原作からは随分と掛け離れた性格をしている箒さん
「あれが“紅椿”……世界初の完全な第四世代ISか」
『攻撃力、防御力、機動力。どれをとっても既存のISを凌駕しています。……訂正します。機動力だけであれば、我々も引けは取りません』
相棒の意地を「分かった分かった」と宥めながら、上空にて楯無は箒の“紅椿”のテストを遠方から見守っていた。
“黒雷”のウィンドウに表示される規格外の“紅椿”のパラメーター。右の近接ブレード――“雨月”は対単一仕様、左の近接ブレード――“空裂”は対集団仕様のエネルギー刃を放てるという至れり尽くせりぶりだった。
ISの起動経験が多くはない箒があそこまで自由に動かせる辺り、操縦の補助機能も充実しているのだろう。
束が召喚したミサイルポッドから放たれたミサイルを、箒は事も無げに“空裂”から放たれる三日月型のエネルギー刃で迎撃する。
ミサイルの迎撃手段が無く、先程まで延々と飛び回っていた楯無と“黒雷”とは対照的だった。
楯無は自らの相棒と両手を頭の上で組みながら、相棒と談笑する。
「あれも“黒夜”と“雷切”の発展型だったりすんのかな」
『形状に大きな差異が見られますが、質量バランスのデータは酷似しています。参考にはされている可能性があります』
「俺のもエネルギー刃も発生するような調整をしてもらう予定だったんだよな。お前が嫌がったから止めたけど」
『マスターの操縦技術と私の機動性を踏まえれば、必要がない事でしたから』
「誇張とも言い切れないのが何ともな」
何の変哲もない近接ブレード二本だけで、世界三位まで上り詰めてしまった事が事実だった。更に言えば、“雪片”一振りで“世界最強”の名を頂いた存在が、足下にてこちらを監督していた。
当たり前の様に声を出して“黒雷”と話しているが、上空に待機しているおかげで会話を聞かれる危険はない。
しかし、これ以上飛び続けている理由もなかった。“打鉄弐式”の“山嵐”のテストも終了している。用もなく浮遊していると、“紅椿”の飛行テストの邪魔になりかねなかった。
(俺に見られてると、篠ノ之も落ち着かないだろうしな)
元より良好な関係でもない。何しろ篠ノ之束との関係という、篠ノ之箒にとっての最大の因縁をつけられている。
基本的にお互い干渉をせずに静観を決めているだけで、故に真っ当な会話をした事など一度もない。
楯無にとっては篠ノ之束の妹でしかなく、箒にとっては織斑一夏の友人でしかない。そんな相手からの視線は邪魔なだけだろう、と降下を始めようとした楯無へ、開放回線での通信が入った。
「……篠ノ之?」
通信の主は“紅椿”で、つまり箒からの通信だった。
どういったつもりかは分からないが、応答しない理由もない。楯無は通信に応答する。
「どうした、何か不調か?」
『いや、機体動作に問題はない。……ではなくてだな』
通信モニターに映る箒は少し躊躇って、
『機体テストの締め括りとして、私と模擬戦をしてくれないだろうか』
「……そりゃまた、どういう風の吹き回しだ」
自分を選ぶ理由がない。楯無はそう言いたげに返す。
事実、楯無からすれば自分が選ばれる理由が思い当たらない。
殆ど接点がなく疑っている相手に対して、箒はお願いをするような性格でない事は流石の楯無も知っている。
疑惑。唯それだけが込められた楯無の視線に、箒は深く深呼吸をして、数瞬瞳を閉じて、開いた。
『お前と戦えば、ISというものが私にとって何なのか、分かる気がした』
「……聞こう」
『中学生の頃、私が剣道の全国大会で優勝した事は知っているか』
