遅れた挙句内容薄くて申し訳ありませぬ……。
簪へ“打鉄”を貸し出した翌日の放課後。
「雪月君、ボーデヴィッヒさん、今日はありがとうございます」
俺とボーデヴィッヒは山田先生に呼ばれて、授業の資料を職員室に運ぶのを手伝っていた。
IS学園の授業は当然ISに関わる授業の割合がかなり多い、名目的には高校なので一般科目もあるが、それでもISの授業の方が多い。
ISの授業に関しては映像資料で解説しなければならない物もある。それに関しては資料室から映像資料を運ばなければならず、それに付随する資料も同様だった。
職員室に向かう最中のボーデヴィッヒは不服そうだった。
「ふん、何故私が……」
「ボーデヴィッヒ。生徒である以上、先生の手伝いはしようぜ。軍と一緒だろ」
「あはは、ここは軍ではありませんけどね」
山田先生の苦笑いを、ボーデヴィッヒは鼻を鳴らして一蹴した。
千冬さんの同僚なんだから、無碍にしてもいい事ないぞ。
ここは一つ、ボーデヴィッヒにとって最も分かり易い基準で諭すべきだろうか。
「……お前よりISの操縦上手いぞ。俺は“ラファール=リヴァイヴ”をあそこまで使いこなす人を見た事が無い」
「あの実演戦闘の事か。だが、あれは貴様に翻弄され続けていた気がするが」
「ないない。あれは勢いで押しきっただけだ。普通にやったらそうそう近付けないぜ」
山田先生の事を褒めちぎると、先生は顔を赤くして謙遜してしまった。
もっと自信を持っていいと思う。胸を張ると何か色々な所が弾け飛んでしまいそうだから止めた方が良いとも思うが。
「ボーデヴィッヒだって分かってるだろ。自分が同じISに乗って同じ事出来るか? 俺は出来ない」
俺には山田先生やセシリア程の射撃センスは無い。全く使えないわけではないが、それでも本職の奴等には及ばないだろう。
ボーデヴィッヒは不機嫌そうにこちらを見て、渋々と頷いた。
「ふん……そうだな、確かに私は“シュヴァルツェア=レーゲン”に慣れてしまっている。訓練機で同じ動きをしろと言われれば不可能な部分もあるだろう」
ボーデヴィッヒは実力に関しては謙虚で素直だ。俺との模擬戦を通して実力を認めてくれたり、実力を認めた相手に対してはある程度言う事を聞く。
そうこうしている内に職員室に着いた。山田先生の机に資料を置く。
置かれた山積みの資料を見て、ここから授業の教材に使える部分を抜き出すのかと思うと教員の大変さが容易に想像出来た。
「ありがとうございました、二人共」
「……それでは、私はこれで失礼する」
「お疲れ、ボーデヴィッヒ」
ボーデヴィッヒに対して挨拶をすると、ボーデヴィッヒは立ち去ろうとする足を止める。
そしてくるりと反転すると、俺を見据えて言った。
「ラウラだ。ペアを組んだ以上、戦場で声を掛ける事もある。短い方が何かと都合がいい」
「……そうだな。ラウラ、また明日な」
ボーデヴィッヒ――ラウラは踵を返して職員室から出て行った。
返事こそなかったが、ラウラとはペアを組むに当たっては不都合ない程度には心の距離が縮まったようだ。
いや、合理的な判断を下しただけかもしれない。と言うかその可能性の方が高かった。
そんな事を知ってか知らずか、山田先生は嬉しそうに微笑んでいる。
「よかった。ボーデヴィッヒさんにもお友達が出来たみたいで」
「友達? 誰ですか?」
あまり人の事は言えないのだが、ラウラにそういった類の人間が居るとは思えない。
クラスでは発言する事自体が少なく、ラウラに近付くような女子も見た事が無い。
クラス外で友人が出来たのかもしれないが、それはクラス内で作るより高難度だと思うのだが。
山田先生は先程の笑みを崩し、きょとんとした表情でこちらを見た。
「あれ、雪月君とボーデヴィッヒさんは友達じゃないんですか?」
「……もしかして、ラウラの友人って俺の事ですか?」
自分の事を指差して訊くと、当たり前の様に頷かれた。
俺、ラウラと友人なのか……。本当に?
