遠子さんと会った翌日、月曜日の放課後の事です。
「……あ、あの、何してるんですか遠子さん」
「あら瑞希ちゃんこんにちは。何って、見れば分かるでしょ?」
「遠子先輩。見ただけの情報で分かるのはあなたが不審者だって事だけです」
井上くんの鋭い指摘に私は心の中で深く同意しました。
だって、中腰になって木陰からうちの学校の校門を睨みつけている様はまさしく不審者そのものです。
もしやっているのが遠子さんではなく男の人であれば真っ先に通報されていたでしょう。
「心葉くんったら失礼ね! これは観察よ!
まずはターゲットをよぉ~~~く観察して情報を集めるの!」
「はぁ……これ以上恥を晒す前に帰りましょうよ」
「もぅ、心葉くんったら薄情よ! 瑞希ちゃんの事はどうでも良いって言うの?」
「いや、あの、遠子さん。私のお菓子が美味しくないのは事実ですし、わざわざここまでして頂かなくても……」
「瑞希ちゃん、これは私が好きでやってる事なの。遠慮なんて要らないのよ!」
「……そうですか」
遠子さんには悪いですけどこんな事をしているくらいならお菓子作りの練習をしていた方が建設的な気がしないでもないです。
ですが、私の為に頑張ってくれているという事自体はとてもありがたいですし、遠子さんの頑張りでもしかしたら何かが変わるのかもしれません。
私も微力ですが手伝いたいと思います。
「それで、瑞希ちゃんの作ったお菓子を毎回捨てるっていう乙女の敵はどこに居るの?」
「えっと……あ、丁度出てきたみたいです。あの眼帯の人です」
「えっ……何て言うか……随分と奇抜な恰好だね」
「……そう言えばそうですね」
校門から明久くんと空凪くんが一緒に出てきました。
あの2人だけが一緒に居るのは少し珍しい気がします。いつもは坂本くんともう1人、あるいは3人という感じなので。
耳を澄ませても……距離のせいであんまり会話の内容は聞き取れません。
『ゲーマーの貴様が僕に頼るとはな。そんなに難しいのか?』
『うん、難しいっていうか理不尽なんだよ。トロフィーの取得のミニゲームでじゃんけんに100連勝しろって』
『何だそのクソゲー、諦めた方が良いんじゃないか?』
『剣ならきっとできる! 剣の直感なら選んじゃいけない選択肢が見えるはず!』
『やるだけやってみるが……あんまり期待しないでくれよ? 僕が反応できるのは主に身体的な危険だ。
……ああそうそう、それより聞いたか? 例の話』
『うん!』
『……まだ何も言ってないんだが……』
仲が良さそうに話している事だけは伝わってきます。
私もあんな風に話せたらなぁ……
「くっ、これは……嫌な予感が的中してしまったようね」
「え? 何の事ですか遠子先輩」
「瑞希ちゃんには酷な話だけど……あの2人デキているわ」
「…………?」
「……あの、遠子先輩? どういう意味ですか?」
デキて……いる? どういう意味なんでしょう?
「ニブいわね。あの2人が愛し合っているという事よ!」
「ええええっ!?」
「ちょっと待ってください遠子先輩!? あの2人は男同士ですよ!?」
「真実の愛の前には年齢も、性別も、種族すらも関係が無いのよ!
それに考えてもみなさい。この瑞希ちゃんの好意を無にするような人、よっぽどのおバカさんか異性に全く興味のない人種としか考えられないわ!」
「それは……まぁ、一理あるとは思いますけど……」
「私は同性だからといって愛を否定するような事はしないわ。
でも安心して瑞希ちゃん! 今日の私たちはあなたの恋路を応援する騎士よ!
異性愛も素晴らしいんだという事をあのカップルに叩き込んであげるわ!」
「は、はぁ……」
ちょ、ちょっと待ってください? 情報が纏めきれてません!
あ、あの2人が同性愛……? あり得るんでしょうか?
いやいや、明久くんだって女湯を盗撮するくらいには女の子に興味が……ってコレは冤罪でした!
「それじゃあ行くわよ心葉くん!」
「……どこにですか?」
「勿論あの2人の所よ! 待ちなさいそこのカップル!!」
「いきなりっ!? ああもう!」
ほ、他に何か無かったですか? 明久くんか、あるいは空凪くんが異性に興味を持った場面!
えっと……えっと……あれ? 記憶に無いような……
……いやいや、あの2人が付き合っているならもっと2人で居る場面を見てるはずです! だから明久くんの性癖は置いておくとして、あの2人という事はあり得ません!!
