自由時間という名目と言えども、どうやら海に行く以外の選択肢はなさそうなので、楯無は海に行く為に自室で水着に着替えていた。
女子は別館の方で着替えているようなのだが、織斑一夏と雪月楯無という世界に二人の男性操縦者はそれに混じるわけにもいかない。
何者かに送り付けられた為、殆ど自分で揃えていない臨海学校の荷物の中から水着を装着した楯無は、ろくすっぽ確認していなかった荷物から新たな荷物を見つけた。
「何だこれ」
『一般的にはラッシュガードと呼ばれる、スポーツ用の衣服であると推測されます』
「あぁ、サーファーとかが着てるやつか」
自らの相棒からの返答に相槌を打ちながら、楯無は差出人不明のラッシュガードを拡げた。
黒を基調としたそれは、肘までの長さの袖だった。丁度楯無の両腕と腹部には、嘗て無人機から篠ノ之箒を守った際に出来た裂傷と火傷の痕が残っている。
楯無自身が気にしている様子は無いのだが、着用すればきちんと隠す事が出来るだろう。
(去年の水着にはこんなの無かった。もし傷跡を隠すのが目的だとしたら……この荷物を送ってきた相手は、俺のIS学園での状況も把握しているのか?)
IS学園は世界最高峰の教育機関にして、通常であれば同様に最高峰のセキュリティを有している施設である。
毎度毎度襲撃してくるのが無人機であったり、暴走状態であったりするISなだけであって、本来であればおいそれと内情を知る事は不可能だ。
それを掻い潜って楯無の身体の状況を知っているとするならば、高度な情報技術を有している事は疑いようがないだろう。
ともあれ、気遣われているのは事実である。相手が誰だか知らないが、その気遣いはありがたく頂戴しておくべきだろう。
ラッシュガードを追加で着込んだ楯無は、ISスーツと変わらないそのジャストフィット感に若干引いたように笑う。
「楯愛だったら納得する」
『それに関しては同意見ですが、マスターはもう少し自らに向けられる愛情を認識した方がいいかと』
“黒雷”からの忠告を受けながら他の候補者を探ってみても、楯無の中に候補は浮かばなかった。
唯一候補に挙がったのは、母や姉代わりの恩人である不思議の国のアリス。
だが、彼女との縁はIS学園への入学を機に途絶えている。一度興味を無くした相手に対する態度は、楯無が一番よく分かっていた。
考えても分からない以上、思案するのは無駄だ。送り主について考える事を止め、楯無は部屋の外に出た。
どうやら一夏は既に海に向かっているようだった。隣室から物音は聞こえず、代わりに廊下を全力疾走する音が聞こえる。
「……ま、大丈夫だろ」
女性陣の殆どは水着に着替えるために別館に居る筈だ。それは教師陣と言えども例外ではないだろう。
故に一夏の疾走を観測するものはいない。お咎めは免れる筈だ。
自らも旅館の外に出ると、燦々と輝く日光が目を焼く。
思わずくらりとしそうになるが、それが過ぎれば眼前に飛び込むのは、輝かしい程の青だった。
太陽を照り返し輝く海。どう見てもあちあちな砂浜。既に着替え終わった生徒達がごった返して見える。
「やっぱり海より空だな」
割とどうしようもない感想を抱いて、雪月楯無は砂浜に降り立った。
既に一夏は海に向かっている為、女子たちの主な興味はそちらに移っている。よって楯無の事は見向きもしていなかった。
だが、一部の物好き達はそうではないらしい。
「あら。楯無さんは一夏さんに比べて、随分と厳重な装備ですわね」
声を掛けられた方を向くと、イギリス代表候補生であるセシリア=オルコットが物体を抱えつつ君臨していた。
磨き抜かれた身体を惜しげもなくアピールする青のビキニに、淑女の嗜みであるパレオを巻いたセシリアは、一つの絵画から飛び出してきたようだ。
「日焼けは痛いからな。セシリアも塗っておいた方がいいぜ」
「ご心配なく。その点のケアは完璧ですわ。日焼け止めを塗っておりますので」
「そりゃ結構。……水着、似合ってるな」
どや顔に対して社交辞令染みた態度で楯無が告げれば、セシリアは目を丸くした。
「あら、意外ですわ。てっきり楯無さんは、簪さんと楯無さん以外の水着には興味がないのかと思っていました」
