、これが私の今やりたい事。……駄目かな」
穏やかな笑みで俺に問いかけるシャル。
駄目も何も、お前がやりたい事がそれなら止める理由は無い。
寧ろ身近なスパイが消えてくれて助かった。これで“黒雷”と飛ぶ際の脅威が一つ減った。
ベッドに上半身を投げ出しながら、俺は答える。
「好きにしろ。その先に何を残せるのかは、お前次第だろ」
「うん。私が私として胸を張れるようなものを、残していきたいから。……だから、帯」
一拍置いて。
「私に選ばせてくれてありがとう。もし良かったら、私の事も見ていてくれると嬉しいな」
やりたい事を見つけた少女から告げられたその言葉に、自然と言葉が出た。
「見てほしければ俺の視界に居ろよ。言っておくが、俺の視界は狭いぞ」
「知ってるよ。簪と楯無さんが大好きな事も、左目が見えない事もね」
楽しそうに告げるシャルロットがどんな表情をしているかは、寝転がっている俺の視界には映らない。
だが、きっと心から笑っているのだと。何となくそう思った。
シリアスの様な何かを書くと疲れるので早くギャグに行きたいです