刀奈求める楯無き者   作:乱麻@PINK

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前回から三ヶ月経ってるってマ?


34.黒い翼

今この場に居る全員が、現状が異常事態になりつつあるのを認識するのに時間はかからなかった。

 

「帯、あれはいったい何が起きてるの!?」

 

「さぁな。だが、あれはあのシステムで間違いないだろ――――胸糞悪い」

 

『“VTシステム”。正式名称は“ヴァルキリートレースシステム”であり、過去のモンドグロッソ部門優勝者の動きを再現します』

 

密着したままラウラの様子の異変を感じ取った二人の会話に、“黒雷”からのアシストが入る。

二人のみに聞こえるようなボリュームで会話をしている為、管制室やざわつき始めた観客席には聞こえていない。

伝えられた答えを聞いたシャルロットは驚きを隠せない。

 

「“VTシステム”!? それって、各国で研究も使用も禁止されている筈じゃ……!?」

 

「そうだ。あのシステムのデメリットは――――」

 

会話を遮るように、アリーナに居るIS乗り達へ千冬より管制室からの通信が入る。

 

『聞こえるか、お前達。この試合は――――』

 

「何で“シュヴァルツェア=レーゲン”に“VTシステム”が搭載されてる!?」

 

通信を遮り返すように叫ぶ楯無へ、千冬は努めて冷静に返す。

 

「理由は分からん。だが現実として搭載されてしまっている。ドイツには後で詳しく訊かねばならんがな」

 

小さく舌打ちして、楯無は再び地上で変形を続けている黒い泥の塊へ目を向ける。

変形が終わる。その姿は楯無が予想していた通り、嘗て楯無がモンドグロッソで相対し、数多のIS乗りの憧れとなっている存在――織斑千冬の愛機、“暮桜”を形作った。

 

「“暮桜”……!?」

 

驚く一夏の声を他所に、楯無は千冬へ通信を送り返す。

 

「ラウラの救助は俺達がやる。教員達は避難誘導に集中してくれ。突入部隊の編成なんて待ってられるか」

 

『建前の直後に本音を加えるな。……だが、そうだな。確かにボーデヴィッヒへのダメージを考えると、悠長な事は言ってられん。何より、お前がやるのが一番早いだろう』

 

管制室のマイクが千冬の判断に近くで真耶が声を上げたのを拾ったが、そちらはそちらで何とかするだろう。

どうやら千冬の一言に真耶が折れたらしく、

 

『来賓、観客の皆さんは教員の指示に従って避難を開始してください!』

 

などといった避難勧告が始まった。

これで心置きなく始められる、と楯無がスラスターに火を入れた瞬間、地上でラウラと相対していた一夏が動く。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

本人の気概と同じく真っ直ぐに突き進み、水平に“雪片弐型”を振るう。

“暮桜”を模った黒い泥はその右手に握った刀を振るい、それを受け止める。

一瞬のやり取りの間に見た、刀の細かな造形。その情報は一夏の中の何かを激しく刺激した。

奥歯を噛み締め、怒りのままに打ち合うが、打ち合いは何度も続かない。

黒い泥の一閃が、一夏の剣戟を超えて“白式”を吹き飛ばした。

 

「ぐぁっ!?」

 

「一夏! 大丈夫――――」

 

受け身を取る事も出来ず転がる一夏の傍へ、シャルロットが降下する。

そうして見た一夏の表情に、絶句した。

タッグパートナーとして共に訓練を重ねていたこの一ヶ月弱。そのどこにも存在していない、怒りと憎しみに満ちた鋭い目付き。

その目には“暮桜”しか映っていない。再び突撃しようとしたのを止められた事で、初めてシャルロットの存在に気付いた程だった。

 

「落ち着いて、一夏! むやみに突っ込んじゃ駄目だよ!」

 

「離せシャルル! 見えたんだ、あんなの見慣れきってんだよ!! 今度こそ……!」

 

「――――無理だな。あれだけ見たものを捌けないんじゃ、今のお前じゃ勝てない」

 

“暮桜”と相対するように二人に合流した楯無から冷たい言葉を浴びせられても、一夏の激昂が収まる事はない。

 

「お前だって分かってるだろ、楯無! あれは“暮桜”で、あいつが握ってるのは“雪片”だ!」

 

「あぁ」

 

冷めた返答にも気付く事なく、一夏のボルテージは止まらない。

 

