更識簪が雪月楯無への想いを口にした翌日。
「帯、今日は土曜日で半日授業だけど、放課後は何しよっか?」
「んー……“打鉄弐式”の武装の参考資料集めかな」
「相変わらず簪の手伝いなんだね……僕も手伝っていいかな?」
「好きにしろよ。何回も言わせんな」
「ふふ、はーい」
『…………何あれ』
朝食を共にした更識簪と別れた雪月楯無とシャルロット=デュノアの教室でのやり取りを見て、クラスメイトの数人が声を上げた。
クラスメイトと言っても、織斑一夏、セシリア=オルコット、凰鈴音のいつもの特訓面子である。二組が一名居るのは気にしてはいけなかった。ちなみに篠ノ之箒は別の案件で『どうしてこうなった』と頭を抱えながら机に突っ伏している。
自分の席に座って頬杖を突き、海を眺めている楯無。そして、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべながら、傍らで語り掛けるシャルロット。
傍から見れば放課後の予定を相談しているカップルの様だった。
「どっちがタチでどっちがネコだと思いますか?」
「セシリア、お前どこでそんな日本語を習った」
真剣な表情で思案し始めたセシリアへ、一夏がこれまた真面目な表情で問うた。
「ルームメイトの方が教えてくれましたわ」と誇らしげに語るセシリアへ、一夏はそのルームメイトと縁を切る事を勧めた。
鈴音は鈴音でお互い遠慮なさげに語り合う楯無とシャルロットを面白く無さげに見ていた。楯無の親友枠が取られそうで危機感を感じ、何故か一夏の肩を叩きながら不安を解消していた。
「でも、何か今日は教室が騒がしいよな」
一夏は今日の教室の異変を感じ取る。
楯無とシャルロットだけではなく、一夏の方も見ながらクラスメイト達がひそひそと何かを話していた。
何故か訊こうとしてもはぐらかされてしまう。箒が頭を抱えている事と何か関係があるのだろうか。
楯無の方でもそれは感じ取っていた。正直ざわざわしていて落ち着かないので、近くのクラスメイト――相川清香へ声を掛けた。
「何かあんの? また転入生とか?」
「違うよー。あーでも、雪月君に言ってもいいのかな? ……まぁ、雪月君なら大丈夫か、目が死んでるし」
スナック感覚でディスられた楯無へ、清香は一夏へ聞こえないように告げる。
「今度の学年別トーナメントで優勝すると、好きな男子と付き合えるんだって」
「……まじで?」
信じられない現実を眺めるような目で楯無が確認すると、清香は頷いた。
よくもまぁ情報源が布仏本音であるというのに、そこまで堂々と頷けるものである。
「当然対象は織斑君、雪月君、デュノア君。因みに比率は――――」
「いや、そこはいいや。俺が最下位なのは予想が付く」
「えー、残念。……私が誰希望かも気になったりしない?」
「どうせ一夏だろ」と一蹴して楯無は興味を無くした。
がっくしと肩を落とした清香をシャルロットが苦笑いで慰めていた。
さて、と楯無は内心一息吐く。
(――――優勝しなければ、不味い)
目の前のフラグを放っておいて、この馬鹿はそんな事を考えていた。
(付き合える、という事は俺達の意思は無関係である可能性がある。大体は一夏とシャル狙いだろうが、もし万が一俺に来られたらどうしようもない……!)
