イチャイチャ開始です。
「………………ふふっ、くふふふ……」
女性人格の方がゴンの母親だったというとんでもないカミングアウトの後、皆はそれぞれの行き先に向かったけれど、主様はまだ立ち直っていないのか、トラウマを掘り返されたままなのか様子がおかしい。
ちなみにイヴは"もうちょっとクラピーを強く勧誘してくる"と言ってクラピーと一緒に出ていったので、この部屋には僕と主様しかいなかった。
主様には同情を禁じ得ない。何せ、主様は普通に女性が好きなのに、女性人格がしたことを主観的に覚えているということはつまり、そういうことになるわけで……なんて酷い念能力なんだ……。
「ピトー」
「はいですニャ」
どうやって励ましたものだろうと考えていると、ソファーに座ったままの主様が声を掛けてきたので、隣に腰掛ける。すると主様の方から口を開いた。
「幻滅したろ……?」
それ以上のことは言わず、主様は僕と目を合わせようともしなかった。ふと、主様の手を見ると震えているのが見え、僕は小さく溜め息を吐いた。
「ちょっとびっくりしたけど、そんなこと僕にはどうでもいいんですニャ。女性人格の方も主様だけど、主様にとっては手の掛かる妹みたいなものなんですよね?」
「まあ、そうだな……」
「じゃあ、その話はこれで終わり。それに夫の全部を愛することが女の甲斐性ですニャ」
そう考えたら今まで深く考えていたことがなんだか馬鹿らしく思えた。そもそも僕が一喜一憂するなんて性に合わない。
女性人格が主様からできた何かなのはよくわかった。それに今思えば、女性人格の方が僕を明らかに特別に愛そうとしてくれていたということは、主様も言わないだけで僕を愛してくれているということの裏返しになる。そんな感じに見てみると、ちょっと楽しいような気がする。
それに僕の言うことを聞いてくれてもいた。だから、やっぱり今度はもっと話をしてみようと思う。僕もこれからずっと付き合っていくのだから。
「主様、女性になってください」
「――!? ま、待て……流石にそれは……」
「必ず……必ず戻して見せるから」
シルバとか言うのが言ってた方法を主様から聞いたけれど全然ロマンチックじゃない。だから、僕なりの方法を考えた。そして、ゴンにだって僕ほど真っ直ぐな愛は向けていなかったことから、これは僕にしかできないことだと思う。
だって僕は主様と同じく、この世界の住人であって住人ではない。心の底の底から主様が気を許してくれる唯一の家族なのだから。
「…………わかった。頼む」
そう言って主様はそう言って目を瞑る。そして、淡いオーラの光が主様を包み、それが晴れるとそこには女性の主様の姿があった。
「ああ、ピトー……私の可愛い猫」
「ねぇ主様?」
「なぁに?」
「僕の話を全部聞いて欲しいニャ」
僕が考えた僕にしかできない方法――それは全てを理解させることだ。
◇◆◇◆◇◆
「よく聞いて主様――いや、"クート"。君は念能力で生まれた人格なんだ」
私の何より愛しい人。何故そんなことを言うの? そんなわけはない。あるはずもないのだから。
しかし、ピトーのいつもよりずっと真っ直ぐで嘘偽りない目が、何よりも私を困惑させた。
「私が念能力で生まれた人格……? ははは、何を言っているの? そんなわけはないでしょう?」
「違う。僕が知ってる主様は男性だよ。今も昔もね」
「私はクート・ジュゼル! 前世だってあったし、貴女を飼っていたことも覚えているわ!? 昔の名前は――」
私は全部思い出す。ピトーは白い毛で金色の目をした猫で、寒い日の夕方に拾った。毎年、拾った日にはちゃんと誕生日に何かしらの物を買って、いつも家では一緒にいた。
だから貴女を残して死んだことに気づいたときは、胸が張り裂けそうな思いだった。辛くて悲しくてなによりも申し訳なくて……だからまた会えたことは奇跡以外の何物でもなくて、今度こそ絶対に守るって、死なないって決めた!
なのに――。
「………………男の名前?」
違うわ……そんなわけない。それなのにどうして、そんなことが頭に浮かぶの? それだけじゃない、私の中で霞かがっていたことが急激に晴れていくようだった。
私は震える手で身分証を取り出す。
そこには"クート・ジュゼル"という名の男の顔写真が貼られ、性別の欄にも男との表記がされていた。
「あははは……なにこれ? 前に見たときはちゃんと私の顔写真で女って書いてあったのに……新手のドッキリかしら? 趣味が悪――」
「飼い猫は……主人に嘘は吐かないよ。君が一番よく知ってるよね? 全部、君が思い込んでいただけだよ」
その言葉に私は閉口する。
ああ、そうでしょう。だって、嘘を吐く理由が貴女と私の間には始めからどこにもないのだから! なら私は……私は……違う違う違う! 私は本物よ! でもピトーがそう言って……ああ!
「止めて……止めてよ……止めなさい……私は幻なんかじゃないわ! 消えろ――」
そう言って私は
「ダメ……ダメ! ダメよクート……殺したらダメ……ダメなんだから! 何を考えてるの!?」
私にピトーは絶対に殺せない。ピトーだけは何があっても殺せない。他とは違う"特別な私の家族"なんだから!
