アリーナでは四人の専用機持ちがそれぞれのパートナーを隣に据え、相手のペアと相対していた。
学年別トーナメント、決勝戦当日。全学年の決勝戦が行われる本日の第一試合は、今年IS学園に入学したばかりのルーキー達。しかし、アリーナは一年生最強のペアはどちらになるのかを見届けようとする生徒で満員になっていた。
試合開始の瞬間を今か今かと待っている会場の熱気を感じながら、観客席で同じように試合開始を待っている箒、簪、セシリア、鈴音の準決勝敗退組は固まって座っている。
「しっかし、決勝戦ともなると企業も国家も本気ねー」
鈴音はある方向を見て感心したように口を開く。
「それは……そう。寧ろ、この試合が目的で来てる来賓が大勢居る筈」
鈴音と同様に、観客席のある方向――来賓席の方を見て、簪は同意した。
簪の指摘は尤もだ。何しろこの世に三人しか居ない男性操縦者が一堂に会し、未だトライアル段階だと思われていたドイツの第三世代機を操る代表候補生まで加えた対戦カードだ。
一名の性別詐称が混じっているのだが、世間的にはこれ程まで珍しい試合もそうそうない。
当然、ありとあらゆる国家や企業の上役がデータを取りにやってきている。
各国の代表候補生には見覚えがある顔がずらりと並んでおり、それぞれの柵を思い出す代表候補生の中でもセシリアの反応が特に悪かった。
「セシリアはどうしたのだ?」
ぐったりとしたセシリアを心配した箒の言葉に、パートナーである鈴音が呆れ気味に答えた。
「セシリア、楯無に完成した偏向制御射撃の初披露を取っておきたかったが為に、本国に連絡を入れなかったらしいわ。それが昨日の試合で明るみに出て、昨夜本国からこってり絞られたってわけ」
「……まぁ、偏向制御射撃を会得したのは事実ですのでお咎めは少なくて済みましたが。問題はその後提出させられた“ブルー=ティアーズ”の稼働レポートですわ……」
「……専用機持ちの代表候補生というのは、中々柵があるのだな」
がっくりと項垂れたセシリアを見て、箒は苦笑いを浮かべた。
しかし、それは後ろ盾を持つ者の義務でもある。
自分や幼馴染がIS学園に入学させられた経緯を考えれば、その程度の柵は受け入れなければならないのだろう。
アリーナで試合開始を待っている想い人にも、何時かそんな柵がやってくる時が来るのだろうか。
「それにしても、倉持技研は鼻高々なんじゃないの?」
アリーナで待機している四人を見た鈴音の言葉に、セシリアも同意する。
「そうですわね。何しろ決勝カードの半分が倉持技研所属で、しかも男性操縦者なわけですから」
「だから……倉持技研も上役の他にもう一人連れてきてる」
簪が指差したのは、自分達が座っている客席の最前列。
そこには姉である更識楯無と、腰まである黒い髪が特徴的な少女が座っていた。
刀奈と話す際の横顔から覗く垂れ目気味の赤い瞳は、彼女達の記憶に新しい。
――――と言うか、あの妹を一ヶ月足らずで忘れるには無理がある。
「……IS学園の制服着てるとはいえ、当たり前の様に観客席に居るんだけど。ここのセキュリティどうなってんのよ」
「一応……織斑先生から許可は貰ったみたい……。お姉ちゃんが護衛に付く事が条件で……この試合だけは観客席で見れるって」
アリーナへの入場が始まる前、通信で興奮気味に伝えてきていた。
確かに来賓席よりは観客席の最前列の方が試合はよく見える。
……見えるのだが、だからと言って何故当たり前の様に制服を着て観戦しているのか。
「楯無さんっ、兄さんですよ兄さん! “黒雷”を纏った兄さんの姿を見れるなんて……主任に作業全部放り投げてきてよかったです!」
