セシリア=オルコットと織斑一夏、そして雪月楯無の三人の決闘の当日。
織斑一夏と雪月楯無の二人は決闘場である第三アリーナのピットに居た。
二人の恰好はISスーツと呼ばれる特殊なスーツに包まれている。ISに乗る時には必需品と言ってもいい、表現を変えれば決闘に挑む騎士の甲冑の様なものだ。
「これがお前のIS、“白式”か」
二人の視線は、眼前に鎮座している一つのISに集中していた。
一夏は「あぁ」と頷いて、“白式”へと向き直った。
そうしてゆっくりと手を触れる。自らとISが一つに溶けていくような感覚に委ね、静かに瞼を閉じていた。
「何となくさ、分かるんだ。俺がこのISをどう扱えばいいのか、どうすれば前に進めるのか」
「そうか。……それがお前の翼なんだな」
「翼?」
一夏の問いに、楯無は遠い日を思い出すように告げる。
自らの無力を呪い、篠ノ之束に出会い、自らの翼と出会ったあの日。
「あぁ。ISは俺を遠くへ飛ばしてくれる翼だ。お前にとってISが同じ意味かは分からないけれど、俺にとってはそうなんだ」
全ては少年が願った事から始まった。
彼女が本当の名前で笑える空へ飛んでいける翼。
兎と偶然出会った事により叶い、与えられたそれは、今も楯無と共に居た。
そんな楯無の事情を一夏は知らない。一夏は自分が最初のIS操縦者だと思っていた。
だから彼のISへの想いも知らず、自らのISの想いを口にした。
「悪い。俺にとってはISは力だ」
「……そうか」
「あぁ。俺はこの力で、皆を守ってみせる。もう守られるだけは、卒業したいんだ」
一夏の言葉に、楯無はどこか平坦な声で「頑張れよ」と返す。
踵を返して“白式”の前から去ると、決闘の時間帯が放課後という事で応援に来ていた更識簪の許へ向かった。
「簪。来てくれたんだな」
「うん……あれが、“白式”なんだね」
簪は複雑な表情で“白式”を見つめている。
自らの専用機“打鉄弐式”の開発を投げ出してまで倉持技術研究所が開発した、男性操縦者である織斑一夏の為のIS。
待機形態である指輪を嵌めた右手の中指をそっと撫でる。
機体は未完成で、未だにコアすら無いような状態だが、必ず完成させると誓った。
そうでなければ、あの背中には追い付けない。――――あの日の気持ちを乗り越える事も出来ない。
「大丈夫か? 胸貸す?」
「い、いい。それに、そういうのは二人きりの時だけで」
思い詰めた顔をしていたのだろう。急な幼馴染の言葉に顔を赤くして、簪は俯いた。
自分の事を信用してくれるのは嬉しい。助けてくれるのも本当に嬉しい。まるでヒーローの様に前を向いて自分を引っ張っていってくれるような存在だとも思う。
でもやっぱり、もう少し空気を読むというか、その辺を気にしてほしかった。
「――――揃っているな」
その場に新たに現れた織斑千冬によって、場は仕切り直される。
後ろから着いてきた山田真耶も、教師然とした面持ちで場を取り仕切った。
「オルコットさんは既に準備を完了し、アリーナでISを展開して待機しています」
「織斑の“白式”はまだ初期化と最適化処理が済んでいない。悪いが、試合の順番は雪月からで構わんな」
「いいよ。寧ろ――――やらせてくれ」
千冬の提案に楯無は小さく口角を上げて答える。
その目付きは真剣そのものだ。赤と白のオッドアイも細められ、普段の掴み所のないふざけた様子は一片たりとも感じさせない。
……筈なのだが、三秒後には元通りだった。
「あれ、今のタメ口への出席簿は無しですか?」
「無しだ。たったの三秒だがいいものが見れたからな。久しぶりに滾らせてくれた、お前というIS乗りの表情は」
千冬の好戦的な笑みを嫌そうに流し、楯無は右手を前に掲げた。
「頼む、“打鉄”」
短く願い、右手の中指に付けられた指輪が光り輝く。
光の粒子が楯無の全身を包む。それは一瞬で装甲へと形を変え、自らを飛ばす翼を広げた。
訓練機である“打鉄”とは大分姿形が変わっていた。
両肩部に浮遊している装甲は無くなっており、その代わりにスラスターが二基増設されていた。他にも腰部側面の装甲が削られていたり、機動性に特化した機体だと分かる。
「カタパルトの射出シークエンスは既に譲渡してあります。ISの指示に従って発進してください」
「分かりました」
カタパルトに向かって歩き出す前に、楯無は一度だけ簪の方を見た。
「じゃあ、行ってくる。オルコットに“打鉄”の可能性を見せつけてくるから」
「うん……信じてる」
