刀奈求める楯無き者   作:乱麻@PINK

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束さんからマッド感を抜くと元気なく見える


45.紅い椿の意味

「楯無?」

「……簪」

 

簪に声を掛けられ、漸く楯無は現実へ帰ってきた。

触れられる筈のない指先の熱も。向けられる筈のない優し気な表情も。掛けられる筈のない身を案じる言葉も。一つ一つが楯無を揺さぶるには十分だった。

 

(マスター。お母様は……)

(分かってる。大丈夫だよ)

 

だが、それもきっと束の一時の気紛れでしかない。嘗て知り合いだった相手への社交辞令。そう気を取り直して、楯無は楯愛達と共に束達一行の様子を窺った。

 

「姉さん、頼んでおいた物は……」

「勿論既に準備済みだよっ! さあ、大空をご覧あれ!」

 

束が指を鳴らすと同時に、遥か上空から菱形の銀色の物体が降ってくる。

束の横の地面に落着した人より三回り大きなそれは、表面の外装をパージした。中から覗くのは人一人がすっぽり入る大きさの、紅い装甲の鎧。

 

「……第四世代のIS」

 

空気に溶けそうな程小さな楯愛の呟きに、楯無と束の視線が向く。

 

「おぉ、凡人の中でも中々見る目のある人間って居るんだねえ! そう、これは束さん特製の、最新技術てんこ盛り、スペック盛り盛りの現行最強の第四世代IS! その名も“紅椿”!」

「“紅椿”。白の横に並ぶなら、相応しい名前だな」

 

楯無のまるで誰に譲渡されるか分かっているかの様な言葉に、束は満足げに頷く。

 

「そうそう、これは束さんが箒ちゃんの為に用意した機体だよ」

「じゃあ、箒がこの場に呼ばれてるのは……」

「そうだ。“紅椿”はこれから篠ノ之の専用機となる」

 

一夏の疑問を千冬は肯定し、一同は騒然とした。

箒は表情を硬くし、気不味そうに下を向く。

そんな中でも束は愚者の戯言を聞き流すように、平然と機体データが表示されたモニターを投影する。

 

「さあ箒ちゃん、フィッティングとパーソナライズをしようか! こっち来てー」

「は……はい」

 

束の言葉に緊張した様子で箒は頷き、“紅椿”へ乗り込んだ。

展開された投影モニターを常人を軽く逸した速度で処理をしていく束を横目に、楯無は他の代表候補生へ手を叩く。

 

「ほらほら、お前達も仕事あるんじゃないのか。お偉いさんから目玉食らってもいいのかよ」

「だ、だってそれどころじゃないでしょ! 世界中が血眼で探してた篠ノ之束博士よ!?」

「楯無さんは気にはなりませんの? 自らのISに意見を求めたくはなりませんか?」

 

言葉にしたのは鈴とセシリアだけだが、この場に居る人間の総意である事には違いがなかった。

楯無は呆れたように溜息を吐く。それもその筈で、包村帯と活動していた時代にそういった手合いはごまんと見てきた。言葉通り、見飽きている。

唯一の例外は楯愛で、束の指の動きとモニターの数字をひたすらに目で追い掛け、やがて興味を無くしたように目を伏せた。

 

「なるとかならないとか、それ以前に。邪魔をすると、二度と自分のISが使えなくなってもおかしくないぞ。相手はISの開発者だ」

「……成程。それはあり得ない話ではない」

「帯がそう言うなら、そうなんだろうね」

「そういう事。天災は凡人には興味がないんだよ、そういうもんなんだ」

 

楯無の正体を察しているラウラと知っているシャルロットが同意をすると、リスクを恐れた二人も押し黙る。

目の前に居る存在がどういった存在なのか、何となく理解し始めていた。

楯愛はぱっと瞼を持ち上げると、兄の意見に同意するように簪へ語り掛ける。

 

「さあ簪さん、武装テストを始めましょう!」

「う……うん」

 

“打鉄”を展開した簪の傍に近寄り、束同様に投影モニターを展開し、対抗するように高速で処理し始める。

二ヶ所で行われる高速処理に、その場の人間の視線は釘付けになっていた。

 

「信じられないスピードだわ……」

「どうだ、俺の妹は凄いだろう」

「楯無はそっちしか見えてないんだな……」

 

胸を張って妹の事でどや顔をしている楯無へ苦笑いしている一夏に、鈴は「あんたも千冬さんの時あんな感じよ」と脇腹をどついた。

 

