三次試験は次回になります。
『それにしても、その試験課題はちとキビシすぎやせんか?』
最終的に二次試験の合格者が俺とピトーのみで何故か終わったところ、ひとりの受験者が目に見えて怒り出し、試験官に襲い掛かったが、ブハラさんに一撃で吹き飛ばされることがあった。
メンチさんはそのまま、二次試験の通過者二人で終わらせようとしたところ、ハンター協会の審査委員会の飛行船が来て待ったを掛けたのである。
そして、飛行船からは今の声の主である白髪の老人が、飛び降りて着地した。
「誰ですかニャ? あのお爺さん」
「ハンター協会会長のアイザック=ネテロだ。一応、それなりに知り合いではあるな」
ピトーにネテロ会長について説明していると、ネテロ会長はメンチさんと話し合い、試験内容に問題があり、審査不十分なのではないかということを問い、メンチさんはそれを受け入れて反省の言葉を口にしていた。
そして、二次試験は新たな課題を執り行い、それをメンチさんに実演してもらうとのことである。
そこまで言い終えたところで、ネテロ会長は俺と目を合わせて口を開いた。
「合格者の二人は新しい試験はせずとも二次試験は通過しているという扱いでいいかの? 例年ならこのまま合格でもよいのじゃが、二次試験の前半で70名も残っておるからのう。ハンター試験は若い芽を摘むものではないんじゃ、クートくんよ」
全くこの人は口が上手いというかなんというか、まあ知り合いだからこその多少の軽口と感情論であろう。無論、それを無下に出来るほど俺は無神経でも傲慢でもない。
「こちらに聞くようなことではありませんよ。未知のものに挑戦する気概が問われていたのなら、最初から寿司が何か知っていた俺とピトーは反則……は言い過ぎにしても評価外みたいなものです。合格理由もほとんどは味ですからね。なので我々は審査委員会の総意に従います。ピトーもそれでいいな?」
「このままゴネて僕たちだけ合格になってもつまんないしねぇ」
というわけで、試験はメンチさんが茶碗蒸しに使った湯呑みに目配せした後、クモワシの卵を採ってゆで卵にすることとなり、最終的な二次試験の通過者は42名になった。
◇◆◇◆◇◆
三次試験に向かう飛行船内の一室で、一次試験の試験官のサトツ、二次試験の試験官のメンチとブハラが集まり、食事をしながら今回のハンター試験についての話をしていた。
「ねェ、今年は何人くらい残ると思う?」
「合格者ってこと?」
「そ。中々の粒ぞろいだとは思うのよね。一度ほぼ全員落としといてこういうのもなんだけどさ」
「でも、それはこれからの試験内容次第じゃない?」
「そりゃま、そーだけどさー。それでも結構いいオーラ出してた奴いたじゃない?」
「あの二人とか?」
「念って意味じゃないわよ。いや……アレはなんかもう違うじゃない。最強のヒヨコを決める会場に、ヒヨコって名前の恐竜が紛れ込んでるようなもんよ……」
「けれどあの二人、ものすごく美食ハンターの才能あったよね……」
「流石に誘う気になれないわ……」
「ふふっ、クート様が美食ハンターですか」
サトツが冗談めいた笑いを溢したことで、メンチとブハラは目を丸くした。
「失礼。確かに最初はあの方々二人で、私の後ろにぴったりついて来られていたので、生きた心地がしませんでしたよ」
「うわぁ……なにそれ嫌過ぎる……」
あの禍々しく巨大なオーラをふたつ背後に感じ続けていたのならば、並の念能力者なら発狂しても可笑しくはないだろう。しかし、サトツの明るい表情からはそういった様子は全く見られない。
「ですが、あの方々。会話がずっとほのぼのしていたと申しますか、一次試験の前半では公共マナーやジャポンの歴史についてクート様がピトー様に教え、後半ではずっとしりとりをなさっていました。思い切って私が話し掛けると、朗らかで丁寧に返答して下さいまして、人は見掛けによらないということを改めて感じましたね」
「………………」
二次試験で、ナマズの焼き寿司と松茸寿司を作り、勝手に茶碗蒸しも作っていた彼らを思い出し、メンチは閉口した。そして、よく考えてみればエプロンを使っていたのもあの二人だけだったような気もしてくる。そう考えると、わりといい方々だったのではないかと多少感じ始めた。
「まさか、魔人とまで呼ばれた元特Aランクの賞金首――クート・ジュゼルの今の姿があのような毒気のないものだとは思ってもみませんでした」
「そうだねぇ」
「え゛?」
「えっ?」
「はい?」
ピシリと固まり、フォークに刺していたトマトを皿に落とすメンチに、ブハラとサトツの視線が集まった。
「クートって名前が同じだけの他人じゃなかったの……?」
「ええ……いや、ほらメンチ。副会長から直々に手紙で通達があったじゃないか。異様なオーラの方を持ったクート・ジュゼルがいるけど、司法取引を終えて出所してからは目立った犯罪も起こしていないし、根は真人間だから心配しなくていいっていう内容の奴」
「顔写真も同封されておりましたね」
「しばらく秘境にいたから、家に帰って無くて、そのままの足で試験官になったのよ私……」
つまり、副会長の手紙は家のポストにあるか、ハンター協会の審査委員会にでも保管されていることだろう。要するにメンチはクートが本物であるということを知らなかったのであった。
メンチの口からそれを聞いたブハラは小さく笑い、サトツも微笑ましいものを見るような笑みを浮かべていた。
「――気づかないわよ!? どう見ても私よりひとつふたつ上ぐらいの年齢にしか見えなかったわ!?」