「あれは千冬姉の剣なんだよ! 他の誰にも渡しちゃいけない、千冬姉だけのものなんだ! それをあんな訳の分からない力に振り回されてるボーデヴィッヒなんかに!」

 

一夏の言っている事は楯無にも理解出来た。第二回モンドグロッソ準決勝の映像を何度も見ており、実際に対峙もしている。

見間違える筈もない。あの剣技は紛れもなく織斑千冬のものであり、完璧に再現されていた。

それを分かっているからこそ、楯無は振り返りながら再び冷たく言い放った。

 

「そうだ。あそこに居るのはラウラだ。たとえ振るわれてるのは千冬さんの剣を模ったものだとしても、あそこに居るのは俺のパートナーだよ」

 

「帯――――」

 

揺れた黒髪から覗く瞳に、シャルロットは息を呑む。

淡々と告げる言葉の温度とは裏腹に、楯無の右目には熱い何かが宿っていた。

その熱い何かに火を点けられるように、シャルロットの心の中の何かが火照る。今までの不思議な男の子、といった認識から脱して、シャルロットが初めて自覚する感情に色付いていく。

だが、楯無と一夏の間にはそんな乙女な感想は存在しない。お前は下がってろ。一夏へそう告げるが如く、楯無は“暮桜”の方へ向き直る。

 

「千冬姉の剣で誰かを傷付けるなんて許さねぇ……! 皆を守る為にも、ボーデヴィッヒをぶっ飛ばす!」

 

しかし姉の矜持を傷付けられた一夏にはその視線を察する余裕も、受け入れる余裕もなかった。

シャルロットの拘束を振り払い、一夏は楯無の横へ並び立つ。

それを横目に、楯無は小さく呟いた。

 

「守る……か」

 

それは楯無の領分ではない。彼に出来る事は守る事ではなく救う事。

何故なら、既に楯無は二人の少女の笑顔を守る事が出来なかったから。

守れなかったものを再び守る事など出来はしない。既に守るものはなくなってしまっているから。

守りたければラウラがシステムに呑まれる前にどうにかするべきだった。だから彼は、ラウラを救う事しか出来ない。

救う事しか出来ないのだから、守る事なんて出来る筈がない。

 

「なっ――――ぐっ!?」

 

考えるより先に、楯無は一夏の首を掴んで後方へ放り投げていた。

突然の事に対応出来なかった一夏はそのままアリーナの壁へ激突する。

 

「何すんだよ、楯無!?」

 

慌てて駆け寄ってきたシャルロットに介抱されながらも、一夏は楯無の名を呼んだ。

しかし呼び掛けに応える事も無く、楯無は“黒夜”と“雷切”を連結させ、一振りの大剣とした。

自らを無視するような振舞いに憤る一夏だが、その想いを口にする事は叶わない。

 

『――――落ち着いて』

 

突然、“白式”の回線へ個人間秘匿通信が割り込んできた。

一夏は慌てた様子で周囲を探る。出所がどこかは分からない。一体誰からの通信かなんて見当が付かない。

――――いや、嘘だ。誰からかははっきりしている。きっと通信を送ってきたISは、嘗て姉の“暮桜”と激闘を繰り広げたIS――――“黒鉄”。

そしてその操縦者である世界第三位である女性、包村帯。

 

『こんにちは、織斑一夏君。私の事は憶えているかしら、なんて』

 

レゾナンスで出会った際に話しただけだが、聞き間違えではないようだった。

この会場のどこかに、彼女が居る。確かに世界第三位である彼女ならば、秘密裏に来賓として来ていても不思議ではない。

そんな彼女が何故今このタイミングで自分に通信を送ってきたのか。そう疑問に思った一夏へ、彼女は囁くように告げる。

 

『無駄話をしている暇はないの。今は唯――――あなたが追ってはいけない背中を、見ていて』

 

それきり通信は途絶え、その言葉に一夏ははっと前を見る。

――――それは、守ると誓った織斑一夏とは違う、雪月楯無の静かな救済への始まりだった。

 

「おい、“VTシステム”。聞こえてるか」

 

静かな言葉への“暮桜”の反応はない。

楯無の視線に気付いたのか“雪片”を構えて迎撃の構えを取る以外の行動はせず、両者は向かい合ったままだった。

 

「誰かの憧れを機械で再現するシステム、か。何て不細工な代物だ。今、お前が誰を模しているのか分かっているのか」

 

