翔子の金属バットが振り下ろされ、そしてグシャリと言う肉を潰す嫌な音が耳に届いた。
不思議と痛みは感じなかった。ダメージが大きすぎて感覚が麻痺したんだろうか?
あるいは、痛みすら感じる暇も無く三途の川を渡ってしまったのだろうか?
……はぁ、悪くない人生だった……とは、お世辞にも言えないな。
ああすれば良かった。こうすれば良かった。言い出したらキリが無い。
ただ、一番の心残りは……
「……って、ん?」
目を開けようとしたら普通に開いた。そして、薄暗いお化け屋敷の内装が視界に入った。
それ以外に見えるのは、翔子の姿と、もう1つの人影。翔子と俺の間に何者かが割って入ってきていた。
いや、何者かなんてボカす必要は無いか。このタイミングで割り込めるのは、黒幕しか有り得ないのだから。
「痛ってぇ……試召戦争の時より明らかに重症だぞこれ」
薄暗くても間違えようもないその風貌は、紛れもなく剣のものだった。
「……剣? 退いて」
「いや、退けないな。貴様は一体何をしていた?」
「……?」
「……何だ、自分の行動すら理解できていないのか?」
「……違う。私は、雄二にお仕置きしようとしていただけ。
……問い詰められる意味が分からない」
「お仕置き? ハッ、字面だけならお可愛い事だ。
そして確かに嘘ではない……が、正しくもない。ほら、これが『答え』だ」
剣が何かのスイッチを押すと同時に照明が灯る。
そして、鮮明に浮かび上がってきた。床に飛び散る血痕が、一部が赤く染まったバットが。
……歪に折れ曲がった剣の左腕が。
「っっっ!?」
「ホント、腕一本で済んで良かった。危うく死人が出る所だった事を考えると安いもんだな。
あ、それとも命を狙ってたか? だとしたら済まなかったな。計画を邪魔して」
「ちっ、違うっ! 私は……」
「貴様がどう思ってたかなどどうでも良い。この結果が答えであり、それ以上でもそれ以下でもない。
まぁ、仮に衝動的な行動だったとしても有り得ないな。そもそもの原因は、コレだろう?」
剣がポケットから取り出した小さな機械……ボイスレコーダーのボタンを押す。
『姫路の方が翔子よりも好みだな。胸も大きいし』
さっき聞いた俺の声らしい声だ。自分の声なんてよく分からんが。
「……それ、さっきの……」
「コレな、僕が自作した合成音声だ」
「っ!!」
「僕が趣味で持ち歩いてるボイレコの音声を編集、切り貼りだけだとちょっと厳しかったんでパソコンにブチ込んで音声を作成した。
この程度のオモチャに騙されるとは、無様だな」
「……どうして、そんな事を……?」
「……それもどうでも良い事だ。重要なのは、この程度のものに騙されたという事だ。
口では愛しているだの結婚したいだの言っておきながら、貴様は雄二の事をこれっぽっちも信用できていない。それが事実だ」
「……そんなこと……無い!」
「ハッハッハッ、寝言をほざくだけなら自由だ。
……ふぅ、少し疲れた。ちょっと休んでくるとしよう。じゃあな」
「お、おい! ちょっと待て!」
立ち去ろうとした剣を慌てて呼び止める。
すると面倒臭がっている事を隠さない表情をこちらに向けた。
「僕は休みたいんだが。手短に」
「色々と言いたい事はあるが……お前、一体何がしたいんだ?」
「何だそんな事か。後で教えてやる」
「あ、おい!! ……くそっ」
呼び止める間も無くサッサと走り出してしまった。
追いかけようかとも思ったが翔子を置いていくわけにもいかない。そのまま見送るしか無かった。
剣の姿が曲がり角の向こうに消えた直後、携帯が鳴った。
「ん? メール? こんな時に……って、お前かよ!!」
予め文章を用意してあったんだろう。剣からのメールが俺の携帯に届いていた。
From 空凪 剣
To 坂本雄二
sub 問題の認識と解決方法
本文
潜在的な問題の存在を証明する最も手っ取り早い方法は何だと思う?
答えは簡単だ。その問題を起こしてしまう事。
こうする事で、問題の存在だけでなくその深さまで推し量る事ができ、更には共通の認識に組み込む事が出来る。
今回の件を上手く使って、この問題を解決して欲しい。
追記
僕はこれ以上、体を張る気は無い。
喜劇を作り出すのか、悲劇に終わるのか、
後はお前たち次第だ。
「……なんだよこれ。ふざけてるのか? あのバカ野郎っ!」
あいつがやりたかった事は実に単純だ。
例えるなら、『怪しい爆弾が転がっていたからマッチか何かで爆破した』という事だ。
何の工夫も無いが故に最速最短の解決方法だ。それは間違い無いだろう。
問題は、安全性が全く考慮されていない事。
それ故に無防備に受けた場合の被害を完璧に再現できる。翔子に反論の余地は一切与えられない。
だが、それ故に被害は甚大だ。冗談抜きで腕一本で済んだのは安かっただろう。
あいつなら他にいくらでも手段が取れた……いや、そもそも気にする義理すら無いはずだ。
本当にここまでする必要があったのか? なぁ、どうなんだよ。
「……雄二、あの、その……」
「……とりあえず、一旦外に出るか。翔子、そんな物騒なものはその辺に放り投げておけ」
「…………うん。分かった」
血塗れのバットを捨てさせてから、俺たちは来た道を引き返した。
「というわけで、お化け屋敷でのイベントは終了だ」
「う~ん……リメイク前から思ってたけどやっぱりキミは頭おかしいわ。
よくコレと付き合おうだなんて奇特な人が現れたわよね」
「全くだな。僕が一番ビックリしてるよ。さて、解説するか。
本作の初稿が書かれた頃は暴力系ヒロインに対するアンチヘイトがかなり流行ってた。うちの筆者もその流行に乗っかろうとした愚か者の1人だ」
「原作バカテスのカテゴリでは相当流行ってたわね。他はあんまり調査してないけど」
「ああ。ただ、実際に書いてみるとよく分かるが、原作を忠実に読み解くとヒロイン達を悪役として書くのは結構厳しい。適切な条件を与えないと悪役になってくれない。
何でかと言うと……恐らく、問題行動がほぼ全て衝動的だからだろう。これで一貫して悪役になれというのは無理がある」
「あくまで筆者さんの意見です。書ける人は普通に書けます」
「まぁそんな感じで適当に合宿編の辺りまでアンチヘイトっぽく書き進めた後、かなり練り直し、更に練り直し、また練り直したものが本作になる。
だから、一部のヒロインに対しての風当たりは結構強いな」
「一部の……うん、何も言うことは無いわ。
それでは、次回もお楽しみに!」