全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる 作:ひょっとこハム太郎
「無垢なる少女と時計屋さん・壱」
「あー、酷い目にあっちゃいましたねぇ……」
「ホントにな。ま、アタシらはマシな方だけど……」
『ひゅー……ひゅー……ひゅー……』
身体を全然鍛えてないのに人並み外れた肉体を持つ男に頭脳派錬金術師がパイルダーオンした結果爆誕した最低最悪の魔神による追い掛けっ子から30分後。タープの下はちょっとした野戦病院のような有り様であった。
日陰に合わせて敷かれたシートの上に、響は膝を抱えて、奏は両脚を投げ出して座っていた。二人共、表情に疲労の色が濃い。
だが、それ以上に悲惨だったのは、魔神の第一目標にして惨劇の切欠となった切歌と調、更に魔神の第二目標にして状況を面白がっていたクリス、翼、未来。
五人は体力の限界を迎えて虫の息でシートの寝転んでいた。体力的に劣っているクリス、調は兎も角、元気っ子の切歌、元陸上部の未来、防人として鍛えてきた翼がこの有り様とは、優斗も弦十郎ほどではないにせよ、ナチュラルボーンフィジカルモンスターゴリラである。
それだけでなく、五人が五人とも明日なんて来なければいいのに、と虚ろな目で呟いている。エルフナインの悪意のない講義が耳に入ってしまい、老いという必ず訪れる現実から逃げられなくなっているようだ。
幸いなことに、響と奏に加えてマリアとセレナの姉妹はあくまでも話題に喰い付いただけと判断されたらしく、追いかけ回されはしなかった。
だが、他の者は、エルフナインを肩車したまま陸上選手のような速度で追いかけ回され、砂浜どころか海や別荘にまで逃げたというのに執拗に追跡された。
えへん、ボクはちゃんと老化現象についても説明できます、ただの錬金術師ではありません、と少しばかり誇らしげに分かりやすく講釈を垂れるエルフナイン。そんな彼女を肩車したまま、完全な無表情で追いかけ回す優斗。直接、追いかけ回されたわけではないのに響と奏は若干、トラウマになった模様。他の者の胸中は如何ばかりか。
まず初めに脱落したクリスが餌食となり、続いて調が、更には未来が、果ては切歌が、最後まで逃げ続けていた翼が肩を捕まれて老化現象の講釈を聞かされてしまい、体力以上に精神的に追い詰められ、誰も彼もが二、三歳は年をとったように見える。これは酷い。
「はい、皆さん、麦茶ですよ。ゆっくり飲んでくださいね」
『セレナァ……やはり、大天使か……』
「もう、皆まで……!」
麦茶をコップに注いで人数分持ってきたセレナが現れ、五人はゾンビの如き有り様で手を伸ばした。
心も折れ、喉も渇ききっている五人にしてみれば、その優しさは真実、大天使の如く映っているのだが、優斗とマリアのように誂っていると思い込み、怒り出してしまう。
しかし、それでもキチンと一人ひとりに配る辺り、セレナマジ大天使であった。
切歌と調はセレナの優しさと麦茶によって齎される潤いにホロリと涙を流し、クリスと翼と未来は余りの神々しさに両手で拝み始めていた。
「はい、響ちゃんに奏さんも」
「おっ、悪いね。欲を言やぁ、ビールが良かったけど」
「奏さん、まだそんなこと言ってるぅ……本当にビール腹になっちゃいますよ?」
「うぐぅっ! い、いいや、まだ! まだ大丈夫! 大丈夫だから! 多分……」
「汗を掻いた時にアルコールはダメです。大人しく麦茶で我慢して下さい」
「……へーい」
ビールが飲みたくて飲みたくて仕方がない奏であったが、響とセレナは白い目を向けられ、コップを受け取りながら肩を縮ませて項垂れた。姉御肌であるが、年下には弱いようだ。
そして、この場にいない優斗、エルフナイン、マリアの三人は何処へ行ったのか。
翼をダウンさせた後、優斗はそのまま何も言わずにエルフナインを連れて砂浜を去っていった。
アレほどの嫌がりの中、イジられ続けたのだ。腹を立てて帰ろうとしているのではないか、と心配したマリアが後を追うのは必然であったかもしれない。
響達が残ったのは、ダウンした仲間達の介抱のためであり、マリアに任せておけば大丈夫という安心感であり、優斗がこの程度で怒る筈もないという信頼感故であった。
事実として、彼が怒っている場面など一度たりとて見たことがない。それ故に彼を甘く見ているのではなく、そうした彼の人柄に全幅の信頼を置いているのだ。
「そう言えば、セレナさんは何処で優斗さんに会ったんですか?」
