全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる 作:ひょっとこハム太郎
優斗の魔女裁判から数十分後、場は再び活気が溢れながらも和気藹々とした雰囲気を取り戻していた。
街のあそこで食べたケーキが美味しかっただとか、この前に見たドラマの感想だとか、奏と翼の出演したバラエティは大爆笑だっただとか、夏の思い出を形として残そうとスマホで写真を取りながら取り留めのない会話が続いている。
取り留めのない会話が何時までも続くということは、例えどのような会話であれども楽しめるということ。重要なのは会話の内容ではなく、会話の相手。だからこそ、微笑ましいほどの仲の良さだと言えた。
実際に、S.O.N.G本部に居る時は、何時も張り詰めた表情をしているマリアや翼も頬が緩んで彼女達本来の顔が覗けている。
気心が知れた相手だからという理由もあるが、優斗の存在も大きい。ボケてボケて時々ツッコんでを繰り返しているが、ゆるふわでいいかげんで良い加減の雰囲気が良くも悪くも他者の心を緩ませている。
狙っているのか無意識なのかは兎も角、何処か取っ付きにくい調や翼も雰囲気に引っ張られて普段よりも三割増しで話しやすくなっているのは事実。これで会話が成り立たないのは、生粋の人間嫌いくらいのものだろう。
しかし――――
「ところで、優斗さんは付き合っている人はいないデスか?」
「おいちょっと待て、キャメラ止めろ」
「……??? カメラなんて回っていませんよ?」
――――切歌によって落とされた爆弾に、優斗は戦慄した。
ピィィィィン、と急速に張り詰めていく空気に優斗はダラダラと汗を掻く。夏、砂浜、海というシチュエーション、汗の一つも掻かなければおかしいが、それが冷や汗や脂汗であれば話は別。
やりやがったという表情のクリス、やってしまったなという表情の翼、やると思ったという表情の未来、よくやったね切ちゃんと小さくサムズアップしている調。
この二人、本当に容赦がない。優斗をマリアやセレナとくっつけるためにはどのような手段でも行使するつもりだ。まずは差し当たって優斗の女性関係を詳らかなにすることで、奥手な家族二人にやる気を出させる気満々である。
唯一、なぁんにも分かっていないエルフナインだけが癒やしであったが、癒やしは癒やしであって助けにも救いにもならないのである。
(たすけてください)
(嫌です。自分で何とかして下さい。見ている分には面白いので)
(無理です。自分で何とかしましょう。見て楽しませて貰います)
(面倒くさい。自分で何とかしろよ。見てる分には楽しいからな)
(みかたがひとりもいねぇ)
即座に視線で助けを求めた三人は、我関せずを貫き通すと無慈悲な視線を返してくる。
正に四面楚歌。味方が一人もいないこの状況に優斗は頭を抱えたくなるが、何時までも黙っている訳にはいかない。
このままだんまりを決め込んでも場の空気は張り詰めていく一方である。何とかして空気を解きほぐして、強引にでも話題を変えねば色々と致命傷を負いかねない。
別段、自身の女性関係について話す事自体に抵抗はない。元より多いからといってどうも思わないし、少ないからと恥じる気もない。
だが、男と女の話と性についての話は今まで彼女達の前ではタブー視してきた。少女達はそういった事に対して特に敏感な年頃だ。これが同年代なら冗談交じりに話せたが、どの辺りまで踏み込んでいいのか皆目検討も付かない。線引が微妙過ぎて怖すぎる。特に国家権力とセクハラ被害で訴えられるのが怖い。
「ま、まあ、優斗の女性関係の話なんて興味ないけれど、折角の話題だものね!」
「い、いーんじゃねーの? 偶にはそういうのも」
「は、話して貰えると嬉しいなぁ、なんて」
「はいはいはいはいッ! 聞きたい、聞きたいですッ!」
(あんなにうでぴーんって……)
髪をいじりながら、自分は興味はないですアピールをしつつも、チラチラと視線を飛ばすマリア。
妙にそわそわ、もじもじしながら、上目遣いで視線を向ける奏。
気恥ずかしげでありながら、身を乗り出して問うてくるセレナ。
腕をピンに上げて、最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に興味ありますと告げてくる響。
余りの喰い付きに、優斗の顔からは汗が引き、同時に血の気も引く。これは生半なことでは方向転換もできそうにない。
未来と翼とクリスがにやにやと笑い、彼の渋面がますます渋くなっていく。ぐぐぐ、と音が出そうなほど顔にシワを作り、血反吐を吐く思いでやっとのこと口を開く。
「い…………いま、せん」
回答は至極普通で、話題を変えることもできないありふれた言葉だった。
変に見栄を張っても意味ない。ツッコんで聞かれても面倒だ。かと言って、これ以上黙っていては余計な邪推をされかねないし、方向転換も思いつかない。苦渋の決断であった。
「ま、そうでしょうね」
「だよなー。居たら、此処に居るわけねーもんなぁ」
「恋人さんに、嫌われちゃいますよね」
「あ、それもそうか。ふーん…………ふーーーーん」
(全員、露骨すぎんだろ……!)
