まともな初陣に三十話掛かる専用機が居るらしい
「おおぉぉおおおお!!」
織斑一夏の一閃が、更識簪を断ち切る。
その一撃の下に簪の“打鉄”は崩れ落ち、手にした薙刀と共に静かに粒子へと還っていく。
残念だが、勝負ありだ。
「あーあ、流石に専用機二機は厳しかったか」
隣に居る鈴音が呟く。
あれから日数は過ぎ、学年別トーナメントが開催された。
IS学園の一学年は百を超え、それが三学年もあるのだ。その人数でトーナメント形式での試合をするとなると、莫大な試合数量となる。
アリーナを全て開放し、尚且つ一日中試合をしていても一週間掛かるそうだ。予定表を見ていて時期をずらしてやるのは駄目なんだろうかと思った。
今はトーナメントの四日目。一年生Aブロックの決勝戦の決着が付いた瞬間だった。
対戦カードは一夏とシャル、そして簪と篠ノ之。結果は一夏とシャルペアの勝利だった。
「箒さんが一夏さんをもう少し抑えていれば、簪さんがシャルルさんを削りきれたかもしれませんのに」
「専用機を訓練機であれだけ抑えてたら十分だろ。……まぁ、惜しかったのは確かだな」
セシリアの言葉に頷きつつ、アリーナに居るシャルの姿を見た。ほっと胸を撫で下ろして簪へ手を差し伸べる姿を見て、本当にぎりぎりだったのだと分かった。
シャルの近接武器より、簪の近接武器の方がリーチは長い。それを活かしてじわじわとシールドエネルギーを削っていたのだが、篠ノ之を突破した一夏が背後から“零落白夜”で襲い掛かった事に対応出来ず押しきられてしまった。
「一夏さんの突破力と、シャルルさんの対応力。コンビを組まれると中々に厄介ですわね」
「そうねー。一夏のリズムの点火をシャルルがコントロールしてるって感じ。ま、決勝じゃあたしが一夏をぼこぼこにしてあげるから安心しなさい。あんたはいつも通り後ろから援護。それで勝ちは頂きよ」
「何か当たり前みたいに決勝戦の話してるけど、お前達これから俺とラウラのペアとBブロックの決勝するの忘れてないか?」
これから試合をする相手と呑気に試合を見ている俺も俺だが、二人も二人だった。
この後控えている試合の為に、俺達はISスーツの上から制服の上着を羽織っただけの恰好だ。
鈴音はこちらを流し目で見ながら、余裕を表す笑みを携える。
「私達をこの間と同じと思わないでよね。連携も、技術も、ドイツにやられた時とは比べ物にならないわよ」
「分かってる。これまでの試合みたいには行かないってさ。本気になった代表候補生の恐ろしさに備えておくよ」
俺が開幕速攻で距離を詰めて片方を押さえ、ラウラが“AIC”でもう片方を捕らえる。
そして降参を要求。それが俺達のブロック決勝までの試合内容だった。
あまりにも速攻で片付ける為に千冬さんの視線が痛かったのだが、ここからはちゃんとした試合をするから安心だ。
それに――――別に見せたい人も居る。俺はアリーナの客席の出入り口の一つを見た。
そこからアリーナの簪を見つめている水色の髪の女性。学園最強のIS乗り――生徒会長、更識刀奈。
彼女が俺の視線に気付いたのか、こちらを見る。期待した笑みで手を振られたら、こちらも手を振り返すしかない。
「何よ、どこに手を振ってんの? ……あぁ。確か簪のお姉さんだっけ?」
「学園の生徒会長でもありましたわよね、直接お話した事はありませんが」
試合をしていた四人はアリーナから退場を始めていた。次の試合――一年生Bブロックまであと二十分程だ。
俺は客席から立ち上がる。今からなら、簪と少し話せるかもしれない。
「じゃあ、俺は先に行く。簪に試合の感想も伝えたいし」
『……はぁ』
対戦相手の溜息が重なって、呆れたような視線を俺に浴びせてくる。
「始まった始まった、楯無の簪病」