「楯愛ちゃん、分かったからもう少し静かにして?」
「……む」
まだ試合すら始まっていないのにテンションが最高潮に達していた楯愛を、楯無は冷静に宥める。
その様子が本当の姉妹の様に仲睦まじかったのを見て、簪の心のどこかがざわついていた。
あんな優し気な表情を、自分の前で浮かべてくれたのは何時だったか。自らの劣等感が招いた事とは言え、どうにももやもやする。
そんな簪の内心は露知らず、恋する乙女筆頭である箒は咳払いを一つして話題を切り替える。
「ところで……トーナメント優勝ペアには、好きな男子と付き合う権利が与えられるそうだったが……」
『……!』
箒の言葉に、鈴音と簪の二人が戦慄した。
決勝の面子から殆ど無効になったその噂話を、まさかこのタイミングでぶち込んでこようとは。
元々は箒が一夏へ言った言葉が原因で、人から人へ伝わる度にあれよあれよと捻じ曲がっていっただけなのだが。
鈴音は何でもなさそうに、しかし明らかに乙女の顔をして、
「……私は、その。一夏が私を女の子として見てくれるきっかけになったら、別にまだ付き合えなくても……」
「……鈴」
一夏と鈴音の間にあった一連の出来事を知らない箒は、しかし同じ男を好きになった彼女の心を理解していた。
幼少期は男子達から『男女』と揶揄されてきた箒にとって、好きな異性から女子として見られる事がどれだけ嬉しい事か。
照れを浮かべながらも鈴音は簪を見る。恋すると言えば、最近ブレーキが壊れてしまったこの少女を無視する事など出来ない。
「当然、簪は楯無でしょ? キスでもする気だった?」
「キ、キス……っ!? ……それは、その……少し、いいかも?」
冗談で言ってみたらこれである。顔を赤くしてその光景を頭の中に思い描くその様はまさにむっつりであった。
「……ふ、いいものだな。どうして同じ幼馴染同士なのにこうも違うのだ……?」
「べ、別に……楯無は、いつも、優しくて……助けてくれるから。私が……あ、甘えちゃってるだけ」
「は……そういう所からしてもう違うのよ……」
照れる簪に対して遠い目をした箒と鈴音。織斑一夏に恋する少女達は皆この洗礼を受けるのかと、簪は視線を逸らした。ちなみに言ってしまえば、真面な対応をする相手以外には、楯無の態度の方が圧倒的に酷い。
視線を逸らした先に居たセシリアも似たような表情で呆れていた。
「……セシリアは、もしその権利を使えたら、どっちと付き合った?」
候補としては男性として通っているシャルロットも居た筈なのだが、正体を知る簪は無意識に排除してしまっていた。
代表候補生の中でも特にISの鍛錬に打ち込んでいるセシリアなので、てっきり両者ともお断りだと思っていた簪。
しかし尋ねられたセシリアは、何でもないように爆弾を投下した。
「楯無さんですわね。心と身体、射貫く箇所は多い方がいいですわ」
「――――!?」
予想外の答えで無事爆撃された簪は声にはならない声を出す。おかしい、セシリアはそういった担当ではなかった筈なのだが。担当って何だ。
「楯無さんとであれば、私はIS乗りとしてより高いレベルへと昇華出来る筈ですわ。それに、同じ“打鉄”を広める者同士、互いに支え合える関係である事も理想ですし」
「だ、駄目……その理由じゃ、駄目……だから」
本気で言っているのか冗談なのか分からない言い分を並べるセシリアへ、簪は必死に食らいつきながら照れを隠した小さな声で抗議をしている。
あくまで強制的に付き合える権利があればの話をしていたセシリアは簡単に引き下がり、簪は何とか胸を撫で下ろしていた。
「……観客席の一角だけカオス過ぎるだろ」
