刀奈求める楯無き者   作:乱麻@PINK

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専用機の出番は何処ですかね


21.楯を愛する者

翌日。IS学園地下特別区画。

 

「専用機で飛びたいから後ろ盾をください」

 

「……楯無、お前は思ったより滅茶苦茶だな」

 

織斑千冬は雪月楯無からの要求に呆れたように溜息を吐いた。

朝早くから呼び出され、態々誰にも盗聴される恐れのない学園の地下特別区画まで案内して話を聞けばそんな頭の悪い内容だった。これでは溜息の一つも吐きたくなる。

だが、地下特別区画まで連れてきたのは正解だった。

雪月楯無自身が機密事項の塊である。二番目の男性操縦者であり、篠ノ之束と行動を共にし、何の後ろ盾も無しに専用機を所持し、極めつけに嘗て世界を席巻した『包帯の乙女』――包村帯でもある。

正体が露見すれば、直ぐにでも各国からの抱え込みが入るだろう。政略や人質、ハニートラップ。ありとあらゆる手段を使ってでも保持しておきたい存在だ。

当の楯無自身も、自らの置かれている立場を理解はしている。だからこそIS学園に入学し、自らの身の安全を確保した。

そんな彼が自らの存在価値の一つを公表する為に、一つの後ろ盾を雑に欲していた。

 

「シャルの一件は解決したぞ。あいつはデュノア社のスパイを辞めるってさ。ほら、だから報酬をくれ」

 

「お前に任せるべきではなかったかもしれん。正体を暴くどころか危険性まで排除してしまうのだから、尚の事性質が悪い」

 

誰がそこまでやれと言った。別に楯無自身が何をしたわけでもなく、シャルロット自身が思う所があっただけなのだが、結果だけ見れば楯無が事態を解決したように見える。

半分は棚から牡丹餅を使って無理難題を要求してくる楯無へ、自分の不審感は間違っていなかったと千冬は思う。

 

「……だが、理由はなんだ。お前の専用機として既に学園から“打鉄”を貸し出しているだろう。昨日のラウラとの模擬戦の話も聞いた。オルコットや無人機の一件でも、お前が遅れを取る場面など殆どないように見えたが?」

 

「それじゃあ、俺の翼が錆び付いていくんだ」

 

学園の地下から。どこか遠い空を見て、楯無は言った。

 

「俺は飛びたい。本当の翼で、俺が目指している空に」

 

楯無の瞳に、千冬は何時かの包村帯を見た。

自らが切り札である“零落白夜”を使用し、直進してきた帯へカウンターで斬り掛かったあの瞬間。

瞬間移動の如き動きで背後を取られ、一撃を覚悟したその直後。

降参を宣言しバイザーを上げた彼女。視線は交わらずとも、ハイパーセンサーが捉えていたあの目。

どこか遠くを見た、儚げな瞳。しかし、嘗ての帯とは違い今の楯無には虚無感などない。

唯真っ直ぐと辿り着く場所を見据え、飛んでいく決意があった。

 

「……やはり、現役を退くには時期尚早だったか」

 

「今でも化け物みたいに強いくせに現役とか関係あるのか」

 

「あるさ。堂々とお前とやれる」

 

「二度とやらない。斬り捨てたいなら他をあたれ」

 

腕を組んで、「で?」と答えを急く楯無。

欲しい物をせがむ子供の様な態度に、千冬は小さく笑った。

 

「いいだろう。丁度今日、倉持技研から技術者が来る事になっている。当然様々な極秘事項の黙秘と口裏合わせが付くだろうが、向こうとしてもお釣りが来るレベルだろう」

 

「倉持から? “白式”の調整でもするのか?」

 

楯無の疑問に、千冬は意外そうに答える。

 

「何だ、更識から聞いてなかったのか。更識の専用機に回せる人員が確保出来たそうでな。急遽学園に誘致する事になった」

 

「そういえば、簪が放課後に“打鉄弐式”の機体面の最終調整をするって言ってたな。……大体、“白式”の方はいいのかよ。勝手な奴等だな」

 

「勝手か。確かにそうだろう。何しろ、誘致された技術者は一人。食い入るように“白式”を調べていたが、ある日忽然と興味を無くしたそうだ。本人曰く『もういい』らしい」

 

「『もういい』、か……。“白式”――“雪片弐型”を見てそう言えるのは妙だな。……と言うか、興味を失っただけで担当を外れていいものなのか?」

 

呆れたような楯無の当然の疑問に、千冬は眉間を押さえた。

まるで「お前が言うな」とでも言いたげである。

 

