「指揮官、セックスに興味はありませんか?」
おおっと、今日は朝からトばしてるな。何かいいことでもあったのかな?
グリフィン&クルーガー社が治める地域の一区画、とある支部内。朝の身支度を終えた俺が司令室に足を運んだ矢先、既に到着していた本日の副官から開口一番飛び出してきた台詞がこれだ。言葉だけで行動に表れていない分、全然平和な滑り出しである。この調子なら今日は恙無く業務を終了出来そうだ。うーむ、実にいい朝だな。
俺の顔を見るなり実に柔らかい笑顔を浮かべ、絶世の美女と評して差し支えない表情で言葉を投げ掛けてきたスプリングフィールドM1903。うちではハルさんと呼んでいるが、彼女は今の発言が実に当たり前であるかの如く平然としている。
別にハルさんの頭がおかしいだとか言うつもりはない。この支部にとってこれは平常運転なのである。言葉だけで終わっている分彼女はまだ全然平和なんだよなあ。俺の基準が既に大分おかしいことになっている気がしないでもないが、それでもそれなりの期間このような環境に身を置けば認識も変わるというもの。いいんだようちはこれが普通なんだから。
「おはようハルさん、今日もいい天気だな」
彼女の言葉とのドッジボールを演じ、俺は指揮官デスクへと向かう。ハルさんはハルさんで俺の返答に対し何ひとつ表情を変えぬまま、司令室内では普段通りの日常が始まろうとしていた。
さて、と。今日の予定を確認しよう。ざっと書類に目を通すが、今日は確か第三部隊と第五部隊が遠方の後方支援から帰ってくる日のはずだ。皆錬度は高いからそこまで心配はしてないが、とにかく元気な姿で帰ってくることを願う。
「ただいまー。指揮官、今日は私と一緒に寝るんでしょ?」
「ただい……違うよぉ、指揮官は今日、私と一緒のお布団で寝るんだ……!」
「はいおかえり。俺は今日も一人で寝ます」
とか思ってたら帰ってきたわ。第三部隊隊長のM249と、第五部隊隊長のG11が互いに歩を合わせて足を進めてきていた。同時に投げ掛けられた言葉を半分条件反射で躱し、報告書を受け取る。
どうでもいいけどお前らニコニコしながら片手で殴りあうのやめてくんない? あっM249のボディブローがいい角度で入った。こいつら二人だと身長差があるもんな。でもどっちが勝っても俺は君たちと同衾しません。修復費用もタダじゃないんだぞ、程ほどにして欲しい。
「ふふ、お帰りなさい。でも喧嘩はダメですよ、指揮官は私のものですから」
「うん、喧嘩は止めてほしいけど俺は誰のものでもないからね」
いきなり飛び道具を出してくるんじゃない。副官用のデスクで書類整理をしながら、片手間にデッドボールを投げてくるハルさん。彼女一人だけならまだ平和なんだが、ここに複数人が絡むと途端に面倒くさくなる。ことあるごとに正妻チックな牽制球を投げてこないでほしい。心配しなくてもそこにランナーは居ませんよ。
ハルさんもM249もG11もだが、こいつらはうちの主力面子の一員である。というか、うちの支部にはほとんど錬度が極まった人形しかいないもんだから、そういう意味では割と平和だ。支部内での実力差というものがこの支部にはほとんどない。無論、銃種の違いや得意分野の違いでの差は出るが、一方的なイジメもないし、グループや派閥といったものも俺が認識している限りでは存在しない。実にいいことである。
中には他所の支部からこっちに異動してきたやつもいるし、俺が一から育てたやつも居る。だが、そのどれもが一切の例外なく、強さを手に入れると同時に大切な何かを落としていった。ハルさんなんて最初は凄く御淑やかで理想的なお姉さん、みたいな感じだったのに、今ではうちの支部でも指折りの速球派である。コントロールはすこぶる悪いのが玉に瑕だけど。
「指揮官、こちらの書類、分類終わりました。ところでまだ朝のキスを頂けておりませんが」
「ありがとうハルさん。あとうちにそんなルールはないです」