ゆっくりと大剣を構えるが、身体に力を入れている様子はない。

機体のスラスターにエネルギーを送っているわけでもなく、唯目を細めて眼前の黒い憧れと対峙し続けていた。

――――その瞳が想うのは、黒い憧れに呑まれてしまった一人の少女の事。

 

「お前が再現する境地は、ラウラと“シュヴァルツェア=レーゲン”が何れ辿り着く場所だ。その始まりを知っている友人からすれば、今のお前の醜さは看過出来ない」

 

決して深い仲ではなかった。

一ヶ月にも満たないような付き合い。出会いも印象も険悪であり、お互いの実力をぶつけ合う事で見えたほんの少しの内面を繋がりに、ペアを組んで今まで過ごしてきた。

その中で垣間見た、一人の恩人の背中と強さを追い続ける、小さな黒い兎の姿。

 

「疾く消え失せろ。――――それは、お前が見せていい夢じゃないんだよ」

 

その姿は報われるべきだと。そう思ったから。

細められた瞳に力が籠められ、それは敵意へと変わっていった。

一夏とシャルロットが彼の名前を呼ぼうとした時、そこに異変は現れた。

“黒雷”のメインスラスターを担う、左右一対の翼。それが中央から、まるで蛹が羽化するように二つに割れた。

現れたのはエネルギーで構成された黒い翼。実体の翼からエネルギーで出来た翼が放出されていく様子は、見方によれば“白式”の“雪片弐型”に酷似していた。

観客の避難は既に始まっており、誰もがアリーナの様子に関しては気も漫ろだった。

その中で、代表候補生の数人と生徒会長の一人だけが“黒雷”の変化に気付いた。

 

「あれは、あの時の……!」

 

既に一度至近距離で見ていたセシリアは、自らが一瞬の内に捉えた記憶を蘇らせる。

もしあれが本当にBブロック決勝の時と同じ装備だとすれば、次に訪れるのは――――。

セシリアが想像するよりも早く、それは現実となった。

一足では届かない距離に居た楯無が、“暮桜”に肉薄していた。

瞬間移動じみた速度をそのまま威力にした大剣の刺突を、“暮桜”の刀が受け止めた。

返す刀はない。あまりの威力に“暮桜”は後退り、押し返す事も出来ないでいた。

 

「嘘……だろ」

 

一夏の呟きが零れる。

見えなかった。ISのハイパーセンサーでも、その動きを完全に捉えきれない。

見えたのは残像の様にぶれる“黒雷”と、それが描いたであろう軌道を示す黒い帯だけ。

IS乗りが接近手段の切り札にしている瞬時加速を使った様子はない。つまり、今のは唯の通常機動。

それを意味するかの様に、“黒雷”の翼が大きく震えた。

 

「紛い物が――――そろそろ行けるな、相棒」

 

苛ついた様子で左目で何かを確認した楯無が“暮桜”を蹴って距離を取り、自らの愛機に語り掛ける。

呼び掛けに応えるが如く、“黒雷”の全身が金色の光を一瞬だけ放った。

次の瞬間には、楯無の姿はそこにはない。あるのは何かの攻撃を受けてよろめく“暮桜”の姿だけだった。

 

「何が……どうなって!?」

 

「帯だ……!」

 

シャルロットの呟きを、数秒遅れで一夏は理解した。

“暮桜”の真隣に黒い帯が引かれている。擦れ違いざまに楯無が“暮桜”を斬り付けていたのだろう。先程以上にぶれた楯無の像が、ISのハイパーセンサーに何とか映っていた。

そしてその帯は彼の軌道を描き続け、“暮桜”の周りを何度も何度も囲っていく。

やがてそれは黒い檻と化し、“暮桜”を斬り刻んでいく。

現存するどのISよりも優れた機動性が織り成す戦法は、世界最強を再現したシステムとも渡り合っていた。

 

「だけど、流石は織斑先生を模した“VTシステム”。一筋縄では行かないわね」

 

刀奈の言葉通り、このまま楯無が圧倒する展開にはならなかった。

僅かに、“暮桜”は黒い檻に対応し始めている。当然だ。織斑千冬の反応速度ならば、楯無の速度にも対処は出来る。

だが、楯無もそれは想定済みだ。彼の目的は“暮桜”を倒して皆を守る事ではなく、ラウラ=ボーデヴィッヒを救う事。

だから、嘗ての織斑千冬の影などに勝つ必要なんてない。

唯相手を斬り捨てる為だけの剣など、楯無は磨いてなどこなかったのだから。

 

