「よし、遅刻者は零だな。グラウンド十週する馬鹿者を今日は見なくて済む」
IS学園一年一組。その担任である世界最強こと千冬さんの言葉によって、俺達のクラスは学園生活を開始した。全員物の見事に千冬さんを見た瞬間に席に座った。
流石に二日目から遅刻する馬鹿は居ないだろう。それより千冬さん、人が朝飯を食べている時に出席簿投げてくるの止めてくれませんかね。簪が吃驚してたんですけど。
語るに値しない朝の出来事を訴える俺の視線を受け取ってか、千冬さんは「ふん」と息だけで返事をした。どういう意味ですか。
そうしてホームルームが始まったのだが、教壇に立ったのは山田先生ではなく千冬さんだった。
(どうしたんだ。一夏を近くで見たくなったのか、この世界最強のブラコンは)
(その線は薄いかと。恐らく大事な連絡事項があるのでしょう)
相棒の予想通り、どうやら連絡事項があるらしい。
珍しく出席簿を正しい使い方で使った後、千冬さんは切り出した。
「授業を始める前に、クラス対抗戦に出る代表者を決める」
クラス対抗戦。多分文字通りの意味だろう。それに出場する代表者って事は、クラスの威信を懸けて戦う事になるのか。
……まぁ、それ以前に。本当にその場限りの代表者で済むのかどうかが問題だが。
「クラス代表者は生徒会の開く会議や、委員会への出席も役割の内となる。早い話がクラス委員だ。一度決まれば、一年間変更はない。一度決めたらこれぐらいやり通せ」
随分と男前な事を言ってくれるが、それはご免被る。単刀直入に言ってしまえば本当に面倒くさい。
千冬さんの説明が終わり、教室はざわついていた。
文字通りクラスの代表を決めるのだから無理もない。
「自薦他薦は問わない。誰か居ないか?」
「はい! 織斑君を推薦します!」
「なら私は雪月君!」
まぁそうなるよな。クラスの顔なんだから、物珍しい男性操縦者が推されるのは予想出来ていた。
それに加えて一夏はブリュンヒルデの弟。それを考えれば一夏になるだろう。俺の生まれが一般で助かった。
まぁ生まれは普通でも経歴はちっとも普通じゃないんだが。
クラスがわいわいとしている中、俺は窓の外から水平線を眺める作業に入った。
「織斑と雪月以外に候補者は居ないのか? ならこの二人の決選投票になるが」
(マスター、決選投票だそうですが。敗算はあるのですか?)
(この場合勝ち負けがどっちか分からないけど、きっと一夏になるだろ)
相棒からの声に水平線を見るのを止め、視界を教室に戻した。
片や織斑千冬の家族愛を受ける男、片や織斑千冬の出席簿を受ける男。
比べるまでもないだろう。大人しく一夏にしてくれ。
そうして素直に終わってくれればよかったのだが、それはとある女子によって叶わぬ夢となった。
「納得がいきませんわ!」
そう言って机を叩いて立ち上がったのは、あのイギリス代表候補生セシリア=オルコットだった。
言葉の通り大変怒っていらっしゃる。何故納得がいかないのかはこれから語ってくれるだろう。
(雲行きが怪しくなってきましたね)
(言うな、相棒)
水平線を見るのも止め、溜息の一つでも吐きたいのを抑えてオルコットの主張を待つ。
「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表なんていい恥晒しですわ! この私、セシリア=オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」
どうやら俺達はクラスの恥らしい。一夏は呆然とそれを聞いていたが、どうやらやっと意味が分かったようだ。少しずつ苛立ちを感じている顔つきになった。
「クラス代表には最も実力がある存在がなるのが必然。それはつまり、イギリス代表候補生であるセシリア=オルコットという事になります。それを唯珍しいからという理由で極東の猿二人組に委ねられては困ります。私がこんな島国に来ているのはISの修練の為。サーカスの訓練なら他所を当たっていただけません?」
(もしかして、サーカスの部分は俺と千冬さんの出席簿芸の事か? 今度はどんな風に返すのか考えないとな)
(恐らく違うかと。しかし、次の返し方は私も考えておきます)