IS搭乗者はハイパーセンサーによって全方位を確認出来る。試合が始まってもいないのにその機能を使って観客席の様子を窺っていた楯無は、半目になりながら声を漏らす。
しかし顔を赤くしていた簪は最高だった。何の話をしていたかは分からなかったが、とりあえず録画はしておいた。決勝が終わったら本人の隣で観賞しようと誓った。
あと何故か妹が観客席に居たが見なかった事にした。騒ぎまくっているが、試合をする側が静か過ぎるのを盛り上げてくれているのだと考えよう。
「あはは……」
お互いのパートナーの間に流れる重い空気に、シャルロットは苦笑いだった。
それに関しては楯無も同意で、一夏とラウラはお互い一心に睨み合い続けている。
「漸く貴様に辿り着いた。この時を待っていたぞ……貴様の全てを否定し、あの人に私の成長を見てもらう時を」
自分に対しては多少取っつき易くなってくれ、昨日の試合で鈴音とも仲良くなってくれたと思ったが、当初の目的を捨てさった訳ではないようだ。楯無は肩を竦めてラウラを見た。
転校初日の様な刺々しさを纏った彼女には、どこか危うさを感じられた。
「俺も待ってたぜ。あんたを倒す事だけを考えて、俺はこのトーナメントを勝ち上がってきた」
ラウラの眼光を受け止め、“雪片弐型”の切っ先を向けて宣戦布告とする。
それから会話はない。両者共に一触即発の雰囲気を纏いながら、唯試合が開始されるのを待つ。
直に観客席の声も静まっていき、会場は緊張と静寂に包まれた。
ハイパーセンサーとアリーナ上部に設置されているモニターへ、カウントダウンの表示が始まる。
「楯無」
――――始まる数秒前。
パートナーの声を、楯無は前を見据えたまま静かに聞いた。
「私をこの舞台に立たせてくれて、礼を言う」
カウントが零になり、試合開始の火蓋が切られた。
アリーナ中にブザーが響き渡り、張り詰めた空気が弾けるように解き放たれる。
「シャルル!」
「一夏!」
互いの役割を果たす為にポジショニングを始めた楯無とラウラを無視して、シャルロットは一夏へと呼び出した近接ブレードを投げ渡した。
「一夏さんが……!」
「――――二刀!?」
息の合わせて疑問を口にするセシリアと鈴音を横目に、箒は真っ直ぐ試合から目を逸らさずに口を開いた。
「当然だ。一夏はトーナメントに向けた訓練の合間に、私と剣道場で二刀同士の打ち合いをしていた」
「私も……偶に、見てた。一夏君、最後にはかなり二刀に慣れてたと思う」
右手に“雪片弐型”、左手に“ブレッド=スライサー”を握り、スラスターを噴いて突き進む。
迎撃態勢を取るラウラはレールカノンを構え、躊躇いなく発砲した。
回避行動を取りながら距離を詰めていく一夏とは別に、シャルロットは楯無へ両腕に展開したアサルトライフルとショットガンを発砲した。
放たれた弾丸を“避雷針”で防ぎつつ飛び上がる楯無。互いの相手は決定し、それは両ペアが本来想定していた相手だった。
「成程。箒が一夏をぎりぎりまで抑えられてたのは、お互いの癖が分かってたからね」
「だが、結局は押されきってしまった。専用機同士なら……話は違っていたかもしれないが」
放たれる砲弾を次々と回避していく一夏を見て、幼馴染の成長を感じると共に、僅かな寂しさを抱える。
(射撃はセシリアの方が速度も精度も上だ! 朝練の鬼ごっこを思えば、これぐらいなんて事はねぇ!)
スラスターを噴かし速度を上げ、距離を詰める。今度はレールカノンの有効射程を抜けた途端に切り替えられた迎撃手段のワイヤーブレードとの戦いが始まった。
だが、苛立ちを感じさせるラウラとは対照的に、一夏の表情に焦りは見られない。
(六つの同時攻撃――――そいつにも、こっちは慣れてんだよ!)
