「一夏!」
アリーナへ辿り着いた三人は観客席にて様子を窺っていた一夏と合流した。
「シャルル! 呼び出して悪い……って、楯無、お前何してたんだよ!」
「野暮用だよ、出れなくて悪いな」
簪と微妙な雰囲気になってましたとは言える筈もなく、楯無は涼し気に流す。
アリーナの方を見れば、セシリア=オルコットと凰鈴音がラウラ=ボーデヴィッヒと相対していた。
「まだ何か起きてるわけじゃないか。状況はどうなってる」
「鈴とセシリアがタッグでボーデヴィッヒと戦ってるけど、徐々に押され始めてる。……やっぱり、ボーデヴィッヒは半端じゃないな」
そうだね、とシャルロットは頷いた。
ラウラは代表候補生と言うよりも軍人としての側面が強い。
当然一対多の戦い方も熟知しており、それによって数で勝る上に第三世代機に乗っている代表候補生二人をもってしても押しきれない。
寧ろ両者の癖を知り始めたラウラが、全距離対応型の利点を活かしながら反撃を始めていた。
「こんのぉぉおおおお!」
「甘いな、中国!」
鈴音の“双天牙月”とラウラのプラズマ手刀が火花を散らす。だが、連撃はラウラの方が速い。
リーチを活かして距離を取ろうとする鈴音にラウラは追い縋る。楯無の時の様にプラズマ手刀の範囲外へ逃がす気はない。自らの距離に置いたまま速度で圧殺する。
じりじりと削り取られていくシールドエネルギーに鈴音は焦る。このままでは嬲り殺しだ。
「あぁもう、鬱陶しいのよ!」
「この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うか、未熟者め」
状況を打開する為に頼った衝撃砲のタイミングに、“AIC”を重ねられる。
動きが止まってしまった鈴音をプラズマ手刀が切り刻んだ。
直撃によってみるみる削られていくシールドエネルギー。このままでは十秒持たず、“甲龍”のシールドエネルギーは尽きてしまう。
「“ブルー=ティアーズ”!」
そうはさせまいと空中に居たセシリアがビットを切り離し、ラウラへと向かわせた。
ビットから放たれたレーザーがラウラと鈴音の間に割り込む。即座に対応したラウラは距離を取り、レールカノンの照準を鈴音に合わせた。
“AIC”が解除された直後の鈴音にはそれに反応する余裕はない。火を噴いたレールカノンは無残にも鈴音へ直撃した。
「きゃあああああ!」
「鈴!」
吹き飛ばされた鈴音はアリーナの壁まで転がっていく。
“甲龍”の装甲は損傷しているが、ISの絶対防御が発動した為、鈴音自身には怪我はない。だが、これ以上の戦闘が不可能なのは誰に目にも明らかだった。
「鈴さん!」
「次は貴様だ、イギリス!」
「――――っ!」
レールカノンの照準を合わせたラウラのその言葉に、ビットを回収していたセシリアはスナイパーライフルを手早く構える。
砲口と銃口。その二つが同時に互いを射止める為に火を噴いた。
実弾とレーザーが衝突し、空中で爆風を起こす。
「何という精密さだ……」
観客席から聞こえた声に、楯無は振り返った。
一夏と同様に騒ぎを聞きつけたのか、篠ノ之箒が観客席にやってきていた。
元々篠ノ之流の一件から微妙な関係性となってしまっていたが、昨日楯愛を紹介した時から更にぎこちなくなってしまっていた。
(束姉の妹なだけあってよく分からん……)
そう思って楯無はアリーナへ視線を戻す。
一瞬だけこちらを見ている簪の顔が視界に映ったが、その様子はよく分からない。
妹は妹で難儀なのだろう。ともすれば、女である事より先に。
「そろそろ本気で踊っていただきますわ!」
再び四機のレーザービットを切り離したセシリア。
四方を囲むように動き始めたビットだが、それも叶わない。ラウラが即座に“AIC”を使用して動きを止めていた。
「下手なリードで踊るのは遠慮する。品性を疑われるのでな」
「あら――――そうですか」
即座に追加で二機のミサイルビットを切り離す。
同様に止められてしまうが、それでもセシリアは構わない。
「集中力さえあれば、同時使用さえ可能――――なら、これですわね」
照準さえ定まっていないレーザービットが発砲する。
「はっ、万策尽きたか――――なっ!?」
無様な光景を嘲笑うラウラの様子が一変する。