「失礼な。俺だって社交辞令ぐらい言える。興味があるかは別の話だ」
「あなたの方が失礼ですわ……楯無さんらしいと言えばらしいのですが」
それでも少し機嫌良さげに、セシリアは自らが抱えていた物体を砂浜に降ろした。
緑色に黒のラインが入った球体。夏の風物詩、西瓜であった。
「楯無さんとはこれで勝負をしようと思いまして」
「西瓜割りか。昔鈴音とやった……と思ったけど、多分別の遊びなんだろうな」
どこからともなく狙撃ライフルを取り出してきたセシリアを見て、楯無は懐古を取り消した。
「訊かなくても分かるんだが、ルールは?」
「勿論、この西瓜を五十メートル離れた場所から狙撃して、直撃させた方の勝ちですわ」
「何が勿論だ。そんなもん西瓜に直撃させたら跡形も残らねえよ」
「ご心配なく。ちゃんと実弾ではなくゴム弾ですわ」
弾の材質の話ではない、と前置きして楯無は金髪縦ロールお嬢様に本来の西瓜割りのルールを説明した。
ルールを一通り聞いたセシリアは、猛烈な勢いでやる気を無くしていった。
「これは私と楯無さんだけでやるような競技ではありませんわね……」
「そもそも競技じゃねえ。……そうだな、一夏と鈴音とかと一緒にやるような遊びだ。そういや、あの二人はどうしたんだ?」
あの二人ならば騒がし過ぎて一目で見つかりそうなものだが、見渡す限りは確認が出来なかった。
楯無の質問に、セシリアは思い出したように「それでしたら」と答える。
「お二人は只今遠泳勝負の真っ最中ですわ」
「あー、そういえば海に来る度にやってたな。負けず嫌いだから永遠に勝負が続くんだ」
「楯無さんの方こそ、箒さんを見ませんでした?」
「篠ノ之? いや、一夏と一緒じゃなきゃ俺には皆目見当もつかん」
別に行き先が海一択というだけで、今の時間は自由時間の名目である。
可能性は限りなく低いだろうが、旅館の部屋で休んでいる事もありえなくはないだろう。
セシリアも同じ考えだったのか、それ以上追及はしなかった。
「帯ー! セシリアー!」
遠方から呼ばれる声が聞こえ、セシリアはそちらに振り向いた。
楯無は視線を向ける事すらしなかった。何しろ自らの事を“帯”などという危険すぎる仇名で呼ぶのは、今の所世界で一人しか居ない。
「お待たせ!」
「はいはい待った待った。……暑いから腕組むのは止めてくれ、シャル」
この間まで三番目の男性操縦者だったシャルル=デュノアもといシャルロット=デュノアは、楯無の苦情などお構いなしに腕を組んだままだった。
左腕にくっつき続けるシャルロットを引き剝がす努力さえしない楯無へ、恋する乙女の猛攻は続く。
「この水着、今回の為に新しく買ったんだ。……似合ってる、かな」
「褒めてほしいなら全体像を見せてくれよ。俺普段左目視えないし、オレンジ色って事しか分からないんだが」
「えっと……離れたくないから、“黒雷”のハイパーセンサーでどうにかして?」
ISを無断展開しろという、あまりにもあんまりなIS学園暗部の要望に、楯無は視線でセシリアに助けを求めた。だが、そのSOSはイギリスには渡航拒否をされたようだ。やれやれ、というジェスチャーが答えだった。
テンションが高過ぎる。一体何が理由なんだか、と楯無は思案するが、その答えは後方からにゅっと出てきた黒兎から齎された。
「どうやら、楯無が好意を無碍に出来んという教官の指摘に感銘を受けたらしい。恥も外聞も捨て、夏の勢いに身を任せて攻勢に出ると決めたようだ。先ほど更衣室で言っていた」
「ラ、ラウラ!」
慌てふためくシャルロットに、くっつかれるのは楯愛相手に慣れてるんだけどな、と楯無は思う。
まぁ、くっつきたいならくっついててもいいか、と投げ槍にもなる。でもやっぱり暑いから止めてほしい。
どうやらシャルロットと一緒に来ていたらしいラウラの水着を見て、楯無は珍しくISの事以外で感嘆の声を上げる。
「へえ、ラウラの水着可愛いな。ゴスロリって言うのか?」
「よくは知らん。だが、我がドイツ本国に居る優秀な部下達のアドバイスを受け、私という存在を最大限活かす水着を選んでもらった」
「あぁ、よく似合ってるぜ。隊長の事をよく分かってるいい部下だな」