「あっはは、ないない。俺、友達一人も居ないんですよ? 居るのは親友の鈴音一人。いやもう本当に、悲しい現実だなおい」
何故か公開処刑をされている俺だが、山田先生は再びきょとんとした表情。
「いや、雪月君には織斑君やオルコットさんといった友達が居ると思うんですけど」
……驚きの新事実だ。一夏はともかく、セシリアも友達だったのか。撃ち落とす宣言されるような間柄なのだが、今度訊いてみよう。
その為にも、俺もさっさと帰らせてもらおう。
「それじゃ、俺もこれで」
「あ……待ってください、雪月君。雪月君はISが好きでしたよね?」
退散しようとした時、山田先生からそんな事を問われた。
好きかどうかと言われれば、好きに決まっている。その事を伝えると、山田先生は嬉しそうに両手を合わせる。
「それじゃあ、今運んでもらった映像資料を見ていきませんか? 雪月君は実技の成績はトップクラスですけど、参考になる動きもあるかもしれませんよ?」
純粋無垢なその表情に、『別にいいです』とは言えなかった。
まぁ、俺も別に嫌なわけではない。ISの映像なら、俺と千冬さんのモンドグロッソの試合以外なら興味はある。あの試合は一夏に死ぬ程見せられたのでもう見たくなかった。
「そうですね、じゃあお言葉に甘えて」
「はい! それじゃあ先生のお薦めを……」
そう言って机の上に積まれた山積みの資料を漁り始めた山田先生。
その無防備な姿勢は相手が一夏だったら確実に何かが起きるのは理解出来た。
実際、一夏は俺と出会った頃から女子とのラッキースケベイベントには事欠かなかった。
IS学園に入学してから多少は落ち着いてはいるが、完全に零とは言えない。山田先生もその内被害に遭うんだろうなぁ。
山田先生のお薦め映像はどうやら見つかったらしい。一枚のディスクを持って笑顔と共に振り返る。
「じゃーん! 雪月君は織斑先生と仲がいいみたいなので、こんなのを用意してみました」
差し出されたディスクを受け取り、ディスク表面に書かれている文字を見て――――苦笑いだった。
あぁ、知ってた。千冬さんの時点で何となくそんな気はしてたから。
『第二回モンドグロッソ準決勝 織斑千冬対包村帯』。
「ははっ、凄い試合だなー」
空笑いしながら棒読みで嬉しがる。もう見飽きたなー。
俺の演技が通じてしまったのか、山田先生はにっこにこだ。
「はい! でしたら特別に、一日だけ貸し出しちゃいます! よく見てお勉強してくださいね」
「……ありがとう、ございます」
自分の試合が収められたディスクを持って、俺は職員室から出ていく。
……どうしよう。シャル、見るかな。
◇
「ふーん。それで簪ちゃんとシャルル君は観賞中、と」
「そういうわけ。流石に逐一歓声を上げられたら恥ずかしいから逃げてきた」
刀奈は愉快そうに笑って、俺の背中を優しく撫でる。
寮に帰った後シャルにディスクの事を話すと、興奮した様子で見たいと告げられた。
丁度部屋にやってきた簪にも見たいと熱望されてしまい、簪に熱望されたらもう見せるしかない。
上映は夕食と入浴を終えてからという事になり、上映が始まった途端二人が歓声を上げたので上着を一枚羽織って逃げてきた。
そして偶々部屋を出た所で刀奈とばったり出会い、校舎付近のベンチまで話しに来たというわけだ。
ちなみに“黒雷”は解説役として部屋に置いていかされた。結構な確率で離れ離れになる相棒だ。
「まだ試合始まってないんだよ、入場シーンからきゃーきゃー言われたら堪ったもんじゃない」
「それだけ伝説のIS乗りは人気なんでしょ。あーあ、お姉さんも見たかったなぁ」
刀奈はベンチに座ったまま足をぶらぶらと振って、空を見上げた。
見るも何も実際に訓練に付き合ってるのに、何か不満なんだろうか。
「別に見たければ何時でも見せてあげるよ。そうだ、明日とか朝練しない?」
「楯無君、訓練だと本気出さないでしょ? そうじゃなくて、私は楯無君の本気が見たいなーって」
「いや、いつも本気だって。手加減出来る程更識先輩は弱くないでしょ」
「この間五割り増しでやるとか言ってたくせに……。ISバトル好きじゃないの?」