それもその筈だ。――――放たれたレーザーが曲がり始めれば、無理もないだろう。
標的は当然ラウラ。自らを追尾し始めたレーザーを避ける為に、ラウラは“AIC”を解除して飛び回った。
「厄介な……!」
「あなたこそ、初めてこれで踊るのはあの人相手と決めておりましたのに――――罪深いですわね!」
「……すげぇ」
四つのレーザーを曲げてラウラを追い回すセシリア。それを見て思わず一夏は呟いた。
あれを自分との訓練で使用した事は無い。恐らくつい最近物にしたか、もしくはまだまだ研鑽中の技術。
そして、それは今回は後者の様だった。更識簪が異変に気付く。
「……セシリアの消耗が激しい。相当無理してるんじゃないかな」
「あれだけ曲げられるんなら、鈴音が墜ちる前に組み合わせてた方が確実だった。切り札にするにしても心許ないぐらい未完成なんだろうな」
簪と楯無の予想通り、攻め立てている筈のセシリアの方が精神的に疲弊していた。
額には玉の様な汗が浮かび、息が乱れ始めている。
やがて精度はほんの少しだけ甘くなる。偶然鈴音の付近に移動していたラウラはその隙を見逃さない。
「丁度いい、弾避けになってもらうぞ」
「なっ――――きゃあ!?」
“シュヴァルツェア=レーゲン”から放たれたワイヤーブレードが鈴音の四肢に絡み付き、身体の自由を奪う。
そして強引に振り回す事で、迫るレーザーに直接ぶつけ撃墜していく。
「きゃぁぁああああ!!」
「鈴さん! あなた、よくも……!」
「強がっていても消耗しているのはお見通しだ! 無理をしてもその程度とはな!」
残ったワイヤーブレードがセシリアに向けて放たれた。本来ならば避ける事は造作もない筈なのだが、消耗しているセシリアは反応が一瞬遅れてしまう。
ワイヤーブレードがセシリアの自由を奪い、空中に拘束する。
追撃にレールカノンを構えるラウラが、鈴音の方をちらりと見た。
「もう貴様は用済みだ」
にやりと口角を上げたその言葉に、楯無は静かに声を出した。
「一夏、“零落白夜”でアリーナのシールドを破れ。そろそろ不味い」
「分かった!」
「シャルは簪と……篠ノ之を守ってろ。怪我させるなよ」
「任せて」
ISを展開出来る三人が散ってISを展開するスペースを確保する。
“白式”と“ラファール=リヴァイヴカスタムⅡ”が展開され、それぞれが役割を果たす構えに入る。
「壁にでも埋まっていろ!」
その言葉と共に鈴音をアリーナの壁へ投げつけるのと、一夏が“零落白夜”でアリーナのシールドを破るのは同時だった。
「飛ぶぞ、“黒雷”」
短く告げた言葉が、首元のチョーカーを光らせた。
その輝きは粒子となって楯無の身体を包む。楯無が跳ぶと同時に粒子は黒い装甲となり、彼の翼となった。
背部に装備された二つのウィングスラスターが特徴的な黒いISが、スラスターにエネルギーを送る。
刹那。自らが開けた穴からアリーナへ突入した一夏の横を、何かが高速で通り過ぎた。
(何だ――――?)
一瞬。ほんの一瞬だけ一夏の視界に映ったのは――――黒い帯。
今までの一夏の常識では考えられない速度のそれがISであると気付く頃には、黒いISは壁に叩きつけられる寸前の鈴音を抱きかかえていた。
「よう。大丈夫か」
「楯無……あんた、そのIS」
「それは後だ。一夏、鈴音は任せたぞ」
ぽいっ、と鈴音を空中に放り投げると、遅れてきた一夏が受け止める。
その距離感に互いに顔を赤くしたのを確認した楯無は、『あ、今それやるんだ』と半眼になった。
自分が言えた事ではないと口には出さない辺り、色々と弁えていた。
「っと、やばいやばい」
今にもレールカノンがセシリアに向け発射されそうなのを見て、楯無はスラスターを噴かす。
その数秒後にはワイヤーブレードのワイヤー部分が切断され、放たれたレールカノンは何かに阻まれセシリアに直撃には至らなかった。
セシリアの姿勢が崩れるのを即座に抱きかかえて支え、ゆっくりと空中に漂うその黒い姿。
「何だと……?」
――――ラウラ=ボーデヴィッヒは、包村帯と錯覚した。
「もう終わりにしようぜ、ボーデヴィッヒ。お前の勝ちだよ」
手に持っていたブレードを量子に戻し、レールカノンを防いだ非固定浮遊部位のシールドは本体の両肩部の後方へ戻っていった。
