全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる   作:ひょっとこハム太郎

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「無垢なる少女と時計屋さん・肆」

 

 

 

「こんな感じ、だったかしら」

 

 

 セレナは優斗との出会いを語り終え、頬を赤らめてはにかみながら微笑んだ。

 自分とあの人だけの秘密にしておきたい大切な思い出であったが、同時に自慢したくなるような素敵な邂逅。

 

 ついつい語る口調も思いが乗って熱くなってしまったが、今は頬の方が余程熱い。

 

 

「優斗さん、魂がイケメンすぎるでしょ……アカン。これはアカンやつやぁ……」

「……やべーよ。やべーよ……破壊力高すぎねぇ……?」

 

 

 それを聞いた響と奏はシートの上に倒れ込み、そんな事を呟いている。

 普段、笑わせるつもりがないのに何でか面白い方向に転がっていく男が、バッチリ決めた時の破壊力を想像して悶ているらしい。

 もし自分がセレナの立場だったのなら。想像しただけだというのに、切なさと愛しさが溢れかえってしんどすぎた。更には響と奏にとっては想い人、威力は数倍増しである。

 

 ある程度こうなることを予想していたのか、セレナはほんのちょっぴりの優越感と他の皆も似たような体験をしているであろう寂しさに苦笑いを浮かべていた。

 

 

(そんなになるくらいだったら、もう全員一緒に告白しちゃえばいいのに)

(しかし、小日向。飯塚さんがアレではな。誰かが恋仲になるなど無理筋もいいところだろう)

(全員女として扱ってはいるんだけど、こう、恋愛対象じゃないって線引きはハッキリ引いてる感じはするしな)

 

 

 ようやっと復活した未来、翼、クリスの三人はセレナの話を聞きながらヒソヒソと会話を繰り返していた。なお、調と切歌はダメージが大きすぎて未だにダウン中である。

 他人の色恋沙汰が盛り上がるのは、それぞれが大人びていたり、独特の価値観を持っていたとしても、少女である以上は仕方がないかもしれない。

 未来は親友や友人達の幸せを願いながらもやきもきし、翼は一歩引いた視点で冷静に、クリスは自分の所感を交えて考察していた。

 

 誰一人として仲間の恋心を否定しない辺り、これはこれで優斗の性格や人柄に対する全幅の信頼が現れている。

 だが、響は自覚が薄く、奏とマリアはいまいち自分の感情に対して素直になりきれない現状よりも、大人しそうに見えて割とぐいぐいモーションを掛けていくセレナですら、のらりくらりと躱している優斗の方が問題だった。

 

 え? 初対面の人間と仲良くなるってそんなに難しくなくない? と語り、コミュ力がおかしいことになっている彼であれば、誰かと友人以上の間柄になるのも、恋人の一人でも作るのはわけないだろう。

 収入も顔もそれなり、心優しく誠実、察しもよければ気配り心配りも出来る。ボケ倒しには辟易するものの一緒に居て楽しいのは事実。これでモテないわけがない。

 三人の趣味でこそなかったが、仲間の恋人となるには十分過ぎる。大事な人を取られてしまったような悔しさこそあったが、それでも十分祝福するに値する相手であると認めている。

 

 

(しかし、小日向が素直に祝福するとは意外だな)

(確かに、洗脳されてたとは言え、あの馬鹿のために世界をどうこうしようとしてたしなぁ……)

(もぅ、私は響の親友として、響の幸せを願ってるだけです! それに――――――優斗さんが響のお婿さんでも、私が響の嫁であることに変わりはないんだし…………なーんて)

(おい先輩こいつやべー奴だぞ!)

(ああ、そうだな。これからは小日向との付き合い方を考えねばなるまい!)

(ちょ! 冗談! 冗談だからぁ!)

 

 

 最後の一言を聞き漏らしたのか、クリスと翼は口元を波打たせて閉口し、すすすと座ったままおもむろに未来と距離を置く。

 冗談と思わなければ確かに、やべー奴にしか映らない。日本では未だに同性婚も重婚も認められていません。

 

 何より、フロンティア事変の何やかやもある。

 結果として未来が響の命を救った形となったが、如何に英雄願望の男に洗脳されていたとは言え、響のために世界の在り方を変えようとしたのだ。愛が重い、重過ぎる。愛、怖いなぁ!

