ドールズふよんよライン   作:佐賀茂

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どんどん頭ゆるゆるにしていくから皆ついてきてくれよな。


戦略的撤退も立派な策です

「指揮官……指揮官、旦那様、貴方様、あなた……どの呼び方が一番適切なのでしょう」

「そこは普通に指揮官じゃないと色々と困る」

 

 ある日の午後。いつも通りハルさんに書類整理をお願いしながら毎日膨大に生み出される紙の束と格闘することしばし。これまたいつも通りエンジンが掛かり始めた彼女の軌道修正を図りながら、指揮官業務に精を出している時分。

 普段ならはた迷惑な誰かが突撃してきてもおかしくない頃合だが、今日の司令室は実に平和だ。まあ如何に彼女たちがちょっとだけ普通とは違う人形とは言え、毎日毎日まったく同じことを繰り返しているわけではない。その日の気分というものもあるだろうし、何より彼女たちも労働力の一つなのだから、常に暇を持て余しているわけでもないのだ。

 

 基本的にどこか頭のネジが一本どころか百本くらいぶっ飛んだ人形ばかりのこの支部ではあるが、そのぶっ飛び方と危険度合いというのは人形ごとに異なる。

 

 ハルさんなんかはぶっ飛び方こそかっ飛ばしているが、その危険度で言えばかなり低い。実力行使に出てくるタイプでもないし、あしらい方が多少雑でもマイナスにはならない。また、M249やG11なんかも全体的に大人しい方だ。あいつらはどっちかといえば搭載されている擬似感情モジュール自体がちょっとだらしないだけであって、言動そのものに大きな問題があるわけじゃあない。問題がないとは言えないが。ただ、戦闘以外はからっきしダメだから内務のお手伝いには不適格だけどね。

 一方、ちょっと警戒が必要なのはAA-12やUMP45といった面々だ。仕事をする上で彼女たちは時に弊害になり得る。しかし、別に俺の邪魔をしようだとか、そういう悪意を持っているわけでもないからまだマシだ。ほんの少しばかり、感情のコントロールがへたっぴなだけなのである。それはそれで問題でもあるんだけども。

 

「そうですね、やはり指揮官という呼び方が一番しっくり来る気がします。他の呼び方はやはり、蜜月を共にしてからにしておきませんと」

「その時は多分一生訪れないから安心して」

 

 今日のハルさんはなんだかエンジンの掛かり方が緩やかである。いつもこうだったら仕事も効率よく進むんだがなあ。多分乱入者がいないからだろうな。彼女はどちらかといえば他の人形とシナジーを形成して面倒くさくなるタイプだから、一人を相手にする分には楽なものだ。このまま今日という日を平穏に終えられますように。

 

 そんな感じで一癖も二癖もある連中が揃いも揃っているこの支部だが、そんな人形たちの中でもブッチギリで危険度の高いやつ、いわゆるやべーやつというのは少ないながら存在する。流石に俺の命を脅かす類のものではないが。

 そもそも如何に普通とはちょっと異なると言えど、人間に直接的な危害を加えるような人形は流石に初期化されるか廃棄処分がオチだ。俺としても大体のことは許しているし自分でも懐の深い方だとは思うが、そのレベルを許容出来る程じゃないしな。

 

「ただいま指揮官! 今日こそ私に惚れてもらうわよ!!」

「ハルさん!! 防御態勢ッ!!」

「畏まりました!」

 

 アカン! やべーやつが帰ってきよった! やっぱり変な考え事したらだめだな、マイナスの思考は更なるマイナスを呼び寄せてしまう。

 勢い良く司令室の扉をぶち開けたそいつ、Five-seveNは勢いそのままにぶっ飛んだ台詞を吐き出しながら俺の居座るデスクへと吶喊する。すかさず俺は副官であり最終防波堤であるハルさんに防御を指示。ハンドガンらしい素早さを活かしたチャージを、ライフル型とは思えぬ速度で割り込みを果たしたハルさんががっちりガード。

 結果、互いの手を正面で組み合うがっぷり四つが完成した。

 

「くっ……! この清楚系オープンスケベ女め……! 邪魔よ、どきなさい!」

「指揮官の下へは行かせません。そして指揮官の貞操は私のものです!」

「守ってくれるのはありがたいけど俺の貞操は君のものじゃないんだよなあ」

 