優斗の言葉に、四人は見るからに安堵と落ち着きを取り戻していく。
マリアは恋人がいなくても恥ずかしいことじゃないのよ、と優しげな視線を向けていた。
奏は先程までの落ち着きの無さは何処へ行ったのか、コイツじゃあな、と言わんばかりに笑みを浮かべている。
セレナは胸に手を当ててホッと安堵の息を吐く。
響だけは恋人がいればこの状況そのものがあり得ないと気付いて、意味深な視線を向ける。
最早、優斗には針の筵である。彼女達とこうした状況など望んでいない。ただ、一緒に遊べればそれでいいのにどうしてこうなったと思いながら、瞳から光がどんどん失われていく。
その様を見て、クリスがまず初めに吹き出した。デデーン、雪音アウトー!
「じゃあ、どんな人が好み?」
「………………ッ!?!??」
(飯塚さんも反応が……!)
そして調が落とす第二の爆弾。
優斗の背景ではピシャーンと雷が落ち、口をあんぐりと開けて泣きそうな表情。顔には、何を言っても角が立っちゃう、と書いてあった。
普段は自分をイジる側なのに、今は散々イジられている彼の姿に、翼が限界を迎えた。デデーン、風鳴アウトー!
「な、何で、そんな事を聞きたいのかな、月読ちゃん?」
「この前、優斗さんの家で切ちゃんと一緒にエッチ本探索して一冊も出てこなかったから、どんな人が好みなのか疑問に思って」
「君等、人ん家来て何してくれてんの???」
(んッふ、んふふふふ……調ちゃんも切歌ちゃんも何やってるの、もう……!)
予想外も予想外の事実を真顔で告げられ、優斗も堪らず真顔になる。まさか、自分の知らないところで、普段は無邪気な少女二人がそんなことをされているなど考えてもいなかったのだろう。
二人の意図は優斗の好みを探ることで家族に貢献しようと考えたのだが、まさかの空振り。女の気配がないことは普段の態度や行動から察していたが、此処まで性欲がないとは病気なんじゃと心配した程であった。
しかし、この場に来てそれが生きた。切歌はグっと小さくガッツポーズをし、調はニヤリと黒い笑みを浮かべる。
全く予期していなかった調と切歌の行動を暴露され、未来も堪えが効かなくなる。デデーン、小日向アウトー!
その時、優斗ははたと気付いた。見過ごしてはならない、ある疑問に。
それは、どうやって男の秘密の隠し場所など当たりを付けたか。彼女達にとって日常とは非日常、非日常こそを日常と呼べるような生活を送ってきたことは察しが付いていた。だからこそ、見られたくないものを隠す場所など検討もつかないはずだ。
「――――いや待て。お前等、男のそういうのの隠し場所、何処で聞いた?」
「「藤尭さん」」
「藤尭ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!!!!!」
「「「ぶふぅーっ!」」」
まさかまさかの童貞仲間の裏切りに、優斗の汚い高音が砂浜に響き渡る。デデーン、雪音、風鳴、小日向アウトー!
どんな状況、どんな状態で二人に問われたかは知らなかったが、面白半分にやることではない。
優斗の性的な情動が極端に薄いのか、或いは単に隠し場所が藤尭とは違ったのか定かではないが、もし万が一にも二人の目にR指定物の物体が目に入ればどうなっていたことか。
自身が嫌われる、軽蔑される程度ならまだいい。おかしな性癖に目覚めたり、或いは性そのものを忌避するような拗れ方をすれば、少女の将来に暗雲が立ち込めかねないだろう。
なお、藤尭本人の名誉のために記しておくが、情報解析の三徹目という過酷な状況下で意識も朦朧、思考が鈍化しているところを狙い澄まして調と切歌が聞きに行っただけである。子供は大人が考えているよりもずっと賢い。何時までも子供と思っていると痛い目を見るのは大人の方だ。
「それで、どんな人がタイプなんデスか?」
「さあ、答えて。さあさあさあ」
『………………』
「――――――」
ズイと詰め寄ってくる調と切歌。固唾を飲んで見守るマリア、奏、セレナ、響。状況を楽しんでいるクリス、翼、未来。
最早逃げられんぞ、と状況が語っている。逃げ道は塞がれてしまっている。
これだけ興味関心を持たれては答えなくては白けるというもの。彼の気質としてそのような真似、許せる筈もなく。
だが、その結果として、どのような災禍が引き起こされるか。考えるだけでも恐ろしい。
いっそのこと全てをぶちまけて楽になってしまおうか、と口を開きかけたその時――――――
「いやぁ、オレに見た目の好みなんてないよ」
「「…………ッ!」」
優斗に電流走る――!