 それだけではない。日常では一緒に食事をするどころか、一緒に風呂に入る、一緒に同じベッドで寝ると世間一般での親友でもやらないような行為を二人は平然と行っている。

 奏大好きな翼でも其処まではやらない、出来ない。人のぬくもりに慣れていないクリスには、更に奇異に映るだろう。

 

 急速に高まっていく二人の警戒心に、これは自分の言葉では意味がない、と未来は救いの主を探し求める。

 このままではグラビティレズ、クレイジーサイコレズと呼ばれるハメになってしまう! あくまでも彼女は響の幸せを親友として願っているだけだから! 純粋なだけだから! なお本人にその気が全くないとは言っていない。

 

 助けを求めて左を見れば、虚ろな目のまま膝を抱えてブツブツと呟いている調と切歌の姿があった。魔神のお仕置きが未だに効いているようだ。役に立たねえ!

 助けを求めて右を見れば、先程まで横たわっていた響と奏が次の話を聞いて目を輝かせている。呼吸は荒く、胸を抑えている辺りキュンキュンしているようだ。セレナも頬を染めて嬉しげに語っている。もっと役に立たねえ!

 

 そして、いよいよ追い詰められた未来がこの窮地を脱するべく五感をフル稼働させて、ついに救いの主見出した。

 

 

「あッ! ほら、皆! 優斗さん達が、帰って……きた……よ……?」

 

 

 タイミング良く何処からか砂浜へと帰ってきた三人の姿を見つけた。

 どうやらコンビニにでも言ってきたのか、優斗はドライスーツからアロハシャツに着替え、エルフナインは白いワンピース、マリアはグレーのパーカーで水着を隠していた。

 しかし、様子がおかしい。余りの様子のおかしさに、未来の言葉は段々と力を失い、跡切れ跡切れになってしまった。

 

 

「………………」

「ゆ、優斗さん、元気だしてください」

「そ、そうよ。あの、程度の、こと、で……ふっ、ぶふ……」

 

 

 優斗はエルフナインと手を繋いでいたが、空いている方の手で顔を覆っている。

 そんな顔を心配そうに覗き込むエルフナイン。どうやら、彼の様子に心を痛めているようだ。

 エルフナインのもう一方の手を繋いでいるマリアもまた口元を抑えていたが、優斗とは別の理由であるようだ。 

 

 異変に気付いた全員が、困惑から怪訝な雰囲気を醸し始めた。

 

 

「ど、どうしたんですか……?」

「セレナ、オレさぁ、そんな怪しい奴に見える……?」

「ふぐぅっ」

「……ふひっ、デース」

 

 

 最初に声を掛けたセレナの問い掛けに、震えた鼻声で返す優斗。ぐすぐす、と鼻を鳴らしていた。どうやら泣いているらしい

 もうこの時点で、優斗がどんな目に会ったのか想像できたのか、今の今まで死んでいた調と切歌の目に光が戻り、噴き出した。普段では見られない優斗に笑ってはいけない! と全員が身構えたのにこれである。酷い。

 

 が、むべなるかな。

 これまで彼と共に出掛けた時に、何度となく見てきた光景がそれぞれの頭の中にフラッシュバックの如く蘇る。

 未来は舌を、クリスは口唇を、翼は臍を噛んでギリギリの所を堪えている。響と奏など崩れる表情を必死で保ち、セレナも俯いて肩を震わせていた。これでは誰も調と切歌を責められまい。

 

 

「すみません、優斗さん……ボクが不甲斐ないばっかりに……くっ!」

「いいんだよ、エルフナイン。お前が不甲斐なかったわけじゃないんだ……きっとオレが、オレが悪かったんだよ」

「ぶぅっぇ、ひぇひぇっ……!」

「ひぃっ、ひひぇっ……!」

 

 

 立花 響、天羽 奏、脱落……!

 本気で悔しがり、繋いでいる手を解いて握り拳を作ったエルフナインの破壊力が抜群だったようだ。我慢のし過ぎで乙女にあるまじき、笑い方になっている。よく笑う二人には荷が重かったようだ。

 

 残る生存者は口元を抑えたり、深呼吸を繰り返していたが、それも何時まで保つことか……。

 

 

「まさか、児ポ法でしょっぴかれる寸前にまでなるなんて、ね……」

「そりゃあさあ、オレも男だからね。若い女の子の方が好きなんだなと思われて、援交を疑われるのは分かる。分かるよ? でもさぁ……」

「んっふっ、んふふふふ……!」

「はぁ、はぁ~~~~…………ぐぅふっ!!」

「無念……! ぶっはぁッ!!」

 

 

 小日向 未来、雪音 クリス、風鳴 翼、脱落……!