「ふふん、そうだろう。教官をイメージした水着にしようと思ったが、やはり自分を貫き通して正解だった」
黒を基調としたフリル付きのワンピース水着は、ラウラの少女的な可愛さをよく引き出していた。
グッジョブ。楯無は組まれている左腕を無理やり動かし、喝采をドイツの部下達へ送った。“世界最強”をイメージした水着など着られた日には、本物の“世界最強”の場所へ直送するところだった。
それはそれとして、左腕の少女は少し不満げだった。明らかに頬を膨らませ、拗ねの姿勢に入っていた。
セシリアとラウラはそれを察して楯無を咎めようとするが、それより先に楯無が口を開いた。
「可愛いと思ってるから、後でちゃんと見せてくれ」
「……! わ、分かった……でも、水着だけで、いいの?」
その先は見た事があるんだよなあ、と楯無は目を逸らした。
二人だけの大浴場は神妙な雰囲気だったおかげで誤魔化せたが、大胆な事をしてくれたものである。
目逸らしを照れ隠しか何かだと思ったのか、セシリアは西瓜を拾いながらにやにやと、ラウラは不思議そうに問うてくる。
「あらあら」
「水着以外に見せるものがあるのか?」
「ぼ、僕は帯が求めれば何時でも……!」
「さて、警察の番号はっと……いや、こいつが警察みたいなもんだった」
現実逃避をするように下を見た楯無だが、直後にはっと顔を上げた。
そのままある方向を見て、その一点だけを見つめ続けている。
周囲も釣られて楯無の視線の先を見て――――半目になった。
「センサーでも付いてるのか、こいつは」
「アレルギーと一緒ですわ。近くに居ると身体が反応するのでしょう」
「ねえ、何で僕には反応してくれないの? ネエ、ナンデ?」
三者三様の誹り、特にシャルロットの光が灯らない瞳を伴った問い詰めにさえ、楯無は無反応だった。
熱に浮かされているように、白昼夢を見ているかの様に、ある一点を見つめ続けている。
その視線の先に居る少女――更識簪は、どこか気恥ずかしそうに身を縮めながら、誰かを探すようにきょろきょろと見回していた。
「見惚れちゃってさ。僕もちゃんと、はっきり見せればよかったのかな」
「何か言ったか、シャル」
「何にも。ほら、簪呼ぶよ!」
頬を膨らませながら大きく手を振り、シャルロットは自らの存在をアピールする。
簪は気付いたようで、速足でこちらに寄ってきた。二人の距離が縮まっていくにつれ、簪と楯無は顔を赤くしていく。
赤面がクライマックスになる頃、二人は漸く向かい合った。
観念した簪は腕を後ろに組んで、その水着姿を恥じらいながらも披露した。それを視認すると同時に、楯無の脳の処理能力の限界が訪れる音がした。
「……え、と。どう?」
「お、おう。その、すごくかわいい、です」
「ふふ……何で敬語なの?」
緊張のあまり思わず敬語になっていた楯無だが、視線は逸らさずに水着姿の簪をガン見していた。
簪の水着は黒がワンポイントで入っている白のビキニだった。つまりドストレートでドストライクでシンプルイズベストだった。
“黒雷”に撮影を脳内でひたすら懇願している情けない男性操縦者は、どうやら日本の代表候補生的にはオッケーなようだった。
「あ、と。それがあれか。シャルと買いに行ったやつか」
「そう……あの時は、ごめんね? 楯無を驚かせたくて、シャルロットにアドバイスを貰ってた……」
「そうなのか。おれもいちかとかいものたのしかった」
物凄く阿保っぽい喋り方になっている楯無は、嘗ての心の傷を掘り返す。
しかしその傷も、「変なの」と微笑む簪に癒されていく。寧ろこの瞬間の為に傷を負ったのだとさえ錯覚していた。
「帯に見てほしくて、すっごく頑張ったんだよね、簪?」
「……う、うん。凄く、頑張った。お姉ちゃんみたいにスタイル良くないけど、ビキニに、した……」
「おれはこのひのためにうまれたのかもしれない。そうにちがいない。かみさまありがとう」
「楯無さんのIQが猛烈に下がってますわ」
「簪の前だと別人になるのはどうにかならないのか、こいつは」
どうにもならないのである。
一夏と鈴が遠泳に出たままなので次はビーチバレーです