簪の言葉に頷いて、楯無はカタパルトへ歩いてISを固定した。
アリーナへ続く入り口の向こうにISの反応がある。飛び出せばそこは戦場だ。
そこに飛ぶのに躊躇いはない。寧ろその場所は低すぎるくらいだ。
(マスター。“打鉄”のハイパーセンサーと左目のナノマシンとのリンクはありません。普段とは違う視界で戦闘になる事に注意してください)
(心配するな、そもそも“打鉄”には左目は必要ない)
アリーナの入り口が開ききると、カタパルトから発進する。
戦場へ飛び出せば、そこには青いISを纏ったセシリア=オルコットが待ち構えていた。
「逃げずに来ましたのね。褒めて差し上げますわ」
「当然だ。お前に“打鉄”の広告塔をしてもらわないと困るからな」
セシリアは楯無のISを見て、挑発するように髪を掻き上げた。
「あら、元の“打鉄”より随分と様変わりしてますのね。装甲の削減とスラスターの増設……清々しい程の機動性特化ですわね」
「バランス悪いのは分かってるぜ。第二世代で第三世代の機動性を出来る限り再現したらこうなっただけだ」
「そもそも改造してきた事自体が驚きですが……初心者にありがちなバランスを無視した改造。しかもそれを自覚しての搭乗……呆れて物も言えませんわ」
セシリアは“ブルー=ティアーズ”の主兵装であるライフル――“スターライトmk-Ⅲ”を構える。
楯無も右手にアサルトライフルを呼び出して、だらりと腕をぶら下げた。
お互いのハイパーセンサーには試合開始までのカウントが表示された。
「最後のチャンスをあげますわ。代表候補生であり、専用機乗りの私が勝つのは自明の理。あなたの大切な“打鉄”がボロボロにされる前に、降参をして謝るのでしたら、許して差し上げなくもないですわ」
「態々飛んで謝りにくる奴が居るか」
「――――そうですか!」
カウントが零になった。セシリアは構えられたライフルの引き金を躊躇いなく引いた。
銃口から放たれるレーザーを感知し、アラートが鳴る。
直撃コース。体勢は崩れ、崩れ落ちる。そこを再び狙い撃つ。
それがセシリアが組み立てた勝利の道筋だ。
初心者ごときが代表候補生に敵う筈もない。ましてや相手は改造されていようとも量産機。全てにおいて自分の方が上である。
――――そう、思っていた。
「な――――」
セシリアは目の前の光景を受け入れられずにいた。
楯無はセシリアの初撃を必要最低限のスラスターの動きだけで避けた。
続く二射目も涼しい顔で避けられる。フェイントを交えた三射目も同様。
「そのISの反応速度……改造したのは外見だけではないようですわね!」
「反応速度だけは弄らないと、窮屈でしょうがなかったからな」
しかし、セシリアもイギリスの名を背負う代表候補生だ。
楯無がスラスターを吹かして前進しようとした瞬間、セシリアは全力で後退する。
如何に改造を重ねようとも、“打鉄”では“ブルー=ティアーズ”の機動性には及ばない。
十分に距離を取ると、セシリアはサイドバインダーを切り離す。
――――そしてそれは四つのビットとなり、各々の角度から楯無へと襲い掛かった。
「さぁ、踊りなさい――――私、セシリア=オルコットと“ブルー=ティアーズ”が奏でる円舞曲で!」
(マスター、来ます)
(分かってるよ。遠隔誘導兵器――――これがイギリスの第三世代兵器か)
四方から放たれるビームを楯無は捌く。
スラスターによる直線的な移動、PICによる立体的な軌道。
その二つを組み合わせ、本当に踊るように楯無は動く。
「ちぃ……! その動きがどこまで続くのか見物ですわね!」
「お前が負けた時に終わるよ。それに安心しろ――――もう見えた」
そう告げた楯無と、セシリアの視線がはっきりと交差した。
赤と白のオッドアイ。それにどこまでも自らを見透かされている錯覚を覚え、セシリアは背筋に走った電流のままに攻撃を続ける。
対する楯無は両腕にシールドを装着する。
「少ない装甲をそれで補ったつもりですか!? 見くびられたものですわね!」
「もう見えたって言っただろ。少し黙ってろ」
楯無が“ブルー=ティアーズ”の猛攻を捌きながらアサルトライフルを放つ。
無論、頭部を狙った直撃コース。ISの装甲がない、絶対防御が発動する部位だ。
回避運動を取ったセシリア。その隙を見逃す事はなく、楯無は歩を進めた。
「まずは一歩」
「くっ――――!」
お返しとばかりに撃ち返したライフルを、楯無はシールドで防ぐ。
そうして再び歩を進め、セシリアとの距離を縮めていく。