「こればっかりは撃ち落としても治りそうにありませんわね。ご愁傷様ですわ」
「何だよ、別にいいだろ。思えば簪がちゃんとISに乗ってる姿を見るのは今回のトーナメントが初めてだったんだ。感想ぐらい言わせてくれよ」
「あぁはいはい、行ってくれば? どうせ向こうも待ち焦がれてるわよ、この簪馬鹿」
「IS馬鹿でもありますわ。馬鹿が重なると救いようがありませんわね」
呆れ顔の二人を置いてアリーナから退出し、更衣室へ移動する。
廊下を渡って更衣室へ近付くに連れ、誰かの会話が聞こえてきた。
更衣室直前の角でその会話ははっきりと聞こえてきて、思わず足を止めてしまった。
「すまない、簪。私が一夏をもう少し押さえていられれば……」
「気にしないで……箒のおかげで、ここまで勝ち上がれた。ありがとう」
声と内容から察するに、簪と篠ノ之のようだ。
二人共名前で呼び合う仲になっていた。どうやら二人は抽選でタッグを組んだわけではないらしい。
一応顔見知り程度ではあったんだし、当日急ごしらえのタッグを組まされるよりは良かったのだろうか。
別に俺も隠れ続ける必要はない。試合まで時間がない以上、隠れていられないというのもあるが。
ひょっこり顔を出してみると、簪と目が合った。
「楯無……!」
嬉しそうに名前を呼ばれ、即存在がばれた。
ばれてしまった以上仕方がないので完全に身体を出す。二人共着替え終わって制服姿だった。
篠ノ之も振り返ってこちらを見た。あの気まずい出来事からそれなりに日数が経っていたが、篠ノ之の表情は気まずそうなのは変わらない。
こういう事で重要なのは俺が気にしない事だ。いつも通りを心掛ける。
「試合、見てたよ。惜しかったな」
「ごめん……“打鉄”まで借りたのに、負けちゃった」
「いいや。専用機持ち二人に対して、訓練機二人であそこまで行けたんだ。簪の実力を示すには十分だったろ」
「専用機……」
俺の言葉に反応した篠ノ之がぽつりと言葉を零す。それの意味はよく分からない。
訓練機で一夏の“白式”に食い下がっていたのは篠ノ之なんだし、本格的にISに触り始めて三ヶ月も経ってないのにあの動きが出来たのは十分才能があると思うが。
専用機を持っていなければ日常的にISに搭乗する機会もない。一夏との訓練でISに乗る機会があっても、回数的には一夏には遠く及んでいない。
篠ノ之にはきっとIS乗りとしての才能がある。その片鱗は確かに感じられていた。
「これできっと、倉持技研の人達も簪が乗る専用機のデータの重要性を認めてくれる。“打鉄弐式”までまた一歩だな」
俺の言葉に、簪は柔らかな笑みで「そうだね」と頷いてくれた。
自分の事を肯定するには十分な程の努力を重ねている。その努力はきっと報われるだろう。
「それで」と簪は更衣室の方を振り返りながら話を区切る。
「楯無はボーデヴィッヒさんを迎えに来たの?」
「ん? それってどういう事――――」
「――――何をしている、ピットに入る時間は迫っているぞ」
詳しい事を問う前に、答えが直接俺の背中を叩いた。
振り向けば、ラウラがそこに居た。当然ISスーツ姿である。
「着替えてたのか?」
「いや、精神を集中していた。貴様は……成程。事情は分かった。だがもう話している時間はない、ピットへ向かうぞ」
「お、おう……じゃ、行ってくる」
ラウラに半ば引き摺られてピットに向かう俺を、簪は「行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
篠ノ之は最後まで黙りきりだった。俺とラウラに話す事は無いのだろう。折角簪と仲良くなってくれたのに、悪い事をした。
◇
「さて、いよいよブロック決勝か」
アリーナへと続くピットから、自らが飛ぶ空を見つめる。
雪月楯無は羽織っていた制服の上着を脱ぎ捨て、ISスーツの姿になる。