束の許に居た頃を思い出しながら、楯無は頷いて肯定する。
輝かしい功績だった筈だ。それなのに、新聞に載っていた篠ノ之箒という少女の表情は張り詰めていた。
『……あの頃の私は、荒れていた。重要人物保護プログラムによって各地を転々とする生活。監視が続く日々。その鬱憤を、剣で相手を叩きのめす事で発散していた。……道など程遠い。唯の暴力だ』
「今は違うって言うのか」
『分からない。……今回姉さんに“紅椿”を望んだのも、一夏の隣に居る為に、自らの身を自らで守りたいと願っただけに過ぎない』
箒の視線は楯無の両腕に注がれた。“黒雷”の手甲とISスーツの間に覗く傷痕。それは楯無が自らを守る為に負った傷だ。
『……すまなかった。私の軽率な行動で、危険な目に遭わせてしまった』
「……俺の事はいい。過ぎた話だ」
『簪から聞いた。お前が大切にしていた“打鉄”を、傷だらけにしてしまったのだと』
それでもあの時、楯無は何の躊躇いもなく無人機の攻撃から箒を守る盾となった。
ISを纏っていても命の保証はなかった。事実医療用ナノマシンを投与されても、数日間の療養が必要とされる程の大怪我を負った。
自らの行動が他人の生き死にに繋がってしまう恐怖を知った。それを繋げてしまうISという存在を目の当たりにした。
『私はお前との模擬戦で、私が“紅椿”をどう使うのか見極めたい。剣道と同じように、暴力としてなのか。……それとも、誰かを守れる力としてなのか』
「暴力だった時はどうする」
『……その時は、お前が私から“紅椿”を奪ってくれ。お前には、その権利がある』
勝手な事を言ってくれる。篠ノ之束の寵愛を奪う事が楯無にとって何を意味するか、箒は知らないのだ。
楯無は“黒雷”から投影されるモニターを操作し、とあるアドレスまで指を動かし、少し躊躇った後に通信を入れる。
通信は即座に繋がれた。
『……どうしたの?』
昔、過去のトラウマで眠れなかった時に掛けてくれた声色だと、楯無は思う。
「あなたと千冬さんなら聞こえていたと思います。……模擬戦。いいんですか、本当に」
『ちーちゃんがそうしろって言ってたから。……それに、束さんからもお願い。なーちゃんなら、箒ちゃんの迷いを晴らせると思う』
「……お役に立てるといいんですが」
言って通信を切り、楯無は箒に視線を向ける。
その瞳に込められたほんの少しの羨望を、箒は感じていた。
『無理を言ってすまない。……自らの弱さに付き合わせてしまう私を軽蔑するか』
「それはこれから決める。……頼まれたからには、ちゃんとやるぞ」
二人は高度を合わせ、二十メートル程の距離を開けて向かい合う。箒は二刀の構えを取り、楯無は脱力したように手を降ろす。
ISならば一足で踏み込めてしまう距離。明らかにISバトルが始まる位置取りに、一同は騒然としていた。
「ちょ……楯無と箒が、模擬戦!? どういう事なんですか、織斑先生!」
「雪月を選んだのは私の人選だ。第四世代機の“紅椿”の性能を引き出させるには、それに準じた性能のISが望ましいからな」
鈴の言葉に対する千冬の返答は、言外に“黒雷”の世代を意味していた。
その意味を察せられない代表候補生と男性操縦者ではない。鈴と一夏は驚きの表情で、自らの幼馴染を見上げた。
「いや、変わった奴だとは思ってたけど」
「楯無って、何者なんだ……?」
「準じた、と言った筈だ。あれは完全なものではないらしい。まあ、何者かどうかは、お前達の方が分かってるだろう」
千冬のフォローに、幼馴染二人は自らの記憶を理由に納得をした。
小学生から中学生まで共に過ごした記憶の中の彼が、全て偽りだとも思えなかった。