「“ブルー=ティアーズ”!」
再び動き始めたビットが楯無を包囲し、ビームの雨が降り注ぐ。
しかし楯無は動じない。シールドで防ぎながら少しずつ距離を縮めていった。
「撃つか操るか、好きな方を選べ」
「この私が――――っ!」
不意に放たれたアサルトライフルを回避する為にセシリアは後退した。
その間、四つのビットは動きを止める。それを楯無は見逃さなかった。
「先ず一つ」
“打鉄”のスラスターが唸りを上げ、ビットの内一つへ最高速度へ直進する。
そしてそのままビットを掴み、力づくでコントロールを奪った。
「まさか、そんな野蛮な!」
「俺は紳士だぜ、ISにはな!」
動揺した隙を突き、楯無は二つ目を捕まえた。
セシリアはライフルによりそれ以上を許さないが、その全てはシールドによって防がれた。
「そのシールドで、何時までも防げるわけがありませんわ!」
「防いでなんかいない。どこ見てるんだよ、お前」
アサルトライフルを撃って牽制しながら、楯無は前に進む。
狙いは一直線。三つ目のビットだ。
セシリアは回避をしなければならず、ビットは楯無から逃げられない。
「雪月君、やりますね。改造された“打鉄”をあそこまで使いこなして、専用機と渡り合うなんて」
アリーナの管制室から試合の様子を見ていた山田真耶は、惚れ惚れするように口にした。
セシリアの精密射撃を避け、シールドで防ぎながら最後のビットを捕まえた楯無は、セシリアへ向き直った。
「ですが、どうしてあのシールドはあそこまで持っているんでしょう。ライフルとビットを何度も受けて、訓練機のシールドが持つ筈が――――」
「受けていないのさ。あれは」
織斑千冬は淡々と告げる。
「あいつはシールドで攻撃を受ける時に角度を付け、着弾の瞬間に機体を捻る事で攻撃を受け流している」
「え、でもライフルはともかく、ビットは多角的な攻撃をしてきていたんですよ? そんな事出来るんですか?」
「出来るからシールドが持っている。そしてビットを全て捕まえられた今、オルコットの射撃は雪月の足を止める要因にはならない」
ふ、と小さく笑って、千冬はセシリアへ直進する楯無を見る。
「まぁ、あいつは“打鉄”を馬鹿にされたから戦っているだけだ。悪いようにはならんさ……あいつがあの時の奴ならな」
セシリアの射撃をいとも簡単に避けながら、遂に楯無はセシリアに最接近した。
その事実に歯噛みしながら、セシリアの隠し玉が発動した。
「くっ……これを使う事になるとは思いませんでしたわ!」
セシリアの“ブルー=ティアーズ”の最後の二機が本体からミサイルを放つ。
殆ど零距離からの、自爆覚悟の一撃を取らざるを得なかった屈辱。
たかだか“打鉄”如きにそんな戦法を取らなくてはいけなかった事への屈辱。
その全てを乗せた攻撃を、楯無はセシリアを中心に爆発的な速度で半月を描くように回避した。
「そんな、今のは瞬時加速並みの速度――――がっ」
背後を取られたセシリアはそのままアリーナの壁まで連れていかれた。
壁に激突させられたまま楯無に押さえ付けられ、身動きが取れなくなる。
「これが俺の翼だ。お前の円舞曲を踊れなくて悪いな」
「今のは、どうやって……!?」
「左側と右側のスラスターの出力を非対称に瞬時加速をした。ボートのオールと一緒さ。左右の推進力が違えば、必ず真っ直ぐには進まない」
「しかし、何故あなたが瞬時加速を……!」
「俺はこのままお前の頭部を蹴り続ける。ISのシールドエネルギーが無くなるまでな。……降参してくれ。お前のISを傷付けたくない」
勝利一歩手前の男の台詞ではない楯無の言葉に、セシリアは目を見開いた。
ハイパーセンサーは三百六十度全てを見渡せる。それが映し出す楯無の穏やかな表情からは、セシリアに“打鉄”を馬鹿にされた怒りなど微塵も感じられなかった。
「あなた……」
「もう十分、お前に“打鉄”の可能性を見せられた。頼む」
「……私の、負けですわ」
その表情に押され、セシリアは降参を宣言する。
『オルコットさんの降参により、雪月君の勝利です!』
アナウンスを聞いて拘束を解いた楯無は、そっとセシリアへ手を差し伸べる。
「射撃、見事だったぜ。俺も見習いたいよ」
「……何時か、必ずあなたを撃ち抜きますわ」
差し伸べた手を取りながら告げるセシリアの言葉に、楯無は「楽しみにしてる」と小さく笑った。
オルコットさん、無事に“打鉄”の広告塔就任へ。
多分本人はこの瞬間はこの事忘れてます。