オルコットとの試合に勝利を収めてピットへと戻ろうとする。
一夏のISの準備も流石に終わっている頃だろう。
次に戦うのが俺であれオルコットであれ、多少の消耗があるシールドエネルギーと弾薬を補給しなければいけない。
『次の試合は織斑君とオルコットさんです。オルコットさんと雪月君は一度ピットに戻ってきてください。続いて織斑君は発進準備を。オルコットさんの補給の間、ISの動作確認を行います』
会場のアナウンスを聞いて、俺とオルコットは顔を見合わせる。
「だ、そうだぜ。全敗とか止めてくれよ代表候補生」
「問題ありませんわ。織斑さんには私の完璧な円舞曲を躍らせてみせますので」
初心者相手にそれは止めてやれ。
初陣で蜂の巣にされて完封とかIS乗りたくなくなるわ。
「それじゃ、健闘を祈る」
「そちらこそ」
言い合って別れ、お互い発進したピットのゲートへ向かう。
俺が居たピットには一夏が居たが、どうやらもう発進したようだ。
灰色の装甲はその名前の通り白に染まっていた。あれが一夏に合わせて最適化された“白式”の姿か。
俺の反応に気付いた一夏がこちらを見る。その目は新しい玩具を買ってもらった子供の様にきらきらと輝いている。
「見てくれよ、これが俺のISだ!」
「よかったな。大切に乗れよ」
短く答えて、その場から去ろうとすると「あ、そうだ」と一夏の呑気な声。
「ピットに戻ったら補給の為にISを山田先生に預けて、管制室まで来いって千冬姉が言ってたぜ」
「……分かった」
一夏と別れてピットへ戻るのを再開する。
(あ、お前も唯一の姉さんに挨拶しときたかったか?)
(いいえ。姉は言うなれば世界中の妹達への偏見を固めてしまった張本人。恨み言を言いはすれど、挨拶をする気など毛頭ありません)
(……本当、俺とお前って相性いいよ)
何がとは言わないけれど。操縦者が操縦者ならISもISか。
そうこうしている内にピットへ着いた。ISを解除して地面に着地すると、一夏の言葉通りに待ってくれていた山田先生へ“打鉄”の待機形態である指輪を渡した。
「“打鉄”をお願いします」
「はい、分かりました。あ……ISでも、男の人から指輪を渡されるなんて緊張しますね……!」
何興奮してんのこの人。彼氏さえ居ないんじゃなかったか?
俺達とそう歳は変わらない筈だから、結婚に目を向けるのはまだ早いのではないだろうか。
トリップしている山田先生を放っておいて、俺は先程から視線をくれている簪の方へ向かった。
「“打鉄”の可能性、少しは伝わったか?」
「うん……凄かった。何時か私も、あんな風に飛びたいって思った」
簪の眩しい笑顔が俺にとって何よりの祝福だった。
「やっぱり簪は笑ってる方がいいよ」
「……だから、その。そういうのは、二人きりの時で」
(二人きりなら幾ら言ってもいいのか)
(乙女心は複雑であり繊細です。これ以上刺激すれば、簪さんがパンクするでしょう)
簪の事なら幾らでも褒める事が出来るんだが、TPOを弁えなければならないのは難しい所だ。
あ、TPOで思い出した。千冬さんに管制室まで呼ばれているんだった。
……でも、まだ簪と話す事も沢山ある。俺が“打鉄”で飛ぶのは、簪の“打鉄弐式”の開発に役立てる為でもあるんだから。
千冬さん、一夏との試合が終わってからじゃ駄目なんだろうか。
「俺、千冬さんに管制室に呼ばれてるんだ。それが終わってからまた話そう。……そうだ、こいつを預けとく」
「……これ」
俺が渡したのは“黒雷”の待機形態である黒のチョーカーだ。
「俺と相棒は左目のナノマシンで繋がってる。見聞きした事も共有してるから、これからの千冬さんとの会話も聞けるぜ」
これからの千冬さんとの会話は、もしかしたら面倒な話になるかもしれない。
簪は俺の護衛と監視を兼ねてルームメイトになった。色々と秘密を黙っておいてもらっている関係上、話を聞いておいてもらった方がいいだろう。
「いいの?」
「簪に聞かれて困る事はないから。寧ろ全部知っておいてくれ」
「う、うん……」
顔を赤くして俯いてしまった簪。それでも小さく告げてくれた「行ってらっしゃい」に、「行ってきます」と答える。
簪と別れて千冬さんが管制室に向かっていると、相棒から頭の中に直接語り掛けられる。
(マスター。私が傍に居なくて大丈夫ですか? 今は“打鉄”も居ませんので、もし襲われでもしたら対処できません)
(傍に世界最強が居るから大丈夫だよ)
(もし織斑千冬に襲われたら?)
