全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる 作:ひょっとこハム太郎
「ただの優しい少女と時計屋さん・壱」
「よーし、じゃあコンビニ行くぞー、着替えは?」
「バッチリです!」
「財布は任せておけ。日焼けと熱中症対策は?」
「日焼け止めを塗りました! 水分補給も済ませてあります!」
「おーし。しゅっぱーつ」
「し、しんこー!」
時は遡ること一時間前。
エルフナインと共に魔神と化した優斗は自分を追い詰めてくれた年下と状況を笑っていた年下に制裁を加え、上の頭脳は上手く説明できたと思います、とにこにこ笑顔で別荘に入っていた。
その後、元々そのつもりだったのか、せっせと着替えを済ませ、鏡の前でバッチリポーズを取り合って身嗜みを確認。因みにエルフナインはスカートの裾を摘んで小首を傾げる可愛らしいポーズ、優斗は武富士のCMのポーズであった。前者は兎も角、後者は身嗜みの確認など出来ない。ただの馬鹿であった。でもエルフナインが笑ってくれたので本人は満足だった。馬鹿は強い。
そして、今からコンビニへ向かおうとしている真っ最中。
意気揚々とした優斗の声に、やや気恥ずかしげなエルフナインの声が続き、一歩を踏み出した二人であるが――
「貴方達ね、コンビニに行くなら一言くらい言いなさいよ」
「あ、マリアさん」
「別にコンビニ行くくらい言う必要ねえだろ」
「タイミングを考えなさい、タイミングを。心配するに決まっているでしょう」
――水着姿のマリアが現れ、足を止めた。
確かにタイミングは悪かろう。
折り悪く色々な意味で暴れ回った後だ。臍を曲げて帰ってしまうと心配しもしよう。本人にそのつもりは毛頭なくとも、他人がそう考えないとは限らない。言葉にせずに相手へ思いが伝わるなど、思い上がりも甚だしい。
マリアは怒ってこそいなかったが、本来やらなければならないことをすっぽかしたことを咎め、心配していた。自身の本心を押し隠し、偽りの仮面を被ってでもやらなければならないことを推し進め、痛い目ばかりを見てきた彼女らしい心配の仕方だ。
しかし、全く反省の色の見られない優斗、反省してちょっとしょんぼりしているエルフナインの顔を見ると、盛大に溜息を吐いて、ちょっと待ってなさいと別荘の中へと入っていく。
それから数分後。若干萌え袖になるほど大きめのグレーのパーカーで水着を隠し、目元を隠すサングラスを掛けた状態で戻ってきた。
「私も付き合うわよ。どうせ、貴方のことだから、皆に何かを買うつもりでしょ? ついでに、私も奏との夜のお楽しみを買いに行くわ」
「お酒ですか。そんなに美味しいのでしょうか……?」
「エルフナインにゃまだ早すぎるな。酒なんぞ飲んでもいいことないぞ、さして上手くもない。それに太る」
「いいのよ、こういう日だもの。普段はちゃんと計算してるわ、チートデイよチートデイ。それに藤尭さんと飲みに行ったでしょう」
「オレは飲むのが好きなんじゃなくて、誰かと一緒に飲むのが好きなの。一人じゃ飲まねえよ。身内に疲れ切ったOLとか言われてた女が何か言ってるわ」
「それは言わないお約束でしょう……!?」
流石は元世界の歌姫。今もチャリティーライブだけでファンが増え続けているだけのことはある。
ちょっと其処まで、といった格好ではあるが、どの角度からどう見ても決まっている。些か地味に見えるが、元の素材が良すぎるのだ。
パーカーの裾から覗く白い生脚は艶かしく、長めの袖で愛らしさを演出。更にはサングラスは素性を隠すためであろうが、ミステリアスさを醸し出している。少年達に性の目覚めを与え、青年達の視線を釘付けにし、中年の鼻の下を伸ばさせる、色気と美しさ可愛らしさを備えた出来る女といった雰囲気。
だが、優斗の投下した爆弾によって、被っていた仮面は一瞬で崩壊して地金が露出してしまう。
ぐぬぬと睨みつけてくるマリアであったが、優斗は気にした様子もなくエルフナインの手を引いて歩き始めた。