友達も居ない奴が何を言っているのか。そんな人身売買染みた事が公式に認められている筈もないのだが、友達が居なければこういった事も真に受けてしまうのか。
他の女生徒達も、大体がこれを機に男性操縦者達とお近付きになりたい、程度の感覚で盛り上がっているだけだった。本気にしている者など半数も存在していない。
(シャルの場合も面倒な事になるな。同室の俺にも被害が及ぶ。……やはり、俺か一夏かシャルの誰かが優勝する以外の道が無い)
状況を打破する算段は決まった。
そんな決め方でいいのかと問われそうだが、決まってしまった。
「……勝つぞ、シャル」
「え?」
「俺は優勝する。……絶対負けるか」
この発言によって楯無の相手が一夏かシャルロットかの物議がクラスメイトの間で醸されたが、それはまた別の話である。
◇
「“打鉄弐式”の未完成の武装は、荷電粒子砲とミサイルポッド。荷電粒子砲は当てがあったから資料持ってきたけど、ミサイルポッドのマルチロックオンシステムはちょっとなぁ……簪?」
「……あ、え、と。な、何?」
放課後。俺とシャルは簪の“打鉄弐式”の武装開発を手伝おうと整備室に居るのだが、肝心の簪の様子が少しおかしかった。
何と言うか、ぼーっとしている。朝会った時から何故かぼんやりしてはいたのだが、放課後になっても何故か俺をじーっと見つめていて、目の前に投影されているモニターにも集中出来ていなかった。
思わず名前を呼べば、はっとこちらを見る。その顔は紅潮していて、とてもじゃないがいつも通りとは言えない。
「……風邪じゃないよな。一体どうしたんだ?」
「う、ううん……何でもないの」
「まぁ、詮索はしないけど。してほしい事があったら遠慮しないで言ってくれよな」
簪は更に赤くなって俯いてしまった。一体何をしてほしかったのだろう。
とりあえず“打鉄弐式”の荷電粒子砲の資料をぱらぱらと捲っていると、シャルが驚きの表情で言ってきた。
「帯、簪が風邪引いてるかどうか分かるんだ……」
「いや、見れば分かるだろ」
何言ってんだこいつ。そう言いたげにシャルの方を見る。
しかしシャルには理解出来ないようだ。「いやいやいや」と切り返されてしまった。
「じゃあ、僕が風邪引いたら分かってくれる?」
「いや全然。首から『風邪です』ってプレートぶら提げてもらわないと分からん」
「だよね……いいもん、期待してたわけじゃなかったから」
何か知らないけどシャルが拗ねた。ちょっと意味が分からない。
付き合いが長い簪と一週間足らずのシャルとじゃ、様子の理解度の違いがあって当然なんだが。
こういう時は優しい言葉を掛けておけばいい。とりあえず先程と真逆の態度を取って様子を窺うのは鉄板だ。
「……具合悪かったら言えよ。察してもらえないのは分かっただろ」
「う、うん! 直ぐに言うね?」
ほんの数秒で機嫌が良くなったシャル。どうやら当たりらしい。
学園に居る以上最初に言うのは担任の千冬さんと保険医なのだが、その辺を言うのは野暮だろう。態々機嫌を悪くする事もあるまい。
俺は参考資料として持ち込んだ“白騎士”の資料の内、一つのページを簪に見せた。
「簪。荷電粒子砲ならこいつを参考にした方がいい。篠ノ之博士が考案した荷電粒子砲の基礎データが纏められてる」
資料を簪に渡すと、そのページを読み始める。
一分もしない内に読み終えたのか、簪は興奮気味にこちらを見た。
「凄い……今の荷電粒子砲のシステム面に応用させれば、かなりのエネルギー収束率と変換効率の改善が出来るかも。よく知ってたね……“白騎士”の武装」
「こいつがな」
小さく自らの首元を指差した。その下には当然“黒雷”の待機形態が居る。
相棒がそれを教えてくれたのだが、まさかISの中でも“白騎士”について教えてくれるとは思ってなかった。
“白騎士”のコアと武装の情報は企業等に技術提供として公開されている。倉持技研にもあると思ったが、そもそも学園の資料室にあったので助かった。
まぁ、俺に出来るのはここまでになるかもしれなかった。
既に完成している薙刀型近接武装“夢現”はともかく、ミサイルポッド“山嵐”の方は俺にはどうにも出来ない。
“山嵐”の最大の特徴は、マルチロックオンシステムによる四十八発のミサイルがそれぞれ独立した動きで目標目掛けて発射される事だ。
このマルチロックオンシステムが“打鉄弐式”の最大の特徴だが、開発においては最大の曲者でもあった。
何しろ何一つ完成していない。通常の単一ロックオンシステムを搭載すればこの武装自体は使えなくもないが、それだと強みが消失してしまう。
流石にマルチロックオンシステムともなると俺の知識じゃどうにもならない。簪自身も厳しいだろうし、ここは技術方面に特化した研究者に任せるしかないのだろう。つまり楯愛頼みである。
「さて、今日はやる事がなくなったかな……」
データの応用自体は簪がやるだろうし、俺の手は必要ないだろう。
資料集めが主な目的だった今日の放課後はもう暇である。
「あ、それなら僕と模擬戦やろうよ。今日はオルコットさんと凰さんがアリーナで模擬戦やってるみたいだし、僕も訓練したいな」
「あぁ、そういやそんな事言っていたな。あいつ等は学年別トーナメントの優勝賞品目的とかじゃなくて、純粋に優勝が目的みたいだったけど」
放課後になった途端、セシリアが鈴音を攫いに速攻で二組に突撃して「さぁ行きますわよ鈴さん、第三アリーナが私達を呼んでますわ!」と鈴音を引き摺っていた。
鈴音は鈴音で「はいはい、楯無の為に今日こそあれを完成させましょうねー」と引き摺られながら返していた。鈴音は本当に良い母親になるんだろうな。
「……優勝賞品? そういえば、クラスの皆がざわついてたような」
簪には気になったワードがあったようだ。
どうやら四組にもその話は通じていたようだ。どうして簪がその話を知らなかったのかは……簪にはあんまり友達が居ないからである。まぁほぼ零の俺よりましだろう。
「うん、今度の学年別トーナメントで優勝したら、好きな男子と付き合えるんだって」
「……っ! そ、そうなんだ」
シャルの何気ない言葉に、簪は興味無さげに相槌を打った。
しかしシャルには色々とお見通しだったらしく、にこにこと笑みを浮かべながら公開処刑を始めた。
「ちなみに、簪は優勝したら誰と付き合うの?」
お前爆弾投下するの好きだな。
簪がやっと落ち着いたのにまた顔が真っ赤になってしまっただろうが。
「……え、えと。……シャルロ――――」
「僕は無しだよね? だって女の子なんだから」
わたわたと無難な答えをしようとした簪をシャルが笑顔で潰しに掛かった。
事実上俺と一夏の決選投票だった。これ、本来俺が居ない所でのガールズトークの話題だよね?