鈴音の“双天牙月”とセシリアの“ブルー=ティアーズ”。合わせて六本の包囲網。それが一夏の朝練のスタンダードだった。
故に一夏は恐れない。全方位からではなく直進方向から相対するだけの六手など、訓練以下の障害でしかない。
――――叩き落し、進む。それだけだ。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びと共に、男性操縦者が突き進む。
嵐の様な斬撃がワイヤーブレードを叩き落とし、一夏の進む道は切り拓かれていく。
「あいつ……」
上空を飛び回りながらシャルロットを牽制し続けている楯無は、ハイパーセンサーで地上にて行われている乱舞を確認していた。
一夏はワイヤーブレードの動きを完全に見切り、遂にはワイヤー部分を斬り捨てた。
薄くなった弾幕を白い外殻を纏った騎士が抜ける。相対するは黒き双刃。
“白式”の唯一にして絶対の得意レンジであるクロスレンジ。その領域に両者は立っていた。
「おっと――――まったく、冷静にえげつない事してくれるぜ」
地上で始まったクロスレンジとは対照的に、空ではミドルレンジが続く。
シャルロットは只管アサルトライフルとショットガンを回転させて弾幕を形成し続けている。
位置取るはラウラの頭上。そこを中心として楯無を円を描くように動かし、楯無を一夏から遠ざけていた。
ショットガンの攻撃範囲が最大限有効になる距離を維持しつつ、楯無の回避先にアサルトライフルを置く。
面による制圧と、点による予測。その二つを組み合わせ、シャルロットは世代差によるハンデを埋めている。
距離は遠く、全て“避雷針”によって防がれて有効打とはならないが、それでも牽制としては十分だった。
「えげつないって、そんな楽しそうな顔で言われてもね……!」
楯無の口角上がりっぱなしの表情に釣られるように笑顔を浮かべながら、シャルロットは弾幕を形成し続ける。
リロードは拡張領域にて行われ、シャルロットの技能である高速切替によって武装切替の隙は存在しない。
(僕の役割は、とにかく楯無を一夏に近付けさせない事……!)
(シャルはこっちに縫い留めておいてやる。約束だからな)
空を舞う二人の思惑通り、地上の二人は剣舞を続ける。
プラズマ手刀が一夏の猛攻を受け止め、お返しとばかりに切り返す。
その剣戟は互角なように見えるが、一部の者は理解していた。
「ラウラ、焦ってるわ」
鈴音は直感で、この剣戟の行方を感じ取った。
受けるのはいい。切り返す事も出来ている。しかし、この剣戟は互角ではない。
「あらあら。多分限定的なんでしょうけど、一夏君もやるじゃない」
「え、とりあえず攻撃を躱し続けている兄さんが凄いって事でいいんですよね?」
頭の悪い感想をぶっ放した妹は放っておいて、顎に指を添えて感心したように漏らす刀奈は、どうやら何かに気付いたようだった。
刀奈が気付いた要素は、ラウラに対しては苛立ちとして降り掛かる。
――――撃たされている。
(この私が……!?)
唯勢いだけの剣戟にしか見えない。織斑千冬や包村帯の様な洗練された極地など微塵も感じ取れない。
何て事はない隙を突けば脆く瓦解していくのが運命の筈だった。
だというのに、隙を突けば対応される。隙を突いた隙を突かれる。
雪月楯無と斬り結んだ感覚とは似て非なる感覚。圧倒的な流れに呑まれるのではなく、小さな小さな流れから抜け出せないこの苛立ちが、ラウラの冷静さを奪っていく。
(……成程。それがお前がラウラに勝つ為に得た答えか)
空中から二人の様子を観察していた楯無は、敵パートナーであるシャルロットへ語り掛ける。
「随分と予習をしたみたいだな。あいつ、そんなに勉強好きだったか?」
「あは、ばれちゃった?」
今にも舌を出しておどけてしまいそうな声を出しつつも、シャルロットは弾幕を緩めない。
これを突破されてしまえば、一夏の剣戟も瓦解してしまう。
「――――徹底的な対策。言い換えればメタだな」
ラウラ=ボーデヴィッヒの持ち味と訊かれれば、誰もが“AIC”と全距離対応が可能なバランスの取れた武装構成と答えるだろう。
