「――――篠ノ之、一旦中止だ」
言葉と共に箒の斬撃を弾き上げ、僅かに後退をして楯無は言う。
楯無の対応に箒も刀を納め、視線で「どうした」と問うた。
「機体トラブルか?」
「下の様子がおかしい。何かあったみたいだ、一度指示待ちと行こうぜ」
武装を量子変換しながら海岸の方を見て告げられた言葉に、箒も同様に視線をそちらに向けた。
何やら慌てた様子で真耶が千冬に何かを言っている。楯無の言う通り、何かトラブルがあったようだ。
「今の剣戟の最中に、そちらを見ている余裕があったというのか」
関心したような箒の言葉に、楯無は嫌そうに顔を顰めた。
「余裕があったとかじゃなくて、ISのハイパーセンサーが優秀なだけだ。三百六十度、ほぼ死角が無いんだ。慣れれば篠ノ之も出来るようになる」
「ふ、同期ではなかったのか?」
「……忘れろ」
益々顔を顰めた楯無に、箒はおかしそうに笑った。
先程までの強かさを伴う冷静な態度はどこへやら、今は気の抜けた少年の表情でしかない。
今まで自分には決して見せなかった表情だ。模擬戦を通して、雪月楯無という存在を初めてはっきりと見た気がした。
「変な意味に受け取らないでほしいのだが、本当に篠ノ之流を使えるのだな。実際に打ち合って分かる、見事な腕前だ」
「……正直な話、どれが篠ノ之流なのかあんま分かってない」
楯無の近接技術は束により鍛えられたものだ。
基本は実践訓練の形だった。“黒雷”の前身である“黒鉄”で生身の束に斬り掛かり、躱され、いなされ、偶に反撃される。
攻撃の型はその反撃から覚えた。なので直接束に教えられたわけでもない。故に何が篠ノ之流なのか、剰え名前なんて知る由も無かった。
「そうなのか? 明確にそうだと感じたのは、私の打ち込みに合わせて『ぎゅばっ、ぐぐん』としていた時のやつだが」
「なんて?」
擬音、しかも聞いた事もないような擬音を聞かされて、楯無は眉を顰めた。
「分かりにくかったか? だったら、私の斬撃を回避してから『しゅぱっ、とどん!』としたやつなら分かり易いだろう」
「剣と魔法の話か?」
どう聞いてもログでレスの死神コラボな擬音で説明されて、楯無は色々と諦めた。
束の説明も超次元過ぎて単純に理解が困難だったが、箒の説明は別次元だった。困難どころか理解不能だった。
「いい気分じゃないかもしれないが、篠ノ之は篠ノ之博士とセンスが似てるよ」
「その……箒だ。姉さんの事もある。苗字で呼ぶのは支障があるだろう」
恐る恐るだが、箒は手を差し出した。
受け入れてくれるかは未知数だった。彼は過去の事には拘らない。唯箒がISをどのように扱うかにしか興味がない。
なので、これは審判だった。今の模擬戦を経て、楯無が箒の事をどう判断したか。
「楯無。これからもIS乗りの先達として、指導を頼めないだろうか」
「それは一夏の為……だよな」
「……そうだ。一夏の隣に並ぶ為。一夏が守りたいものを共に守る為。それが私が“紅椿”に乗る理由だ」
「……そうか。“紅椿”も、それを望むか」
“黒雷”からの言葉を脳内で受け取り、楯無は頷いた。
願いを込めて、ISを纏う。その経験は当然、楯無にもあった。
どんなISにも籠められた願いがある。“紅椿”もその願いに応えたいと思うのであれば、楯無は無碍には出来ない。
差し出された手を――“紅椿”の手甲を見た後、楯無も恐る恐る手を取った。
どんな葛藤があったのか、表情は苦々しい、と言うよりは困ったように見える。
「……今の俺が箒に関われば、束姉に何て言われるか」
「姉さんの事はそう呼ぶのだな。まるで一夏と千冬さんの様――――」
『二人共』
二人の会話に通信が割って入る。その主は千冬だ。
その表情は険しい。何かが――極めて重大な何かが起きた事は明白だった。
『もう既に中止しているが、模擬戦はそのまま中止だ』
「楯無から提案があり、待機していました。一体、何があったのでしょうか」
『それはここでは言えん。雪月、篠ノ之両名は他の専用機持ちと共に教員の指示に従ってもらう』
「了解しました。行くぞ、楯無」
降下を始めた箒の後を追うように、楯無もゆっくりと下降を始める。
「……まぁ、こうなるとは思ってたさ」
束を見つめて呟く言葉は、誰にも届かず空気に溶けた。
◇
「全員集まったな」
旅館の奥にある宴会用の大座敷に急設されたブリーフィングルームに、一夏と箒、楯無、そして代表候補生達が集められた。
楯愛は別室にて待機を命じられている。事態の深刻さを理解しているのか、我儘を言う事はしなかった。
