未だに専用機がまともな戦闘をしていませんがありがとうございます。
「ただいま……」
午後五時頃。
刀奈との買い物を終え、俺は寮の自室に戻ってきた。
女装したまま戻らなくてはならなかったのでどうしようかと思ったが、何しろここは二人の例外を除き女子しか居ないIS学園。寧ろいつもの格好で居るより全然目立たなかった。
部屋に戻る姿を見られず、ボーデヴィッヒにさえ見つからなければいいのだから楽なものである。
「お帰り。……やっぱり凄いね、その恰好」
自分の机で何かデータを見ていたシャルが、こちらを見て一間置いてから言葉を続けた。
やはり、ぱっと見じゃ分からないらしい。出会ってから大体の行動を共にしていた一夏が暫く会話をしていて分からないのだから無理もない。
部屋に入ると俺のベッドに簪が座っていた。何か雑誌の様な本を読んでいるが、相当集中しているらしく俺が帰ってきた事にも気付いてないようだ。
「楯愛との相談は上手く行ったのかな」
「悪くなかったって言ってたよ。倉持技研の方で機体の完成度がかなり評価されて、人員が増えるわけじゃないけど倉持の開発施設を使う許可も増えそうだって」
「そうか。……よかったな、簪」
左目の包帯を解きながら、思わず口元が緩んでしまった。これで簪の翼の完成へまた一歩近付いた。
機体データの収集が終わった以上、俺が手伝える事はもう殆ど無いが、これからも出来る事があったら手伝いたい。
名前を呼ばれて気付いたのか、簪は雑誌から目線を外し、こちらを見た。
「あ……お帰り、楯無」
「ただいま、簪」
微笑む簪にただいまを返す。
同室でなくなってから大した時間は経っていない筈なのに、何だか懐かしく感じる。
そんな俺達のやり取りを見て展開していたウィンドウを消したシャルロットが、驚いたように簪を見た。
「簪、いくら包帯取ってても一目で帯って分かるんだ」
「……分かるよ? だって、いつも見てるから」
至極当然の様に簪は言う。
その言葉が何だか照れくさくて、思わず目を逸らしてしまった。
簪も簪で自分が言ってる意味が分かってしまって、顔を赤くした。だが、俯く事はなく堂々とこちらを見た。
「だ……だって本当の事……。いつも一緒に居るんだから、おかしな事じゃない」
『そうです、簪さん。マスターは簪さんの言葉なら大抵の事は喜びます。伝えたい事は遠慮なく伝えるべきです』
何故か相棒がそんな事を言う。簪の堂々とした態度は相棒の入れ知恵らしい。
それに対して何か言おうとしたが、視界の隅のシャルの様子がおかしかった。『今の誰?』とでも言いたげだ。
……あれ、そういやシャルって相棒の事知らなかったっけ。
「こいつは俺の専用機のISコア。喋るからよろしく」
「う、うん……っていやいやいや、そんなあっさり紹介していい事じゃないよね!?」
思わずシャルは立ち上がった。あっさり紹介も何もこれが全てなのだから仕方がない。
「コアには意識みたいなものがあるのは周知の事実だろ。俺の相棒はちょっと自己主張が激しいだけだ」
『そういう事です。基本的にはマスターと簪さん、更識さんぐらいしかコンタクトを取りませんので支障はありません』
「……帯って滅茶苦茶だよね」
シャルは考える事を放棄して納得した。ISの未知の部分を頭で考えようとしようとしたら疲れるぞ。
そんなわけで俺は脱衣所に向かい部屋着に着替える。生まれ変わった気分だ。
部屋に戻ると、簪は再び雑誌に目を通していた。考えてみれば簪が雑誌を読んでいるのは初めて見る。
やはりその様子は真剣そのものだ。一体何の雑誌なんだろうか。ISのメカニック関連の雑誌か何かだろうか。
「何読んでるんだ?」
俺の声に簪は雑誌の表紙をこちらへ見せる。
『インフィニット・ストライプス』。雑誌にはそう書かれていた。
どうやら十代の女子をターゲットにした雑誌のようだ。表紙には『デート』やら『女子必見』やら、ストレート過ぎる単語が散見していた。
「私も……甘く見てたけど、中々に興味深い……。楯無も、見る……?」
そういう女子女子してるのはシャルに見せてやった方がいいのだが、誘われてる以上は仕方がない。
俺は拳一つ分程度距離を置いて、簪の隣に座る――――が。
「……それじゃ、見難いよ?」
そう言って簪が距離を詰めてきた。ぴったりと、肩と肩がぶつかる。
簪の熱が伝わってきて、思わず意識してしまう。こちらへ照れながら笑っている簪の笑顔が眩しい。
シャルが「いつもの光景だなぁ……」と微笑ましそうにこちらを見ていた。大分毒されてるなお前。
「シャルロットも……見る? 女子、必見……」
「いいの!?」
傍観者として微笑んでたのは一瞬で、シャルは一瞬で当事者へと転身した。
やはり女子トークがしたくて仕方がないようだった。そういった意味では簪はシャルにとって貴重な存在なのだろう。
俺とシャルで簪を挟むように座り、『インフィニット・ストライプス』の閲覧が始まった。
どうやら今年の夏は指先から攻めるのが流行らしい。絶対に上手く行くマニキュアの塗り方が大きなトピックとして書かれていた。
あとはこの夏お勧めのデートスポット、彼氏を悩殺する水着等、確かにこれは女子必見である。
「マニキュア……確かに、女子のお洒落としては外せない」
真剣な面持ちで簪が呟く。うんうん、とシャルが全力で頷いていた。お前もう男装止めれば?