 別に俺童貞でもないんですけど。しかしそれを今主張したとて何の解決にもならないので、俺は黙って二人の戦闘を見守る外なかった。

 ギリギリと音が鳴りそうなほどに張り詰めた二人の両腕。スプリングフィールドM1903を扱うハルさんの義体性能はかなり高いのだが、高々ハンドガンタイプの人形がその膂力と張り合っているというのは驚くべき事態だ。これが意味の分からないいがみ合いでなければどんなに素晴らしいことだったか。

 

 弊支部のやべーやつ筆頭、Five-seveNは何も俺の命を狙っているわけではない。ただ単に俺に好かれたいだけだというのは割と昔から判明している。好かれようとする手段がちょいとばかし、いやかなり過激なだけだ。こいつ強引に既成事実を作りにくるのであぶない。

 

「指揮官! どうして惚れてくれないの!? 私なんかよりこの18禁脳内お花畑ライフルがいいっていうの!?」

「失礼な。私と指揮官は将来を誓い合った仲です。貴方の入り込む隙間こそありません」

「誓い合ってないしFive-seveNの脳内も大概ヤバいと俺は思うんだが」

 

 お前のそのボキャブラリーはどっから出てくるんだよ。よくもまあそこまで同僚の戦術人形をソッチ方面に貶せるものである。そしてある意味脳内妄想で終わっているハルさんよりも実力行使に出ようとしているFive-seveNの方が明らかにヤバい。本人にその自覚が露ほども存在していないのがヤバさに拍車をかけている。

 そんなやべーやつらから俺の身と精神を守るためにも、ハルさんの存在は重要なのだ。彼女はうちに所属している戦術人形の中でも全てがハイスペックに纏まっている。ライフルらしからぬ機動力も先程披露した通りだ。

 彼女たちに俺を傷つける意図はないとは言え、俺は人間でこいつらはアンドロイドである。単純なパワー差で言えば勝ち目がない。無理やり組み伏せられてしまえばただの一般人である俺では抗うことは難しい。

 

 しかし困ったことになった。こういう事態を招かないために、Five-seveNには結構な頻度で遠征をお願いしているのだが、多分こいつ作戦が終わった後ダッシュで帰ってきたな。任務には当然彼女一人が従事しているわけではないので、同僚となる小隊メンバーが居るはずであるが、他の連中は未だ顔を出していない。ハンドガンの機動力をそういうところに使うんじゃないよ。

 今のところハルさんが抑えてくれているが、このままじゃ仕事どころではない。至近距離でこんなのを眺めながら優雅にデスクワークを遂行出来るほど俺のメンタルは図太くないのだ。ここは誰かの増援を期待したいところだが、人選によっては更なるカオスを巻き起こされかねない。なんだこの地獄行きのあみだくじは。どこを引いても暗い未来しか見えないぞ。

 

「……ちぇっ! 今日は日が悪いわね、諦めてあげるわ……!」

「出来ればそのままずっと諦めてて欲しい」

 

 よかった、今日は彼女の機嫌が少し良いらしい。ハルさんとの力比べから程なく、徐々に強張った肩を解していくFive-seveN。それにあわせてハルさんも一息付いたようだ。期待出来ない増援に頼ることなく、突如巻き起こったハリケーンは鳴りを潜めようとしていた。

 くそう、今日は何事もなく執務を終えられると思ったのに、とんだドタバタになってしまった。ていうかさっきのチャージでデスク上の書類が散らばってしまっている。ああー折角順番どおり並べてたのに。かなしい。

 

「指揮官さま! 本日はこちらの精力剤など如何でしょうか! 効力抜群ですよ! そして今ならなんと、私の身体で効果を実感していただけるサービス付きでございますわ!」

「カリーナ! それを指揮官に飲ませて! 早く!!」

「飲ませるのは吝かではありませんが、お相手は私スプリングフィールドがお勤め致します」

 

 アカン、やべーやつにやべーやつが加わってやべーことになった。

 

 よし、今日の仕事は諦めるか。

 俺は足早に司令室を後にする。いやあ、全力疾走は久しぶりだなあ。




Five-seveN:既成事実ヤクザ。かわいい


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おじさんとの約束だ。

そしてやっぱりハルさんは欠かせない存在になってしまった……

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