思考を駆け巡る悪魔的奇策……! 全てをひっくり返す卓袱台返し……! 年長者として最低の発想……!
一聴しただけでは凡百でつまらないありきたりな答え。
自分は容姿なんて気にしない、というモテない男の見え透いた、己の株を上げようする程度の低い発言……!
が……! 調と切歌の周囲ではざわ……ざわ……と効果音が鳴っている。
二人には優斗が何を考えているのかは分からない。分からないが、直感と魂そのものが、この男を喋らせてはいけないと叫んでいる……!
「ゆ、ゆう――」
「だってさぁ。人間、若いって言われるより、おじさんおばさんって呼ばれる時間の方が長いからねぇ……!」
「コイツ……!」
「言ってはいけないことを……!」
「なんてことを言うんですか、優斗さん……!」
調が止める間もなく、今度は優斗が爆弾を投下する。
女性にとっては大量破壊兵器じみた爆弾は、事態を面白がって見守っていた三人が戦慄するほどであった。
「増える小皺」
「…………っ」
「ビールで弛んでいく腹」
「…………っ!」
「どんなに大きい胸も萎んで垂れる」
「し、しぼんで……」
「……た、たれる」
ボソボソとした口調ながらも、その口元に刻まれている悪魔のよう。
初めに視線を向けられたマリアは、無意識に頬へと手を伸ばす。まだまだ大丈夫とは思っているが、あと5年もしたら……という不安が頭から離れない年齢なのだ。
次に射抜かれたのは奏。ヤバいヤバいと思いつつも、ビールの持つ魔力に抗えない自分自身の腹を撫でる。思い浮かぶのは居酒屋で飲んでいるビール腹のおじさんか。
続き、セレナと響が自分の胸へと視線を落とす。脳裏に浮かぶのは、一緒にお風呂に入った祖母とマムの姿。若い頃はさぞや張りがあったであろうに、時の流れによって変わり果てた胸を……!
四人だけではない。女性というだけで、この話題はNGである。
若さ故に普段は意識しないものの、老いとは誰にでも訪れるもの。容姿とは時と共に衰えていく。男性よりも女性が強く意識するそれを無残に突きつけられるのだ。恐怖以外の何物でもあるまい。
ゆらり、と優斗が立ち上がり、続くように他の者も後に続き、じりと足腰に力を込めていた。
唯一、何を当たり前のことでこんなに焦っているんだろう、と座りっぱなしのエルフナインくんちゃん。彼女はつい最近まで無性であり、幼すぎて容姿にはとんと興味がないお年頃。その様子に、優斗はより一層笑みを深めて、彼女の両脇の下に手を差し込んだ。
「あ、あの優斗さん、あんまり乱暴に走るのはちょっと……」
「安心しろ、エルフナイン。君の身はオレが必ず守る。だから、オレに力を貸してくれ」
「な、何だかよく分かりませんけど、分かりました。ボクにお任せ下さい!」
「――――――マジン・ゴー!! パイルダァァァオォォォォンッッッ!!!!」
「が、がしょーん」
彼女が思い出したのは砂浜にやってきた時の、優斗の無意味な暴走。だが、その余りにも信頼を感じさせる声に意を決した。
エルフナインの信頼を感じ取り、魂の咆哮と共に肩車の体勢へと移行する。
若干、恥ずかしそうにそれっぽい効果音を口にしながらも、ぎゅと優斗の頭に両手を、首に両脚を回すエルフナイン。女子を恐怖のズンドコに陥れる魔神が此処に降臨した。
「おまえらもうゆるさねえからなぁ」
「え、えっと、ボクは何をすれば……?」
「なぁに、老化現象について具体的かつ詳しく説明してくれればいいんだよ? ただの勉強勉強」
「な、なるほど……! 海に来ても勉強なんて皆さん熱心ですね。ボクも頑張らないと……!」
「さあさ、語って聞かせやしょう! エルフナインが老化について、オレが実体験に伴うその恐ろしさについてなぁ……! お前もッ! お前もッ! お前もッ! お前もお前もッ!! 全員おばさんとかばあさんになるんだよぉ!! 夜に眠るのも嫌になるほどの恐怖に陥れてやるぜぇぇぇぇ!!」
「では初めに――――」
『い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!』
『や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!!』
始まったエルフナインの講義に、蜘蛛の子を散らすように逃げていく少女達。後を追う最低にして最強の魔神。こうして、砂浜の追いかけっ子が始まるのであったとさ。
女性に年齢の話は、ダメ絶対――!!