私が文月学園に入学して数日が経過した。
この時期になると『いつものメンバー』と呼べるグループが固まってくる頃だ。
私の場合は……基本的には一匹狼だったけどね。一応隣の席の木下さんとたまに話すくらい。
兄さんもどうせ同じだろうと高を括っていたらどうやら賑やかな連中とつるんでいるらしい。いい年して中二病のクセに。
「……あら?」
そんな変哲の無い日々を過ごしていた私は、奇妙な光景を見つけた。
隣の席の木下さんが、何故か男子の制服を着て廊下を歩いている光景を。
錯覚を疑って目をゴシゴシ擦って、夢である事を疑って頬を抓ってみたりしたけどそれでも見える光景は変わらない。
一体何事だろうか? 良く分からないが面白そうな事が起こってるようだ。
このまま観察しても良かったけど、せっかくだから声をかけてみることにした。
「木下さん!」
「む? ワシか? 何じゃ?」
口調が木下さんと完全に異なってる。これは……なるほど。そういう事ね。
「あれ? 木下優子さんじゃないの?」
「姉上に用事じゃったか。ワシは弟の木下秀吉じゃよ」
「なるほど、弟さんだったのね。呼び止めてごめんなさい。じゃあね」
「うむ。ではの」
なるほどねぇ。木下さんには弟が居る……と。
あの外見で妹じゃなくて弟だって言い張る事にも業の深さを感じるわ。しかもわざわざ男子の制服まで用意して。
いや、ホントビックリだったわ。
木下さんにまさか男装趣味があったなんて……
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「ちょっと待ちなさい! どういう事よ!?」
「今話した通りだが」
「いやいや、どうしてそうなるのよ!?
何でアタシが『自分の事を弟だと言い張って男装する痛い人』みたいになってるのよ!?」
「そりゃあ……アレだ。秀吉が『弟』だという事が信じられなかったんだろう」
「……そこだけは納得できる、できるけど!!」
「ともかく、この光の勘違いこそが全ての始まりだった。
さて、続けるぞ」
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私が木下さんの男装を目撃した翌日。
「木下さん!」
「え、空凪さん? どうしたの?」
「木下さんって双子の弟が居たのね。昨日会ったわ」
「あ~、そう。あいつまた変な事してなかったでしょうね?」
「ううん、これっぽっちも」
女子が男装してるのは十分変な事だけど、双子の弟という設定の秀吉くんが男子の恰好をしている分には全く変じゃない。
にしても私と会ってた時の事をあたかも会っていなかったかのように心配をするなんて、なかなかの演技力ね。
……いや、私目線から不自然な事が無かったか確認したかったのかも。そういう事なら協力してあげましょうか。
「木下さんにそっくりだからビックリしたよ。秀吉くんって何クラスなの?」
「クラス……ちょっと覚えてないわ。お互いのクラスなんて分かってなくても問題ないし、万が一の時は携帯で呼べば良いから」
「なるほど……」
ここでクラスを明言しちゃうと確認したらアッサリと嘘がバレちゃうから誤魔化すのは賛成だ。
やや苦しい言い訳な気がしないでもないけど……一応筋は通ってるかな。
「それじゃあ……部活とかは入ってるの?」
「……さっきからどうしたの? まさか秀吉の事が……」
「好きかって? ハハッ、無い無い」
「そう? じゃあ何で……まあいいわ。多分だけど秀吉は演劇部に居るわ」
あら? 誤魔化されるかと思ったけどアッサリと教えてくれた。
「って事は木下さん……優子さんは……」
「アタシは帰宅部よ。姉弟仲良く演劇するような仲でも無いし」
「……でしょうねぇ」
なるほど。朝から昼は優子さんで学校生活をして、放課後は秀吉くんで演劇するのが基本ってわけね。
「という事は放課後に演劇部に行けば『秀吉くん』に会えると」
「ええ。そうよ。
……本当に何があったの? 何かやらかしたんならアタシからキツく言っておくけど」
「いやいや、本当に何にも無かったよ。じゃあね~」
「…………何だか、凄く不安だわ」
それからの私は『秀吉くん』を見物する為にちょくちょく演劇部に顔を出すようになった。
「やっほ~。秀吉くん居ますか~?」
「む? お主は昨日の……ワシに何か用かのぅ?」
「まぁ、そうね。ちょっとキミに興味があってね」
「……どういう意味じゃ?」
「ま、気にしないで。単なる見学希望者だと思ってもらえばいいわ」
「そうであったか。そういう事であれば部長に挨拶しておくと良いじゃろう。
部長! 見学希望者じゃ!」
秀吉くんが黒づくめの怪しい人に声をかけた。この人が、部長?