「まあ、念能力者だし」
「きっと、ビスケット=クルーガー様のように外見年齢を若く保つ何かしらの念能力をお持ちなのでしょう」
三人の試験についての会話はしばらくクートの話題で持ちきりであった。
◇◆◇◆◇◆
「おっ部屋♪ おっ部屋♪」
「ふふ、転ぶなよピトー」
三次試験に向かう飛行船の中、スタッフに聞くと三人部屋があるというのでピトーと向かった。ピトーはとても嬉しそうにスキップしており、見ているだけで幸せになりそうである。
そして、鍵を使って扉を開け――。
「やあ、こんにちは♡」
先に部屋に居た奇術師のような格好をした男に笑顔で出迎えられた。一次試験で試験官に化けようとした猿を始末した方である。
「……………………なにこれ?」
思わず真顔になるピトーというレアなもの見れたが、冷静に考えると三人部屋なので先客がいても何も可笑しくはないことに気付き、特に不思議なことではないという結論に至った。
うん、まずはキチンと挨拶からだな。
「こんにちは、俺はクート・ジュゼル。こっちは俺の連れで魔獣のピトーだ。よろしく頼むよ」
「これはこれは、どうも丁寧に♢ 僕はヒソカ=モロウさ♣」
「ちょっと主様……?」
「ん?」
ピトーが俺の服を掴んで少し引き、見れば部屋の外で話がしたいと目で訴えていたので、ヒソカくんに了解を取って部屋の外に出た。するとピトーは少し困り顔で口を開く。
「主様、アイツ明らかにヤバい奴ですニャ。それに主様も、アイツがハンター試験が始まってからずっとこちらに殺気を飛ばしていたことは気付いていましたよね? 殺しておいた方が今後のためニャ」
ふむ、どうやらピトーはヒソカくんに寝首を掻かれるのではないかと危惧しているようだ。それを聞いて、やはりまだピトーは人生経験がまだ浅いと確信し、思わず頭を撫でてしまった。
ちゃんと安心させてあげないといけないな。
「大丈夫だよピトー。俺の経験上、あの手の手合いは虐殺は楽しんでも、自身のプライドに反する卑怯な殺しを理由もなく自分から絶対にやらないのさ」
「……そうなんですかニャ?」
「ふふ、俺を誰だと思っているんだ? 元世界最低最悪の盗賊集団、クート盗賊団の首領だよ。ああいうタイプは、団員にごまんといたさ。俺に挑む為だけに入団して来るような奴もね」
「そういうときはどうしていたんですかニャ?」
そのピトーの質問に"もちろん"と区切ってから笑顔でピトーに答える。
「みーんな、
「やっぱり、君が本物のクート・ジュゼルか♥」
するとヒソカくんがいつの間にか話を聞いていたようで、背後を見ると扉に背中を預けていた。その表情は殺意と恍惚が入り交じったような顔をしており、なんても筆舌に尽くしがたい。
「会えて光栄だ。そのオーラ……ぞくぞくする。是非とも殺り合いたい♧」
「ははは、止めた方がいい。今の俺はハッキリ言って最も弱い状態だからな」
「へぇ……それはコンディション的な意味?」
「いいや、文字通りさ。この
「へぇ……それ以上があるんだね……それは楽しみだ♠」
「ま。この話は一旦終わりだ。とりあえず、ハンター試験を通過する方に今は取り組むべきだろう。ああ、それでヒソカくんさ、ご飯食べる? クモワシの卵とグレイトスタンプの肉がまだ余ってるから、親子丼ならぬ他人丼でも作ろうと思うんだけど? 後、茶碗蒸しも残ってるし」
「それじゃあ、ご好意に預からせて貰おうかな♡」
「あ、主様……ど、どういう環境で生きてきたらそうなるんだニャ……?」
なにやらピトーが言っているが、とりあえずこの言葉を贈ろう。
エンジョイ&エキサイティング。何だって楽しまなければ損だということが、この世界で40年以上生きてきた俺の座右の銘である。
◆◇◆◇◆◇
「おお、さっきぶりじゃなクートくん」
時間にして、午前4時半頃。トイレに起きて、済ませてから戻るとタンクトップにパンツという偉くラフな格好をしたネテロ会長に声を掛けられた。
微妙にオーラの質が落ちているところを見ると、徹夜をしていたのだろうか。ネテロ会長ほどの年齢の方に徹夜をさせるハンター協会をブラックと思うべきか、ネテロ会長が若々しいと思うべきか……まあ、後者の方が皆幸せだな。うん。
「おぬしがハンター試験を受けると、パリストンから聞いたときは三度は聞き返したぞい」
「ははは、俺も今さらハンターになる気なんて特に無かったんですけどね。事情が変わったという程でもないですが、なりたい理由ができたと申しますか――」
「あの娘かの?」
「ええ、そうですね。彼女は魔獣なんですがその……俺の婚約者になるんです。それで彼女は戸籍を持っていないので、自分で綺麗な戸籍を取って、俺と結婚したいらしくて。俺はその付き添いですよ」
「若いのぅ……」
「まあ、貴方に言わせれば皆若いでしょうなぁ」
「主様ぁ……」
ネテロ会長に
「ピエロと二人にしないでくださいにゃぁ……」
「お、おう……悪かったな。すぐに戻るからベッドに戻っててくれ」
「ふぁい……」
促すとピトーはふらふらとした足取りで部屋に戻って行く、ネテロ会長はその背中を見つめて、少しだけ考える素振りを見せてからポツリと呟いた。
「うーむ……やっぱ、あの娘――ワシより強くねー?」
「奇遇ですね。俺も自分自身でそう思いますよ」
いや、だってアレ生まれつきあんなオーラしてんだもの。流石に俺だって子供時代はただの人間だったぞ。
そんなことを考えながら登り始めている朝日を眺め、複雑な気分になるのだった。