だからこそ一夏はそこを突いた。汎用的な装備構成はそれ自体が弱点となり得る。嘗て対峙した楯無は搭乗機の問題により一点突破する事は叶わなかったが、寧ろ“白式”にはそれしかない。
得意レンジまでの突破の仕方は六月頭に楯無がやってみせた。
一夏の操縦技術ではそれを恒常的に再現する事は難しい。だが、一夏はあの戦闘を“白式”の稼働ログから徹底的に見直した。
ラウラの攻撃の癖。迎撃手段を切り替えるタイミング。フェイクと本命を織り交ぜる度合い。研究し尽くして、対策し尽くした。
そうして辿り着いた決戦の場。制さなければいけない自らの領域。そう簡単に討ち取らせてくれる程、ドイツの代表候補生は甘くない。
そしてログから洗い出した楯無とラウラのハイレベルな剣戟を見て。一夏は嘗てこの光景を見ていた事に気付いた。
「千冬さんと包村帯。第二回モンドグロッソ準決勝での打ち合いに、よく似ていたらしい」
箒の言葉に、観客席のセシリアと鈴、簪は彼女の方へ視線を向ける。
即ちそれは、篠ノ之流を交えた打ち合い。千冬がラウラを教導していたのなら、必ず太刀筋は似てくる。そう判断した一夏は、自らが教えを乞う事が出来る中で最も篠ノ之流に詳しい箒へ、互いに二刀での打ち合いの教えを乞うた。
その判断は正しく、ラウラ=ボーデヴィッヒというIS乗りの要素を一つ一つ分解し、そして対策していく事で、一夏は今この場においては彼女を凌駕する。
「お前に言いたい事があるんだよ、ボーデヴィッヒ……!」
ここからがスタートラインだ。
自らを否定すると宣戦布告してきた少女への、自らの無力を呪った少年の咆哮。
「お前が俺を千冬姉の弟だと認めないように! 俺もお前を千冬姉の教え子だと認めない!」
「何だと!? き――――さまぁ!!」
一夏の言葉がラウラの琴線に触れた。
ラウラ=ボーデヴィッヒが一人の軍人として専用機を任される程まで鍛え上げた恩人との思い出を否定する事は、誰であろうと許さない。
怒りは太刀筋に乗る。その怒りを捌きつつ、一夏の勢いは止まらない。
「確かにお前は強い! それが千冬姉が鍛えてくれた力なら、千冬姉を誇りに思うのは間違ってないんだろうな!」
遂に一太刀、剣戟を超えて“ブレッド=スライサー”がラウラの左肩を捉える。
絶対防御によりエネルギーが大幅に減った事を気にする事も無く、ラウラの赤い右目は怒りの炎を燃え上がらせていた。
「黙れ……! 貴様如きが私と教官を語るな!」
ドイツで出来損ないだった自分と出会ったあの瞬間は。
あの人の指導で出来損ないから這い上がってきたあの日々は。
唯弟であるというだけで無条件で気に掛けてもらえるお前が、土足で踏み込んでいい領域じゃない。
羨望とは言い換えれば嫉妬である。妬む気持ちを自覚してしまったラウラはどこまでも怒りに支配されていく。
怒りと共に鬼気迫るラウラの一閃を“雪片弐型”で真正面から受け止め、一夏はラウラに負けじと力強い眼光で怒りをぶつける。
「お前はその力を見せつけるだけだ! 相手を傷付けるだけで、何かを守ろうともしないで!」
「それが、どうした! 力は唯力だ! 振るわねば意味がない! 価値も残せない!」
言葉を交わす意味などない。織斑一夏とラウラ=ボーデヴィッヒは交わらない。
武力で叩きのめすのみ。敬愛する恩師によって鍛え上げられた力ならば、素人一人屠る事など造作もない。
ラウラは鍔迫り合いを無理矢理に弾き、バックブーストで距離を取る。即座に“AIC”を起動。一夏を絡めとった。
念力に固められたように動かなくなった一夏。それを見て、ラウラは勝利を確信し、嬲り殺す為に右手のプラズマ手刀を軽く振るう。
だが、一夏の表情は陰らない。唯真っ直ぐに勝利を見つめ、目の前の少女へ慟哭の様に訴える。
「そんな力の使い方、千冬姉が見せたのかよ! お前が追っているあの人の背中は、そんなものだったのか!」
「な……に――――!?」
言葉はラウラに突き刺さる。
織斑一夏とラウラ=ボーデヴィッヒが見た織斑千冬の背中は同じでも、追う背中は違っていた。
何も出来なかった自分を引き上げてくれた存在への憧憬。強さへの渇望。中身が違う同じ事柄を持つ一夏とラウラは、きっと紙一重で、一歩間違えば逆の立場だった。
