全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる 作:ひょっとこハム太郎
「現時点で最高純度の輝き! つまりは私の最高傑作なワケだ!」
「呪詛の解除に始まったラピスの研究が、やっと誰かのために……」
「本音言うと、局長にぶち込みたい未練はあるけどね」
戦いがあった。
互いに譲れぬ正義を握り締めたまま、振り上げた拳を振り下ろす。或いは、狙い定めた銃の引金を絞る。そんな戦いが。
幾度となく傷つけ、幾度となく傷つけられ。愛を詠う戦姫達と支配からの脱却を目指す錬金術師達との戦いがあった。
これまで払ってきた犠牲と生贄のためにこそ、後には引けない。理想成就のためにこそ錬金術師は不退転の決意で戦いに臨み。
あらゆる犠牲と理不尽に真正面から異を唱えるべく、後には引けない。だとしても、と血を吐くように叫び、戦姫達もまた不撓不屈の意思で手を伸ばし続けた。
両者の戦いは、決して無意味ではなかった。
例えそれが「人でなし」の身勝手な願いが起点であったとしても。例え、多くの犠牲と無念が積み重ねられた果てであったとしても。
罪の所在が何処にあり、如何なる罰が与えられるべきなのか明確でなかったとしても。
両者の手は交差し、確かに握り締められようとしたのだから。
「…………サンジェルマンさん」
朦朧とした意識の中、戦姫の一人が手を伸ばし続けた相手の名を呼ぶ。
彼女の胸にあるのは、己の選んだ道が決して間違いではなかったという喜び。そして、手を取り合えた筈の彼女が、これから手の届かぬ遠い場所に消えてしまうという確信と寂寞だけ。
――嗚呼、空を見よ。其処に広がる審判の日の如き光景を。
曇天の空を焼き尽くす炎が燃えている。今でこそ錬金術師の研鑽の成果によって押し止められているが、それも何時まで保つか。
それこそは神秘に満ちた時代より人類を解放し、新世界の秩序を構築するべく発射された「神殺し」。人が手にした先端技術の到達点。
されど、払われる犠牲の大きさは計り知れない。この「神殺し」は神をも殺すもの。神よりも脆弱な人に耐えられる筈もなく。
審判の炎と破滅の炎は同じもの。人類は神殺しに手を掛けたと同時に、自らの同族全てを焼き尽くすだけの炎を手に入れたのだ。
大地は焦土と化すばかりではなく、深刻な汚染を招き、今後百年は人の住めぬ土地となる。
皮肉であったのはこれが神を殺し、人類を解放するという御題目で放たれながらも、その実、大国の思惑と威信、そして支配を掛けた一撃であったことか。
「でも驚いた。何時の間にあの娘達と手を取り合ったの?」
「…………取り合ってなどいないわ」
これに異を唱えぬ錬金術師ではなかった。
元より、彼女達は支配からの脱却を目指した者。神殺しという人の業だけならばいざ知らず、その後の支配が見え透いた思惑など認められる筈もない。
何よりも――――戦姫に名を呼ばれた錬金術師は嘘偽りなく、掛け値なしに、支配という人の欲望を憎み、同時に心の底から人を愛していた。
「あの娘達と手を取り合ってなどいない……取り合えるものか……」
それもまた錬金術師の本心であった。
理想を理由に重ねてきた罪の重さ。血で汚れきった己の両手。これまでの犠牲と生贄の数。
どう取り繕ったところで言い訳など出来ず、またするつもりもない。故に、差し伸ばされた手を拒絶はせずとも、掴まない。
彼女の胸に去来するのは、とうの昔に失っていた筈の死の恐怖。地獄へと道連れにする仲間と、だとしてもと手を伸ばし続けた戦姫への申し訳無さ。そして、何よりも強い使命感。
けれど、彼女の胸の内を軽くするかの如く、仲間は穏やかに微笑んだ。これ以上ないほどの満足げな笑み。事実として、未練はあれども不満はない。嘘偽りに塗り固められ、或いは怠惰と享楽に沈んだ人生に理想という光を齎したのは、間違いなく彼女であったからだ。であれば、完全で全美となった身体と命を燃やし尽くそうとも構わない。
仲間の献身に、最大の感謝と全幅の信頼を向け、今まさに最後の一射を放とうとした瞬間――――
『覚悟を踏み躙るようで悪いが、待ってくれ』
――――構えられた銃身に手を添え、邪魔をする何者かが現れた。
「貴様は……!」
「あーら、ほんと最悪のタイミング。出待ちでもしてたのかしら……!」
「今の今まで影も形もなかったのに、此処で来るワケだ!」
『邪魔をしに来たのは事実だけどね。そう邪険にされてもな。アンタ等に死なれるのは、こっちが困る』