彼のマリアと奏との接し方は他の少女達に比べてずっと気安い。恐らくは年齢が近いからだろう。年長として肩肘を張った様子がまるでなかった。
「近くのコンビニまで結構掛かるぞ。酒くらい、オレが買ってくるけど」
「貴方とエルフナインだけで行動したら、職質されかねないでしょうに……」
「いや、ないない。ないだろ。ないだろうよ。ないよな? ないよね?」
「それをボクに聞かれましても……」
「どんどん自信なくしてるじゃないの……」
置いていかれたマリアは慌てて追いつてきた。
見た目は好青年そのものにも関わらず、装者達と共に居ると高確率で職質される優斗を心配していたらしい。
初めは彼女の言動を鼻で笑っていたが、過去の記憶がどんどんと蘇り、次第に声色が落ち込んでいく。
冷静に考えれば、どう考えても異色の組み合わせである。金髪の幼い少女に、筋骨隆々の青年。どう見た所で親戚にも見えず、どのような繋がりがあるのか全く想定できない人間の方が多い筈だ。見廻りの警官にでも見つかれば、防犯の観点から職質へと踏み切る可能性が高い。
それでも女性のマリアが加われば、多少ではあるものの話は変わってくる。男と女の子だけでは邪推されかねないが、男と女の子と女であれば、他者からの印象も多少はマシにまるだろう。
だがこの時、彼等はまだ知らない。マリアの気遣いは無残に踏み躙られ、徐々に青くなっていっている優斗の不安が的中する事を……。
そんなことも露知らず、別荘の門を抜け、海沿いの側道を歩いていく。
車道と歩道がガードレール隔てられた道の遥か先には大きく緩いカーブが見え、沿岸の形にうねっているのが伺える。更に、その先には夏特有の巨大な積乱雲が青い空を漂っていた。
アスファルトから立ち上る蜃気楼も相俟って、正に夏の様相である。海外育ちのマリア、ガラスのカプセル育ちのエルフナインには日本特有の高温多湿の環境は少々辛いものを感じていたが、今日はまだ湿度が低く潮風も心地が良い。
車道側には万が一に備えて優斗が立ち、エルフナインを挟んで反対側にはマリア、と三人で並んで目的のコンビニへと向かっていく。
距離は少々あったが、さして意義もなく意味もない、ただ楽しいだけの会話を続けていればあっという間の道中であろう。
「しかし、その格好はどうかと思うわ。無防備過ぎるだろ」
「そう? 海に来たならこのくらいは普通よ普通。それとも何かしら、見惚れてしまって?」
「いや、全然。単にお前のこと心配してるだけ。襲われても文句言えねえぞ」
(これは喜ぶべきかしら? それとも落ち込むべき? ………………いえ、喜んでおきましょう。心配されているのだし、問題あるわけでもなし)
優斗は横目で呆れと咎めの混じった視線をチラリと飛ばした。
彼女ほどの優れた容姿であれば、地味な服装でも十分すぎる煽情さを醸す。男の劣情を煽って襲われでもしたら、折角の休日も台無しであろう。
男として催すものがある、とも取れる発言に、マリアは気を良くして意地悪気な笑みを浮かべて冗談とも本気とも取れない言葉で返したが、一秒未満の速さで返ってきた返答に思わず悩んだ。
女としての魅力は感じていないと断言されているようなものだが、身を案じられているのは事実。此処で男性経験のある女性であれば、そういう対象ではないんだと肩を落とすところだったが、年齢=彼氏いない歴の彼女は取り敢えず喜んでおいた。
周りからはオカン扱いされてはいるが、中身は何のかんので恋に恋するような乙女である。凛々しさもあるが、それ以上に愛らしい性格であった。
「まあ、そこいらの変質者程度にいいようにされるほど、やわじゃないわよ」
「いえ、マリアさん、それは甘いと思います」
「あら、心配してくれるのね?」
「当然です。それに、そういう状況に陥った時、女性は恐怖から動けなくなってしまうと聞いたことがあります」
マリアの言葉に嘘偽りはないだろう。
かつては世界を相手取り、今は錬金術師の作り上げたアルカノイズや聖遺物などの超常災害を相手に戦っているマリアが、人間の犯罪者程度に遅れを取ることなどあるまい。