「あたしは響に連れて行かれてだけど、マリアとかは完全に別口だったよな、確か」
「ええ。マリア姉さん達はフロンティア事変の只中で出会ったみたいだけど、私はもっと前です」
再び、シートの上に身体を投げ出して体力と精神の回復に努めだした親友と仲間の姿を横目に、響はふとした疑問を口にした。
未来や奏、翼、エルフナインが優斗と出会った切欠は全て響によって作られたものだ。
先代が作り上げた鷲崎時計店は、下手な喫茶店よりも断然に雰囲気が良く、勉強をするにも、駄弁るにも最適以上。規則正しく刻まれる秒針の音は妙に落ち着くし、店主である優斗の持つ雰囲気も相俟って心身ともに解されていくような気さえする。
時計店本来の役割を果たさせない申し訳なさはあったものの、意外過ぎる穴場と自慢の知り合いを紹介したくなってしまった彼女の気持ちも分からないでもない。
なにはともあれ、それぞれがどのような出会いをしたのか知っている。しかし、セレナやマリア、切歌や調に関しては別だ。響が関わるまでもなく、それ以前から知っているようだった。
「これを探している時に手伝って貰っちゃって。それから」
「それって……」
「魔人が作ったパチモンギア、か。本当に何考えてんのか分からないヤロウだな」
興味を隠そうともしない響、興味は持っているが踏み込んでいるか迷っている奏を他所に、セレナは自らと優斗の出会いを語る。
その切欠を思い出したのか、彼女の首から下げられている一つのペンダントに手を伸ばした。
響と奏の胸元にも似たような形状、似たような色合いのペンダントがあったが、細部の意匠が微妙に異なっている。
それこそが彼女達の持つ特殊な才能によってのみ起動する“兵器”。正式名称「FG式回天特機装束」。通称、シンフォギア。
故・櫻井 了子の提唱した櫻井理論と彼女自身の技術力によってのみ製造を可能とされる対ノイズ用兵装である。
このシンフォギアには聖遺物の欠片が組み込まれており、歌の力によって起動させてエネルギーを抽出、変換した上でプロテクターとして固着させる。これは誰もが出来る事ではなく、聖遺物との適合係数が高い者のみが可能とし、人は彼女達を適合者、或いは装者と呼ぶ。
得られる効果は身体能力の向上は勿論の事、ノイズの炭素変換や位相差障壁の無効化、それぞれに組み込まれた聖遺物の特性を引き出すなど多岐に渡る。
余りの強力さ故、現行憲法に抵触するとして存在が秘されてきたが、ルナアタックによってその存在を隠蔽しきれなくなり、世界に向けて情報開示が為されていた。が、これを元にシンフォギアの複製に成功した国も、研究機関も未だ現れてはない。
ただ一人、“機械仕掛けの魔人”を除いては。
奏がセレナのギアをパチモンと呼んだのには理由がある。
エルフナインの解析に寄れば、魔人製のギアは櫻井理論が根幹にあり、運用や使用方法は全く同一であるが、シンフォギアを纏うプロセス、聖遺物からのエネルギー抽出に独自性や差異が見られるそうだ。
曰く、デッドコピー。曰く非常に精巧な模造品。曰く、シンフォギアならぬシンファギア、と散々な呼ばれ方をしている。
とは言え、セレナ自身の適合係数の高さ、姉のマリアと同じく二つの聖遺物を起動可能な「ダブルコントラクト」としての才能も相俟ってか、本家本元シンフォギアに劣らない戦いを可能としている。
二人の姉妹が再び出会ったフロンティア事変、先だっての魔法少女事変においても、彼女はこのギアを纏って戦い、守らねばならぬ者を守り抜いた。
S.O.N.Gの司令である弦十郎も、このギアの存在に頭を抱えている。
何せ櫻井 了子でなくともギアが複製可能であるという実例が現れたのだ。なおかつそれが目的すら定かではない存在によって手掛けられたとあっては無理もない。シンフォギアすら圧倒できる強さに、数多の研究者が匙を投げる異端技術に肉薄する技術力を、何の制御下にもない個人が有しているのだから。
解析から魔人製のギアは外部からの干渉を受け付けず、内部に何らかのバックドアも仕込まれていないと判明している。
ノイズやアルカノイズへの戦力はいくらあっても困らず、今後も襲い来るであろう超常災害に対する手段として使用の決断を下した。現状、魔人製のギアとしてではなく、櫻井 了子の造り上げたシンフォギアの試作品の一つとして公式に扱われている。
ギアを複製した挙句、他者へと譲り渡した魔人の意図は今もって不明のまま。セレナへの接触がない以上、少なからず悪意を以て彼女を利用するつもりはないようであるが、意図が分からない以上は不安は募る。