(そうだったら“打鉄”を貰う前にとっくに襲われてるだろ。それより、簪にちゃんと話が聞こえるようになっているか?)
(問題ありません。彼女の端末とリンクして、電話の様に耳元に当ててもらっています)
相棒と話している内に、管制室に辿り着いた。
中には当然千冬さんが待っていた。深緑の長髪の後ろ姿は見間違えようがない。
俺が声を掛ける前に、千冬さんは振り向いた。
「一夏の試合を見なくていいんですか?」
「その前にやらなければならない事があるからな」
その瞳は俺を見ていた。――――いや、その奥にある、俺の何時かを見ていたのだろう。
「私はな、楯無。お前が初めて見た時から不審に思っていた」
「小学五年生を不審に思うって……俺、千冬さんにちゃんと挨拶もして素性もちゃんと明かしたんだけどな」
名前で呼ばれて、これは千冬さんが教師としてではなく千冬さん個人として話しているのを察した。
千冬さんと初めて出会ったのは、俺が一夏が通っている小学校へ転校した小学五年生の頃。
一夏の家に遊びに行った時、千冬さんが偶々帰宅していたのがきっかけだ。
「お前の素性。施設で妹と暮らしていたが、自分は『包村(つつむら)兎』という女性に引き取られた。そうだったな」
「あぁ。兎さんは俺の保護者だ。IS学園に提出した書類にも書いてあったよな」
「その名前は知っている。束が行方を晦ました後、よく使っていた偽名だからな」
成程な。つまり、俺は束姉との繋がりを疑われているわけか。
当然だろう。ISの開発者である束姉の行方は全世界が追っている。
「偶々だ。ちゃんと兎さんの戸籍も存在してる。篠ノ之束博士とは無関係だ」
「ここには音声ログが残るような機材は設置されていない。私相手に誤魔化しきれると思うなよ」
千冬さんの眼光は俺を捉え続け、目と話を逸らす事を許さない。正直に話せという事か。
……まぁ、俺が隠さなくても束姉に聞かれたら包み隠さず話されてしまうだろう。
「……あぁ、そうだよ。俺は束姉に拾われた。一夏に接近したのは束姉の命令だ。一夏の監視をする事で何をしたかったのかは知らないけどな」
「成程。不審であっても邪気を感じなかったのはそのせいか」
邪気とか言われても困る。邪も何も、俺は恩人の命令に従っていただけだ。
「言っとくけど、俺はもう束姉とは無関係だ。IS学園に入る前には、もう書類上だけの繋がりになってしまった。今どこに居るのかも知らないし、俺からの連絡に答えてくれるとも思えない」
と言うか、千冬さんからの連絡なら無条件で通じる筈だ。
束姉の唯一の友人なのだから。逃亡時代も何度か連絡があったのを憶えている。
俺の正体についてはもう終わりらしい。千冬さんは腕を組んで教師として話を仕切り直した。
「雪月。先程の試合、見事だったな」
「ありがとうございます。千冬さんに褒められるなんて、一夏に聞かれたら何て言われるか」
『千冬さん』呼びに反応して投げられた出席簿をキャッチする。
一夏のシスコンっぷりは中々の物だ。
あいつの家に遊びに行った時、第二回モンドグロッソ準決勝の試合映像を何度見せられた事か。
「性能で劣る“打鉄”での“ブルー=ティアーズ”の打倒。攻撃を防ぐのではなく受け流す目的でのシールドの使用。初見のオールレンジ誘導兵器を捌く対応力。――――そして何より、最後に見せた直線軌道を描かない瞬時加速。その全てが、ISを貰って二週間も経たない初心者が行える事ではない」
「俺の経歴を知れば、昔からISを触ってたのは想像出来ると思うんですけど」
遠回しに何が言いたいのか、と嫌そうに睨めば、「悪かったな」と千冬さんはからかうように笑う。
「初心者でなくとも描ける軌道ではない。才能を持った者が努力をして辿り着ける領域――国家代表レベルでないとおかしいのさ」
「ブリュンヒルデにそう言われるなんて、光栄な限りですけど。俺が国家代表レベルだと何かあるんですか?」
国家代表レベルでなくとも、一年生で代表候補生ならば何人か居る。
俺はこれ以上何かをするつもりはないし、さっきの試合だってセシリアの猛攻を凌いだ故の勝利だ。
入学したばかりの素人達には試合の内容を正確に測る事は出来ないだろうし、別にそう目立つような事でもないだろうに。
「私にはな、もう一度だけ戦い相手が居る」
「あのブリュンヒルデが戦いたがる相手なんて。アリーシャ=ジョセスターフですか?」