F.I.Sでは幼少時から戦闘訓練を積み重ね、今はS.O.N.Gにて弦十郎や緒川から直接訓練を受けている。はっきり言えば、彼女に勝てる人類の方が圧倒的に少ない。
適合係数という点では生まれながらに適合者であった翼、クリス、セレナには、Linkerと呼ばれる特殊な薬を使わなければシンフォギアを纏うに危険の伴うマリアでは敵わない。
爆発力という点においては、融合症例と呼ばれる特殊な状態から土壇場で必要な適合係数をもぎ取り、数多の危機において決め手となった響には敵わない。
コンビネーションという点においては、ユニゾンという互いに互いを高め合える切歌と調には敵わない。
それでも、彼女と奏はS.O.N.Gからも装者からも絶大な信頼を得ている。
切り分けられた数々の能力が数値で劣っていようとも、戦闘訓練と経験値までも含めた総合値や戦力としての安定値で言えば、文字通りのツートップ。
単身かつ如何なる危機的な状況下においても活路を見出し、生還を果たせる、と弦十郎と緒川の二名が太鼓判を押すのはこの二人だけだ。
しかし、脅す訳ではないのだろうが、エルフナインは深刻な表情でそれでもなお危険だと告げた。
今や彼女はS.O.N.Gの後方支援の一員だ。マリアの強さは十二分過ぎるほどに知っているし、認めている。決して甘く見ている訳ではない。
それもそうだろう。アルカノイズや超常現象に対する恐怖と人間に襲われる恐怖はまた別物なのだ。例え、前者に耐えられて立ち向かえたとしても、後者に耐えられて立ち向かえるとは限らない。恐怖と一口に言っても様々が種類があるのだから。
エルフナインの意見は一顧だに出来なかった。何せ、マリアもそのような状況に陥ったことはないだから。
下衆な男の欲望に晒されたことはない、とは言わないが、それらはあくまでもライブにおける数多の視線の一つであった。
要は、そのような状況を上手く思い描けないのだ。思い描けない以上は、咄嗟の判断が下せるとは断言できないも同然である。それでもなお大丈夫と言うほどに楽観視する性格でもなければ甘さもなかったが、マリアは笑う。それは信頼の笑みだった。
「大丈夫よ、少なくとも今はね。期待してるわよ、SPさん?」
「オレSPなんてやったことないんだけど……まあ、弾除けくらいにはなる。オレがボコボコにされてる間に、エルフナイン抱えて逃げてね???」
「情けないこと言わないでもらえる???」
「其処は、こう、オレが倒してやるって言う所なんじゃ」
「やだよ。オレ、ガタイいいから暴力振るったらオレが悪者になるし。相手が武道経験者なら別だけど。それにね、なんでボクシングとかに階級差あるか知ってる? 体重差とか体格差ってそれだけのハンデなわけ。オレが本気で殴ったりタックルしたら相手が地面に後頭部ぶつけて死にかねないし。そういう状況になったら手加減してる余裕ないだろうから、耐える選択肢しかねぇ」
「相手が凶器でも持ってたらどうするつもりよ?」
「問題ない。身体中切り刻まれて内蔵摘出されてるから刃物は慣れてる。多分いけるいける」
「「そういう問題じゃないんだよなぁ……」」
まるでお姫様が騎士に向けるような期待を込めて向けた言葉に返ってきたのは臆病なんだか思慮深いんだか情けないんだか判断に困るものばかり。
確かに彼ほどの肉体の持ち主であれば、武道など習っていなくても体格差だけで大抵の人間は圧倒できるだろう。特に、ルールに則った道場の試合ではなく、路上での素人同士の喧嘩など、技能そのものよりも体格と度胸がほぼ全てを占める。その点、優斗は恵まれた肉体がある故に満点に近い。
厄介なのは体格差と身体能力そのもの。弦十郎でほどにないにせよ、この男も中々のフィジカルモンスターだ。手加減なしで人を殴ればどうなることか。その辺り、彼自身もよくよく理解している上での発言であった。
だが、最後の一言は如何なものか。全身麻酔を受けての手術と、麻酔なしでの刺傷は訳が違う。そもそも手術と刃傷沙汰は別物である。どう考えても問題ないわけがない。