簪が助けを求めるように俺を見ているが、これを俺はどう助ければいいんですかね。
「まぁ、あれだ。優勝したら必ず誰かを選ばなきゃいけないわけじゃないだろ」
「……そう、かな」
頑張って助け舟を出してみれば、簪は不満気だった。
(あれ、俺駄目だった?)
(駄目かどうかと問われれば、最大限に駄目です。もっと自信を持つべきです)
何故なのか。無回答のチャンスを出したのがそんなにいけなかったのか。
乙女心は複雑である。同じ女子である相棒に簪の気持ちが分かるのも無理からぬ事だ。
シャルも「意気地無し」と横目で言ってきたが、どうして俺はこんな袋叩きにされているのでしょうか。
……あぁ、分かったよ。意気地を見せればいいんだろう。覚悟を決めて腕を組み、息を一つ吐く。
「……俺だな。一夏はありえない。誰が何と言おうが簪が選ぶのは俺だ」
何だこの公開処刑は。顔が熱くなるのが手に取るように分かる。
簪とシャルもこちらを見て赤面していた。おいシャル、そもそもこれお前のせいだからな。
「帯ってさ……簪とか楯無さん以外には割と普通にこういう事言うんだよね。……でも、他の人に言ってるの見るのもいいなぁ」
「……私、優勝したら楯無を選ぶね」
相変わらずシャルが言っている事はスルーしておく。……だが、簪の言った事はスルーは出来ないだろう。
「……まぁ、選ばれたら断れないよな」
「うん……断らないでね」
お互い照れながら見つめ合う。どうしてシャルはこの空間に居て平気なんだろうか。
寧ろにこにこしているのが不思議でしょうがないが、シャルに問う前に異変があった。
「あれ、一夏から通信だ」
シャルの専用機から通信ウィンドウが開かれる。
映し出されたのは先程シャルが言った通り一夏だ。大分焦った様子である。
『シャルル、大変なんだ!』
「一夏、どうしたの?」
『ボーデヴィッヒが鈴とセシリアに模擬戦を挑んだらしいんだ。でも、穏やかな様子じゃないらしい』
だろうな。ボーデヴィッヒが双方の合意を経て模擬戦しているのは想像出来ない。
でも、穏やかじゃなくても模擬戦は模擬戦なんだから大した事態にはならないだろう。
――――いや、ボーデヴィッヒなら大した事態にしかねない。喧嘩を吹っ掛ける為にレールカノンをぶっ放す奴だった。
『何が起きるか分からない。俺は止めようとアリーナに向かってるんだけど、シャルルも来てくれないか?』
「う、うん。分かった」
『あと、楯無にも連絡してくれ。通信が通じないんだ』
「あ……めっちゃ通信来てた」
“打鉄”の方の回線に一夏の方からの個人間秘匿通信が大量に送られてきていた。すまん、一夏。
「分かった。直ぐ行くね」
通信を切って、シャルは真面目な表情でこちらを見た。
流石にここで行かないとは言わない。鈴音とセシリアが怪我をする可能性もある。
簪もウィンドウを閉じた。どうやら一緒に来るようだ。
「じゃ、行くか。目的地は第三アリーナだ」
二人は頷き、揃って整備室から出ていく。
学園では間違いなく一夏君よりは人気じゃないけど、一夏君よりは深く愛されている。そんな立ち位置に居ると思います(適当)