好きかどうかと言われれば、別に嫌いではない。
ISを競技用として使用する事自体には反対しているわけでもないし、兵器として使われるよりはずっといい。
唯、お互いがぼろぼろになる程の戦闘ともなると、平時からやりたいと思う程乗り気でもなかった。
だから訓練の時には鬼ごっこや近接武器での打ち合いといった、あまり損耗しない事を主としていた。当然それには本気で取り組んでいる。
あの時の五割り増しというのは、気合いを入れて紙一重の選択肢を取るというか何というか。
「決めた。何時か楯無君と本気の模擬戦をするわ。ロシア代表として、IS学園最強としての矜持を懸けて、世界第三位に挑みます」
「うん……分かったけど。それじゃあ俺も、俺の人生を懸けてその勝負を受けようかな」
「人生って、大袈裟ね」と刀奈は笑っているが、別に大袈裟でも何でもない。
俺の人生の使い道はあの時に決まっている。自分を犠牲にするのを止めただけで、目指すべき結果は変わっていないのだから。
まぁ、それはそれとして時が来たら取り組もう。今は刀奈との時間を大切にしなくては。
「そうだ。話は変わるけどさ、簪の専用機の件は順調みたいだよ」
「あら、楯愛ちゃんのおかげかしら?」
「やっぱり楯愛とは会ってたんだね」
「当然。あなた達兄妹の保護には更識も携わっていたのよ。楯愛ちゃんは学園に出向した時にも挨拶してくれたしね」
まぁ、引っ越してしまった俺とは違って、楯愛は刀奈と簪とは学校も同じだった。
流石にずっと一緒だったわけにも行かないのだろうが、それでも交流は続いていたのだろう。
「今日は俺が貸した“打鉄”に薙刀を積み込んだみたい。……“夢幻”だったかな。今回の学年別トーナメントはそれで出るんだって」
「成程。簪ちゃんの右手の薬指の指輪はそういう事だったわけね。危うく簪ちゃんの身辺調査をする所だったわ」
貸したのは昨日の筈なのに、もう知っている刀奈が怖かった。
身辺調査ならいつもしてるんじゃないだろうか。
俺も俺で妹の事は愛しているが、刀奈のシスコンぶりには及ばないだろう。
「それにしても楯無君は罪作りねぇ。さらっと女の子に指輪を嵌めるなんて、まったくもう」
人誑しと化している刀奈には言われたくない。絶対校内にファンクラブとかあるだろ。
途端に、風が一つ吹いた。そのせいか刀奈の身体が小さく震えた。
六月と言えども、夜は少し冷える。刀奈は風呂上りという事もあって、半袖と短いパンツというかなり寒そうな恰好だった。
幸い俺は一枚羽織って出てきている。着ていた上着を刀奈に羽織らせた。
「女の子は身体を冷やしたらいけないんだって。楯愛が言ってた」
あとは相棒にもよく言われた。
どうやら相棒と妹直伝の女の子の扱い方は間違ってはいないらしい。
刀奈は頬を紅潮させて、小さく縮こまって俯いている。
「あ、ありがとう……楯愛ちゃんには感謝しないとね」
何故楯愛に感謝をするかは分からないが、俺としても刀奈が寒くないならそれでいい。
「風邪引いたら大変だろ。更識楯無は、このIS学園の生徒会長なんだから」
「あら、楯無君にしては珍しく楯無を心配してくれるのね」
刀奈はからかうように笑いながら、俺の頭を撫でる。
その笑顔に寂しさを感じたのは、きっと間違いじゃない。
そして、刀奈の言っている事は間違いだ。そっと刀奈の手を取って、彼女の赤い瞳を見つめる。
「……世間への偶像としての更識楯無という存在は否定しない。でも……俺が心配してるのは、何時だって一人の女の子だ」
更識刀奈。今はもうその名前を名乗る事は許されない、俺の思い出の中に居る少女。
その少女の笑顔を取り戻す為の翼も、羽ばたく用意は出来ている。
「今度の学年別トーナメント、俺が本当の翼で飛ぶ姿を見ててよ」
「簪ちゃんはいいの?」
「簪は必ず俺の事を見ていてくれるから。二人には、俺の事を見ていてほしい」
「……もう、本当に罪作りね」
照れたようにはにかむその姿は、姉妹なだけあって相変わらず簪によく似ている。
どれだけ罪作りでも構わない。俺は、何時か二人の本当の笑顔を見る。
握った刀奈の手の熱に、俺は改めて誓った。
そろそろトーナメントします
つまり漸く戦います