束は知らぬ間に消えていた。楯無曰く「近くに居るだろう」との事だが、今の所は誰も影も形も感じられない。
千冬や真耶以外の他の教員が機器を操作し、正面に投影されたモニターを忙しなく動かしている。
モニターに映される情報を横目に、千冬が口を開いた。
「状況を説明する。二時間前、アメリカとイスラエルの共同開発である第三世代型軍用IS、“
雪月楯無以外の生徒達にどよめきが沸いた。しかし、直ぐに真剣な顔つきに戻り、話を聞く体勢を直す。
「衛星による追跡の結果、福音は五十分後にここから二キロの海上を通過すると予測されている。学園上層部からの通達により、近場に居る我々がこの事態に対処する事になった」
モニターが拡大され、海上の詳細エリアが表示される。
矢印で描かれた進行経路が福音の軌道予想なのだろう。
「教員は訓練機を用い空域及び海域の封鎖を行う。よって専用機持ちには本作戦の要を担当してもらう」
「……つまり、直接戦闘は専用機持ち頼みってわけか」
「雪月。発言は挙手をして行え」
「そういう注意点は最初に言ってくれませんか。で、今の俺の認識で間違いはありませんか?」
「……そうだ。では、作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」
手を挙げたのはセシリアだった。
「福音の詳細なスペックデータを要求します」
「スペックデータは二ヶ国の最重要機密データだ。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる。決して口外するな」
福音のデータが部屋の中央にあるディスプレイに表示され、そのスペックに対して生徒達が会議を始める。
しかしその輪に入る事無く、楯無は千冬に語り掛けた。
「このナターシャ=ファイルスって奴は、福音の操縦者なのか」
「そうだ」
「こいつがISを使って暴走しているって線はないのか」
「その線は薄い。ナターシャは私の友人で、為人は知っている。……お前と同じだ。ISで誰かを傷付けるような人間じゃない」
「……そうか」
諦めたように頷いた楯無を、千冬は怪訝そうに見た。
らしくない。そんな言葉がぴったりだった。楯無がISの事で参っている姿など、千冬には想像が付かなかった。
「何よこのスペック、広域殲滅兵装持ちなんて、戦争でもするつもり?」
「加えて、現在も超音速飛行を継続中……こうなると、爆撃機と大差ないね」
「寧ろ爆撃機より厄介だ。ドッグファイトとなれば運動性は戦闘機の比ではないぞ」
「アプローチは一度が限度ですわね。こちらの最高速で追いつけない以上、一撃の下に沈めなければ、次の機会はありません」
「それに……この速度に、射撃を当てるのは困難。当てるなら、近接武装が望ましい」
求められるのは一撃に全てを籠める攻撃力。その条件に、全員の視線が一夏に集まった。
「え、ぇっ!? 俺か!?」
驚く一夏に対して全員が頷いた。
“白式”の“零落白夜”。相手のシールドエネルギーを直接消滅させる必殺ならば、今回の条件にこれ程適したものもない。
「織斑。これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」
「……やります。俺が、やってみせます」
一夏は力強く頷いた。千冬とて生徒達が現場に出る事を快くは思っていない。
他の教員もそうだ。大人としての責任と立場に板挟みになりながら、自らのやれる事をやるしかない。
そんな千冬の期待を、一夏は裏切る真似はしたくなかった。
千冬とて、一夏のその気持ちは伝わっている。伝わっているからこそ、弟を戦場に送るしかない姉は心苦しかった。
「……それでは、作戦の具体的な内容に入る。織斑の“白式”は攻撃に全てのエネルギーを回すのが望ましい為、必然的に運搬役が必要となる。現在、専用機持ちの中で最高速度が出せる機体は……」
千冬が言い切らずとも視線を楯無に寄せ、他の面子も答えが分かっているかの様に視線を向ける。
「……“黒雷”」
「確かに、現場到着後の戦闘技術も踏まえれば」
「帯以外ありえないよね」
「私でも本国からの高機動パッケージで対応が可能ですが、稼働時間の差は比べるべくもないでしょう。楯無さんの方が適任ですわ」
「あの黒い帯のやつでバーンとやっちゃいなさいよ、楯無!」
代表候補生達の期待の眼差しを受け、楯無は俯いて大きく溜息を吐いた。
「人の意思も確認せず、勝手な事を言ってくれる」
「……楯無――――っ」
