「……何しに来たのよ、M16」
「なんだ、聞いてなかったのか? 近場に寄ったから挨拶に来ただけなんだが」
「ふぇふぁふぁほー?」
「FNCはいい加減噛むのを止めてほしいんだけどなあ」
咄嗟のところで銃撃を躱し、数歩距離を置いたFive-seveNが忌々しそうな表情と共に投げ掛けた声。それを受け取ったM16A1もまた、その眼力をものともせず飄々と返しの言葉を発していた。というかFALは大丈夫だろうか。反応がない。
M16A1。AR小隊と呼ばれるグリフィンのエリート小隊に所属している戦術人形だ。普通戦術人形というものは小隊レベルで一緒に動くのだが、今日は彼女一人で現れている通り、AR小隊は単独行動も時々行っている。まあそれを許されるくらい強いってことなんだけど。
彼女が近場に寄っただけと言う通り、AR小隊はうち所属の部隊じゃない。他所の支部の人形である。向こうの指揮官様のご厚意もあって、昔ちょろっとうちの人形の訓練を手伝ってくれて以来、薄いながら縁が出来ている。ありがたいこってす。
ちなみに詳しくは知らないが何やら特別仕様らしく、オリジナルは彼女一人だけだそうな。戦術人形って要は商品だから、同じ見た目の奴が何人も居るのが普通だと思ってたんだが、どうもこいつらだけは例外らしかった。
AR小隊には四人が所属しているらしいが、その誰もがバチクソに強い。人形たちの錬度は最適化工程というシステムで可視化されるのだが、その数値はほぼ同じのはずなのに、うちの連中は訓練でまともに勝てたためしがない。多分、横に並んで的当てさせればそう大差はないと思うのだが、特に模擬戦なんかではその動き方がキチガイ染みている。本当に同じ戦術人形なのか疑問に思うくらいである。誰だこんな人形を育てたやつは。
そして、Five-seveNもそれが分かっているからこそ、睨みこそすれそれ以上の行動を起こせないでいる。これがハルさんなどが相手であればノータイムで噛み付きでもしていただろうが、相手が他所様のエリートとなればそうも行かない。ハチャメチャに心臓に悪い人形ではあるが、最低限の分別は弁えている。その辺りもうちょっと俺にも発揮してほしいもんだが。
「ま、とは言え長居するつもりもないがな。指揮官殿がどうやらあまりよろしくない事態に見えたもんで、ちょいとばかり助太刀しただけさ」
「もう、邪魔しないでよ! 折角これから私に惚れてもらうところだったのに!」
「はっはっは、悪い悪い。ただ、好意を捨てろとまでは言わないが、あまりベタベタするのはかえって嫌われるぜ?」
「もっと言ってやってくれ」
「ふぁあー……」
まあ別に俺もFive-seveNのことが嫌いなわけじゃないしなあ。根っから嫌っていればそれこそ解体処分なりに進んでいる。どっからどう見てもアブない女だが、こういうところを除けば頼りになるやつではあるからな。あとFNCはいつまで俺を噛んでるんだ。右袖が涎でベッタベタである。
「うぅ……! どうすれば指揮官は私に惚れてくれるのかしら……!」
「その危ない思考を止めてさえくれれば俺は大分好意的にお前を見ることが出来るんだが」
「危ない……? 一体何が危ないっていうの……!?」
「気付いてないのかよ」
こわ。
「……まあ、色々と変わりないようで何よりだ。それじゃ、邪魔したな。たまにはこっちにも遊びに来るといい。最近は大分賑やかになったことだしな」
「俺もあんまり暇じゃないんだけどなあ。一応考えておくよ」
言いながら、M16A1は踵を返す。とりあえず彼女のおかげで最悪の事態は脱したのでありがたい限りだ。ここで彼女の乱入がなかったらどうなっていたかと思うと肝が冷える。いや、FNCも居るし多少は何とかなっていたと思いたい。
挨拶もそこそこにさっさと帰ってしまったM16A1ではあるが、まあうちの支部以上に彼女の支部と彼女は忙しいのだろう。グリフィン全体で見てもブッチギリで優秀な戦術人形を遊ばせておく理由がない。今回の来場も、多分たまたま任務の帰りかなんかで近くに寄っただけだろうな。わざわざ懇意にされるほどの理由がこの支部にあるとも思えないし。
遊びに来い、と言われた件の支部は、ここからは近くもなく、遠くもなくといったところだ。ほとんど関わりのない支部だから俺も内情を詳しくは知らない。賑やかになった、ということは誰か新しい人形でも配属になったのだろうか。
まあいいや。M16A1のお誘いはありがたいのでそれはそれで考えておくとして、俺は自分とこの管理で手一杯だから他所のことにいちいち首を突っ込む余裕もない。まずは目の前の惨状をどうにかすることから始めよう。