まぁ、確かにこの雑誌が言っている事も分からなくはなかった。
楯愛が会う度に興奮しながら、『今日はこれを頑張りました』とか『チェックポイントはここです』など頻りにアピールをしてくるのだ。それ程までに十代女子にとってのお洒落は重要なのだろう。
簪とシャルは本気も本気で記事を読んでいく。本気と書いてガチだった。マジでもある。
記事を読破した二人はふぅ、と一息吐く。極限まで集中していたのだろう。偏向制御射撃をしているセシリア以上に集中していたのかもしれない。
『今年は……指先から』
声を揃えてそう言う二人。まぁ学生が普段から着飾るとしても妥当な所だとは思う。
そして、そうなれば直ぐに取り掛かるのが女子である。トレンドを取り入れるのは早い方がいい。
「ここに……今月号の付録がある」
簪はポケットから水色の液体が入った小さな瓶を取り出した。マニキュアの瓶である。更にもう一つ瓶があった。ベースコートと呼ばれる下地みたいな奴だと思う。
水色なのは夏という事で涼し気な色が推されているからだろうか。
まぁここまで来たら選択肢は一つしかないだろう。塗るんですね、分かります。
「あんまり塗った事ないけど、やってみる……」
簪はお洒落とかあんまりしなさそうだしな。ついこの間まで中学生だったんだし、素で可愛いから必要性をあまり感じないし。
雑誌と睨めっこしながら準備をする簪。そしてそれを見守るシャルロット。
「……塗ってやろうか?」
思わずそう言ってしまった。簪は視線を雑誌から目を離してこちらを見た。
『出来るの?』と視線が問い掛けてくる。
「安心しろ。楯愛にしてやる為に勉強してた」
「シスコンだね……」
兄妹の話題が出ただけでシスコン扱いは止めろ。唯楯愛に喜んでほしかっただけだ。
簪はそっと右手をこちらに出してきた。どうやらやってほしいという事だろう。
簪の手を取って、指を観察する。甘皮と爪の長さは問題なさそうだ。
ティッシュで爪の余分な油分をふき取り、ベースコートを塗っていく。
爪の中央から塗って、その次に左右を塗る。爪の先端の角を塗る事も忘れてはいけない。
簪の指は白魚の様に細くて綺麗だ。着飾る必要なんてないと思うのだが。
マニキュアの瓶を取って、マニキュアが付いたブラシをボトルの縁で量を調整し、爪の先端に塗る。
後はベースコートの時の様に爪の中央を塗ってから左右。ムラにならないように気を付けながら二度塗りまで。
後は乾いたらトップコートを塗ってお終いだ。初心者がやる分にはこれで十分だろう。
「凄い……綺麗……」
「どうだ。俺にだってIS乗る以外に出来る事はある」
「自分で言うんだね……」
感動してくれている簪と呆れているシャルロット。この差はどこで付いたのだろう。
まぁ、喜んでくれたならいい。楯愛の時の様に燥ぎ過ぎて乾く前に触ってしまうのは駄目だが。
簪は左手も差し出してきた。こっちもやってほしいという事だろう。
(練習した方がいいんじゃないか?)
