ことしもよろしくおねがふよんよ
今回はこの小説にあるまじき真面目な話があるよ。
「おはようございます指揮官。本日もよろしくお願い致します」
「……ああ、おはようハルさん。今日もよろしく」
いつも通りの朝。いつも通りの日常。
これまたいつも通り、副官席に座るハルさん――スプリングフィールドM1903と朝の挨拶を交わしつつ、自身の仕事場となる指揮官デスクへと腰を下ろす。
いつもと違うのはたった一つ。俺が少々緊張しているということだ。
「指揮官、如何なさいましたか? 体調が優れないようでしたら私めが看病を」
「いや大丈夫。ホント大丈夫だからそのガラガラとおしゃぶりを仕舞って。ていうかいつどこで手に入れたのそれ」
「カリーナさんが『そういうことならば』と……」
「あいつほんま」
誰が好き好んで赤ちゃんプレイをするんだよ。というかカリーナはカリーナでそんな要望を噛み砕いて実現させようとしてるんじゃない。あいつ今度説教しないとダメだな。
名残惜しそうにガラガラとおしゃぶりを副官デスクの引き出しへと引っ込めるハルさん。そこに保管してんのかよ。ハルさん以外が副官になったらどうするんだそれ。気が気じゃない。
とまあ、今日はちょっと違う方向にエンジンが掛かっているハルさんだが、それはそれとして仕事はこなさなければならない。俺が治めている支部は確かに割と平和だが、イコール仕事がないという訳ではないからな。むしろ、平和だからこそ地区管理者としての仕事も増えるというもの。
ちなみに、平和というのは一般的に望ましい状態だとは思うが、ところがどっこい為政者の立場からすると実はそうでもなかったりする。
こう言うと時々狂人みたいな扱いをされるが、事実であるからして仕方がない。勿論、俺だって市民に死んでほしいわけじゃない。出来ることなら俺を含めて皆、平和に健やかに穏やかに人生を全うするに越したことはない。
しかしながら、第三次世界大戦と
人間は強かである。それは良くも悪くもだと指揮官をやっていると思う。世の中が腐ったら腐ったなりに生き方を改める頭脳があるし、他者やマイノリティを蹴落としてでも生き残ろうとする意地汚さもある。
そんな連中を相手に、常に最大公約数を勘定しながら自身が治める地域を運営していく、というのは割と神経を使う。一つならまだしも、二つ三つ間違えば途端にそれは特大の火種となってしまう。図らずもそれは、世の中が平和であればあるほど燻りやすく、また燃えやすい。
「……指揮官? やはり顔色が優れない様子……おしゃぶりは要りますか?」
「いや要らない。それは要らないからね」
おっと、思考がちょっとずれてしまったな。いかんいかん、修正修正。ついでにハルさんの電脳も修正したいんだけど無理かな。無理っぽいな。くそったれめ。
さて、そんないつも通りの日常を刻んでいる我が基地だが、今日はちょいとばかし勝手が違う。俺が柄にもなく緊張しているのも、今日はとあるイベントがあるからだ。
その話に入る前に、少しだけ俺自身の話をしようと思う。
そもそもだが、別に俺は性欲がないわけじゃないし、バイセクシュアルやホモセクシュアルってわけでもない。普通に女の子が好きだし性欲もある。何なら戦術人形の見た目も割とストライクだ。ハルさんなんか内角高めのいいコースに入っている。性格はノーサンキューだが。
普通に考えたら、戦術人形に手を出していてもおかしくないとは思う。Five-seveNとかを相手にしていると、たまに流されてもいいかな、みたいな悪魔の部分が囁いてきたりもする。事実、指揮官が戦術人形に手を出しちゃいけない法律や規則はない。実際にそれをやっている奴も俺は知っているしな。
そんな健全男児な俺が戦術人形に手を出さず、また彼女たちからのアプローチを躱し続けているのには理由がある。
面倒くさいのだ。色々と。
彼女たちの相手が、という訳ではなく、手続きや決まりの部分である。
グリフィンには、戦術人形に手を出してはいけない決まりはない。一方で、手を出してしまった後の決まりは存在する。そしてそれは、戦術人形も知っていること。だからという訳じゃないが、彼女たちは結構積極的に俺の気を引こうとする。
