刀奈求める楯無き者   作:乱麻@PINK

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ヒロイン分補充。


38.臨海学校後の約束

一夏との買い物を終え、俺は寮に帰宅した。

部屋で一人、着替えもせずに以前使っていた手前側のベッドに身体を放り出す。

このベッドを譲ったシャルはもう別の部屋に移っている。確かルームメイトはラウラだった筈だ。

あの二人は何だかんだで仲が良くなったみたいだ。鈴音とラウラも仲がいいみたいだが、それと同じぐらいには友好的に見える。

力を抜いてだらけきった頭で、今日のこれからを考える。

もう午後もそれなりに過ぎ、夕方に差し掛かっているのだが、まだ夕食には時間がある。

このままだらだらと過ごすのがいいだろうか。それとも、送られてきた荷物の再確認でもした方がいいだろうか。もうこの休日が終われば臨海学校だ。明日も一応あるとは言え、準備を進めるに越した事はない。

そうして身体を動かさず頭だけでうんうんと唸っていると、部屋の扉ががちゃりと開く。

 

「ただいま……」

 

聞こえてきたのは簪の声だった。

部屋に入ってくるにつれ見える姿は制服姿で、両手は紙袋で塞がっていた。

 

「お帰り」

「うん……何してるの?」

 

ベッド上で溶けている俺の姿を見て、簪は可愛らしく首を傾げた。

「疲れただけ」と答えると、「そっか」と微笑んで荷物を自分の領域に片付けていく。

 

「戻ってくるの……早いね。私達より後に出たのに」

「男同士の買い物なんて目的の物買ったら即終わりだよ。俺は買う物なかったし尚更かな」

 

更に言えば、一夏は買ったプレゼントを篠ノ之にばれないように自分の臨海学校の荷物に仕舞う必要がある。

一夏の話では篠ノ之は剣道部の方へ行ったようで、俺達が帰宅した時間は剣道部の終了時間の三十分程前。プレゼントを隠すにはある程度の余裕を持った時間だった。

 

「簪は臨海学校の準備終わったのか?」

「買い出しが必要な物は、一応。レゾナンスは色々あって便利だね」

 

その結果がさっきの紙袋というわけだ。男とは違い、女子は色々と要り様なのだろう。

ぼーっと横たわったまま、荷物を片付ける簪を眺める。

――――シャルとの同室が終わった後、簪は再びのルームメイトになった。

寮の部屋の割り当ての問題は既に問題はなくなっているだろう。俺は一人部屋でいい筈なのだが、態々簪がルームメイトとして戻ってきた理由は、やはり監視と護衛の為だろう。

俺は世界で二人の男性操縦者だ。そして企業所属であっても、世界で五百機もないISを専用機として所持している。それも不完全とは言え、第四世代相当である“展開装甲”を搭載している最新鋭機。

世間が俺を狙う理由は幾らでもある。そのうえ、俺自身色々と怪しいところが満載だ。護衛と監視が必要と判断されるのは妥当かもしれない。

IS学園の暗部に所属するシャルがその役目から外れたのは、簪が相手なら俺が警戒しないとでも学園側が判断したからだろうか。

……まぁ、実際その通りなんだけど。千冬さんからは『まぁ、元教え子が世話になった礼だ』と言われたのでそれだけではなさそうだし。

 

「……どうしたの?」

 

眺め過ぎたのか、不思議そうにこちらを見る簪と目が合った。

 

「いや、女子は制服のままでレゾナンスに行けていいなって思ってさ」

 

咄嗟に適当な事で誤魔化す。

簪に考えていた事をそのまま告げる必要はない。態々不安になる事を伝えて簪の表情を曇らせたくなんてなかった。

俺の言葉に疑問を持たないでくれたのか、簪は「そっか」と納得しながら俺のベッドの脇に座る。

 

「IS学園の生徒がよく買い物に来るから、制服で行けば割引してくれるお店が色々あるの……。楯無達は、色々と気を遣わなきゃいけないから大変だね……」

「あぁ。色々と気を遣って疲れたよ」

 

尤も、疲れた理由は女のふりをしたり、一夏が包村帯の事を話したりした事への精神的疲労なのだが。

体力的には唯歩き回っただけなので全く問題はない。普段ISに乗って戦闘軌道を描く方がよっぽど疲れる。

こうしてだらけているのは……何だろう、相棒が一夏へ言った言葉がまるで魚の骨みたいに喉に引っ掛かって、俺の意識の片隅にあり続けるからだ。

頭の片隅から離れてくれないのがどこか気持ち悪くて、せめて身体を楽にしたい。そんな理由からだ、多分。

だから心配されるような事じゃないのに、簪はむっ、と深く考える。

暫くそれを続け、何か閃いたようにはっとして、そのまま顔を赤くする。

一生見ていたい百面相だが、やがて意を決したようにこちらを見て、ベッドに腰掛ける自らの膝――と言うよりは太腿を軽く叩く。

 