「“春雷”と“夢現”は問題なく稼働出来てますね。流石代表候補生……稼働ログを見る限り、機体の制御と戦闘機動もばっちりです。後は……やっぱり“山嵐”ですか」

「うん……マルチロックオンシステムが未搭載だと、唯の八発のミサイルを六ヶ所から撃つだけになっちゃう」

 

高性能誘導八連装ミサイル“山嵐”。計四十八発のミサイルをそれぞれ制御する為に必要なマルチロックオンシステムが、“打鉄弐式”を第三世代たらしめる技術だった。

その開発は現状楯愛頼みであるが、楯愛が“打鉄弐式”の開発に関わってから丁度一月経つか経たないか。

だが性格面に多大な問題を抱えている楯愛は、しかしISに於いては紛れもなく天才であった。

 

「…………ここに……マルチロックオンシステムの基本データが、あります……!」

 

苦虫を嚙み潰したような表情で自らの仕事の結果をモニターに表示する楯愛。

表示されたデータを眺めていたラウラは、その完成ぶりに不思議そうに尋ねた。

 

「素晴らしい仕事ぶりではないか。何故そう苦々しい表情をする」

「直ぐに仕事を終わらせると……兄さんに会える回数が減りそうな気がして――――!」

「……楯無、貴様の妹なだけあるな」

 

楯愛の異常性を感じ取ったラウラだが、ラウラ以外の生徒は最早慣れたものなので誰も反応しなかった。

寧ろその誘惑に打ち勝って、きちんとデータを持ってきただけ偉いとさえ思っていた。

 

「持ってきたくはありませんでしたが……でも、簪さんの専用機を一日でも早く完成させてあげたいというのも本心で……! 嘘は、吐けませんでした……」

「……ありがとう、楯愛」

 

そっと簪に頭を撫でられ、楯愛は照れくさそうに頷く。

 

「それに、兄さんも簪さんが“打鉄弐式”で飛ぶ姿を早く見たいと思って」

「そう……だね。早く、見せてあげたい……」

「このマルチロックオンシステムはあくまで基本データです。簪さんの癖に合わせたカスタム、頑張りましょう!」

「うん。でも、流石にマルチロックオンシステムはこの“打鉄”には積めないから……先ずは、“山嵐”の方を」

 

簪の“打鉄”から、追加の装備が展開されていく。背面に四基、腰部に二基展開されたそれは、一基一基が八門の砲口を備えている。

ふわりと浮遊を始める簪だが、その動きは覚束ない。代表候補生としての実力を持つ簪にしてはあり得ないぎこちなさでバランスを取っていた。

 

「どうした、簪。機体にトラブルか?」

「ううん……この“打鉄”で“山嵐”を展開すると、機体が重くて」

「“山嵐”はウイングスラスターに搭載されたミサイルポッドですが、この“打鉄”本来の装備ではない為スラスター機能は現状オミットされてます。つまり唯のウエイトになっちゃって、“打鉄”の推力じゃ重いんですね」

「機体の本格テストは、“打鉄弐式”にコアが入ってからだから……今は、“山嵐”のテストだけで、大丈夫」

「成程。じゃ、俺達も手伝うか、相棒」

 

言うや否や、楯無は“黒雷”を展開して速やかに上空に飛び上がる。

 

「的が必要だろ。射撃武器ないから撃ち落とせないけど、撃ち落とされる事もないだろうから安心してくれ。……て事だからシャル。合図したら全弾撃ち落としてくれ」

「そこは僕頼りなんだね……分かったよ、何時でも合図してね!」

 

シャルロットのサムズアップに簪は頷き、ミサイルのロックを解除した。

 

「ダミー弾頭だから安心して。じゃあ、行くから……!」

 

言葉と共に放たれた計四十八発のミサイルが、楯無へ向けて直進する。

数の暴力とも言える圧力に対し、幼馴染の努力が実りつつある昂揚感から楯無の口角は大きく上がった。

その感情のまま弾けるように駆け出し、ミサイルとのドッグファイトを開始する。

回り、止まり、滑り、跳ねる。泳ぐように空を舞う楯無の後を、ひたすらにミサイルは追い続けた。

その様子を見て、一夏は苦々しそうに来るかもしれない未来を憂う。

 

「……もし簪さんと試合する事になったら、あれを掻い潜らないといけないのか?」

「“白式”では相当厳しい相手になると思いますわ」

「簪は近接も薙刀術で死角が無いのも忘れないでね、一夏。僕も苦労したんだから」

「と言うか、あの量のミサイル撃たれて笑顔なのあの馬鹿だけよ」

「セシリアの偏向制御射撃に追い掛け回されても笑っていた男だ、通常の感性と同じだとは思わんな」

 

