「ユ、ユーフィー……ダメだって……」
「ダメなんかじゃないよ」
わずかな抵抗は、こちらを押し倒してきた妹によってバッサリと切り捨てられた。
彼女の潤んだ瞳が、こちらの視線を捉えて離さない。
俺が父親から受け継いだ黒の瞳とは違う、見惚れるほどに綺麗な母親譲りの空色の瞳はこちらの心の奥深くを見られているような錯覚すら起こさせる。
「大丈夫、全部あたしに任せて」
微笑む姿は妖精のように美しい。
彼女はこちらに手を伸ばしてきて、シャツのボタンを一つまた一つと外していく。
艶かしさすら感じる細く白い指先、そこからふわりと鼻腔を擽る花のような香り。
同じシャンプーを使っているはずなのに、男女の違いはこうも明確に差を作ってしまうのかと感嘆してしまった。
「任せるって、そもそもユーフィーは一体何を……?」
「えへへ」
「いや、笑って誤魔化さないで」
ぼうっとしていたのはわずかな時間。
それでも、ユーフォリアはすでにこちらのシャツのボタンを全て外し終えている。
こちらを押し倒した彼女は小柄ながらも岩をも砕く腕力を持ち合わせていて、自分程度の力では決して抜け出すことができない。
「ずっと、こんなことをしてみたかったの」
彼女がこちらの首元に顔を埋める。
声を発するたびに首元を撫でる呼気が擽ったい。
ボタンが外れているために簡単に中に入り込んできたユーフォリアの手が、こちらの体を弄る。
「ええい、やめんか!」
「やーだ」
さすがにそれは見過ごせないといつものように叫んだが、今のユーフォリアには馬耳東風。
まるで聞く気がないと言わんばかりにズボンの中にすら手が伸びていく。
血の繋がった兄妹では決して許されない背徳的な行為。
ただ、これまではまるで行わなかったその行為を、今になってユーフォリアが手を出し始めたのは無論理由がある。
「だって、もうお兄ちゃんはお姉ちゃんなんだもん。『男女七歳にして同衾せず』なんて言ってたけど、今なら女の子同士だし、大丈夫だよね?」
「いや、俺はまだ心は男だからな!」
そう、ついこの間両親の任務について行った矢先、俺は両親の昔からの敵である人物とそうとは知らずに接触してしまい、そのときに面白そうだからと特殊攻撃に特化した永遠神剣の攻撃を受けてしまったのだ。
結果として見た目はかなり変わってしまい、両親には最初『お前は何者だ』と言うような視線と『息子を騙るな』と言う殺意を向けられた。
そんな中でユーフォリアが俺のことを見ただけでわかってくれたので、そこからようやく会話が成立する状態にまで持ち込むことができたのだが。
その時の恩返しをしたいと言った俺に対して女の子になったのだからと一緒に風呂に入ることを望んできたのだ、この妹。
ユーフォリアがいなければ両親によって殺されていたかもしれないということ。
最近では俺個人でも任務に行けるようになったことで、ユーフォリアに寂しい思いをさせていたかもしれないという懸念。
普段であればいくら兄妹だからと言ってもすでに十分大きくなった今となってはそんなことはダメだろう、と言っていたのだが、今回に限ってはそう言った諸々の事情があって一瞬悩んだのが運の尽き。
気がつけば、押し倒されていた。
「ほらユーフィー、早く退いて!」
「やー!」
同じ第三位の永遠神剣と契約しているとは言っても、こちらとあちらではまるで使用用途が異なる。
こっちにはユーフォリアと契約している『悠久』とは違って戦闘能力など欠片もない。
代わりに調査に特化していて、戦闘に関しては倍率の低い身体能力の強化ぐらいしかないのだが、今となってはそれがとても恨めしい。
こうして力と力の取っ組み合いになれば、俺では決してユーフォリアには勝てない。
ドッタンバッタン、家の中でやっていれば両親も気がつくはずなのだが、なぜかまだやってこない。
早く来てくれないと、俺がいずれ無理矢理に衣服を剥ぎ取られて一緒のお風呂に入れられることになるのだが。