「環境が変われば見えなかった部分も見えてくる。付き合いとはそういうものだ」
事実、IS学園から楯無と出会った者達――セシリア、シャルロット、ラウラは落ち着いていた。
「まあ、帯だしねえ」
「当然と言えば当然か」
「あの機動性……確かに先程の“紅椿”と同等……いえ、それ以上の瞬間もありました」
シャルロットとラウラは彼の裏の顔を知っている、ないし察している。
セシリアに至っては自らの記憶に残る黒い帯が、未だ各国が辿り着かない未知の技術だったのだと納得さえしていた。
「え、兄さんが模擬戦するんですか!? 録画の準備しましょう、簪さん! 四Kですよ四K!」
「うん……楯愛、少し落ち着いて……?」
妹に至ってはこの模擬戦の主役を完全に勘違いしており、簪に宥められていた。
よしよし、と頭を撫でられ宥められつつ、超高速で端末の投影ウィンドウを展開してRECモードにしている。
機密事項の塊である“紅椿”の模擬戦を録画するのはいいのだろうか、とこの場の誰もが思ったが、誰も口にはしなかった。どうせ見たところで楯無しか映っていないのは目に見えている。
「――――さて、二人共! 終了のタイミングはこちらで告げる。それまでは自由に戦い続けろ。禁じ手も無しだ。準備はいいな」
『勿論です』
『カウントだけはやってくれ』
通信を返した二人のハイパーセンサーに、カウントが表示される。
『では、先輩の胸を借りる』
「……同期だろ」
『そういう事にしておこう』
カウントがゼロになった瞬間。二人は弾ける様に直進し、勢いのままに激突する。
“雨月”の垂直の一振りを、下から掬い上げる“黒夜”が迎撃する。剣速は楯無の方が速い。加速がついた一撃は威力が乗り切る前の一振りを弾く。
「くっ!」
弾かれた“雨月”に引っ張られるように、箒の右腕が大きく後ろに逸れる。
空いた右側を攻める為に、楯無は外側から水平に“雷切”を振るう。
崩された体勢からは立て直しは間に合わない。初撃を得たのは楯無のものだと、誰もが思った。
――――しかし、恐ろしい速さで垂直に差し込まれた“空裂”がそれを妨げる。
「――――へえ」
楯無はつまらなげに感嘆の声を出した。箒は“空裂”を軸に横に回転して距離を取る。
広い空間を確保すると同時、お返しとばかりに“雨月”で横を薙ぐ。それもお返しとばかりに“黒夜”を差し込まれ防がれた。
弾き合い、距離を取り、再び踏み込む。
上から下に振り下ろす剣戟が始まる。右と左が。左と右が。互いにぶつかり、火花を散らし、鎬を削る。
「互角……に見えるな」
剣戟を眺め、呟いたのは一夏だった。
「箒は剣道の大会で全国優勝するぐらいの腕前だ。俺も学年別トーナメントのラウラとの試合前に稽古をつけて貰ってたけど、正直一日の内に一本取るのがやっとだった」
「ISのコーチをしていた時も思ったけど……箒のセンスは、素人じゃ説明がつかない時がある。まるで……前からISに乗っていたみたいな……」
簪の評に、代表候補生達は訓練の中の記憶から該当する瞬間を思い返した。
何より現に“紅椿”に振り回されず、剣道の経験を発揮し楯無との剣戟を奏でている。箒のIS乗りとしての才能は、疑いようがない。
だが、当の本人の表情は芳しくない。苦虫を噛み潰したような顔をしながら、窮屈そうに剣を振るっている。
(頭の中に、何かが――――)
“紅椿”が箒が得た感覚を処理し、頭の中で最適解を返してくる。
右に薙ぐ。防がれる。左に半歩下がり、切り返す。
楯無の斬撃の一つ一つへの対応が、思考より先に齎されてしまう。
(黙れ。黙れ、“紅椿”……っ!)