まるで鉄と鉄とを擦り合わせるような錆びついた声。若いのか、年老いているのかすら判然としない。唯一拾える情報は、男のものらしいということだけ。
その声も異常であれば、その姿もまた異様にして威容という他なかった。
全身を覆う黒鉄の鎧は、まるで肋骨を幾重にも重ねたかのような有機物を連想させながらも、無機物特有の硬質さと無機質さを帯びている。
頭部を覆う兜は、まるで眼窩のない頭蓋骨のようで、剥き出しの歯並びは肉食獣の如き凶悪さ。
両肩の先には接続されないまま追従するように浮遊する二枚の歯車があり、背中には歯車を分解したかのような歪な翼が生えていた。
人型でありながら人から掛け離れた、まるで天使とも悪魔とも取れるその姿に、錬金術師達は見覚えがあった。
ルナ・アタック、フロンティア事変、魔法少女事変と呼ばれる世界が崩壊寸前にまで陥った事件の影で、目的も正体も不明なまま暗躍したアンノウン。
世界の救済を望んでいる訳でも、世界の崩壊を望んでいるとも思えず、誰の味方なのかも誰の敵なのかも分からないアンノウンは、何時しか誰かがこう呼んだ――――“機械仕掛けの魔人”と。
『まだ、アンタ達には救える命が――――いや、アンタ達にしか救えない命があるんだ』
「……何?」
「ちょっと、勝手に話進めないで貰えるかしら」
「そういうワケだ。此方が乗る理由は――――」
『悪いが答えは後にしてくれ。
掴んでいた銃身を離し、錬金術師を庇うように前に出る。元より、彼女達の言い分など聞くつもりはないらしい。
その様は傲慢そのもの――――と呼ぶには遠い。錆びついた声故なのか、はたまた悲壮ですらある必死さ故なのか、余りにも痛々しい。まるで全身に傷を負い、血を吐きながら走り続けているかのようだ。
『一部限定解除。機能の拡大解釈、開始――――』
挑むものが神殺しであるのなら、相対する魔人の力もまた神を越えるに足るものでなければならない。
『仮想術式“ティプラー・シリンダー”始動。各設定域よりフォニックゲイン抽出。疑似砲身展開、回転開始――――――――装填完了』
まさに埒外の光景であった。
人は無限を認識できず、またこの世が有限である以上、真実の無限など存在しない。
その常識、その当然、その限界を悉く踏破するかの如く、目を焼く無尽光が十字を形成する。それは、かつて旧支配者が至ったとされる埒外の領域。
魔人の前方に、人類には決して描けない精緻巧妙さでありながら何処か時計の文字盤を模したかのような魔法陣が十重二十重に展開される。
魔法陣の長針・短針・秒針が逆しまに回転する。それは無限に至るフォニックゲインの充填を意味していたのか。或いは、これから起こる現象を示していたのか。
『さあ、虚無へ帰れ……!』
無尽光が放たれる。
あらゆる物理法則を凌駕し、空間も時間すらも飛び越えて、音もなく一直線へ神殺しの炎に飛び込んでいた。
事の顛末を見守っていたあらゆる目があり得ざる現実を目撃し、あらゆる計器があり得ざる事象を観測する。埒外の頂点を。
神殺しは爆発的な勢いで膨れ上がり、暴力的な熱と汚染を撒き散らさんと牙を向いていた。にも拘わらず、光を受けた瞬間からその牙を収め、爆発的な勢いで萎れていく。
「馬鹿な……!」
「冗談きついでしょ……」
「
目で見るだけでは理解できぬ一撃であったはずだが、錬金術師は直感だけで理解した。否応なしに
まるで虚空に飲み込まれるように。まるで始めから存在していなかったかのように。神殺しは何の比喩もなしに虚無へと帰った。
後に残るものは未だ晴れぬ曇天の空と埒外の光景を見守っていた人間達の驚愕のみ。
「ド・マリニーの時計か、あれはぁ! あんなものが、今更……!」
そして、事の推移を見守っていた“人でなし”の悲鳴じみた呟きは誰の耳に届く事なく、風と共に消えていった。
用語
ド・マリニーの時計
完全聖遺物。とある神の慈悲と慈愛によって造られながら、愛憎によって歪められたもの。狂った時計。
聖遺物としての機能・特性は現時点では不明。“機械仕掛けの魔人”によって機能を限定された状態で運用されながら、時間と空間の操作を可能としている。
この聖遺物は完全な暴走状態であり、行使には代償が求められる。
同じく代償が必要となる聖遺物は他にも無数に存在している。例えば、一度抜き放たれれば血を啜らねば鞘に収まらない魔剣ダインスレイフが最たるものだろう。
それらはどちらかと言えば『過ぎたる力は身を滅ぼす』という、聖遺物を作り出した神、或いはフィーネのような神に選ばれ、聖遺物の作成に携わった人間からの警句にして訓示であると推察される。