と、そんなことをだいたい十分程度やっていただろうか。
ついに父親がやって来た。
「二人とも、何やってるんだ?」
「父さん! ……助けて!」
「あ、パパ! お姉ちゃんがひどいんです!」
「……ユーフィーは順応するのが早いなぁ」
すでにあっさりとお姉ちゃん呼びをできるようになったユーフォリアに父さん……永遠神剣第二位『聖賢』の担い手、聖賢者ユウトは苦笑いしている。
さすがにいきなり性別が変化したという事実は父さんにとっても驚きだったようで、今もまだ慣れていない様子。
とは言っても、今日変化したばかりなのでこの時点で順応しているユーフォリアの方がおかしいのかもしれない。
「ほら、女の子になったばかりで色々と大変かもしれないから手伝おうと思ったんですけど……」
納得してくれなくて、と説明をしているユーフォリアだが、さすがにさっきのあれを見せれば、いくらユーフォリアには甘い父さんとはいえどきっと嘘だと思ってくれるはずだ。
さっきのあれはどう考えても手伝おうというような姿勢ではない。
「いつ頃治るかわかんないって言っても、俺はまだ男なんだからさすがにユーフィーと一緒にお風呂に入るわけにはいかないだろ。……というかそうじゃなくても、部屋で押し倒して脱がそうとする相手とはちょっと」
「うん、さすがに脱がそうとするのはアウトだな」
「ぶー」
父さんの援護射撃を受けてユーフォリアを説得すれば頬を膨らませて文句を口にしているが逆らって一緒にお風呂に入ろうとする気配はない。
とはいえ、ユーフォリアが命の恩人であることは間違いなく、彼女に対して何かしてやりたいという気持ちも嘘ではない。
だが、今のユーフォリアに対して恐ろしいと感じていることもまた事実ではあって。
「なら、今晩一緒に寝よ?」
そんな言葉にも、一瞬だけ返事が遅れた。
「えへへ……」
その日の夜、同じベッドの中に入った瞬間にユーフォリアの顔がどうしようもなく緩んだ笑顔に変わる。
様々な同年代の男子を虜にし、数多の年上の男性をロリコンに叩き落としたその笑顔が自分一人に向けられていると思うと嘆息してしまう。
彼女のブラコン、あるいは今となってはシスコン気質とでも呼ぶべきものはあまりにも大きい。
生半な男性にユーフォリアを渡すつもりはないが、これではいつまで経っても彼女が彼氏を連れてくることはないかもしれない。
「いつ以来だっけ、お姉ちゃんと一緒に寝るの?」
「……覚えてないくらい昔かな」
風呂場での一件があったためにちょっとだけ距離を開けたい気持ちはある。
けれどそれをひた隠しにして、熱を帯びた彼女の左手と繋がれたこちらの右手から流れ込んでくる心地よいマナの奔流に身を委ねている。
かつて、ユーフォリアが幼い頃に怖い夢を見たと泣きついてきたときに泣き止ませるために取った方法。
根拠なんて何もない、ただユーフォリアを怖がらせる奴が夢の中にいるならユーフォリアの夢の中まで行って倒してやるんだという意気込みでやった無意味な行動。
性転換ということが一種の恐怖体験であるということを理解しているからか、こちらが安眠できるようにというユーフォリアの気遣いを無下にはできない。
彼女の言葉に返答していると、今日起きた性転換という事象をはじめとした諸々によって溜まった精神的な疲労によって襲いくる眠気に理性が溶けていく。
微睡みの淵に理性が落ちかけている現状ゆえか、ユーフォリアが近づいて来ていることも頭で理解しているのに理解できていないという謎の状態。
「おやすみ、お兄ちゃん」
そう耳元でユーフォリアが囁いた後、こちらの頬に何かが触れたような感触を最後に俺の意識は落ちた。
これは(次回があるのなら)ブラコンユーフォリアちゃんが姉になったお兄ちゃんを相手に「姉妹なんだから問題ないよね」と「男女七歳にして同衾せず」とか言い出すようなお兄ちゃんと一緒に寝たり一緒にお風呂に入ったりしようとする話になります。
ちなみに諸悪の根源はテムオリン。