まず、肉体関係を持ってしまった戦術人形と指揮官は誓約しなきゃならない。これは他所でもそうだというわけじゃなく、グリフィンの規則だ。PMC全体で見ても、I.O.P社の第二世代戦術人形をここまで全体的に普及させている会社はそう多くない。だからこその措置だろう。そうしてしまわないと、前線基地が知らず知らずのうちに酒池肉林の地となってしまう。健全な性的欲求に枷を掛けるには、相応の制約が必要だ。
で、この誓約。巷では結婚とも言われているこれを行うには、とあるアイテムをI.O.P社から卸してもらう必要がある。あるのだが、これがまたべらぼうに高い。ぼったくってんじゃねえのってくらい高い。一つくらいなら俺の財布でも何とかなるが、複数となるとかなり厳しい。
逆に言えば一人ならいいじゃん、と思えるかもしれないが、相手がこいつらであることを忘れてはならない。一人だけと関係を持ってしまえば基地がどえらいことになる。業務などとは言ってられない有様になってしまう。
更に、指揮官と戦術人形が誓約すると、指揮官はその人形に対して所有権と責任を持つ。まあ平たく言えば、最後まで面倒見ましょうね、ということだ。相手は人形であるからして妊娠したりすることはないが、所有権を持つというのは実は結構大変だったりする。
戦術人形という名の通り、彼女たちは本来兵器だ。殺傷能力と仮初とは言え自我を持った兵器に対し責任を持つというのはかなりしんどい。廃棄するにしてもめちゃくちゃ複雑な手続きと審査が要るくらいだ。不法投棄なんかをしようものならとんでもなくヤバいことになる。
そうであるからして、俺は一時の感情で人生に多大な重荷を背負いたくないが故、真面目に指揮官をやっているわけだな。
そして今日は、そんな真面目な指揮官生活が脅かされる危険を孕む、非常にデンジャーな一日になる予定なのだ。でも仕方ないんだよなあ、彼女もうちの所属ではあるわけだし、相手をしないという選択肢は取れない。
「うふふ。指揮官、おはようございます」
「ヒエッ」
うわ来た。思わず変な声出た。
ちょっと予定より早くないですか。俺まだ精神統一が終わってないんですけど。
「あら、DSR-50さん。おはようございます。本日はこちらに来られる日でしたか」
「ええ、そうなのよ。よろしくねスプリングフィールド。うふふ……」
司令室のゲートが開き、スゥーッと現れたDSR-50。他の人形に勝るとも劣らない蠱惑的な肢体を見せつけながら、優雅な足取りで歩を進める。ハルさんとの挨拶を恙なく終えた彼女は、タボールとはまた違ったこれ見よがしな歩き方で俺のデスク前まで到達した。
「や、やあDSR-50。随分と早い到着じゃないか?」
「あら、そうでもないわ? 貴方に会えると思うと……うふふ、私も昂ってしまって」
言いながら彼女は指揮官デスクに腰を預け、シャフ度的角度でもって脚を組む。アッだめですおぱんつ見えちゃう。あとさり気なく手を絡めてくるのやめてほしい。つらい。
「DSR-50さん。あまり指揮官に私以外の匂いを付けないでくれますか」
「あら、いいじゃないスプリングフィールド。指揮官はまだ誰のものでもない……そう、あなたのモノでも、私のモノでも、ね?」
ハルさんの牽制球をさらりと躱す。
言葉を交わしながら俺と指を絡める彼女の言動は、どうしようもなく扇情的だ。強引に振り払えばいいのだろうが、彼女の魅力が俺の理性に強烈なブレーキを掛けている。だって指から肌からめちゃくちゃスベッスベやぞ。特に彼女にだけ上等なガワが付いているわけじゃないはずなんだが、この柔らかさと滑らかさはFive-seveNの比じゃない。どうなっているんだ。
「と、とにかく今から仕事だ。一旦離れてくれると……」
「……うふふ、ダメよ指揮官。私の取り扱いはもっと、大胆かつ慎重にしないと、ね?」
アッだめです絡ませた指をそのままおっぱいに持っていくのはだめで柔らけぇな! 何使ってんだこの素材! どこの柔軟剤だこれぇ!
「指揮官、そのようなプレイがお好みでしたら私でも」
「い、いや違う! そうじゃないんだハルさん! これは不可抗力でだな!」
「あら? 指揮官の手は、そうは言ってないみたいだけど……うふふ……」
だ、だめだァー! 手が離れてくれない! 頑張れ俺の理性! ここで蒸発したら終わるぞ!