勝手におはようのチューを日常業務にしないでほしい。一回もしたことないでしょ。まあ言うだけで実害はないから俺も強くは止めていない。ていうか諦めた。何度言っても直らないし、最初は何か変なウイルスでも拾ってきたのかと思い、ペルシカリアのところで検診させたがダメだった。I.O.P社製の戦術人形は先天的なバグでも抱えているのでは? と疑問に思ったこともある。でもどうやらこれが普通らしい。だから俺も普通軸を合わせることにした。
そんな実に平和な毎日を過ごしてはいるものの、前線指揮官という立場上、やることはデスクワークだけってわけでもない。バグった鉄血人形どもを片付けるのも大切なお仕事だし、M249やG11が行っていたような支援任務も大事だ。
でも大体そういうのはさくっと終わってしまう。だってこいつら強いし。
繰り返すが、うちの支部に居る連中は皆錬度が極まっている。この前は近場にハイエンドモデルが軍勢を率いてきたとかでうちからも複数の部隊が出撃したが、M249の部隊が周囲の雑魚ともども地形を変えていたし、G11率いる第五部隊がそのハイエンドモデルを文字通りの蜂の巣にして終わった。多分作戦経過時間で言えば10分くらいじゃなかったかな。
まあそれくらいうちの支部周りは平和だ。出撃はさくっと終わるし、後はのんびり書類仕事と地区の治安維持に洒落込んでいる毎日である。地域の住民もうちの戦術人形の強さとおかしさを十分に理解しているから、早々馬鹿は起こさない。実にいいことだ。
「くそ……油断した……!」
「っしゃ! ふぁーあ……ねむ……。指揮官、一緒にお布団いこ?」
おっ、G11の繰り出したショートアッパーがM249の顎を捉えたぞ。どうやらこれで決着だな。おめでとうG11、お前が勝者だ。後は勝手に一人で寝ててください。残念ながら俺にはまだ仕事が残ってるんだ。
「指揮官! また浮気!? もう容赦しないんだからな!?」
「してないしお前と付き合ってもないから宿舎に帰れ」
「浮気ではありません。正当なお付き合いです」
うわ、肉体派が来たぞ。口に咥えた飴玉を吐き出しかねない勢いで叫びながら、AA-12が司令室にダイナミックエントリーだ。こいつも戦場では頼もしい一人なんだが、強くなっていくと同時に勝手に嫉妬に狂うようになってきたから性質が悪い。俺がいつお前とそういう仲になったんだよ。ハルさんはいちいち反応を返さないで。ほんとこの人他の戦術人形が絡むと面倒くせえな。
「とりあえず俺には仕事があるから君たち出てって。邪魔」
「酷い! 暴力反対!」
「いや別に殴ってないでしょ」
「精神的体罰だー!」
「うるせえ帰れ」
あーもう。こいつハルさんや他の連中と違って食って掛かるから面倒くさい。他の人形ならスルーしながら書類仕事も進められるんだが、AA-12は僅かながらの実害を伴ってしまう、仕事中はちょっと迷惑なやつなのである。
「ごめんハルさん、あの子つまみ出してくれない?」
「はい、畏まりました。お礼に今夜はお付き合いくださるということでよろしいですね?」
「なにもよろしくない」
くそぅ、人選が悪い。というかまともな奴が居ない。その中でもハルさんがまだ一番マシだから彼女に頼るしかないんだけど。
「指揮官さま! 本日のセール品の避妊具は如何ですか!? 今ならなんと、試供品としてこの私もセットでついてきますわ!」
「要らないし買わないからちゃんと資材管理しててくれる?」
押しかけてきたカリーナともども、中に居る戦術人形たちを司令室の外にやんわりと押し出し、勢い良くドアの内鍵を閉める。
よし、仕事しよう、仕事。
ハルさん:支部のエース。頭おかしい
M249:ばら撒き部隊のエース。かわいい
G11:打撃部隊のエース。かわいい
AA-12:押し掛け妻。かわいい
とりあえず思いついたから書いてみようと思いました。
たまに頭ゆるゆるなやつ書きたくなりません? ぼくはなります。
ちょっと頭がゆるくておかしい日常を見てみたい人は感想を書きましょう。
おじさんとの約束だ。