「よしよし」
すると私は抱き締められ、思わず顔を上げた。そこには優しげに私に笑い掛けるピトーの姿があった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃ……ないわよ……」
ああ、なんて酷い……酷過ぎるわこんなの……
「ひとつだけ……教えて」
それを聞くのが怖かった。けれどこれだけは聞かなければならなかった。
「私は貴女の……なに?」
そういうとピトーは、これまで一番の笑顔を見せながら口を開いた。
「もちろん、僕が大好きな主様ですニャ」
ああ……ああ……それなら……本当に嬉しい。ピトー……私も大好きよ。
うん、というか、別に私が念能力で作られた人格だからと言って消えるわけでもないし。やっぱり盗賊クートをやってたのはほとんど私だから特に問題ないじゃない。ピトーにも主様って言われたし。
やだやだ、それなら心配して損したわ。まあ、今日はここまでにしておくわ。これから改めてよろしくね?
うふふ、それともこう呼ぼうかしら?
オニーチャン?
◇◆◇◆◇◆
「我が人格ながら精神が強靭過ぎるだろ……なんだよその切り替え速度……」
「
戻った主様は目頭に手を当てて溜め息を吐いていた。
でもこれで、女性人格の方は主様のことを自覚した。傍若無人だけど思ったよりワガママな方ではないから、これで僕が頼めば自由に切り替えてくれるようになった筈だ。
「これでよかったのかな……?」
「僕は主様に嘘は吐きたくないですニャ」
「そうか……わかった」
まあ、ちょっと面倒なことになるかも知れないけど、騙すような真似をし続けるより僕はこっちの方がずっといいと思う。
「ちょっとついて来て欲しいんですニャ」
僕は主様の手を取って歩き、リビングから連れ出すと、寝室に行って、キングサイズのベッドの前で立ち止まった。
「……? ここで何を――」
「えいっ!」
僕は主様に勢いよく抱き着いて主様をベッドに倒した。そして、少し移動してベッドの真ん中で互いに向かい合う形で座る。
そして、主様にハンターライセンスを見せた。
「これで僕も立派な人間ですニャ」
「あ、ああ、そうだな……ピ、ピトー?」
「にゃふふ……」
主様は今さら気づいてももう遅い。僕はずっとずっと、ずっと! 待ってたんだから!
色々あって、できなかったし、ここでもゴンたちと雑魚寝みたいなものだったから主様と中々二人っきりになれなかったけれど、ようやく二人っきりになった。だったらもう、我慢する必要なんて何もないよね?
「ピトー……その……本当にいいのか?」
「僕は最初から主様と結婚して子供が欲しいからハンター試験を受けたんですニャ。だから――ん」
僕は主様にそっと抱き着いて口づけをした。これは僕の親愛の証。
「ぷは――えへへ……これからずっとずっと幸せにしてください」
今度は奥さんとしてね? もう、絶対に離れないんだから。
◇◇◇
「ズルいですニャ……」
「何が?」
僕と主様は互いに寝そべって向かい合いながら、初めてを終えた後で話をしていた。僕は半眼で主様を見つめるけど、主様は目を泳がせている。
「
そう言いながら仕返しに主様に抱き着いてみせると、主様はあれだけ僕を乱しておいて顔を赤くしていた。ちょっとだけ可愛いと思ったから許す。
「ねぇ主様……?」
「なんだピトー?」
「あなたって呼んでもいいですか?」
「好きにしていいし、ずっと言おうと思っていたけど俺に敬語も要らないよ」
「えへへ、ありがとう……あなた」
ああ、幸せだなぁ……早く子供が欲しいから妊娠したいな。毎日しようね主様。
◇◇◇
「ニャふふ……ふにゃぁ……」
ピトーを抱き締めつつ撫でていると、寝息を立て始めた。寝ながらも体をすり寄らせて来るため、猫ではなく淫魔の仲間なのではないかと思ってしまう。
遂にやるところまでやってしまったが、不思議とまるで後悔はしていないどころか、嬉しさばかりが溢れてくる。何か喪失感を覚えるのではないかと、考えていたが、それどころか心に空いた穴が埋まったような健やかな気分だった。
「にゃう……あなた……」
ピトーを少し強く抱き寄せると、ピトーは口を綻ばせて言葉を漏らした。
「子供でラグビー試合をするニャ……」
いや、30人はちょっと相当頑張らないと……なんだその寝言は……起きてないよなピトー?
それにピトーらしいと微笑ましい気分になっていると、枕元の電話が鳴り、静かに出るとフロントから、クラピカくんとイヴちゃんが戻ってきて会いたいとの連絡だった。
そのため、それに了承し、ピトーは寝かせたまま服装を正して出迎える準備をしてリビングに戻ったところで、インターホンが鳴る。一応、確認すると備え付けのモニターと円で確認すると、紛れもなくクラピカくんとイヴちゃんであり、念で誰かが化けているようなことはない。
「あいよ」
「………………」
玄関を開けると神妙な表情で姿勢を正しているクラピカくんと、何故かジト目で俺を見つめてくるイヴちゃんが目に入りハテナが浮かぶ。
「貴方を世界最高峰の念能力者と見込んで折り入って頼みがある」
その前口上と、イヴちゃんの大変不満げな表情で全てを察した俺だったが、特に何も言わず、そのまま最後まで話を聞くことにした。
「私を念能力者として貴方の弟子にしてくれ!」
そう言って深く頭を下げるクラピカくん。そして、彼が上げたときに交えた瞳には、決意に満ち溢れた色と、後ろ暗い復讐心を抱いた炎の揺らめきが見えた。
「……とりあえず、幻影旅団と商売上で繋がりがあると言われた上で、わざわざ俺に師事を仰ぎに来た理由をまず聞こうじゃないか」
俺は小さく溜め息を吐いてから、問題を抱え込んできた二人を部屋の中に招き入れることにした。