「ククク、ようこそ我が演劇部へ。我こそが、部長だ!」
「…………あっ、ど、どうも」
中二病だろうか? 兄さんの同類がこんな所に居たとは驚きである。
「ちなみに部長は2年生じゃ」
「え? 3年の先輩は?」
「みな演劇に打ち込み過ぎて2年連続でFクラスになってしまったらしくてのぅ。
勉強の時間を確保する為に役職には就けないというルールがあるそうじゃ」
「ふ~ん」
部活に学力はあんまり関係ないと思ってたけど、劣悪過ぎる成績だとそういう事もあるのね。
って言うか、そういう劣等生だらけの部活って大丈夫なの? 裏でタバコとか飲酒とかの犯罪をやってないでしょうね?
「ククク……入部希望者は大歓迎だ。そして、見学希望者もまた同じだ!
案内してやりたい所ではあるが、我が演劇部は人手不足でな。自由に見ていってくれ」
「あ、はい。分かりました」
そういう事であれば自由にうろつかせてもらおう。
さて、何か面白いものは……
「ククク、我が部員木下よ! この重そうな机を運んでくれたまえ!」
「重そうな机とは……確かに重そうじゃな。うむ、任せるのじゃ」
「いやいやちょっと待ちなさい」
秀吉くんと部長の会話を聞いて振り返るとかなり重たそうな机が見えた。
男子ならともかく、女子に運ばせるのは厳しいんじゃないだろうか?
……いや、秀吉くんは自称男子だからある意味正しい対応なのか。だけど放っておくわけにもいかない。
「これを1人で運べっていうのはちょっと無茶じゃないの? 私も手伝うわ」
「む? 見学中の客人に手伝わせるのもあまり良くないと思うのじゃが……」
「ククク、構わん。手伝いたいなら好きにすれば良い。何故なら、我が『自由にしろ』と言ったのだからな!!」
「そういう事だから運びましょ。どこまで運ぶの?」
「うむ、えっとじゃな……」
……なお、この時の私たちは脳内でこんな事を考えていた。
(こういう無茶ぶりは上手く断れば良いのに。木下さんって結構不器用?)
(こう見えてもワシは結構鍛えておるからこれくらいの机は普通に何とかなるのじゃが……厚意を無下にするわけにもいかぬか。
しかし、もう少し体形が変わってくれれば男に見てもらいやすくなるんじゃがの……)
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「絶妙にすれ違ってるのね……」
「うちの愚かな姉さんには『別人であると疑う』という発想は最初から持ち合わせていなかったからな。
細かい異常は適当に処理されてしまっていたようだな。机を運べるくらい力持ちな女子くらいなら普通に居るし。光とか」
「確かにそうね。そう考えれば秀吉が秀吉だと疑えないのも無理は無いのかしら」
「ああ。男子更衣室や男子トイレに躊躇いなく入る姿を見てもなお疑えないのはどうかと思うがな」
「そんな事まであったの!?
……って言うか、何で剣くんがそこまで知ってるの? 光がわざわざ話すとは到底思えないんだけど」
「この辺は演劇部の部長から聞いた。部長が見てない場所ではもっと色々あったかもな」
「そ、そう……」
剣くんの人脈は謎めいている。同じ部活でもない一つ上の先輩とどうやってそこまで仲良くなったのだろうか?
「……でも、ここまでの話だと光が秀吉を好きになる場面なんて無かったわよね?」
「ああ。貴様がやたらと男装に固執するイタい奴だという認識が積み上げられていっているだけだな」
「そんな風に思われていたなんて知りたくなかったわよ……」
「ククッ、恋愛感情ってのは面白いものでな。たった1つのイベントで全てがひっくり返る事があり得る。
下地はだいたい語り終わった。次は決定的なイベントについて語るとしようか」
「……キミの妹、ちょっと天然?」
「この学校にまだ染まり切っていなかった頃の話だしな……
秀吉と初遭遇したのが2年になってからだったらきっと不条理に慣れ切っていたから看破しただろう」
「……そうよね。秀吉くんは人格は割と常識人だけど外見は文月学園の生徒に相応しいぶっ飛び方をしてるもんね」
「誰も悪いわけじゃないんだが……うちの姉は秀吉に騙されたという訳だな」
「秀吉くんが悪いわけでは……無いのよね」
「ああ」
「あ、そう言えば現部長が当時も部長だったのね」
「演劇部の部長は『部長』で通ってるからな。『当時は部長じゃなかった現部長』とするか『当時も理由があって部長だった』とするかはそれなりに迷ったようだが、説明の手間はほぼ同じと判断して面白い方にしたそうだ」
「連続でFクラスだと役職に就けない……本当にあってもおかしくないルールね。
あれ? でもあの部長は成績的に大丈夫なの?」
「あんなアホっぽい言動をしているが、奴はAクラスの幹部級だぞ? 小暮先輩と同格の一歩手前くらいの」
「ええええっ!? そんな設定があったの!?」
「四天王の中でも最弱くらいのポジションだな。
リメイク前の最終章中盤くらいの後書きで生えてきたネタ設定を引き継いでいる形だ」
「…………ああ、あったわね。そんなの」
「本作でその設定が活かされるかは不明だが……とりあえず部長を務めるには十分な学力である事は明言しておこう」
「では、明日もお楽しみに!」