(真面目で助かるよ)
そもそも次がないのを祈る。
一夏もそろそろ怒り心頭のようだ。言い返してもいいと思う。
そして俺をこの問題から遠ざけてくれ。
こうしている内にもオルコットのボルテージは上昇中。言いたい放題だった。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなければならない事自体が私にとっては耐えがたい苦痛で――――」
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。大体同じ島国で、飯だったら日本の方が圧倒的に美味いぜ。世界一不味い料理で殿堂入りしてる国の国民の舌じゃ、判らないかもしれないけどな」
おぉ、言うじゃないか一夏。別に日本という国に愛着はこれっぽっちもないが、今のはすかっとした。
この返しはオルコットにクリティカルヒットしたらしい。顔を真っ赤にして言い返してきた。
「あなた、いい度胸ですわね! イギリスにだって美味しい食べ物はたくさんありますのに、私の祖国を馬鹿にしますの!?」
「先に馬鹿にしてきたのはそっちだろ!」
そうしてお互い睨み合って動かない二人。完全に蚊帳の外になれて俺は嬉しい。
……と思っていたのだが、世界最強の目は誤魔化せなかった。
「雪月。さっきからずっと黙っているが、お前は何か言う事がないのか?」
視線だけで『余計な事を』と伝えると、千冬さんは「ふっ」と笑った。
この人、完全に俺の腹積もりを見破ってやがったな。だからさっき外眺めてても何もしてこなかったのか。
千冬さんに言われてしまえば、当然矛先は俺の方に向く。
……いや、特にないんだけど。
そもそもISを開発したのは日本人の篠ノ之束であるとか、日本が開発したからUI周りが完全に日本語なんだとか、色々と教えてやりたい事はあるが、別に言ってやりたい事はない。
「いやー、別に……」
「何ですのその態度は! まったく、男性操縦者だから多少は見所のある人と思っていましたが、唯の軟弱者のようですわね!」
「そうだぜ楯無! 少しぐらい言い返せ!」
「じゃあ言うけど、お前はどっちの味方だ一夏」
「俺にじゃねぇ! オルコットさんにだ!」
「じゃあ特にないです」
「やっぱり軟弱者じゃないですの! どこまでも冷めていて、感情ありますの!?」
ボルテージ上がりっぱなしの二人を見れば逆に冷静にもなるだろ。
もうそろそろ二人の世界に戻ってほしい。
至極面倒そうに聞き流していれば、オルコットは益々調子付いてきた。
「やはり男がISなど乗るべきではありませんわね! そもそも、この国の量産型である“打鉄”も、私の国のティアーズ型に比べれば鉄屑同然――――」
「――――今、何つった?」
立ち上がった俺の声に、教室が静まり返った。
オルコットもさっきまでのボルテージ具合はどこへやら、一気に黙ってしまった。
……あぁ、俺は怒ってるな。これは久しぶりに怒っている。
「別に俺の事を軟弱者だとか言うのは構わねぇよ。日本の事も別にいい、好きにしてくれ。だけどな、“打鉄”は関係ないだろ」
相棒の妹達を馬鹿にされて黙っていられる程、俺は軟弱者じゃない。
その後継機を自らの専用機にしようと、たった一人で頑張っている女の子だっている。
“打鉄”はそんな想いを受けたISだ。きっとどんなISにも込められた想いがある。その想いを貶す事は、誰であっても許さない。
「今直ぐ発言を取り消せ。その後はお前がクラス代表でも何でもやればいい。俺達は大人しく、サーカスの芸でも磨いてるさ」
言うだけ言って座る。後はオルコットの発言撤回を待つだけだ。
そう思って横目で見ていれば、どうやらそう大人しく従ってはくれないらしい。
「……け、決闘ですわ!」
「お……おう、いいぜ。四の五の言うより分かり易い」
勢いを削がれながらも言ってきたオルコットの決闘を、一夏も同様に勢いを削がれながらも受けた。
俺も受けなければならない流れなんだろう。まぁ、そうでなくとも受けてやるが。
オルコットにはまだ発言を撤回してもらっていない。だったら教えてやろうじゃないか。俺の相棒の妹達の性能を。