一夏が誘拐されてしまった事により、千冬さんは第二回モンドグロッソの決勝を棄権して優勝を逃している。
その対戦相手はイタリア代表のアリーシャ=ジョセスターフ。あの高軌道とは俺も一度併走してみたい。
てっきりそうだと思っていたのだが、千冬さんはそれを否定する。
「優勝を逃した事は残念だが、たった一人の弟の命に値する程ではない。……その前だ」
「その前?」
「――――準決勝の相手」
そう言われて、俺は思わず息を呑んだ。
千冬さんはあの日の興奮を思い出すように告げる。
「国籍不明。篠ノ之束の推薦によりIS委員会から強引に捻じ込まれた一人の選手。使用ISは第一世代型ISの“黒鉄”。その圧倒的な高機動戦により世界から注目され、包村帯(つつむら おび)という名前と、身体の随所に巻かれた包帯から付けられた異名は『包帯の乙女』。私が知っている情報はこれ位だ」
「俺もそれぐらいしか知らないですね。会えるものなら会ってみたい」
「お前なら鏡を見れば会えるだろう――――私も今、再会している事だしな」
話の流れからしてそう言ってくるのはもう分かっていた。
いくら“打鉄”の可能性を見せる為でも、オルコット戦は少し張り切り過ぎてたらしい。
「……別に、隠すつもりもなかったからいいんですけどね」
「最後に見せた瞬時加速。あれが決め手になった。何しろ私も、あれで一度背後を取られている」
「そう言えばそうだった。ブリュンヒルデの目は誤魔化せないか」
「奴は左右のカメラアイがお前の瞳と同じ配色のISのバイザーをしていた。今思い返せば、包帯も出始めた喉仏を隠す為。身長や体型は男としては華奢なお前なら、束のISスーツで幾らでも誤魔化せる。声以外の説明は難しくないだろう」
ここまで読まれるなんて、世界最強は伊達ではなかった。……いや、束姉の友人やってるのも大きいのだろう。
もうここまで来たら別に隠しておく必要もない。声の説明もしてやろう。
「相棒、頼む」
俺の声に応えるように、管制室のモニターの一つが突然起動した。相棒がハッキングしたのだ。
いつもは空中に投影されている『SOUND ONLY』の文字が表示され、管制室に声が響く。
『正式に挨拶をするのは初めてになります。織斑千冬』
「この声は……」
『私はマスターがあなたと戦った当時の乗機、“黒鉄”のコアです。もっとも、今は“黒雷”のコアですが』
「ISのコア、だと……!?」
信じられなくても無理はない。俺も喋るコアなんて相棒以外知らないからな。
だが、考えてみればおかしい話ではない。ISのコアにはそれぞれ意思がある。話そうと思えば話せるコアだって居てもおかしくないだろう。
『第二回モンドグロッソの時、私はマスターの代わりに包村帯として喋っていました。これでご理解いただけたでしょうか』
千冬さんは流石に驚いていたようだが、どこか納得したように頷いていた。
用件はこれで終わりだ、と言わんばかりに相棒はさっさと通信を切断してしまった。
どうやら“白騎士”が嫌いなだけあって、千冬さんも嫌いらしい。
そういえば、初めて出会った時も俺と束姉以外とは話そうともしなかったな。
「話はこれで終わりですか? 別に俺は何か悪さをしようとしてこの学園に在籍してるわけじゃない。出来れば普通に学生をしていたいんですけど」
「……あぁ。だが、最後に一つだけ聞かせろ」
「どうぞ、ご自由に」
「何故、あの準決勝を途中で降参して打ち切った? 私の背後を取ったあの瞬間、紛れもなく直撃を与えられるチャンスだった筈だ」
何だ、そんな事か。別に大した理由じゃない。
俺はあの時を思い出す。自分の実力を確かめる為にモンドグロッソに出場して、準決勝まで勝ち上がって、気付いた事。
俺は出席簿を千冬さんへ投げながら告げる。
「俺と織斑千冬が求めていた空が違った。唯それだけの理由だよ」
俺は強くありたかったわけじゃない。だから降参して、束姉の名誉の為に三位決定戦を勝って世界三位の肩書だけ貰っておいた。
踵を返して管制室から出ていく。簪は驚いているかもしれないな。別にばれて困るような事じゃなかったからいいけど。
そうしてアリーナのピットに戻っている途中。廊下に一つの人影が見えた。
めちゃくちゃな経歴な挙句言ってる事の信用度ゼロな楯無の学園生活の明日はどっちだ。
次回はいい加減メインヒロインが出ます。一話から出てください。