特訓組のやり取り――後者二名は唯の楯無への悪口を他所に、宙を泳ぐ馬鹿は未だ楽し気にミサイルを躱し続けている。

――――その様子を、篠ノ之束は昔を懐かしむように遠くから眺めていた。

“紅椿”へ箒のデータを入力するキーボードを叩く手が止まっている事に気付きながら、自らの記憶にない姉の表情に箒は声を掛ける事はしない。

その姉妹を眺めながら、千冬は「不器用な奴だ」と呟く。

 

「束。らしくないな、口と手が止まっているぞ」

「……あ、ごめんね箒ちゃん。残りは自動入力で済んじゃうから!」

「いえ……その、姉さん」

「なーに?」

「姉さんと雪月は、以前よりの知り合いなのでしょうか」

 

箒からの質問に答えないというだけで、束を知る人間からはどういう意味なのかは分かる。

知っている。楯無と束には過去からの関りがある。箒はそう確信した。

 

「嘗て、雪月がISでの模擬戦をした事がありました。その際に、雪月は篠ノ之流としか思えない技を使ったんです」

「そうなんだ」

「……ふ」

 

仄かに親友の口の端が上がった事を、親友は見逃さなかった。

 

「雪月に姉さんとの関係と居場所を尋ねた事もありました。本人からは認めるような発言は得られませんでしたが」

「……うん、そうだろうね。なーちゃんは、きっとそう言う」

「私も、あなた達がどういった関係で、今はどういう関係なのかを問うつもりはありません。あの時の私は、見ないようにしていた姉さんの面影を雪月に見てしまい、不安定でした」

「……箒ちゃん」

 

“紅椿”の調整の終わりが近い。眼前に投影されているモニターのパーセンテージから、紅い鎧が自らの専用機になる瞬間が近付いていると強く自覚した。

 

「姉さんの面影を見ないようにしていた私は、当然ISからも目を遠ざけていました。……しかし、この学園に入学してからはそうも行かなくなってしまった」

 

普段の面子との日々の訓練。セシリア=オルコットとの決闘。無人機の襲来。学年別トーナメントの“シュバルツェア=レーゲン”の暴走。

この三ヵ月の間だけでも、ISがどういった存在なのかをずっと考えさせられてきた。

 

「IS……インフィニット・ストラトス。千冬さんは実習訓練の際に、よく『人を殺せてしまう兵器に成り得る』と生徒に言っていました。……私も、それは身を以て体感しています」

 

無人機襲来の際、楯無が割って入らなければ、箒は既にこの世には存在していない。

“シュバルツェア=レーゲン”の暴走と合わせ、ISの恐ろしさを思い知るには十分だった。

 

「迷いはある……それでも、私は姉さんに“紅椿”を強請りました。自らを守る事さえ出来なければ、隣に居たい存在に置いていかれてしまう。そう……思ったから」

 

言葉と共に向けた視線の先には、彼女が幼い頃から思い続けている一人の少年。

“紅椿”の調整が終わる。自らの手足に纏う甲冑が肌に強く吸い付いた気がした。

 

「これが……“紅椿”。私の、IS……力」

「それじゃあ箒ちゃん、テストを始めよっか」

「はい。よろしくお願いします」

「……篠ノ之。テストは実践形式がいいだろう。相手なら丁度良くそこに居る」

 

千冬が視線で促した先には、丁度シャルロットにミサイルを撃ち落として貰い、“打鉄弐式”の装備テストを終わらせた楯無の姿がある。

 

「雪月と……分かりました」

「一通り武装テストを終わらせたら連絡をしろ」

「はい」

 

そのまま空へ飛び上がった箒を見送り、目線を合わせないまま束は問う。

 

「……ちーちゃん、どうして?」

「私はお前程天才ではない。……だが、不本意だが不十分でも言葉の意味は分かってしまう」

「付き合い長いからね、相思相愛だしっ」

 

束の求愛に至極うんざりした表情だけで返し、千冬は続けた。

 

「力を得たとて、振るう本人に迷いがあれば意味がない。剣の道であれISであれ、それは同じだ」

「なーちゃんなら、箒ちゃんの迷いを晴らせるの?」

「さてな。少なくとも悪い結果にはならんだろう。私の教え子も世話になった事だしな。全く、普段はとんだ問題児だが、ISに関してだけは誰よりも真摯な男だ」

 

呆れながらも認めるような千冬の言葉に、束は「そうだね」と頷いて。

 

「……昔からよく、知ってるよ」

 

その言葉は、空に居る今の彼には届かない。




でもしんみりしてる束さんは好きです
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