刀奈求める楯無き者   作:乱麻@PINK

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いかれた妹を紹介するぜ!


22.シスタークライシス

「兄さん、兄さんのお友達にご挨拶をしたいのですけど」

 

「ごめんな、楯愛。兄さんには友達が居ないんだ。友人にカウント出来るのは鈴音しか居なくて、友達じゃなくて親友なんだ」

 

「楯無……」

 

“打鉄弐式”の機体調整を終わらせた楯愛が兄である楯無にそう願うと、楯無は死んだ目でそう言った。

簪は幼馴染の迷いない言葉に半眼で名前を呼ぶ。登校すれば千冬に喧嘩を売りつつISに乗り、自室に戻れば簪と話しているような男にどうして友人が出来ようか。

関わりがある一組の人間も友人かどうかと言われれば微妙だった。織斑一夏は元観察対象で純粋な目で見る事は難しく、セシリア=オルコットは決闘の末に“打鉄”の宣伝隊長に就任させたよく分からない間柄。シャルロット=デュノアはつい先日知り合ったばかりな挙句元スパイで、ラウラ=ボーデヴィッヒには経歴がばれるわけには行かず、篠ノ之箒に至ってはそこまで話した事が無いにも関わらず因縁を付けられていた。

このあまりにもどうしようもない人間関係でよく学園生活を送れているものだった。

 

「鈴音さんはお話に聞いた事があります。是非ともお会いしたいです」

 

「そうだなぁ。今頃皆第一アリーナで特訓してるだろ。行くか?」

 

「行く行く、行きます。愛してます兄さん!」

 

文脈がおかしい兄への感謝を告げながら抱き着いてくる楯愛。

それを慣れたように無視して妹を引きずりながら歩き出す楯無。

その二人を見て、『この二人こんな感じだったっけ?』と簪は自らの幼少期の記憶を疑い始めていた。

 

「でも……部外者を勝手に連れ回して、いいの?」

 

「その辺は大丈夫だろ。倉持技研なら“白式”のデータを堂々と取っても問題ないし、そういう事にしておこうぜ」

 

雪月楯愛がIS学園に居る間の責任は織斑千冬が持つ事になっている。千冬相手ならば楯無は遠慮など一切しなかった。

楯愛は“打鉄弐式”の調整に来たのであって、終わってしまえば帰らざるを得なくなる。

妹の寂しい気持ちを少しでも解消出来るのなら、兄はその後の事など知った事ではなかった。そもそも下がるような評価など持ち合わせていない。

頬擦りする白衣を着た女生徒を引き摺る、学園で二人しか居ない男子生徒。どうしようもない組み合わせが整備室から脱獄してしまった。

 

「……寮の部屋で、待ってるね」

 

生存本能にこれに付いていくのは危険だと告げられた簪は、“打鉄弐式”を量子変換してISコアのデータ領域代わりの記録媒体が装着されている指輪に収納し、後片付けを始めた。

 

 

          ◇

 

 

「よう、やってるか?」

 

放課後には殆ど死体遺棄場と化している、織斑一夏一行が特訓しているアリーナ。

“白式”を維持する事すら叶わず、アリーナの中心で死体と化している一夏。

 

「あ、帯だ。珍しいね、訓練の途中からアリーナに来るなんて」

 

「簪さんと喧嘩でもしましたか? 丁度良くクレーを撃ち落とし終わりましたので、よろしければ久しぶりに鬼ごっこでもしませんこと?」

 

死体を囲みながら復活の儀式をしていた篠ノ之箒、セシリア=オルコット、凰鈴音、シャルロット=デュノアの内、セシリアとシャルロットが楯無の声にいち早く反応した。

箒は気まずそうに視線を一夏に戻したが、鈴音は振り向いて楯無に気付くと笑顔で手を振った。

 

「何、今更来たの楯無! 訓練見に来たのかしら、それとも晩御飯のシェアの相談……って、その子は?」

 

楯無の腰に巻き付いている巾着――楯愛の存在に気付いた鈴音は視線をそちらに向けた。

視線を受けた楯愛はさっと兄の背中に隠れた。その理由を知っている楯無は優し気な笑みで楯愛の頭を撫でる。

 

「ほら、楯愛。連れてきてやったんだから、ちゃんと皆に挨拶だ」

 

「……で、でも」

 

「手を握ってるから、頑張れ」

 