「いい加減に目を覚ませ、ラウラ!」

 

黒い帯が“暮桜”と衝突した。

勢いのままに“暮桜”と共にアリーナの壁へ流星の様に激突し、漸く“暮桜”を押さえた状態の楯無の姿が確認出来た。

装備している大剣は既に量子変換されている。争う気なんてない。“暮桜”と相対する楯無の瞳は、その奥に呑まれてしまった一人の少女の事を見ていた。

 

「つまらないシステムだな。太刀筋だけ真似て、上辺だけにも程がある。織斑千冬を再現するには容量不足だ。これが本当に世界最強だったなら、俺は今頃地面を這い蹲ってるぜ」

 

もし相手が本物の織斑千冬だったなら、獲物を持っていない時間など存在しない。たとえラピッドスイッチでも遅すぎる。

“暮桜”は楯無の拘束を振り解こうと力を籠めるが、黒い翼の出力任せに押さえつけられ藻掻く事しか出来ない。

今お前の出番はない。そこで黙っていろ。

 

「お前が憧れた最強はこんなものか。お前はそれで満足なのか! ラウラ=ボーデヴィッヒが追い付きたいと思っている背中は、こんな出来損ないじゃないって、俺は知っているぞ!!」

 

真っ直ぐとラウラの心に語り掛ける楯無。

ISに関しては誰よりも真摯で実直な彼は、短い付き合いの中で見た彼女の憧れを裏切れない。

 

「辿り着くのはお前とお前のISだろ、こんなシステムに任せていいのか! お前の憧れは、願いは、誰かに任せられる程簡単なものじゃなかっただろ!!」

 

発破を掛けるように叩き付けられた言葉が、“暮桜”の動きが止まる。

――――いや。動きを止めたのは、泥に呑まれた一人の少女。

それを感じ取った楯無は、拘束している腕の力を抜いて一人分の距離を取った。

そしてあろう事か――――ISを解除した。

 

「帯!?」

 

「楯無! 何やってんだ、逃げろ!」

 

そっと地面を足を付け、内側から“暮桜”を押さえ付けている少女と向き合う。

アリーナの二人からの言葉に答える事はない。

唯そっと手を差し伸べて、友人として明日の約束をするように。

 

「またやり直そうぜ――――世界最強の背中に向けて飛ぶ手伝いくらいは、きっとしてやれるからさ」

 

その言葉が、完全に“暮桜”の動きを止めた。

“暮桜”を押さえたのはラウラ=ボーデヴィッヒだけではない。これは、きっと――――。

 

『ありがとうございます。妹よ』

 

静かに語り掛けた“黒雷”が答えだった。

“暮桜”の身体を模る泥が静かに融解していく。そして――――そっと、眠りから覚めて部屋のドアを開けるように。

崩れていく“暮桜”の内側から小さな腕が伸びてきた。その勢いのまま、眼帯が取れた銀髪の少女が力なく放り出されていく。

覚束ない力加減で楯無の手を掴んだラウラを、楯無はそのまま優しく抱き止める。

楯無の腕の中でゆっくりと目を開けたラウラは、その両の目で朧気に楯無を見た。

 

「……長い夢を、見ていた」

 

「悪い夢だ。そんなのさっさと忘れて、お前の夢を追い掛けよう」

 

優し気な楯無の言葉は届き、ラウラは穏やかに笑う。

ISスーツ姿のラウラを背負いながら、楯無は管制室へ通信を入れる。

来賓と観客の避難誘導は既に終了している。これから教員達がアリーナへ突入してくるだろうが、安全確保兼時間稼ぎは既に果たされている。あとはどうにでもすればいい。

事態の収束を確認した一夏とシャルロットがこちらに駆け寄ってくる。一夏はどこか落ち着かなさそうに周囲を確認していたが、誰を探しているかなんて楯無の知った事ではなかった。

シャルロットもシャルロットでどこか落ち着かない様子で楯無を見ていた。その表情は仄かに朱に染まっており、熱でもあるのかと楯無は勘繰った。

漸く落ち着きを見せ始めたアリーナは、やがて事後処理へと移っていく。

 

「“VTシステム”。……一応、記憶には留めておきますか」

 

IS学園のどこかで呟かれ、空気に溶けていった一言には、誰も気付かないまま。




次回、事後処理回です。
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