「あ、あのっ!」

「お、おう」

「ど、どうぞ……」

 

一体何をどうぞなのか。そう問う事は簡単だが、問えば簪の口から更に何かを言わせる事になる。

もう既に簪の顔は羞恥で真っ赤だ。これ以上の刺激を与えるのは些か酷と言うものだろう。

俺にだって簪が何が言いたいのか察しは付いている。外した時の被害がとんでもないが、多分他の可能性はないだろう。

こうなればやけだ。何でこんな一瞬で二人揃ってやけになってんだよ。

 

「じゃあ……お邪魔します」

「ご、ごゆっくり」

 

やけくそのまま、俺は上体を起こしてゆっくりと簪の傍で再び横たわる。

スピードは本当にスローモーションの如くゆっくりだ。もし間違っていた場合、簪が回避出来るようにである。

だが、簪はそこから微動だにせずに、寧ろそっと両手を俺の顔に添えて受け入れ態勢まで取っていた。

……いいのか? いいんじゃないか。いや駄目だろ。でも顔掴まれててもう動けないぞ。じゃあ仕方ないな。両者合意だしセーフ。

一秒にも満たない高速思考で自らを納得させ、簪の膝枕へ導かれる。

 

「……あ、しんだわこれ」

 

多分IS学園に入ってから一番気の抜けた声を出した気がする。

以前シャルの事を生徒会室で刀奈に報告した際に、刀奈に密着された事があるが、これはそれに匹敵する脳味噌のとろけ具合だ。

しかも刀奈の爽やかな匂いとは違い、簪の仄かに甘い匂いはひたすらに俺の気を緩くさせる。

そして直接肌で感じる簪のストッキングの感触と、徐々に熱くなっていく簪の体温。

 

「え、と。大丈夫……?」

「あ、ぁ……」

 

情報量が凄過ぎて言語機能に回す脳のリソースがない。

ISバトルをしている時の方がよっぽど情報処理能力に余裕があった。

 

「……どうして?」

 

それでもこれだけは訊いておかなければならないと思い、何とか言葉にした。

お互い変な所で暴走するのが常だが、いつもの簪はここまで積極的ではなかった筈だ。

簪は普段髪を乾かしてくれる時の様に、俺の髪を撫でながら言ってくる。

 

「楯無……疲れてるみたいだったから。こうしたら、少しは疲れが取れるかな……って」

 

どうやらこの膝枕は簪の気遣いだったらしい。

何だか心配されているようで申し訳ない。だが、簪の優しさは何時だって嬉しかった。

そしてそれを受け入れてしまえば、結果は分かりきっていた。

 

「まだ、ご飯まで時間あるから……私の膝でよければ、眠って?」

 

その言葉の返事をする余裕もない。急速に瞼が落ちて、そのまま意識まで持っていかれる。

ISの搭乗者保護機能による意識の強制遮断も、こんな感じなのだろうか。

そんな事を考えながら、俺は夕食までの間、簪の優しさに甘える事に決めた。

 

「今日は、一緒に買い物出来なくて、ごめん……。臨海学校から帰ったら……一緒に観たい映画があるから」

「……あぁ、観に行こう」

「うん……約束」

 

嬉しそうに微笑む簪の声に誘われて、俺は安堵の海に落ちていった。

 

 

          ◇

 

 

翌日の十一時。第二アリーナにて。

 

「はぁぁぁぁ!」

「しっ――――!」

 

刀奈の“蒼流旋”による一撃を、楯無は“黒夜”と“雷切”を連結させた大剣で防ぐ。

叩きつけられた衝撃を相殺はしない。流れに逆らう事無く受け流して、刀奈の体勢を崩す事を試みる。

 

「おっと、そうはさせないわ!」

 

だが、刀奈の反応は速かった。即座に槍を救い上げるように跳ね上げ、そのまま量子変換し質量を消す。

代わりに蛇腹剣――“ラスティー=ネイル”を展開。連結の固定を鞘替わりとした右手の“黒夜”による楯無の居合切りを、お返しとばかりに受け流す。

返す刃で反撃を加えようとするが、楯無は受け流された勢いのまま跳躍し、蛇腹剣のレンジから離脱。

お互いの獲物のレンジ外に出た事で、攻防は仕切り直しとなった。

空中で攻勢を取る事無く振り向いた楯無へ、刀奈は構えを解いて姿勢を崩す。

 

「今日はアリーナの時間も多くとれたし、少し休憩しましょうか」

「そうだね」

 

二人はISを解除して合流し、アリーナの壁に寄り掛かりながら座り込む。

ふう、と一息吐いた楯無に、刀奈は感心したように言った。

 

「調子いいみたいね。やっぱり専用機だと違う?」

「それもあるけど。調子がいいのはよく眠れたからだと思うよ」

「あら。簪ちゃんが同室に戻ったから、毎日興奮して眠れぬ日々を過ごしていると思ってたけど」

「寧ろそんな奴と妹が同室でいいの……?」

「膝枕してくれるぐらいなら健全でいいんじゃない?」

 