よし、それじゃあ遠子さんに伝えて……あれ? 居ない。
『待ちなさいそこのカップルー!』
『反応してませんよ? やっぱりカップルではないんじゃ……』
『いいえ! 文学少女たる私の目に狂いは無いわ!!』
あっ、もう突撃してます! 急いで止めないと……
『ぜぇ、はぁ……ま、待ちなさい!』
『遠子先輩……無理しちゃいけませんよ』
『こ、この程度で……諦めるわけには……ま、待ちなさいそこの
遠子さんの台詞が響くと同時に、空凪くんがピタリと足を止めました。
「おい止まれ明久」
「え、何?」
「貴様が呼ばれたようだぞ?」
「え?」
振り返る2人、その視線の先にはゼェゼェと息を切らして目を血走らせている三つ編みの先輩。何だか異様な構図です。
「はぁ、はぁ……やっと止まった……私の目に……狂いは……はぁ、はぁ……」
「遠子先輩、まずは息を整えて下さい」
「……おい貴様、今しがた『バカ』と聞こえたんだが……明久に用事か?」
「ちょっと剣? まるで僕がバカの代表みたいな言い方じゃないか!」
「えっ? 知らなかったのか?」
「確かに僕はバカだけど、代表ではないよ!」
「そっちは流石に認めるのか」
カップルではなくバカという方に反応したみたいです。少し安心しました。
……いや、安心して良いんですかねこれ? 確かに明久くんはおバカさんですけど……
「ふふん、用があるのはキミによ、空凪くん!」
「……ほぅ? 僕をバカ呼ばわりとは良い度胸だ。
その度胸に免じて聞いてやるとしよう。
……いや待て、その前に貴様は一体何者だ? 見たところ他校生のようだが」
「ふふっ、私はご覧の通りの"文学少女"よ」
遠子さんのイマイチ分かりにくい決め台詞が炸裂しました。
明久くんはポカンとしているし、空凪くんは不審者を見る目で遠子さんを見て、井上くんはガックリとうなだれています。
「……姫路、通訳頼めるか?」
「私ですか!? えっと……
遠子さんは『自分は恋愛の専門家だ』って事を言いたいんだと思います……」
『文学少女』→『恋愛系の本を沢山読んでいる』→『恋愛の専門家』
多分こういう話だったはずです。
「……よく分からんが……まあ良いだろう。
で、その専門家さんが一体全体何の用だ?」
「単刀直入に言うわ。そこの男子……えっと……」
「吉井くんです。吉井明久くんですよ。遠子さん」
「そう! そこの吉井くんと別れて頂戴!」
「……姫路、貴様を通訳として雇ってやる。時給100円で良いか?」
「お金なんて無くても……って安過ぎませんか!?
……こほん、どうやら遠子さんは空凪くんと吉井くんが付き合ってるって思ってるみたいです。恋愛的な意味で」
「……は?」
空凪くんが凄く嫌そうな顔と声で反応してくれました。
やっぱり違いますよねぇ……
「そんな態度で誤魔化そうとしても無駄よ! 私の目は節穴じゃないんだから!」
「貴様と同じ事を言っていた節穴に心当たりがあるな」
「私は同性愛を否定する気は毛頭ないわ。だけど、瑞希ちゃんの純情を踏み躙った罪は許せない!」
「おい、話聞けよ」
「ちょっと待って! 姫路さんの純情ってどういう事!?」
ただ美味しくないお菓子を捨てられただけです。いや、『だけ』っていうのもおかしいですけど。
そんな解説をする暇も無く、遠子さんは胸元のターコイズブルーのリボンを解き、空凪くんに投げつけました。
「という訳で、聖条学園文芸部部長の天野遠子は、きみに決闘を申し込むわ!」
……色々と、色々と言いたい事はあります。
何で決闘なのかとか、決闘だったら投げるのは手袋では? とか。
でも、あえて1つだけ言うのであればコレです。
遠子さん、よりにもよって空凪くんに決闘を挑むなんて、一体何を考えてるんですか!?
「大体原作通りの流れだな」
「本当に大体合ってるから困るわね……
やっぱり遠子さんこの世界でも十分やっていけるんじゃないの?」
「……もし彼ら彼女らの通っていた学園が聖条学園ではなく文月学園だったら……どうなってたんだろうな。ホント」
「これだけのギャグの裏側であれだけのシリアスをやってるっていうとんでもなくシュールな事になってたでしょうね」
「……誰か書いてくんないかな。公式の他校交流みたいなクロスオーバーじゃなくてIFストーリーを1年分くらいやる感じの」
「筆者さんに書かせなさいよ」
「ハハッ、無理に決まってんだろ。遠子さんの豊富過ぎる知識を描写できる訳がない!」
※本作では上手い事誤魔化してますが、遠子さんはテンションが上がると『まるで〇〇作の□□のようだわ!』みたいな感じで唐突に本の名前を挙げたりします。
場面に応じて適切なタイトルを挙げ、更にそれを料理に例えるとか。ただのニワカオタクである筆者には無理ゲー過ぎます。
「……確かに無理そうね」
「バカテス視点の話にゲスト出演するくらいなら何とかなる。今みたいにな。
尤も、転入してきたら心葉くんも遠子さんも多分Aクラスなんでとんでもなく手強い敵となるが」
「……そうねぇ。心葉くんはともかく、遠子先輩なんて私よりも国語の点数高そうだし」
「文月式の試験における遠子さんの国語の点数は未知数だが……教師より高くても不思議ではないな」
「余談だが、心葉くんの台詞で異様に『遠子先輩』が多いな。
これは、誰の台詞が分かりやすくする為の筆者の小細工だ」
「心葉くんって敬語だから姫路さんと被るのよね。
分かり辛くて仕方ないわ」
「まぁ、心葉くんの場合はあくまでも先輩に対する敬語であって同年代相手だともうちょい砕けた口調だけどな」
「……よく見ると姫路さんに話すシーンが全然無いみたいね」
「だからやっぱり敬語キャラになってるな……
そもそもがクロスオーバーなんで原作者にも『口調が被らないように』なんていうエスパー染みた気遣いは一切無い。
何とか誤魔化していくしかないな」
「では、明日もお楽しみに!」