「……才能のある人間は自由な傾向にあるのだろう。お前を見ていると分野が違うだけで、鏡映しの様に見えてくる」

 

千冬の言葉に、「何だそりゃ」と楯無は怪訝そうだった。

とにかく、後ろ盾の話は放課後までに倉持技研に通されるようだった。

自分の用事はこれで終わりだと、楯無は朝食のメニューを何にしようか考え始めた。

 

 

          ◇

 

 

放課後になり、楯無は整備室へ向かっていた。

昨日の夕食時に約束した通り、“打鉄弐式”の機体面での最終調整がある。

これが上手く行けば、武装はともかく“打鉄弐式”単体での稼働は問題なく行えるようになる。

試験運用等を行える段階まで来たのは大きな進歩だ。この場面に立ち会わないわけにはいかなかった。

 

(楽しみですね、マスター。“打鉄”も自らの後継機の開発が大きく前進する事を喜んでいました)

 

(そっか。ありがとな、“打鉄”)

 

機体が完成したとなれば、ISコアを回してもらえる可能性も高くなる。

セシリア=オルコットが大真面目に作成していた『“打鉄”の可能性について』というレポートの使い所が来たのかな、と考えを巡らせた。多分それの使い所は永遠に来ない。

整備室の前まで辿り着いた。既に簪は中で作業をしているらしく、鍵は開いていた。

 

「簪、“打鉄弐式”の様子はどおおおおおお!?」

 

整備室の扉を開けて中に入った瞬間、何者かがタックルで楯無を襲った。

咄嗟の出来事に対応出来ず押し倒された楯無。タックルで襲った相手は楯無の胸板に自らの額を擦り付けていた。

恐る恐る目を開いて状況を確認する。そこに居た相手は楯無にとって予想だにしない人物だった。

腰まである艶やかな黒い髪。幼さを残す垂れ目気味の赤い瞳。その華奢な身体を抱いたのは何時だったか。

 

「た、楯無……大丈夫?」

 

「あぁ、兄さん! 本当の兄さんです! 夢にまで見た、と言うか常に夢に兄さんは出てきてるんですけど、とにかく兄さん……兄さん!!」

 

ぎゅう、と抱き着いて胸元に頬擦りにランクを上げた変態を、楯無は良く知っている。

むっつりではないだけで、そういった対象にやりたい事自体は楯無と完全に合致していた。

何しろ自分を『兄さん』と呼ぶのは世界で唯一人。

 

「……久しぶりだな、楯愛(じゅんあい)」

 

自らの実妹である雪月楯愛の頭を、穏やかな笑みで楯無は撫でた。

そして身体を起こして引き剥がす。幾ら妹であっても、床に寝っ転がりっぱなしにさせられる趣味はなかった。

妹の身体を支えて立ち上がらせる。IS学園の制服の上に白衣を羽織った彼女の表情は、変わらず笑顔全開だった。

 

「お久しぶりです、兄さん! 兄さんと最後に会ったのはIS学園に入学する前ですから、もう彼是三ヶ月は会ってないです。気が狂いそうでした……」

 

いつも狂っている気がするのは放っておいて、楯無は「もうそんなに経つのか」と相槌を打った。

雪月楯愛は、楯無の唯一の肉親である。更識姉妹とも親交はあり、施設から篠ノ之束に引き取られた際に離れ離れになったのだが、その以降も手紙のやり取りなどの関りは持っており、時折直接会ってもいた。

 

「やっぱり兄さんの匂いが落ち着きます……。兄さんのシャツとかパジャマにしちゃ駄目ですか?」

 

『……駄目』

 

思考回路がまんま過ぎて、楯無と簪は目を逸らした。楯愛は遠慮無しに楯無の腕に抱き着いている。

兄と妹だけとなった彼女の世界で、兄は自らの全てであった。文字通り重度のブラコンである。

それで、と楯無は楯愛を見た。

 

「何でお前がここに居るんだ。態々IS学園の制服まで着て」

 

「織斑先生のご厚意で貸していただきました。似合ってますか?」

 

「似合ってる似合ってる。……じゃなくて、答えてほしいのは前者の方」

 

「それは当然、私が倉持技研の技術者だからです。ね、簪さん?」

 

「う、うん……ほら、名刺」

 

簪が見せてきた名刺を見て、楯無は面食らった。

『倉持技研第二研究所特別技術顧問』。それが彼女の置かれた立場だった。

 

「……え? お前まだ中学三年生だろ?」

 

「重要人物保護プログラム。知ってますよね、兄さん?」

 