「改めて言うけど、それ、もう使わない方がいいんじゃねえの?」
「心配してくれるのは嬉しいけれど、私は……」
心配そうな表情で告げられた言葉に、セレナは微笑みながら首を横に振った。
もう何度となく議論を重ねてきたのだろう。そして、全く同じ結論に着地したことは、セレナの返答と諦めたように笑みを浮かべる奏を見れば察して余りある。
余りにも危険過ぎる代物だ。
エルフナインの解析結果を疑うわけではないが、適切な処理を施して封印した方が、無難かつ安全な方策であることは疑う余地がない。
如何に超常災害に立ち向かうためとは言え、弦十郎の判断は甘すぎる。背に腹は代えられないという切実な事情は理解できるが、一組織の長としては信じられない決断だろう。だが、元よりシンフォギアは敵から齎された力だ。何よりも、セレナという戦いに抵抗感を抱く少女が、なおも戦うと誓った決意を無下にすることは彼自身の大人という理想から掛け離れている。当然の帰結だったかもしれない。
「私は信じたい。響ちゃんが姉さんにそうしてくれたように、あの人にも……」
「セレナさん……」
「ま、あたしも奴には借りがあるし。何をするにしても、話くらいは聞いてやらねえとな」
ネフィリム暴走事件においてはセレナを。ツヴァイウィングのライブ会場においては奏を。魔人は明確に二人の命を繋いでいた。
彼の目的がどうあれ、己の恋心のために月を撃ち落とそうした亡霊とも、己の英雄願望のまま地を飲み込む巨人を目覚めさせたただの男とも、己の復讐心から父の願いを歪曲して世界を解剖しようとした錬金術師とも違う、と少女達は確信している。
言葉を交わした事など一度もないが、己の目的を最優先としながらも行動の端々には人の尊厳や一つの命に対する敬意と優しさを確かに見て取れた。
だからこそ、問い掛けに答えて欲しい。貴方の目的は何なのか――――そして、私を助けてくれたのは何故ですか、と。
「とは言え、何処で何してるか分からない相手のこと考えたってなぁ。それよりも――――」
「今は優斗さんと何があったのかの方が重要ですよ!」
「あ、あはは……」
世界にとっての驚異となるのかすら分からない魔人よりも、今は何もしていないのに事態が面白い方向に転がっていく男との出会いの方が重要と目を輝かせる二人に、思わず苦笑いを浮かべる。
セレナは察しの悪い少女でなく、寧ろ良い方である。二人の興味が何に起因するものであるのか、嫌でも分かる。
奏は勿論の事、姉のマリアも同様の感情を抱いているのであろうが、自身の心に素直になりきれない二人には心配にもなる。響も同じだろうと確信しているが、彼女の場合は自分の抱く感情に明確な名を与えてはいない。これはこれで心配が襲ってくる。親友である未来の憂いも分かろうというものだ。
そんな三人の様子に、自覚という点においては僅かながらにリードしている優越感と安堵を抱くと同時に自己嫌悪。
可能であれば名を付けた“恋”という想いは譲れないが、三人に何も言わず自分だけがゴールに向けて走っている事実は、善良で慈愛に満ちた少女には少々荷が重いかもしれない。本当に人の良いことだ。
(ライバル多いなぁ……でも、私だって……)
今の関係を壊したいわけではない。
例え、初恋に破れたとしても、素直に相手を祝福する心の準備は出来ている。
ただ、胸に抱いた複雑な感情ごと今この瞬間を楽しみたい。それは優斗との付き合いの中で学んだ生き方だった。
現実を正しく認識していないわけではない。これから訪れるかもしれない苦難や悲哀から目を逸しているわけでもない。どんな人生であろうとも、小さな幸福や楽しみは其処此処に点在しており、辛いから苦しいからという理由で目を曇らせて見過ごしてしまうのは勿体ない。何時だって、多分何とかなるという前向きささえ捨てなければやっていける。それが優斗の人生哲学。
深いような軽いような。正論のような曲論のような。正しいような間違っているような。何だかよく分からない理屈であったが、共感だけは出来た。
気が付けば異国の地に放り込まれ、支えであった家族と離れ離れになり、自分が何故生きているのかすら分からない状況で、それが新たな心の支えであった。
マリアが世界のために全てを背負い、己の本心すらも覆い隠して立ち上がった時も、諦めずに立ち上がれたのはその御蔭。
「ええっと、優斗さんとあったのはね……」
