……遡る事数十分……
「おい姫路」
「はい、何ですか?」
「貴様には勉強よりも必要なものがあるだろう。ちょっと付き合え」
「え? はい……」
姫路を連れて向かったのは台所。
あの奇天烈な料理を矯正……できるかは怪しいが、とりあえずトライしてみなければ何も始まらない。
「まずはシンプルに卵焼きとかで良いか。とりあえず作ってみてくれ」
「お料理……ですか。分かりました。やってみます!」
卵焼きに必要なものと言うと……言うまでもなく卵、それに加えて塩、胡椒。後は焼くのに必要な油くらいか。
そんな捻った場所に置いてあるわけでは無いのですぐ見つかるはずだ。
……はずなのだが……
「……姫路、一体全体何を探しているんだ?」
「え? 酸性の食材です。酢酸くらいしか見当たらないんですけど、何処に置いてあるんですか?」
「……姫路、卵焼きの作成手順を口で説明してみろ」
「はい。まず、卵を割ってフライパンの上に落とします」
「ふむふむ」
「菜箸で卵をかき混ぜます」
「ほうほう」
「塩酸などの酸性の食材で卵をさらにトロトロにします」
「…………続けて」
「はい。十分解けたら塩基性の食材を入れて中和します」
「……うん」
「最後に、卵を焼いて完成です!」
「……そうか」
塩基性の食材とかいうパワーワードは生まれて初めて聞いた。
酸性の食材は……まぁ、炭酸飲料とかお酢が該当すると思えばそこまで不自然ではないか。物体を溶かす目的で使用するのは極めて不自然だが。
「……姫路」
「はい」
「今日は塩基性の食材とやらは使用禁止だ。
酸性食材も……卵焼きには要らんな。使用禁止だ」
「そ、そんな! じゃあどうやって作れば良いんですか!?」
「姫路、よく考えろ。卵なんて菜箸でかき混ぜた時点で十分にトロトロだ。そして焼けばどうせ固まる。
必要以上にトロトロにする事は無い。
そして、酸性食材が不要なら塩基性食材も不要だ。その辺の工程はスキップして作ってみろ」
「そんな方法で作れますかね……? 分かりました。とりあえずやってみます」
と言う訳で作ってもらった訳だが……
「見た目は完璧だな」
「そうですね……味はどうでしょう?」
「ふむ……」
スプーンを手に一口食べる。
「……姫路」
「はい」
「……どうやったらこの見た目でこんなにも不味く作れるんだ?」
「やっぱり美味しくなかったですか?」
「ああ。実に不思議だ」
見たところ工程には全く不備が無かったはずなのにどういう訳かクソマズイ。
体に害が無い時点で大きな進歩ではあるが……それで喜ぶのはいかがなものか。
「クソマズイにも関わらず見た目だけは三ツ星級。
仕上げの技術だけがやたらと上手いという極めて尖ったスキルを持っているらしいな」
「そ、そうなんですかね……?」
「……仕方あるまい。短所を補うのではなく長所を活かす方向性で進めよう。
ちょっと待っていろ」
「よし、完成だ」
「……あの、空凪くん、これは一体……?」
「僕の料理だ」
適当な食材をフライパンにぶち込み、適当な調味料を適当な配合で適当にぶち込み適当に火にかける。
その結果出来上がるのがコレ。色々と混ぜ過ぎたせいでグロテスクな見た目になっているが味だけは一級品な代物だ。
「……これ、食べられるんですか?」
「貴様の料理と比べれば何だって食べられる代物だ。
ほれ。食ってみろ」
「お断りする選択肢は……無さそうですね。頂きます」
姫路は僕が作った暗黒物質をスプーンで掬い取り、恐る恐る口に入れる。
「っっっ!? お、美味しいです!? どうしてこの見た目で美味しいんですか!?」
「見た目を度外視して速度と味重視で作ったからな。
光に家事をボイコットされたら餓死するんでな。あの時は必死だった……」
「そ、そうですか。大変だったんですね……
それで、これをどうするんですか?」
「貴様にはこいつを包んでもらう。
オムレツ……いや、一口で食べられて中身を見ずに済むシュウマイとかの方が良いか。確か生地がこの辺に……あった」