『……、』

 

この場に訓練をしていた全員が半眼だった。死体と化していた一夏も、目を合わせようとしなかった箒でさえも同様だった。信じられない者がそこに存在している。

『誰だお前』。全員がそう言いたげであった。

 

「え、誰あれ。楯無の形をしたクローン?」

 

「ねぇ、帯って簪以外にもあぁいう顔するの?」

 

「私が知っている限りはしませんわね。寧ろ、後ろに隠れてる方が簪さんの変装とかいう落ちではないでしょうか」

 

好き勝手言い始めた彼女達に「お前ら……」と楯無は嘆く。普段の行いからすれば当然であった。それを理解している楯無は何か言い返す事もしない。

意を決して楯無の背中から飛び出て楯無の手を握った楯愛。何度か深呼吸をした後、皆へ向かい合い――――。

 

「雪月楯無の妹の、雪月楯愛です! 好きなものは兄さんで、苦手なものは兄さん以外全般です!!」

 

『あぁ……』

 

全員が納得したような声を出して楯無と見比べた。確かに好きなものを『ISと更識姉妹』に変えればまんま楯無である。

この極端過ぎて社会生活が出来ないのではないかと疑われる辺り、血縁関係があるのはこの場の誰もが確信していた。

そして楯無の株はさくっと下がった。あの優し気な笑みで妹の頭を撫でる姿から、更識姉妹コン、ISコンでありながら、シスコンでもある事が露見したからである。しかし残念な事に、この男はシスコン程度では痛くも痒くもない。

こういった自己紹介では社交性の塊である一夏が強かった。死体から卒業して人間に戻り、むくりと起き上がって楯愛へ近付いた。

 

「俺は織斑一夏。楯無のクラスメイトで、君の兄さんと同じ男性操縦者だ。よろしくな」

 

爽やかスマイルの一夏を見ると、愛想笑いで楯無の背中へ戻る楯愛。

「驚かしたかな?」と視線で問う一夏へ、楯無は妹の頭を撫でながら答える。

 

「元々人見知りなんだけどさ、男性は特に苦手なんだ。悪い」

 

「兄さんは別です!」

 

「後ろから喋ると腹話術みたいね」

 

愉快気に笑う鈴音が、楯無の後ろに回る。

楯愛と目を合わせ、笑顔で自己紹介を始めた。

 

「初めまして、私は凰鈴音。中国の代表候補生よ。楯無とは中学二年の終わりまで同じクラスだったの」

 

「その、お話はよく聞いてました。親友なんですよね?」

 

「基本お互い遠慮しないから、何となく馬が合っちゃってね」

 

兄の背中に隠れながらも返答出来る辺り、鈴音とは兄妹揃って気が合いそうだ。

 

「私はイギリス代表候補生、セシリア=オルコットですわ。あなたのお兄様から頼まれ、“打鉄”の宣伝広告隊長をしておりますの」

 

もう自己紹介に組み込まれる程の肩書にまでなってるんだな、と楯無は胸に手を当てて堂々と自己紹介をしているセシリアから目を逸らした。

その内“ブルー=ティアーズ”から“打鉄”に乗り換えたりしないか心配である。

ひょんな事からぼこぼこにして就任させたのだが、当人の真面目さ故にのめり込んでいってしまった。

噂では“蒼鉄”という“打鉄”型とティアーズ型のハイブリットを考案し、イギリス政府に提案までしたそうな。

冗談みたいな自己紹介を楯愛は真に受け、内ポケットから名刺を取り出す。

 

「あ、あの。私こういった者です」

 

渡された名刺を受け取ったセシリアは、書かれているその内容に面食らった。

 

「……嘘でしょう?」

 

「それが嘘じゃないんだな。俺の妹は保護された研究所先で技術顧問になる滅茶苦茶な奴だ」

 

「楯愛さんも、あなただけには言われたくないと思ってますわ」

 

「私、兄さんになら何を言われても大丈夫です!」

 

「あぁ、そうですの……」

 

『もういやこの兄妹』。セシリアの表情がそう物語っていた。

だがいい加減慣れてしまったのか、しれっと名刺を保管し倉持技研とのパイプを手に入れていた。“打鉄”に新たな装備の提案がされるのも時間の問題である。

セシリアのターンが終わり、順番的にシャルロットか、と楯無が彼女の方へ向いた時――――。

 