「俺が人生で最も惨めだった時はそうさ、俺自身の存在が千冬姉の栄光を奪い去った瞬間だ! 力を求めた! でなければ死にたいとさえ思った! そんな時に俺はISに出会った!! だから誓ったんだよ、俺は千冬姉の様に、誰かを守れる力を!! 只管に!! 追い求めるってな!! ――――シャルル!」
名を呼ばれると同時、シャルロットは一つの武装を展開した。
だがシャルロットがそれを手にする事はない。重力に従って、そのまま落下を始めた。
高速機動で相対する楯無に気を取られた故のミスではない。
シャルロットは変わらずラウラの頭上を位置取っている。
故にシャルロットが展開した武装――何の変哲もない時限式手榴弾は、ラウラの頭上で爆発した。
「ぐ、ぅ――――!?」
爆風によろめいた事により、“AIC”を維持する事が困難になる。
――――条件は整った。“AIC”に捉えられている間も、一夏は勝利への歩を進めていた。
拘束が解けた一夏はスラスターに溜めていたエネルギーによって瞬時加速を行い、開けられた距離を強引に詰める。
「ラウラ!」
「――――させないよ!」
準決勝の様にフォローに入ろうとした楯無の眼前にシャルロットが迫る。
勢いのままに楯無をアリーナのバリアまで押し出し、そのまま押さえた。
「おま、瞬時加速使えたのかよ……!」
「お、帯の前で見せるのは初めてだからね!」
何故か顔を赤くして肉薄するシャルロットを他所に、楯無は地上の二人の様子を見た。
「“零落白夜”、起動!」
一夏の魔剣が起動する。彼等の憧れと同じ、全てを一撃の下に切り伏せる文字通りの必殺。
「余所見は嫌だな、僕に夢中になってよ!」
同様に、シャルロットも自らの虎の子を抜く。
機体性能の差によって、この拘束は長くは続かない。ならばその間に最大火力を叩き込む。
シャルロットの左腕に装備されたシールドがスライドし、その下から現れるのはリボルバー機構を搭載したパイルバンカー。
――――“灰色の鱗殻”。第二世代最高クラスの威力を持つ、正しく切り札。
「――――嘘」
腹部を狙って振るわれた一撃を、楯無は右膝を曲げてシャルロットの左腕の動きを阻害して防いだ。
そのままスラスターを全開にして強引に押し返し、無理に可動域を確保する。
「それでも!」
驚きながらシャルロットが告げた通り、もうフォローは間に合わない。
一夏の一閃はもうラウラの眼前にまで迫っている。
「――――何故だ」
ラウラの呟きが空気に溶ける。
何故、私はここまで追い詰められている。何故、お前はここまで私へ喰らい付く。
軟弱者はお前だった筈だ。弟というだけで気に掛けてもらい、その立場に甘えているだけの存在だった筈だ。
追う背中は同じでも、追う覚悟が違う。ISを手に入れたからという生半可な気持ちで力を求めたお前とは、動機の重みが違う。
そう思っていた。だが現実は違った。
彼女が求めたのは唯の力。彼が求めたのは守る力。二人が織斑千冬の中に見て、感じ取ったものの違い。
その全てが今現実として表れる。嘗て敬愛する恩人も振るっていた蒼い光刃が、喉元に迫る。
否定される。私を出来損ないから引き上げてくれた力が。この力を失ったら、私は何者でもなくなってしまうというのに。
――――あぁ。ならば、くれてやろう。
私が私でないのならば、それを止める権利も私にはないのだから。
かちり、と。何かが起動した音がした。それが何の音なのか、何によって抑え込んでいたものなのか、ラウラには分からない。
「うぁぁああああああっ!!」
ラウラの絶叫と共に、彼女を中心に衝撃波が巻き起こり一夏を斬撃ごと吹き飛ばした。
“シュバルツェア=レーゲン”が装甲と装甲の合間から紫電を撒き散らし、黒い泥を溢れさせながら機体全体を包み、もがき苦しむラウラを呑み込んでいく。
「ラウラ!」
最早意識まで呑み込まれ掛けた刹那、自らの名前を呼ぶ声が聞こえた。
視界の果てには、この学園に入ってから何かと関り、友人となった男。
お前なら、知っているのだろうか。私は何者で、何になりたかったのかを。
「た、てな……し――――」
虚ろな瞳で楯無を見つめ、力なくそっと手を伸ばすが届かない。
やがて彼女の全ては泥に呑まれ、黒に染まった。
次回、漸く楯無君が真面に戦います