楯愛の言葉に、楯無は理解した。

自らの立場は世界で二人しか居ない男性操縦者の片割れ。織斑一夏の肉親はIS学園の教師である織斑千冬しか居ない為、重要人物保護プログラムは働かない。対して雪月楯無の肉親は一般人である雪月楯愛。嘗ての篠ノ之箒の様に、重要人物保護プログラムが適用された。

 

「最後に兄さんに会った直後、私は倉持技研に保護されました。各地を転々としないで済んだのは幸運でしたね」

 

「……悪い。辛い思いをさせたな」

 

抱きしめてきた楯無に、楯愛は蕩けた表情を見せる。

楯無を抱きしめ返し、兄という存在を強く感じていた。

 

「いいんです。私、機械系には強いんですよ? 特別技術顧問っていう肩書も、実力で取ったものですから」

 

機械系には強い程度では対応出来ないような科学技術の塊を相手取っているのだが、楯愛は理解していないようだった。

千冬の言葉を思い出す。分野が違えど鏡映しというのはこういう意味だったようだ。

兄は中学生の身でモンドグロッソにて世界第三位の実力を示したIS乗りで、妹は中学生の身でISの研究所の特別技術顧問にまで上り詰めた技術者。

――――とんだ天才兄妹だった。

大層名残惜しそうに兄の身体から離れた妹は、簪へと――――より正確には、彼女の奥にある待機している“打鉄弐式”へ視線を向けた。

 

「さて。仕事を早く終わらせて、兄さんや簪さんとのお話の時間を確保しましょうか」

 

“打鉄弐式”の情報が映し出されているモニターへ歩いていき、情報を一つ一つ確認していく。

その速度は尋常ではない。楯無はその後姿を見て、嘗て世話になっていた恩人を想起した。

 

「……やっとISを見てもらえるんだな」

 

「うん。これで機体の完成度が認められたら、コアが回ってくるかもしれない……。武装面は近接武装以外が殆ど手付かずだけど、先ずは機体が動かないと話にならないから。……それにしても、凄いね」

 

隣で見ていた簪の呟きが、彼女の能力を裏付ける。

二分程情報を流し見した楯愛が振り返った。

 

「凄いはこちらの台詞ですよ、簪さん。倉持が開発を中断した時のデータとは完成度が段違いです。調整なんか要らないくらい。中に入ってる稼働データも、理論値とのずれが殆どないです。これを一人で開発し続けていたんですか?」

 

「……ううん。稼働データは、楯無が取ってくれたの」

 

「兄さんが? このすれすれの回避データは兄さんが取ったんですか……結構簪さんに無理させますよ?」

 

その問題は未だに解決していなかった。“黒雷”と“打鉄”の性能の差から来る回避タイミングの差は如何ともし難い。

回避データは後々簪自身に修正してもらおうと思っていたが、簪はそんなつもりはないようだった。

 

「大丈夫……楯無が取ってくれたデータを、私は再現してみせるから。日本代表候補生の実力を見せてあげる」

 

「……分かった。簪なら出来るって、信じてる」

 

見つめ合い互いを信じ合う二人を見て、ブラコンはデータを入力しながら半眼だった。

 

「……あら。兄さんと簪さんは、唯ならぬ関係なんですか。避妊はしっかりしてくださいね?」

 

「ひに……っ。ち、違う。私と楯無はまだ――――」

 

「まだって事は、何時かはあるんですね。IS学園には一年生から臨海学校があるようですし、その時でしょうか? 初めては思い出深い方がいいですもんね」

 

楯無は『そもそもそういう関係じゃない』と言う気力もなく、容赦ないセクハラに顔を赤くして沈黙してしまった簪を慰める。女子同士の会話がえぐいのはIS学園に入って慣れてしまっていたが、身近な人間同士がやっているのを見るのは結構きつい。

我が妹もそういった年頃になったのか、と悲しい形で妹の成長を見た楯無へ、何でもないように楯愛は話を振る。

 

「そういえば兄さん。兄さんの専用機の件、倉持技研は了承したみたいですよ。無論ある程度の機体情報提供はしてもらいますけど、“白式”に手間取ってる今の倉持技研じゃ宝の持ち腐れです」

 

「そりゃ助かった。まぁ、相棒の整備は俺がやるから安心しろよ。楯愛の手は煩わせな――――」

 

「何時でも頼ってくださいね! “打鉄弐式”や兄さんの専用機のデータ取りの為に暫く学園に出向する事にもなりましたし、私がISの勉強をしたのは十割兄さんの為ですから!」

 

ブラコン全開の台詞に苦笑いする楯無だったが、心強い言葉でもある。

思い掛けない再会と共に、彼と彼女の翼の準備は整いつつあった。




妹は準レギュラーぐらいの扱いで。
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