家族に向けるものとは違う暖かな……いや、いっそ熱いとすら言える想いを抱きながら、無垢な少女は果てのない蒼穹に目を向ける。
脳裏に浮かぶのは光景ではなく声と人の温もり。それも当然の事、当時の彼女は目も見えなかったのだから。
ゆっくりと身体の熱と想いを吐き出すように、セレナは同じくゆっくりとした口調で語り始めた。
チク・タク、チク・タク。
無垢なる少女の想いを綴る。時計と共に、輝かしい記憶を見に行こう。
用語
魔人製ギア
櫻井 了子の手掛けたシンフォギアとは異なる、魔人が作り上げた模造ギア。
形式番号「SG-xxx Aias」。マリアのアガートラームと同じくxが打刻され、数字が用いられていないのは、使用された聖遺物の特定が不可能であったためでなく、魔人の技術がベースとなっているため。
曰く、デッドコピー。曰く、非常に精巧な模造品。曰く、シンフォギアならぬシンファギア。
とは言え、機能自体はシンフォギアに劣るものではない。魔法少女事変において、立花 響とマリア・カデンツヴァナ・イヴを中心とした7人のS2CAにより、XDモードの起動までも確認されている。
形状的にはシンフォギアに近いものの、内部機構は決定的に異なる。聖遺物の欠片を中心に数万もの極小の歯車と螺子によって構成されており、聖詠による起動と同時に動き出す。
歯車の回転によって何らかの特殊効果が発生しているらしく、聖遺物の欠片から抽出されるエネルギー量を常に一定量に保つ。よって、通常形態においてシンフォギアに比べて最大出力は劣るものの、「歌」が中断されたとしても出力の低下を一切招かない安定性があり、絶唱によるバックファイアも極限される。兵器として完成度は上。
但し、内部機構の違いからイグナイトモジュールは組み込まれていないが、通常形態でも飛行可能となっている。
これは魔人がゼロから理論構築よりも、他者の提唱・実現した理論を理解し、改良、改造、改善、改修、修復することに長けている、と示しているものと思われる。
使用された聖遺物はギリシャ神話に登場する「アイアスの盾」。特性は「超振動」。
アームドギアの形状は「白金の盾」。元となった聖遺物の影響もあるだろうが、セレナ自身の守るために戦うという思いが、この形状を象らせた。
通常時は盾の前面に特性が反映されており、あらゆる衝撃を拡散・無効化させる。分裂・展開させることにより、巨大なエネルギーフィールドを形成。実体弾、エネルギー弾の区別なく防御可能と大英雄の投擲を防いだという神話に恥じぬ性能を誇る。
アガートラーム起動時には妖精を思わせるプロテクター形状であったが、アイアス起動時にはマリアと同じく騎士を思わせる形状となる。なお、露出は非常に少ない。恐らく、裸族であったフィーネと全身鎧の魔人という対照的な二人によって作成された故の――
「女だったら肉体は武器。私は私の身体に恥じるところは何もない」
「この裸族バカじゃねーの? いくら障壁張ってるからってプロテクターは多い方が良いに決まってんだろ。素肌露出するとかねーよ。安心安全が一番だ。嫁入り前の娘にお前みたいなアバズレと似たような格好させねーよ。もう一回言うわ、バカじゃねーの?」
「はぁ――――?(呆れ」
「――――あぁ?(怒り」
――という理念の違いがあったと伺える。
冗談はさておき、セレナの装者としての才能も相俟って、装者達のメイン盾として数々の危難を防ぎきってきた。
アルカノイズによって次々とシンフォギアが破壊、改修されていく中、このギアだけは破壊されることはなかった。
「というか、破壊されなくてよかったです。内部機構が複雑過ぎて、拡張性が失くなっていますから。正直、ボクじゃ直せないです」
と、エルフナインの弁。
最後に、魔人が何を意図してこれを残したのか定かではないが、セレナを何らかの形で利用しようとも、想いを踏み躙ろうとしている形跡は見られず、自爆装置も無ければ、外部からの干渉を受け付けないようになっている。
目的や意図が不明故に薄気味悪さばかりが残るが、何時かは彼女が戦う選択をすると見越した魔人が必要な道具として残していったと推察される。
CMネタ
フィーネ「はぁ~~~~~~、ロマンを分かってないわぁ。駄目だわ、この死に損ないのクソガキ」
魔人さん「ロマンもクソもねーよ。実利と実用性優先しろや。虚無に帰すぞ、裸族の変態が」
フィーネ「あ?」
魔人さん「は?」
エルフナイン(この二人、実は仲が良いのでは……???)