 真面目くさった表情で何があったのかを語るマリアがツボに入ったらしい。口元が緩んでしまっているのはポイントが高い。

 涙を流しながら笑う未来。深呼吸でも耐え切られなくなったクリス。膝から崩れ落ち、涙と共に優斗を指差しながら大口を開けて笑う翼。もうどいつもこいつも酷ぇもんである。

 

 

「参ったな。参っちまったよ。二十五にもなって心に深い傷を負うとはよぉ。まさかまさかですよ。人前で二十五にもなって泣くとはよぉ。児ポ法で勘違いされるとはよぉ……」

「よ、良かったじゃない。青少年保護育成条例よりも箔が付いたわ、よ……」

「あー、はいはい! 成程ね、そういうのもあるのか! より社会的に重い罪だから泊が付くってね! 何というポジティブシンキン! なるかぁ、そんなもん!!」

「ぶふーーーーーーーーーっ!!!」

「笑うなぁぁ―――――――!!!」

「……んぐふぅっ!」

 

 

 カデンツァヴナ姉妹、脱落……!

 マリアは軽快なテンポのノリツッコミに。セレナはマリアを見咎める迫真の表情に陥落した。

 

 最早、この場は阿鼻叫喚。

 立っているのは遺憾の意を示し続けるエルフナインと涙目の二十五歳だけである。他の皆はその場に座り込むか蹲るか、四肢を付いて笑っている。

 全員の頭の中にあるのは、警察官に冷たい表情で肩を叩かれ、ち、ちがうんですよ、と弁解する優斗の姿。その後も、違うんです! 違うんです! と必死になって繰り返したであろうことは想像に易く、腹筋に大変優しくない。

 

 

「べ、別にいいじゃないですか。響と私と一緒に遊びに行った時だって、手錠かけられてたし……」

「援交とロリコンじゃあ重さが違うだろうがよぉ! どっちもアウトだけどロリコンの方がよりアウトだろうがぁ! なに? 何なの? オレそんなにロリコンに見えるのぉ!?」

「性犯罪って意味じゃ、どっちも、同、じ、だろうが……」

「オレ、性犯罪者に見えるってことじゃん! ことじゃん! 第一印象で性犯罪者と断定されるとかもうオレ家の外出れねーよ!! 整形しろってかぁ!?」

「い、いえ、飯塚さんは別にそういう顔してるわけじゃなくて、単にタイミングが悪いだけで……」

「エルフナインと話してただけでぇ!?」

「…………しょぼーん」

「ほら、エルフナインが傷ついちゃってるじゃん! でもゴメンなぁ! オレとお前、親戚に見えねえもん! 仕方ないよね!」

「もう、もう喋るな。これ以上、アタシらの腹筋を痛めつけるのホントやめ……」

「お巡りさんもよぉ、普通もうちょっと観察するとか色々あるじゃん! ねぇ?! なんで!? なんでなのッ!! フフッ、もうなんか笑けてきたわ」

『あははははははははははははははははははははッ!!!』

 

 

 自分がそんなやべー奴に見えるのか、と自らの容姿に泣きながら絶叫する二十五歳。

 しょぼくれてしまったエルフナインに優しさを見せる涙を流すほど傷ついた二十五歳。

 どう考えても笑っていられないであろうに、笑うしかない手段が残されていない二十五歳。

 

 ホロリと涙をながら、にこやかに微笑んだ優斗に、エルフナインと彼以外の腹筋が完全に崩壊した。

 笑っては悪いと全員が思っているが、状況から言動から面白すぎる。流石は何もしてないのに面白い方向へと状況が転がっていく男である。

 

 なお、本人と警察の名誉のために語っておくが、どちらが悪いわけでもない。

 たまたま数日前、この近隣で変質者が現れた。幸いなことに、被害者は局部を見せつけられるだけで済んだものの、被害者が小学生であったことで同年代の子を持つ保護者達と警察に火が付いていた。