「あー、Five-seveN。とりあえず俺に引っ付いてるFNCを引っぺがして欲しいのと、お前がぶっ飛ばしたFALをメンテナンス装置に連れてって欲しいんだが」
「えっ? ……うわあ! FAL!? どうしたの!?」
「気付いてないのかよ」
こわ。
自分がぶっ飛ばした同僚に今初めて気付いたFive-seveNが慌ててFALに駆け寄る。どうやらクラッシュの影響で意識がトんでいるらしい。目立った外傷はなさそうだから大事には至っていないと思うが、まあ中身に何かあったらそれはそれで問題だ。彼女にはそのままメンテナンス装置に入ってもらうことにしよう。
Five-seveNは、常に発情してバグっているわけではない。ちゃんと会話も通じるし、仲間への気遣いもどちらかと言えば出来る方だ。出来ないやつが多過ぎるとも言うが。ただ時々極端に視野が狭くなり、その狭い視野に俺しか映らなくなるだけだ。最初にハルさんが止めたように、壁を作って冷却期間を設ければ落ち着いてくれるのだが、今回は最悪のタイミングで乱入してきたカリーナがそのバグを再燃させてしまったからここまで長引いてしまった。
だが、その熱も二人目の乱入者、M16A1によって冷まされたようで、これなら俺もとりあえずのところは安心出来るというものだ。これが何時再び燃え上がるか読めないところだけが唯一の懸念材料である。
「と、とりあえずFALを修復してくるわ! 指揮官またね!」
「おう、頼んだ」
「ふぃっふぇふぁっふぁー」
あ、しまった。FNCを剥がしてもらうのを忘れていた。もう服がビショビショのヨレヨレなんだが、この格好のまま執務に戻るのも気が引ける。というか俺が早く着替えたい。
「とりあえずFNC、宿舎に戻ればまだチョコが残っていたはずだが」
「ふぁおうー」
これアカンやつや、聞く耳を持ってくれない。うーん、どうするべきか。無理やり振り解くという手もあるにはあるが、割とがっつり食い込んでいるもので、下手をしたら服が破れかねない。あるいはFNCの歯が抜けるかもしれない。戦術人形だから修復は出来るはずだが、好き好んでそんな絵面を見たくもないしなあ。
「指揮官さま! こんなところに!」
「おお、カリーナか。丁度良かった」
FNCと二人、取り残された廊下でさてどうしたものかと頭を悩ませていたら、視界の先から現れたのは後方幕僚カリーナ。丁度いい、彼女にこいつを剥がすのを手伝ってもらおう。お菓子の一つでも持ってくれてりゃ万々歳だが、まあそう都合よくは行かないだろうから、最悪お菓子を持って来て貰うくらいの手段は考えておくか。目の前に食い物があれば流石にFNCも剥がれるだろう。
そう思っていたのだが、どうにもカリーナの様子がおかしい。いや、バグってるとかそういう話でもないんだが、何かやたら息が荒いというか。走ってきたんだろうか。
「はあっ……指揮官さま、本日の仕入れ品の興奮剤などは如何でしょう……? 効果の程は私が実証、してさしあげますわ……っ!」
「待てカリーナ。お前それ飲んでないだろうな」
「指揮官さまぁ……!」
あっ、これはアカンやつですわ。
しかしまあ、戦術人形が相手ならともかく今回はカリーナである。いくら発情していようと同じ人間だ。俺もムキムキって程じゃないが、役職柄最低限は鍛えてある。女性一人に押し負けるほどヤワではない。
「うふふ……指揮官さおぶうっ!!?」
「ぼーっこぼっこにしってやっるぞー! ぼーっこぼ……あれ? 指揮官じゃん」
「C-MSお前ー!! 俺よりもっと他に気付くとこあるでしょぉ!!」
「ほふぇあ!」
アカン! あれはよくない当たり方しよった!
突如飛び出してきたC-MS、そして本人が振り回しているC-MSがカリーナを直撃し、彼女の身体がグラリと揺れる。思わず駆け出した俺のすぐ後ろでビリッという音とFNCが悶える声が聞こえたが、今は構っていられない。すまんFNC、お前も一人でメンテナンス装置まで歩いてってくれ。服はどうしような、これ経費で落ちるかな。
カリーナが倒れ切る前に何とか身体をキャッチする。些か乱暴になってしまったが許せ。
「おいカリーナ! 大丈夫か!」
「うふ……ふへっへぇ……」
うん、これは旅立ってるやつですわ。
興奮剤の刺激とクラッシュの影響で、彼女の精神は世界の向こう側へ飛び立ってしまっていた。
とりあえずカリーナを医務室に連れて行ってから俺は服を着替えることにしよう。
これ今日仕事どころじゃないじゃん。やだもー!
M16A1:友情出演。かっこいい
C-MS:おちゃめマイルドこどもヤンキー。かわいい
カリーナと薬の効果を検証したい人は感想を書きましょう。
C-MSに馬乗りにされたい人も感想を書きましょう。
おじさんとの約束だ。
ハルさんの霊圧が…消えた……