「あぁ、俺もいいよ。主義じゃないけどやろう、ISで決闘」
「言っておきますけど、わざと負けたりしたら私の奴隷にでもなってもらいますわ」
「分かった。じゃあお前が負けたら“打鉄”の広告塔な。どっかの企業がコアを新しく用意してくれるぐらい、しっかりと宣伝してもらおう」
「万が一にも私が負けるという事はありえません。いいでしょう。オルコットの名に誓い、その約束を受けましたわ」
「さて、話は纏まったな」
やり取りが終わったのを見届けると、千冬さんは手を叩いて場を取り仕切る。
「勝負は一週間後。放課後の第三アリーナで行う。それぞれ準備を怠るなよ」
◇
放課後になれば、話題は再び決闘の話だった。
一夏の専用機は学園で用意してくれるらしいが、少し時間が掛かるのは昼休みに話された事だ。
俺の方は俺の方で、学園が訓練機を貸してくれる事になった。
一夏の方に専用機を優先して配備するのは、一夏の方が特殊な存在だからだろう。
まぁ、そもそも俺に専用機を用意されても困る。俺の相棒は十歳の頃から一緒に居る。
「さて、お前に貸し出す訓練機だが」
教壇の近くで千冬さんと話をする。二日連続で放課後に真っ先に話すのが千冬さんなのは何の因果か。
「“打鉄”と“ラファール=リヴァイブ”、どちらかを貸し出す予定だったが……ホームルームの一件からお前が選ぶのは“打鉄”以外にはありえないだろうな」
「はい……それと、出来れば俺が入学試験に乗った“打鉄”を借りたいんですけど」
そう言うと、千冬さんは意外そうな顔をした。
「それは構わんが……」
「分かってますよ。訓練機のコアは経験を積んだりする事はない。初期のままだ。それでも俺はあいつがいいです。男のつまらない意地ですよ」
「意地、か。それこそ意外だ。お前にそんな拘りがあるとは。いいだろう、着いてこい」
歩き出した千冬さんの後を着いていく。訓練機を保管してる場所に案内してくれるのだろう。
伝説のブリュンヒルデに連行されているからか、それとも俺が男性操縦者だからか、或いは両方かは知らないが、廊下でも注目を集める。
生徒の声を聞くに、どうやら半々といったところか。千冬さんも気にしていなそうだし、俺も別に気にならないが。
歩きながらになるが、千冬さんに質問する。
「俺に貸し出される訓練機って、改造は許可されてるんですよね?」
「戻せる範囲であるならな。だが、いくら訓練機であるとはいえ、素人が改造に走るのは止めた方がいい。碌な事にならん」
「大丈夫です。装甲をちょっと外して、スラスター増やして、反応速度を上げて、武装をちょっと追加するだけなんで」
「それのどこが大丈夫なのか言ってみろ」
それでもやるのは自由らしい。千冬さんは止めはしなかった。
訓練機が保管されている部屋に辿り着き、ロックを解除して中に入ると、そこには“打鉄”と“ラファール=リヴァイヴ”が並んでいた。
数はそこまで多くない。そもそも世界中のコアの数がコアの数だからな。これだけ訓練機として使えてるだけで十分凄い。
「待っていろ、お前が試験に使った“打鉄”を調べる」
そうして使用履歴が保管されているであろうコンソールを弄り始めた千冬さんを横目に、俺は相棒へ語り掛けた。
(コアのネットワークから、あの日の“打鉄”を探してくれ)
(了解しました)
そうして待つ事十数秒。相棒の検索が終了し、とある“打鉄”を教えてくれた。
そいつの前に立つのと同時に、千冬さんも履歴を調べ終わったみたいだ。
「お前の受験番号から言って、お前が試験で使用した“打鉄”はそれだ。……何だ、分かっていたみたいだな」
「偶々、勘が当たっただけですよ。……さて」
俺は目の前に鎮座している“打鉄”に向き直る。
そしてゆっくりと装甲に手を触れ、“打鉄”の存在と向き合った。
「お前達の名誉を守る為に、俺に翼を貸してくれ――――これから頼む、“打鉄”」
(ネットワークを通じて、“打鉄”のコアから了承の返答がありました)
“打鉄”は輝きと共に粒子になっていき、俺の右手の中指に指輪として姿を変える。
オルコットとの決闘まで一週間。“打鉄”達の為に、やれる事はやっておこう。
そうして専用機の出番は遠ざかっていく。