「なるほど、見た目だけは悪いコレを綺麗に包むんですね。
……でも、それって料理って言えるんですかね……?」
「カップ麺よりは料理している。自信を持て」
「比較対象がおかしい気が……分かりました。やってみます」
と言う訳で完成したのがシュウマイもどき9皿分という訳だ。
「ふぅ、これで完成……ですね」
「まだだ。味見してみろ」
「あ、そっか。えっと……これかな。頂きます」
作成したものの中からなるべく不格好なものを選んだのだろう。箸で摘まんだそれをゆっくりと口に運び、食べる。
「…………美味しい……です」
「良かったじゃないか。それが今の貴様の料理の味だ。ちゃんと嚙み締めろよ」
「はい! 美味しい、美味しいです!」
その美味しいと繰り返す声は心なしか涙ぐんでいるようだった。
正攻法とは大分異なるが……一歩前進だな。
「さて、盛り付けるか。僕は米をよそるから姫路はシュウマイもどきを並べてくれ」
「夕食には少し早い気もしますけど……分かりました!」
僕たちは大量の皿を持って居間へと向かう。
扉を開けようとして……手が塞がっているせいでノブが回せない事に気付く。
「どうすっかな……ん?」
扉の向こうから声が聞こえる。
『兄さんは居ないみたいみたいね。ここに居る人達は不法侵入かしら? 110番しないと』
『待て待て。剣ならその辺に居るはずだ』
『アハハ、冗談よ。もし兄さんが居なくても秀吉くんが居るなら問題無いし』
『ワシ? どうしてじゃ?』
『彼氏の突然の訪問を歓迎しない彼女は居ないって事よ。秀吉くん♪』
『むぅ……そういうものかのぅ?』
丁度光が帰ってきてるみたいだ。
そして度々流そうとしていた『秀吉と光が付き合い始めた』という事を上手い事流してくれている最中らしい。
「あれ? 光さんって秀吉くんと付き合ってたんですか?」
「ああ。つい最近の話だな」
「一体いつの間に……」
「ホントについ最近の話だな。
……ああそうだ、貴様はどうなんだ?」
「え? な、何の話ですか?」
「貴様と明久の関係についてだ。
貴様が明久の事を好いているのならサッサと行動した方が良い」
「え、いや、その……い、今はテスト前の大事な時期なので……」
その発言は明久が好きであると自白しているぞ。
そうツッコミを入れようかと思ったが……止めておく。それ以上に重要なツッコミがあるから。
「なら、テストが終わったら告白するのか?」
「うぇっ!? えっと……その……」
「……まぁ、好きにすれば良いさ。告白するしないなんて横から他人が言う事でもないしな」
「………………」
これは本当にただのお節介だ。中途半端な関係を見ていて気に食わないというだけの話。
姫路が行動するかしないかは結局は本人次第。僕にできるのは煽る事くらいだ。
……さて。
バキッ
「諸君、少々早いがメシだ」
「蹴破るんですか!?」
「姫路さんの料理改善回だったわね」
「見た目を取り繕うのがやたら上手いという長所はリメイク前当時の筆者が強引に捻り出した代物だが……当時の読者から『ニセコイの小野寺さん思い出した』という指摘を受けた。無意識のうちに影響されてたのかもしれんな」
「小野寺さん……別の小野寺さんなのは分かってるけど奇妙な縁を感じるわね」
「なお、本作の小野寺さんの料理の腕は……特に設定されていない。今からメシマズ属性を生やす事も可能だ」
「姫路さんみたいなのは世界に1人居れば十分でしょうに。いや、玲さんも居るけど」
「……さて、後半も解説したいんだが……これはあんまり話したくないなぁ……」
「……ああ、確かに。姫路さんの告白の辺りをキミ視点で話すのはねぇ……」
「だから今回は筆者の悪癖の解説に留めておこう。
うちの駄作者はノリと勢いで予定していた展開を捻じ曲げる悪癖がある。
リメイク前とは明確に異なる展開になる可能性も十分にあるというわけだな」
「と言うか現段階でかなりズレてるわよね……」
「……まぁな」
「では、次回もお楽しみに!」