(都度マスターが塗ってさしあげればよいのでは。その方が簪さんも喜ぶかと)
(……ま、簪がいいならそれでいいんだけどさ)
相棒の口車にまんまと乗せられ、簪の左手にマニキュアを塗り始めた。
◇
「ふーん。それで簪はさっきからにこにこしながら指先見てるわけね。乙女だわー」
「乙女加減でお前に勝てる奴居るのかよ」
ふんっ! と放たれた鈴音のストレートを受け止めながら楯無は言葉を返す。慣れたやり取りだ。
夕食と入浴を終えた楯無と簪は寮の談話室で余暇を過ごしていた。そこへ丁度鈴音が乱入し、昔の様に会話を楽しんでいた。
話題は先程の『インフィニット・ストライプス』の事だった。何しろ今日が発売日だったらしい。
自らの指先を眺めながら口元を緩めている簪を見ながら、呆れたように鈴音は告げる。
「それにしてもあんた、マニキュアなんか塗れたのね。女子力どうなってんのよ」
「俺は男なんだが。……あぁ。まぁ、乙女チックな男が居るのも否定しないけどな」
その乙女チックな男は、一夏と今後の予定を立てる為に食堂に残っていた。
学年別トーナメント。優勝すれば好きな男子と付き合えると噂の一大イベントで、一年生の間で持ちきりだった。
無論一夏とシャルロットは打倒ラウラの為に作戦会議をしているのだが、ラウラ同様に対戦相手となる楯無本人は呑気なものだった。
ちなみにシャルロットは流石にマニキュアを塗ってはいない。男装をしている事を死ぬ程悔やんでいた。
「学年別トーナメント、あんたはドイツと組んだんでしょ? 何考えてんのよ」
「優勝する事に決まってるだろ。まぁ一夏とシャルでもいいんだけどさ」
「あたしはセシリアと組んだわ。今度こそあのドイツに一泡吹かせるんだから」
それは本当に吹かせるんだろうな、と楯無は苦笑いする。
鈴音もセシリアも転んだらただで起き上がるような性分ではない。雪辱は必ず果たす事だろう。
“AIC”の対策も必ず講じてくる。だが、対応するのはラウラ自身であり、楯無にとっては知った事ではなかった。
「ま、勝ちに拘るのはいいけどさ。あんま無茶すんなよ、怪我したら大変だ」
「分かってるわよ、あんたこそ当たったらぼこぼこにされて怪我すんじゃないわよ?」
怖い怖い、とお道化て楯無は視線を感じる。
ふと視線の方を向けば、簪がこちらを見ていた。より正確に言えば、楯無の右手の中指に嵌められた指輪を見ていた。
「どうした、簪?」
「今回は……“黒雷”で出るんだよね」
「あぁ、そうだけど」
楯無が頷くと、そっと簪は楯無の右手に手を添える。
「あ、あの……ね。私に、“打鉄”を貸してほしいの……」
「……どうしてだ」
専用機を持たない生徒には試合時に訓練機が貸し出される。
簪は日本代表候補生だ。入学して数か月の他の生徒相手には同機体の二対一でも十分に対応出来る程の実力は持ち合わせている。
そんな簪が楯無の“打鉄”を欲する理由が楯無には分からない。
「楯無の“打鉄”は、“打鉄弐式”の性能をダウングレードした形だから。それに、自分で使える機体があれば、武装も自分のを積める。性能面、装備面、その両方から自らの今後を考えても、私は楯無の“打鉄”を借りるべき」
早口で捲し立てる簪の言い訳を聞いて、鈴音は辟易する。
元来、鈴音の性格上理屈っぽいのは好まない。自分の感覚が通用するならそれを押し通し、通用しなくとも殴り倒す。
だが、理屈だけで動くのが簪ではない。
「――――ううん。それ以上に……何よりも。私は、楯無の“打鉄”となら、上手く飛べる気がするの」
澄んだ瞳で“打鉄”を見る簪を見て、楯無は息を呑んだ。
(マスター。“打鉄”のコアから、簪さんと飛びたいという要求がありました)
(……そうか。“打鉄”自身がそう言ってるなら、俺はその意思を尊重するよ)
楯無は右手の中指から“打鉄”を外し、簪の右手の薬指そっと嵌める。
「“打鉄”も簪と飛びたいってさ。大切にしてやってくれ」
「うん。約束する……!」
華の様に笑う簪へ、優し気に微笑む楯無。
当たり前の様に右手の薬指に嵌めてる事に全く反応しない二人に、鈴音はもう何か言う気力もなかった。
この親友は自分が織斑一夏にふられた事を忘れているのではないだろうか。さも当然の様にいちゃついているのを、何故見せつけられなければならないのか。
「どうした鈴音、明日の朝食の悩みか?」
察しが悪い親友に、
「……あたし中華、あんた洋食。あと今度あたしにもマニキュア塗って……」
項垂れながら鈴音は答えた。
学園の訓練機を勝手に貸していいのだろうか(今更)