既に更衣室でISスーツに着替えていたラウラは、そんな楯無の姿を真剣な眼差しで眺めていた。
「どうした?」
視線に気付いた楯無が、ラウラへと問い掛ける。
数瞬の間の後に、ラウラはその問いへゆっくりと口を開いた。
「更識簪が使っていたのは、貴様の“打鉄”だな」
「あぁ。そうだよ」
自らの相棒の待機形態である黒いチョーカーを撫で、楯無は何でもないように返す。
簪自身の要望を、“打鉄”が了承した。それがあれば楯無にとっては許可云々の後の事などどうでもよかった。始末書や反省文なんて幾らでも書いてやればいいのだ。
「簪の専用機、機体は完成しているのにコアが無いんだ。そのせいで装備の試運転も出来ないから、俺が学園から借りてる“打鉄”を貸した。試合を見てる限り完成してる武装に問題はなさそうだ」
この学年別トーナメントまでの間に調整を終わらせ、搭載する事を間に合わせた荷電粒子砲も、問題なく稼働していた。
少しずつだが、簪の“打鉄弐式”への道は進んでいる。更識簪の進む道は彼の協力で途切れず、何時かは空へと繋がっていく。
その空の先で、楯無はずっと待っている。彼女達が本当の笑顔で、翼を広げて飛ぶ事を。
「……時折、貴様はその表情をする」
「何だそりゃ」
「普段からは考えられない程優しく、温かい笑みを浮かべる。教官も偶に、そんな表情をしていた」
千冬と同じだと告げられて、楯無は露骨に嫌そうな表情をした。
世界最強と同じだと言われても、強さに興味が無い楯無にとっては何の魅力も感じない話だ。
「……そして、教官がその表情をする時は、決まって織斑一夏の話をしていた」
「またその手の話か……って言っても、お前の話をちゃんと聞いた事はなかったな」
精々千冬がドイツ軍のISの教官として赴任し、ラウラの世話を焼いていた程度の認識だ。
試合まではまだ少し時間がある。パートナーの事を理解しておくのも、タッグを組んだ相手としては間違ってはいないだろう。
「……一夏の事が、羨ましかったのか?」
機嫌を悪くする一言だと思ったが、案外とラウラの反応は悪くなかった。
驚いたように目を見開き、言われた意味を咀嚼するように目を閉じる。
そうして自嘲的に小さく笑うと、自分の中にあった気持ちを肯定する。
「あぁ、そうかもしれない。出来損ないで無価値だった私にとって、私に価値を与えてくれた教官は救いだった。その教官に無条件に気に掛けてもらえる織斑一夏という存在が、私は羨ましかったのだろう」
ともすれば、敬愛する人間の経歴に汚点を残した憎しみよりも強く。
「言われてみれば何て事はない。私は何時でも教官の背中を追い掛けている。あの唯一無二の強さに焦がれ、何時か私を見てほしいと」
「あれに執着されるのも結構冷や冷やするけどな。何時斬り捨てられるか分かったもんじゃない」
「ふ――――包村帯も、そう思っているのだろうな」
からかうようなラウラの声に、楯無は「かもな」と相槌を打つ。
まさか自分の正体に気付いてはいないだろうが、肝が冷える話題だった。
『間もなく、一年生Bブロック決勝戦を行います。ピットに待機している選手はISを展開。順番に発進してください』
丁度良いタイミングで、試合進行のアナウンスがピットに響いた。
試合が始まる。恐らく、二人が漸くまともに戦うタッグ戦が。
「行くか」
「了解だ」
二人は自らの愛機を展開し、カタパルトに順番に乗る。
先に発進したラウラの背中を見ながら、楯無は小さく相棒へ語り掛けた。
「……飛ぼうぜ、相棒。これが俺達の本当の初陣だ」
『はい、マスター。飛びましょう。二人へ届くように、遠く、高く』
相棒の言葉に「当然だ」と答え、楯無はアリーナへと翼を広げた。
まだ戦ってないんですがそれは(困惑)