さて、これからどうしたものかなあ。まだ業務を終えるにはちょいと早い時間帯ではあるし。
司令室に訪れたやべーやつと、そこに加わったやべーやつによって巻き起こされたやべー事態に対し、俺が打てたのは逃げの一手。前線指揮官なんて役職を貰っちゃ居るが中身は普通の人間だ。あんなイベントに対応出来るほど俺は強くないからな。
とりあえずあの地獄から切り抜けてきたのはいいものの、じゃあどこに向かおうかと言えばちょっと悩みどころだ。無論支部の内観は把握しているが、普段は司令室、私室、食堂くらいしか出歩かないものだから意外と選択肢に困る。私室に引き揚げるにはまだ早すぎるし、食堂に行くにしてもさっき昼飯を食ったばかりなもので特に用事もない。
「指揮官? どうしたのよ、こんなところで」
「んん? ああ、FALか。ちょっとな……」
どうしたものかとふらふらと廊下を歩いていると、先程突撃をかましてきたFive-seveNの小隊メンバーであるFALが、こちらに向けて声を掛けてきていた。
FALは基本的にデキる女である。頭のおかしい戦術人形が多い、というか何故かおかしいやつしか居ないこの支部ではあるが、その中において彼女はかなりまともだった。いきなりトチ狂った発言をするわけでもないし、勝手に嫉妬に狂うこともないし、積極的に既成事実を作りに来たりしないし、無言で甘えてくるようなやつでもない。
「あー……またFive-seveNの奴がやらかしたのね。ご愁傷様」
「そう思ってくれるならもうちょっと彼女の手綱をちゃんと握ってほしい」
そして、何故指揮官である俺が真昼間から一人廊下を歩いているのか、その原因にアタリを付けられるくらいには優秀である。うちの支部では数少ない、副官適正を持った戦術人形なのだ。
「嫌よ、面倒くさい。ああ、ネクタイが曲がってるわよ。ほら」
言うが早いか彼女は俺の方へ歩み寄り、制服の一部である黒いネクタイへ腕を伸ばす。
「そういえば貴方今日のお昼は? ちゃんと食べてるの?」
「ちゃんと食ってるしミリ単位でネクタイを調整するのをやめなさい」
ネクタイに手をやりながら矢継ぎ早に言葉を繰り出してくるFALをいなし、やんわりとその手を退けようとする。一応善意でやってくれていることは分かっているので、強く払ったりはしない。
「指揮官がしっかりしてないと示しがつかないでしょうに。ああもう、良く見たらシャツも少し皺がよってるじゃない。ちゃんとしなさいよまったくもう……」
「俺は君たちの上官であって旦那さんでも息子でもないんですけど」
これである。
繰り返すがFALはかなりまともな部類だ。ただ、ハルさんのようにアッチ方面にかっ飛ばしてこそいないものの、ハルさんとはまた違った正妻オーラを隠すことなく曝け出しているので非常にやり辛い。ことあるごとに俺に理解のある、けれどちょっと口うるさい、デキる奥様ムーブを仕掛けてくる。その気遣いはもうちょっと違うところで発揮して頂きたい。具体的には俺への被害を抑えるためにFive-seveNの手綱を握るとか。
これだけならFALはほぼ無害で良識的な人形なのだが、問題はFAL個人というよりもFALを近場に置いた場合に発生する他の人形のリアクションである。ハルさんもそうだが、AA-12とかUMP45とか、FALの余裕癪癪な正妻ムーブにあてられて他が発狂しちゃうのである。もうそうなると司令室が途端に阿鼻叫喚の地獄と化す。人選という意味でFALはほぼ最適解だが、その解答が齎す余波がシャレにならない。
そんなわけで結果としてあまり俺との距離が近くないFALだが、傍から見ている限り俺以外への対応は塩と言うほどではないものの極めて事務的だ。先程Five-seveNについて面倒くさいと一蹴した通り、些か俺以外への興味が薄過ぎるきらいがある。昔はそんなでもなかったのにどうしてこうなった。強さと引き換えに他者への興味を失ってしまったのだろうか。不可解が過ぎる。
「あ、指揮官だー。お菓子ある?」
「残念ながら持ってないので早く宿舎に帰りなさい。あと痛い」
「ふぇー。ふぉふぁひふぁいふぉー?」
至近距離に居座るFALをどうにか遠ざけようとしていると、背後からまた別の声が投げ掛けられた。振り返らなくとも分かる。Five-seveNやFALと同じ小隊に属するFNCだろう。その証拠にお菓子がないと見るや俺に噛み付いて来ている。お菓子の代わりに俺で満腹中枢を刺激するのは止めろと何回も言っているが一向に聞く耳を持ってくれない。