ISを使うのではなく、ISに使われている。
自らの感覚ではない機械的に算出された戦闘論理が、箒の動きを鈍らせている。
互いのリーチは互角。ならば、攻撃速度が物を言う。
ダイレクトに反応を決める楯無と、一瞬のラグが発生する箒の差は致命的だった。
互角に見えるのは、“紅椿”の操縦補助機能がある程度率先して機体を動かしているからに過ぎない。
(私が、振るう、刀――――)
「抵抗するな。受け入れろ」
楯無の声が、斬撃と共に箒の意識に割り込んだ。
「なっ――――!」
斬撃の威力を利用し、楯無は強引に距離を取った。
互いに睨み合う形になれど、しかし踏み込む事はない。
「“紅椿”は敵じゃない。だけど全てでもない。あくまで“紅椿”が考える、お前が取るべき行動の一つを示しているに過ぎない」
「受け入れる……」
「使うな。使われるな。“紅椿”はお前と対等の関係だ。相棒ってのはそういうものだ」
「“紅椿”……私の相棒」
纏う紅色の手甲を眺め、箒は再び前を見た。
楯無の構えからして、次に来るのは踏み込んだ縦の斬撃。そう“紅椿”が教えてくれる。
(信じよう……そして攻めるぞ)
楯無は突撃し、予想通りの斬撃を“黒夜”が放つ。刀の有効範囲ぎりぎりの、リスクを最小限にした一撃。
距離を取って空振らせる事が最適解だと、“紅椿”が提言した。
それに対し、箒は抵抗する事もなく――――一歩踏み込み、半身を引いて躱した。
「へえ――――!」
今度こそ楯無は口角を上げて感嘆した。今のは間違いなく篠ノ之箒という剣士の動きだった。
そこから返すは、後ろ手になった左手から放たれる“空裂”による刺突。
返す刀で太刀筋を逸らし、“雷切”が下から掬い上げるように袈裟を斬る。
箒は“紅椿”の予測通りに動き、“雨月”を用いて受け流した。
そのまま、一歩も譲らない剣戟が再開される。連弾の様に奏でられる金属音からは、一切の躊躇いを感じさせなかった。
「箒も凄いけど、やっぱり、帯の近接技術は凄いな……」
「生粋のインファイターって感じよね。専用機になって射撃武器無くなってるし」
「無くなったのではない。必要なくなったのだ」
シャルロットと鈴の感想に、ラウラは頭を振った。
「そもそも楯無の本領はそこにはない。足を止めての打ち合いは、奴にとって付き合いに過ぎない」
「……例の武装を使った高速機動によるヒットアンドアウェイ。“打鉄”を使っていた頃からの楯無さんの戦闘機動を鑑みれば、その結論が妥当ですわね」
セシリアの読みを肯定したラウラの隣に千冬が並ぶ。
「ほう。ボーデヴィッヒ、オルコット。よく理解しているな」
「学年別トーナメントの際にタッグを組むに辺り、お互いの強みを認識する必要がありました。……今考えれば、当然の事でした」
「撃ち落とす相手を観察するのは、狙撃手の性ですわ。何より、楯無さんは私が生涯を掛けて撃ち落とすと決めた相手ですので」
だからどう見ても獲物を狩る目を引っ込めていただけませんか、とセシリアは千冬をちらりと見る。
自分も偶にやるから分かっていた。明らかに脳内で対戦相手を自らに置き換えてシュミレートをしている。
教師と生徒という言葉では片付かない。一体どういう因縁があるのでしょうか、とセシリアは戦慄した。
「はい、織斑先生」
「……雪月博士、如何しました?」
バリバリ四K録画中の楯愛が千冬を呼ぶ。千冬は一応録画モニターの確認をしたが、楯無のドアップしか映っていなかったので安心した。ちゃんと仕事をしていたら逆にどうしようかと思っていた。
「兄さんの“黒雷”に搭載されているあの機能……“紅椿”にも付いているんですよね?」
「私が答えても構いませんが……束、お前が説明をしろ」
「えー、面倒だなー……だけど、なーちゃんの妹からの質問なら特別に答えて――――」
「――――織斑先生っ!」
――――そんな中。
束の声を遮り、焦燥した真耶が千冬の名を呼んだ。
どこで切ればよいのやら迷いました