しかし、ド・マリニーの時計の求める代償に関しては全く別の呪いそのもの。使用者をただひたすらに苛み、あらゆる救いを奪い、永劫の苦しみを与えるためのものに過ぎない。
この時計は全てを呪っている。
本来の形から歪められ、生み出された目的と機能を果たせぬ事実に怒り狂い、誰彼構わず呪いを撒き散らす聖遺物とは名ばかりの呪物。
呪いの悍ましさと使用者の救いのない末路は、あの人でなし――――アダム・ヴァイスハウプトですら恐怖と嫌悪を覚えるほどであるようだ。
機械仕掛けの魔人
国連から指定された
錬金術師の鋳造したオートスコアラーなのか、或いはアダムと同様の人でなしであるのか、人間であるのかすら分からない。正体不明、目的不詳の人型存在。
以前から世界各地で目撃されていたものの、よくある
米国政府は彼の存在を確認しながらも、F.I.Sで行われていた非人道的な実験が明るみに出る事を恐れ、国連や他国へ情報を流さなかった。
その後、「Project:N」。アイドルユニット・ツヴァイウィングのライブの裏で行われた『ネフシュタンの鎧』の起動実験と櫻井 了子――フィーネの引き起こした惨劇に介入し、ようやく世界に存在を認知される事となった。
ネフィリム暴走事件、ライブ会場の惨劇、ルナ・アタック、フロンティア事変、魔法少女事変のいずれにおいても、彼の行動の多くは誰かを救うためのものであったと推察されているが、その度に事態へ関わった聖遺物の欠片を回収し続けている。
国連直轄の超常災害対策起動部タスクフォース“S.O.N.G”は勿論の事、世界各国が彼の正体を追っているが、何の成果も挙げられていないのが現状である。
今回、彼が行使した術式は、現在とは異なる過去や未来といった時間軸、別の平行世界線から極々微量のフォニックゲインを抽出。その作業を無限回繰り返す事で無限に等しいエネルギーを獲得。更には超高速回転させてカー・ブラックホールタイプの特異点を作り出し、対象に撃ち出して誕生以前まで時間を遡行させる。あらゆる防御が意味を成さない、全てを無に帰す一撃。
ジョン・タイターやティプラー・フランクのタイムトラベル理論を応用しているようであるが、いずれにせよ人類の終末までに到れるかも分からない地平へと到達していることが伺える。
これを受け、世界中が彼の持つ技術や能力を確保するべく、動き出すと目される。
フィーネが完全に消滅した現在、異端技術にこの世で最も肉薄する人物。時間操作は元より、その前段階の無限のエネルギー抽出でさえ、世界が危惧しているエネルギー資源の枯渇問題を一気に解決可能なのだ。
以下、現在確認されている彼の行動と推移である。
20☓☓年。F.I.Sにて行われたネフィリムの起動実験に介入。ネフィリムの暴走による施設崩壊時、保管されていた聖遺物の欠片を奪取。その後、絶唱によって瀕死状態であったセレナ・カデンツァヴナ・イヴを救出し、そのまま身柄を確保。
20☓☓年。フィーネと取引を行い、日本の医療施設にセレナを匿ったものと思われる。なお、当時は絶唱の影響によってセレナの視力は失われていたため、魔人の正体は不明のままであり、状況とセレナからの証言による推測に過ぎない。
20☓△年。ネフシュタンの鎧の起動実験及びフィーネの呼び出したノイズによる惨劇に介入。会場に持ち込まれていたネフシュタンの鎧以外の聖遺物の欠片を奪取。その後、風鳴 翼・天羽 奏の両名を救出。逃亡。
20☓□年。再びフィーネと接触。互いの目的に相互不干渉の契約を交わす。これは当時、フィーネと共に生活していた雪音 クリスの証言によって明らかになった。
20☓○年。ルナ・アタック。最終局面にてカ・ディンギル内部の聖遺物を奪取。フィーネが死亡した後に、立花 響、天羽 奏、風鳴 翼、雪音 クリスと共に月の欠片落下阻止に協力後、逃亡。
20☓▲年。フロンティア事変。最終局面にて身柄を確保していたセレナと首謀者の一人であるマリア・カデンツァヴナ・イヴを引き合わせ、月に射出されたナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤを救助。その際にフロンティア、月の遺跡、ネフィリムの一部を奪取している。
20☓■年。魔法少女事変。最終局面にて、キャロル・マールス・ディーンハイムの保有・使用していた聖遺物の欠片を奪取。その後、キャロル、エルフナインに何らかの処置を施し、生きながらえさせる。
20☓●年。パヴァリア光明結社事変。またしても最終局面に介入。反応兵器を消滅させる。