刀奈がさらっと告げた言葉に、楯無は乾いた笑いを漏らす。

それはつい昨日、しかも密室状態での出来事だ。楯無と簪しか知らない筈の事を、何故刀奈が知っているのか。

 

「お姉さん、簪ちゃんの事なら顔を見ただけで大体分かるから」

「え、何それこわ……」

「楯無君が言えた事じゃないわよ?」

 

子供の頃の話ではあるが、刀奈ですら気付かなかった簪の体調不良を見抜いた男が言えた事ではなかった。

お互いがお互いを言えた事ではない事実に気付いた二人は、別の話をする事にした。

 

「明日の今頃は海辺の旅館に居るのか……」

「そうね。私も去年行ったけれど、いい所よ。海も綺麗で、ご飯も美味しかったし。でも、今年は大変よねえ」

 

楯無を見ながら悪戯っぽく笑う刀奈に、楯無は「だろうね」と言わんとする事を察する。

 

「俺と一夏っていう男子が居るからね。学園側も向こうも、対応が難しいんじゃない?」

 

「特に一夏の方は大変だろうな」と楯無は苦笑いする。

シャルルがシャルロットとして学園に編入され直した事で、この一ヶ月の間シャルル=デュノアに流れていた層が再び一夏派へ流れていた。

寧ろ学年別トーナメント決勝で見せたラウラとの剣戟により、新たな層が増えたとの噂もある。心浮足立つ臨海学校ともなれば、何らかの騒ぎがあるのは容易に想像出来た。

 

「あら、楯無君の方だって人気があるんじゃない? 二年生の間でも偶に話題に上がったりしてるわよ?」

「ふーん」

「うわっ興味なさそう」

 

呆れたように言いながら、刀奈は楯無の頭を可愛がるように撫でた。

 

「可愛い事言ってくれちゃって」

 

似たような会話は決勝戦前夜に交わしていた。彼が興味のない理由も分かっている。

環境が変わった程度では価値観を変えない幼馴染に、刀奈は姉の様な感情を抱いていた。

楯無は大人しく撫でまわされている。撫でられる理由はさっぱり分かっていなかったが、刀奈に撫でられる事は嫌いではなかった。

 

「それじゃあ、臨海学校の間、簪ちゃんの事よろしく頼むわね」

「ん、何かあるの?」

 

不思議そうに首を捻る楯無に、刀奈は意外そうな声を上げる。

 

「あ、まだ知らなかったのね。簪ちゃんの“打鉄弐式”の武装テスト、臨海学校で行うのよ」

「そうなんだ。二日目に専用機持ちの新パッケージテストをするって言ってたから、その時かな」

 

楯無が学園から借り受けた“打鉄”の改造機は、学年別トーナメントが終わった現在も簪が所持していた。

楯無の護衛としての戦力保持の名目で、学園から正式に借り受ける事になった。

正式な専用機ではない為、非常時でも許可が無ければ展開は出来ない。言うなれば貸し出し申請の必要が無い訓練機だった。

だが、臨海学校の間は“打鉄弐式”の代わりに武装テストに使用出来るようだ。

 

「その件で楯愛ちゃんも武装テストの時、現地に合流するみたい。言わなくても分かってるだろうけれど……楯愛ちゃんのコントロールも、よろしくね」

「そこは大丈夫じゃない?」

 

武装テストを終わらせれば楯無と一緒に居る時間が増える。そんな思考に帰結するのは目に見えていた。誰に言われるまでもなく、仕事は真面目に最高速でやるだろう。寧ろその速度に簪が着いていけるか心配な程だった。

 

「……折角の臨海学校、楽しんできてね」

 

さらり、と。今までで一番ゆっくりと楯無の髪を撫でる。

本来であれば、楯無はIS学園に来るべき人間ではなかった。

織斑一夏が起動した事により、女性のみが起動出来るという前提が覆された兵器、IS。織斑一夏と同様の性質を持つ人間が居るか捜す為の全国一斉調査により発覚した、楯無のIS適正。

篠ノ之束と出会い、一夏より以前に男性でありながらISを動かしていたという経歴はありながらも、世間に知られなければ普通に生きられていた事に変わりはない。事実、楯無は中学を卒業するまで一般人であり続けた。

楯無が更識姉妹の前から姿を消し、ISを求めた理由を刀奈は知らない。だが、楯無の生活がISを動かせる事が理由で一変してしまった事は事実だ。同時に、楯無の妹である楯愛の生活も。

そして無理矢理入学する事になったIS学園でも、無人機の襲撃や“VTシステム”の暴走により平和な生活を送る事は叶わない。

だから、せめて校外行事ぐらいは楽しんできてほしい。それが刀奈の偽らざる本音だった。

 

「それで色々な思い出を、帰ってきたらお姉さんに聞かせて?」

 

そんな刀奈の想いを知る由もなく、楯無は何気なく頷いた。




次回から臨海学校です、多分
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