 変質者の背格好と服装が優斗と似通っていたこともある。そんな男が子供を連れて歩いているのだ。これで通報しない方がどうかしているだろう。隣に容姿端麗な美女が歩いていたとしても何の効果もあるまい。

 

 最早、優斗に職質せよ、と世界が警察に語りかけているようなものだ。これは酷い。

 

 

「はー……やってらんねー…………まあ、いいや。切り替えていこう。ほら、アイス。皆で食べよ」

「飯塚さん……!」

「あたし達のために、職質に屈せず買ってきてくれたってのか……!」

「職質は完ッ全に想定外でしたけどねえ!!」

 

 

 脱力した様子でクーラーボックスの一つに腰を落とした優斗は、たまさか近くに立っていた翼へとコンビニ袋を渡す。

 どうやら、追いかけ回した五人の様子にやりすぎたと感じていたらしく、詫びのつもりも込めてコンビニへと向かったようだ。だが、結果は職質による心の傷であった。何一つ報われねえ。

 

 ツヴァイウイングが自己犠牲に満ちた行為に、ぐっと握り拳を造り、涙を貯めながら悲痛な表情を隠すように俯いた。しかし、肩が震えている。笑っているようだ。

 

 

「ほら、もうその話はやめやめ。さっさと喰おうぜ。溶けちゃうよ」

『ごちになりまーす!』

 

 

 礼の言葉を皮切りに、翼は袋を広げて皆にアイスを配っていく。

 それぞれの好みを把握していたのか、好みを掛けた勝負、などという事態に発展することはなく、各々の手に渡る。

 

 真っ先に食べ始めた切歌とクリスなど慌て過ぎたのか、キンキンと痛む頭を何度も叩いている。他の皆は、その様子を見て笑うやら誂うやら。シチュエーションが違うだけで何時も通りの光景に、優斗は静かに笑みを零した。

 

 

「優斗さん、ありがとうございます」

「別にいいよ、これくらい」

「それだけじゃなくて、色々と」

「んあ……?」

 

 

 自身の隣に座ったセレナから唐突に礼を言われ、アイスの件かと思ったが、どうやら違ったようだ。

 隣に視線を向ければ、セレナが見ていたのは皆の世話を焼くマリアと笑っている調に切歌。何を言いたいのかなど、それだけで分かろうというもの。

 

 ようやく手にした非日常ではない日常の風景。血の繋がりはないけれど、確かな家族の絆。この場にはもういないけれど、己を娘として愛してくれた仮初の母親の愛も残っていた。これ以上望むものがあるとすれば、ただ一つ――――

 

 

「……別にオレは何もしちゃいないよ。全部、お前の頑張りの結果さ。結局、一緒に探してやるなんて真似してないしなぁ」

「それでも私が諦めなかったのは、優斗さんが背中を押してくれたからですよ」

「……そっかぁ。そりゃ良かった」

 

 

 己の全ての気持ちを吐露するように、はにかんだ微笑みを向けるセレナを見て、思わず泣きそうになる。

 

 とんでもない。礼を言いたかったのは優斗の方だ。

 セレナと出会った当初は、兎に角余裕がなかった。かつての残骸を掻き集めた偽りの仮面を被り、本心を押し隠して周囲に迎合する。それがどれほどの苦痛であったか。

 それでも苦痛に耐えられたのは、間違いなくセレナを筆頭とした少女達のお陰だ。自分よりも遥かに辛い境遇の彼女達が、一歩でも半歩でも前に進もうとする姿に、彼は確かな光を見た。偽りの仮面が何時しか元の形を取り戻し、本心となったのはその光を見出した時だった。

 

 

「優斗さん……?」

「ふふ。何でもない。何でもないさ。ただ、お前等に出会えてよかったと思っただけだよ」

(お前等、かぁ……其処は私に、って言って欲しかったなぁ)

 

 

 

 

 

 チク・タク、チク・タク。

 我知らず、互いの光に目を向けた二つの優しさ。

 

 チク・タク、チク・タク。

 されど、時計は変わらずに時を刻む。溢れる怒りと呪いで優しさを嘲笑うかのように。

 

 

 

 

 




救いとは思わぬ所からやってくる。手を差し伸べたはずの者から、与えられることもあるだろう。
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