「か、可愛いよぉ……」

 

やばい顔をしている元デュノア社スパイが居たので帰ろうと思った。完全に変質者である。

『篠ノ之には悪いがまたの機会にしよう』。そう思い妹を連れ帰ろうとするが、変質者は許してはくれなかった。

 

「ああぁぁああああ! すっごい可愛いよ、楯愛ちゃん! 帯に似てるけど、歴とした女の子だし……持ち帰ってもいいかな!?」

 

俊敏な動きで楯愛に接近し、人形を愛でるように干渉し始める。

シャルロットは今、シャルル=デュノアとして活動している事を完全に忘れていた。

傍から見れば他人の妹を持ち帰りたがっている変態でしかない。よく考えてみれば性別の問題でもない。

楯愛は明らかに引いていた。人見知りと知っている相手にする態度ではないのも明らかだった。

 

「髪艶々だね。いつも頑張ってお手入れしてるんだ?」

 

「あ、えと、何時兄さんに会ってもいいように……来ないでください」

 

三番目の男性操縦者によるセクハラが続く。楯無を中心にしてぐるぐると二人の鬼ごっこが開始された。何だこれ。

とりあえず妹に害をなす痴漢を引き剥がし、妹を抱きかかえて保護した。

 

「これ以上は止めろ、シャル。今のお前唯の変態だから」

 

「僕それでもいいと思う! 可愛いは正義だよね!」

 

「可愛い奴には何をしてもいいって意味じゃないからな? 誰だこいつに日本語教えた奴ぁ!」

 

「……そろそろいいか」

 

カオス過ぎる惨状に一石を投じたのは篠ノ之箒だった。

彼女の豊満な胸を支えるように腕を組み、輪の中へ入ってくる。

 

「篠ノ之箒だ。よろしく頼む」

 

短く挨拶をする箒へ、楯愛は兄に抱きかかえられながら挨拶をする。

 

「よろしくお願いします。……あの、篠ノ之って、その」

 

この学園で何度問い掛けられたか分からないその質問。

いい加減うんざりだ。箒はそう言いたげに無表情を形作る。

だが、その質問の返答を待たずして、楯愛は続けた。

 

「成程。そういう事でしたか……大変だったんですね」

 

「……あなたも、そうなのか」

 

「はい。重要人物保護プログラムによって、倉持技研に保護されました。兄さんは世にも珍しい男性操縦者ですから」

 

箒の脳裏に蘇る、姉がISを発表してからの日々。一家は離散し、織斑一夏とは離れ離れになった。

監視を付けられたままの少女時代を過ごし、今でもIS学園には政府から半ば無理矢理に入学させられているような状況だ。

 

「……恨んで、いないのか。今の自分をそうさせている人間を」

 

「箒……」

 

ぽつりと呟いた箒へ、一夏は切なげに名前を呼んだ。

楯愛を抱きかかえる楯無の手に力が籠る。それに気付いた楯愛は兄の方を見て一度優しく笑った後、箒へ向き直った。

人見知りでも兄に関する事ならば、近寄りがたい雰囲気を醸し出す箒を相手にしても物怖じなど一切しなかった。

 

「恨んでなんかいません。私の家族はもう兄さんしか居ないんです。たった一人の家族を恨むなんて、悲し過ぎるじゃないですか」

 

はっきりと告げた楯愛の表情に嘘偽りなどない。

兄に抱き着き、自らの全てを感じ、自らの全てを捧げる。

 

「それに、短期間で自由にISの開発が出来るような立場になれましたから。兄さんの力になれるって思うと、誇らしくさえ思えます」

 

「……雪月。いい妹だな、大切にしろ」

 

「分かってる。……と、楯愛。もう時間だ」

 

IS学園から倉持技研に戻るにはそろそろ出なければならない時間になった。

抱きかかえられたまま兄を見つめる妹へ、「また直ぐ会えるだろ」と宥め、二人はアリーナを後にする。

『そのまま帰るのか……』とアリーナに残された一同は同じ感想を抱いたが、兄妹には届かない。

――――そんな中。

 

(……最後に姉さんと話したのは、何時だったか)

 

自らと同じ境遇に置かれながら、原因となった人物を一切恨む事のない妹を目の当たりにして、篠ノ之箒の心は揺らいでいた。




人数が多い会話は回し難い
そして思ったよりセシリアさんの“打鉄”病が深刻だった

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