簪がそっと楯無の肩に触れ、心配そうに覗き込み――――その表情に絶句した。
そうしたい。けれど、状況が許さない。そんな表情を、簪は嘗て見た事があった。
――――そっくりなのだ。自らの名前を捨てて楯無である事を受け入れた、更識刀奈に。
「俺より適任が他に居る」
「適任? それって――――」
「ちょっと待ったー!」
シャルロットの言葉を遮り、天井から声が聞こえた。
天上の板が一枚外れ、うさ耳が覗いた。そこから続いて薄い紫色の長い髪が現れる。
くるりと空中で一回転し着地した篠ノ之束は、変わらぬ神出鬼没さで場を攪乱する。
「待った待っーた! その作戦はちょっと待ったなんだよー!」
「山田先生、強制退去を」
「おーっと、そうは行かないよちーちゃん! 何故ならもっといい作戦が、私の頭の中にナウプリンティングだからね!」
「……聞いてみりゃいいだろ。その方が無理矢理摘まみ出すより手間が掛からない」
俯いたままの楯無の擁護を得て、束の提案は続く。
「ここはだーんぜん、“紅椿”の出番なんだよっ!」
「……いいだろう。話してみろ、束」
「おっけー! “紅椿”の“展開装甲”を使えば、パッケージや換装なんかなくたって超高速機動が可能なんだよ!」
言葉と共に立ち上げられた投影モニターには、“紅椿”のスペックデータ。
データを読み取れる人間達は、その規格外のスペックに愕然としている。
それを読み取れない一夏と箒はぽかんとしたまま、周囲の様子から何となく事情を呑み込んでいた。
状況に置いていかれたまま、恐る恐る一夏が手を挙げた。
「あの……“展開装甲”って、何だ?」
「いい質問だね、いっくん! 展開装甲と言うのは、この天才束さんが作った第四世代型の装備なんだよ! 攻撃、防御、機動のマルチロールをシームレスで切り替え可能。最大稼働時にはどんなISも相手にならないスペックを発揮する、束さんの英知の結晶!」
「そんな装備が、“紅椿”に……」
「厳密には“白式”と“黒雷”にも搭載されてるんだけどねー。“白式”には“雪片弐型”の中に、“黒雷”にはウイングスラスターの中に、それぞれ攻撃と機動の試作型をね!」
さらっと告げられた新たな驚愕の事実に動揺を隠せない一同だが、今はそれに食いついている余裕はない。
「とにかく、“紅椿”なら今回の作戦の“白式”のお供にうってつけって事! 完成された“展開装甲”の方が安定性も段違いだしね!」
「……だ、そうだが。篠ノ之、お前の意思はどうだ」
「……私も一夏と同じです。やってみせます」
箒の返事に、束は満足気に頷いた。
本人の意思も確認したところで、千冬は会議を取り纏める。
「では本作戦は織斑、篠ノ之両名による福音の追跡及び撃墜を目標とする。同じ“展開装甲”で追従出来る雪月は、織斑の近接援護を行え」
「――――断る。俺は今回の作戦には参加しない」
「……え?」
未だ俯いたままの楯無のまさかの返答に、声を出したのは束だった。
寧ろ声を出せたのは、束のスペックの高さの証明だったのかもしれない。
他の人間は楯無の返答の意味を理解するのに時間が掛かり、声を出すタイミングを失っていた。
「箒と“紅椿”が居れば、一夏の運搬の問題はないんだろ。なら、俺は要らないだろ」
「で、でも楯無の援護があれば、作戦の成功率は上がるだろ!」
「近接ブレードしかない競技用ISで、軍用IS相手に何を援護するって言うんだ。……そもそもの用途が違う。そんな危険な事に俺は付き合えない」
誰も非難の声を挙げる事はしなかった。
それだけありえない事だった。ISを傷付けたくない一心で必要最低限のダメージで投降を呼び掛け、観客に危害を加えさせない為に量産機で“ゴーレム”に挑み、“VTシステム”に呑まれた友人を救う為に躊躇いなくISを解除するような男が、今更危険性を理由にする訳がない。この場の全員が分かっていた。
もっと別の訳がある。その訳の内容を察する事が出来たのは、彼の経歴を知っている者のみだったが。
「一夏。織斑先生が言った通り、これは実戦だ。無理強いは出来ない」
「……箒」
「心配せずとも、私が楯無の分もお前の援護をしてやる。“紅椿”の強さ、私が引き出してみせるさ」
一夏と箒が会話をしている間に、呆然としている束はあっさりと千冬に捕まり、ブリーフィングルームの外に放り出されていた。
「雪月の参加はなくとも、作戦の目的に変わりはない。……まったく、不器用共が」
千冬は襖の奥と楯無に目線を配り、小さく息を吐く。
「作戦開始は三十分後、各員は直ちに準備に掛かれ」
原作三巻の佳境に漸く入った