セシリアの“ブルー=ティアーズ”の展開は解け、ISスーツ姿となって楯無の腕の中に収まっていく。
ぐったりと楯無へ身体を預けるセシリアへ、楯無は語り掛ける。
「っと、やっぱりさっきのは相当無理してたのか」
「は、ぁ、あら……やはり見られていましたか……。残念ですわ……はぁ、あなたに見せるのは…………対峙している時だと、決めていましたのに」
「息絶え絶えでもそれだけ言えるなら十分だな。……凄いよ、セシリア。お前と飛ぶのが楽しみだ」
ふ、と互いに不敵な笑みを浮かべる二人。
「ですが」と楯無の口元へ銃の形へ折った指を当て、セシリアは微笑む。
「この偏向制御射撃はあくまでもあなたを詰める為の手段……。本命は当然、私のライフル一択ですわ」
「撃ち落とせるかな、今の俺を捉えるのはそう楽じゃないぜ」
「上等ですわ……そうでなくては、落とし甲斐がありませんもの」
セシリアとの会話を終え、楯無はラウラの方へ視線を向ける。
ラウラは地面から開放回線で楯無へ通信する。
「そのISはお前の専用機か、雪月楯無」
「そうだ。……これが、俺の本当の翼だ。名前は“黒雷”。同じ黒同士、仲良くしようぜ」
「そのISならば貴様は窮屈を感じられずに飛べるという事か。見てみたいものだな」
「今度な」と楯無は苦笑いで流す。模擬戦自体は嫌いではないが、機体が損傷する程の激しい戦闘が望んではいない。
「多分、そろそろ千冬さんが来る。怒られる前に引き下がっとけよ。俺は怒られたくないから怪我人を連れて帰るぞ」
「……喰えん奴だ。――――織斑一夏!」
ラウラは鈴音を降ろしている一夏へ眼光と共に宣言した。
「学年別トーナメントだ。そこで貴様と決着を付ける。貴様の全てを否定してな」
「……分かった。だけど勝つのは俺だ。お前を真正面からぶっ飛ばして、性根を叩き直してやる」
真っ直ぐにラウラの眼光を受け止める一夏に、箒と鈴音は頬を染めて見惚れていた。
うんざりした様子で二人の様子を見た楯無だが、直ぐに箒の顔が曇った事に気付く。
同様に懐のセシリアも気付いたようで、二人して顔を見合わせたが、深く追求する事はしなかった。
ラウラはピットへ戻っていく。アリーナに残された者達は、アリーナのシールドを破壊する程の事態となって駆けつけた千冬達の指示によって解散する。
だが、それより先に篠ノ之箒の姿は消えていた。
(私にも力が……ISがあれば…………一夏と共に並べるのか?)
アリーナの廊下を歩きながら、箒は一人思う。
何故、自分は守られるだけの人間なのか。戦う一夏の隣に居る事も叶わず、彼を見送る事しか出来なかった。
せめて声を届けようと、戦う彼へ発破を掛けた事もある。
それによって自らが危険に晒され、箒を庇い雪月楯無は大怪我をした。
ISが無ければ、自らは一夏に置いていかれる。だが、自らを危機に追いやったISを所持する資格が自分にあるのだろうか。
一歩間違えれば、あの無人機と自分に違いは無くなってしまう。だが、ISという力がなければ、織斑一夏の隣に並ぶ事は出来ない。
(姉さん……)
堂々巡りの行く末に、思ったのはよりによって姉の事だった。
何故、ISを作ったのか。ISを作って、何をしたかったのか。
問い掛けようにも、そこに姉は居ない。姉との繋がりを思わせる少年は、突如黒いISを纏って空を飛んだ。
そこに無人機の様な恐怖感はなかった。どこまでも飛んでいきそうな自由さを覚え、それに憧れもして――――自分には届かないと思えてしまった。
(私は……何がしたい)
彼が篠ノ之流を使った事を怒っているわけではない。誰に教わったかも、些末な問題でしかない。
唯、見ないようにしていた姉の残影を見て、不安定になっていただけだ。
思えば、無人機の一件の謝罪もしていない。彼は気にしている素振りはないが、ISの授業の際に両腕に残った傷跡を見てしまった。
(力は欲しい。せめて自らを守れるだけの力が。だが、その力が誰かを傷付ける事にもなり得るのを、私は……)
――――篠ノ之箒は、迷っていた。
鈴音さんやセシリアさんとのフラグにならないフラグ好き
そしてしれっと未完成ながら偏向制御射撃をしてるセシリアさん