捨て鉢に前向きな優斗に、二人の肩がガックリと落ちる。特に、マリアの落ち込みようなど酷いものだ。別に怪我をして欲しいわけではないが、男らしく頼もしい返事が欲しかった。守りたいけど守っても貰いたい複雑な乙女心である。
「え、えーっと、そ、そうだ! お二人は何処で知り合ったんですか? やっぱりセレナさん経由でしょうか?」
急速に落ち込んでいくマリアの様子を察したエルフナインは、これ以上はいけないと唐突に話題を変える。何かと気の利く賢い子、それがエルフナインくんちゃんだ。
急な方向転換であったが功を奏したらしく、マリアも落ち込んでいた気分はピタリと止まり、人差し指を口に当てて宙をボンヤリと眺め始めた。
優斗は優斗で過去を想起しようと躍起になっているらしく、二人に合わせた歩調を変えずに腕を組んで唸り出した。
「あー……何という完全に偶然ね、偶然。というか、当時、私はセレナが生きてるなんて知らなかったし」
「だよなー。マリアが色々やらかしてたらしいけど、オレはヨーロッパの田舎でアンティークの時計値切っててなーんも知らんかったわ。で、その状態で日本に戻ってきたら、擦れ違ったマリアがぶっ倒れやがんの」
「わ、わわ! 凄い偶然です! ボクは運命を感じちゃいます!」
「う、運命だなんて……」
「世界敵に回した女と出会う運命って……オレの運命どうなってんの???」
「貴方、もうちょっとオブラートに包めないの???」
「優斗さんはデリカシーがないと思います」
「そんなー」
運命と言う言葉に、思わずマリアは頬を染めた。
それが出会ったことのない神が定めたものだったとしても、決して悪い気はしない。まして、それが好きになった相手と出会うためのものであったのなら。
エルフナインには色恋沙汰などてんで理解できていなかったが、マリアの機嫌が良くなっていくのは理解できていたので、自らの言葉が間違いでなかったとホッとした。それもそうだろう、彼女の周囲に小さな花が飛び交っているように見えるほどなのだ。
しかし、冷水を浴びせるような台詞を吐く優斗に、二人は揃って冷たい視線を向ける。返す言葉はあからさまに棒読みで、狙ってやっているのが伺えた。
「ま、冗談は兎も角……運命なんて言葉は、本当は嫌いなんだが、マリアと出会えたってんなら、悪くはないな」
「…………ぐっ!」
「マリアさん、どうかしましたか? もしかして、調子が悪いのでは……」
「い、いえ、何でもないわ。大丈夫よ」
(これって、誂われているんでしょうね。でも、イジられたりされると嬉しい自分がいる…………ハッ! 私、結構マゾっ気強い……!?)
優斗の言葉は本心であったのだろう。
何時もの優しげな笑みながらも、何時も以上に優しい視線に、不覚にも胸がときめいてしまい、思わずパーカーの胸元を握り締めてしまう。
跳ねる心臓に、気温や陽射しとは別の理由で熱くなっていく頬が、恥ずかしいやらもどかしいやら。否が応にも、恋に落ちている自分を自覚せざるを得ない。
先程とは別の理由で変わった様子に、エルフナインは心配そうに下から顔を覗き込んだ。
そんな心配を他所に、思いも寄らない自身の性癖をも自覚してしまうのであった。
チク・タク、チク・タク。
秒針が逆しまに廻る。狂った時計は正確に時を刻めども、時そのものを歪めて崩す。
チク・タク、チク・タク。
互いに偽りの仮面を被った少女と青年の出会いは、運命であったのか――――
CMネタ
優斗「まさかのマゾ設定が明かされるとはたまげたなぁ……」
マリア「べ、べべべ、別に、そうと決まったわけじゃないでしょう! 私が勘違いしてるだけかもしれないじゃない!」
翼「いや、だが……変身シーン……」
セレナ「緊縛、されてますね……」
優斗「こんなんやってよく怪我しないよね(お色気に興味なし」
マリア「し、仕方ないのよ! 優斗が毎回毎回私のことをイジるからよ、優しくイジメるからよ! パブロフの犬状態なだけよ! それにほら、好きな相手にはイジめられたんくなるって言うでしょう!!(無自覚の自爆」
優斗「いや、それイジめたくなるだからね???(安定のスルー」