「ぐぬぬ……ぐぬぬぬぅ……!」
「あら……。うふふ、その調子で、全身マッサージしてくださる?」
「それでは私もお願いしたく存じます。まだ右手が空いておりますね?」
「いや、ちょ、待ってハルさん……!」
いかん。このままではヤバい。色々とヤバい。何か別のことを考えて気を紛らわさねばならない。DSR-50だけでもかなり危ないのに、ここにハルさんの実力行使が加わってしまっては多勢に無勢。耐えるんだ俺。
現れるや否や強烈な攻勢を仕掛けてきているこの人形。DSR-50はうちの支部預かりではあるのだが、その位置付けは少々特殊だ。
彼女は特定の部隊に所属していない。UMP姉妹のような扱いともちょっと違う。詳しくは俺も知らないが、I.O.P社で製造されている戦術人形の中でも非常に高価な人形らしく、またその来歴も不明瞭な点が多い。
そんな彼女も勿論、練度としては最高級だ。だが前線よりは他支部への支援や新兵の教育訓練などでこの支部を空けることが多い。俺としてはこのレベルの人形に四六時中誘惑されてはかなり厳しいので、結果その方が有難かったりする。
ていうかこの子だけは唯一、俺が教練を受け持っていない。うちにやってきた時から練度は高かったし、そして性格も最初からこうだった。どうしてうちの支部預かりになっているのか、俺ですら分からん。クルーガー社長かヘリアントスさん辺りが何か考えているのかもしれんが、もしそうなら預かる俺にもちょっとその事情を話してほしい。あなた方の無茶振りで俺の理性が危ないんですよ。分かってんのか。
「ま、まあ待て! マッサージも魅力的だが……仕事をほっぽり出す訳にもいかないからな」
「うふふ……そうね、お楽しみは夜に、というものね……?」
「DSR-50さん。指揮官と逢瀬を重ねるのはこのスプリングフィールドと相場は決まっております」
「その相場は決まってないからね」
夜に、じゃないんだよ。DSR-50自身、個性は強烈だが分別の付かない人形ではないため、多少渋りながらも俺の手を放してくれた。このペースが続くと本当に食われそうで怖い。寝る時ちゃんと戸締り確認しとかなきゃ。
そしてハルさんの顔がヤバい。微笑みをキープしてはいるが目が笑ってない。また面倒くさいトリガーが引かれてしまった。
ただ、残念ながらというか何というか、ハルさんやFive-seveN、UMP姉妹と違ってDSR-50には圧倒的なアドバンテージがある。
常識的なのだ。彼女は。
ぶっ飛んだ発言もないし、襲ってこないし、嫉妬に狂ったりしないし、無言で甘えてこないし、喋る言葉はちゃんと通じるものである。誘惑が魅力的かつ強烈過ぎるというただ一点を除けば完璧な人形だ。そして他が完璧な分、その一点が俺の理性をぶち抜こうとしている。
はっきり言って溺れてみたい。冗談でなくそう思う。それくらい彼女は完璧で、魅力的で、蠱惑的なのだ。だがそれをそう易々と許してくれない環境がここにはある。だから俺も色々と苦悩しているわけだが。
まあとにかく、DSR-50の追撃が緩んだ今がチャンス。しっかり仕事をやらなければ。このまま乱されていては、書類仕事一つとっても全く進まなくなってしまう。俺も暇ではないからな。
「指揮官さま! おはようございますですわ! 本日のセール品としてこちらの特別製ローションオイルなどは如何でしょ――ヒエッ」
「あら、カリーナじゃない。うふふ……久しぶりね。今夜、どうかしら?」
「アーッ……ス……いえ……大丈夫ス……」
「うふふ、そんな遠慮しないの。私とあなただけの……ね?」
「ヒエッ」
あ、もう一つあったわ。DSR-50の欠点。
こいつ両刀だった。
じゃあなカリーナ。お前はいい奴だったよ。後で感想聞かせてくれ。俺は仕事してるからさ。
DSR-50:破壊神。
新年あけましておめでとうございます。
本年もゆるゆるふわふわふよんよしていく所存ですので何卒宜しくお願い申し上げます。
ハルさんとDSR-50のバブみに溺れる一年を目指して頑張りたいと思います。溺れたい皆も感想を書きましょう。バブみを得るために。さあ書くんだ。おじさんとの約束だ。