「ちょっとFNC、やめなさいよはしたない。指揮官の服が涎で汚れちゃうじゃない」
「せめてもうちょっと俺の身を心配してほしい」
「ふぁあー」
がじがじと噛まれ続ける俺を尻目にFALがやれやれといった様相で零す。まあFALが諌めた程度で収まってくれるのであれば、今こいつは俺に噛り付いていないわけで。ただ、これを果たして甘噛みと言っていいのかは疑問が残るが、本気で噛み千切ろうとしていないだけ全然マシではある。
以前、配給のお菓子がすっかり底を付いてしまった時はマジで焦った。この支部に於いて、菓子の貯蔵は俺の生命に直結するのだ。流石に彼女もそこまで本気で俺を喰らうつもりはないようだが、長らく菓子切れを起こした時のFNCはかなり強い。主に顎の力が。
何もお菓子でなくとも食堂に行けば食事自体は取れるはずだが、本人曰くそれはどうやら別腹らしい。俺には基準がよく分かりません。
「で、貴方今日はこれからどうするのよ」
「それは俺も今悩んでる」
「ふぇああー」
FNCの噛む力は今日は大分大人しい。これなら放っておいても実害はないだろう。
しかして、問題の根本が解決されているわけではなかった。俺とて仕事を投げ出したくはないが、今の司令室はとても仕事が出来る状況にない。Five-seveNもあれで戦術人形としてはちゃんとしているから、何か業務を振り分ければ動いてくれるのだが、その仕事は司令室の中だ。今どうなっているかは分からないが、それを確認しに行くにはあまりにもリスクが大きい。
「仕方ないわね、私が様子を見てきてあげるわ。貴方が仕事出来ないと皆困るわけだし」
「すまんな、助かる」
「ふぃふぇふぁふぁふぁーい」
こういう時のFALは物凄くありがたい。俺以外への興味が薄い彼女だが、それは逆に言うと俺に関することであれば動いてくれるということだ。あとついでにFNCも剥がしてくれると尚のことありがたいのだが、そこまで期待するのはちょっと酷というものだろう。
「いいのよ、私と貴方の仲でしょ? まったくもう……」
「チラッチラ見てないで行くならさっさと行って欲しいんだが」
こういうところさえなければ完璧なのにな。
「はいはい、分かりましたよ、と。それじゃちょっと見て来おぶっ!!?」
「指揮官! こんなところに居たのね! さあこれを飲んで! 早く!!」
「FNC!! お菓子は後でやるから離して! 早く!!」
「ふぇあ?」
廊下の曲がり角から突如エントリーしてきたFive-seveNの弾丸タックルをまともに浴びて、FALが吹っ飛んだ。アカン、あれはよくない吹っ飛び方をしている。怪我とかしてないといいんだけど。ていうかアサルトライフル型の人形を不意打ちに近い形とは言え一方的にぶっ飛ばせるハンドガンってなんだよ。意味が分からない。
ていうかヤバい。ハルさんとの力比べで落ち着いていたFive-seveNだが、カリーナが齎した爆弾で案の定復活してしまっていた。今ここにハルさんという防壁は無いし、FNCを壁とするには余りにも荷が勝ちすぎている。とっととトンズラこきたいところだがFNCが俺に噛り付いているために身動きが取れない。あれ、これはもしかして詰んだのでは?
ダダンッ!
突如鳴り響いた銃声が、Five-seveNの勢いを削ぐ。ハンドガンらしい機動力で咄嗟に身を躱したFive-seveNが睨みつける先、俺の背後からは銃声を鳴らした張本人が、呆れを乗せに乗せた声色で言葉を紡いだ。
「久々に近くに来たもんだから挨拶でもと思ったら……相変わらずだな、アンタのところは」
振り返るとそこには眼帯で片目を覆った、黒髪に黄色のメッシュが眩しい勝気な戦術人形。先程の銃声の正体を右手に抱え、戦術人形には似つかわしくないチタンを思わせるブレスレットが電灯の灯りを反射し鈍い輝きを放っている。
こんな俺でもその名前と活躍は十二分に耳にしている、グリフィン&クルーガー社の誇る絶対的エース、M16A1が何とも言えぬ表情を盛大に晒し出していた。
FAL:世話焼き通い妻。かわいい
FNC:お菓子大好きっこ倶楽部会長。かわいい
AR小隊はこの支部に所属していません。だってここ脇役支部だもん。
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おじさんとの約束だ。
今回ハルさんもカリーナも出てない……おかしい……あの二人が居ないと始まりと終わりが難しい……