全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる 作:ひょっとこハム太郎
「あぁ、やっぱり日本の空気の方が馴染むなぁ……」
時は、後にフロンティア事変と呼ばれる一連の事件の真っ只中。
マリア・カデンツァヴナ・イヴによるQueen of music会場で行われた世界各国へ向けての宣戦布告から、各国と個人の思惑が絡まりながら全てを飲み込む大波となって世界中を巻き込む事態へと発展していた。
しかし、飯塚 優斗は世界を巻き込むような大事件が置きているなど露知らず、かなり呑気していた。
固まった身体を解すように大きく伸びをし、慣れ親しんだ街の空気を胸一杯に吸い込み、見慣れた街並みの中で大きなキャリーケースを引いて歩いている。
後を継いだ店のある街に戻ってきたのはつい先程。もっと言えば、日本に戻ってきのはつい数時間前ですらあった。
貿易商をしている先代の息子の伝手でヨーロッパの片田舎へと向かい、店に並べる時計を探す一人旅。そして、他にもいくつかの思惑もあった。
こうして海外へ直接アンティークの時計を探しに向かったのは、何年か前に知り合ったセレナの影響であった。彼女との『家族を共に探す』という約束のための予行演習の一環でもある。
旅自体は成功と言ってもいい。片田舎で見つけたアンティークの時計は上手く値切れ、好事家には高値で売れる。まだ取らぬ狸の皮算用であったものの、最終的な収支はプラスになるであろう。
また別の収穫もあった。優斗は外国語などこれっぽっちも喋れなかったが、外国旅行用のガイドブック、英和辞書、ボディランゲージだけでも何とかなる実体験、これならばアメリカでも何とかなるな、という実感までも得ていた。
普通の人間なら英語すら話せないのであれば海外旅行など二の足を踏むだろう。
そもそも、本場の英語や外国語は生粋の日本人には聞き取れない、理解できない場合が殆どである。
どうやらそれを持ち前の陽キャ具合と行動力とコミュ力で乗り切ったらしい。大変の人間は馬鹿だと呆れるか、ただただ驚くかのどちらかであろう。
「…………ん?」
店兼自宅に戻る道中、海外旅行の疲れなど感じさせない足取りで進んでいく。
周囲には住宅ばかりで店らしい店は無く、平日の昼前という時間故に人通りは極端に少なかった。この時間帯では、定職についていない者でも家を出てこないだろう。
その時、前方から歩いてくる一人の少女が目に入った。
覚束ない足取りでふらふらとした幽鬼のような歩み。サングラスに隠されて表情は伺いしれないものの、明らかに血色が悪い。
目についたのはそれだけではない。髪の長さこそ違ったものの、少女の髪色はセレナと同じとさえ思える珍しいピンクブロンド。こんな偶然もあるのか、と否が応でも目についてしまう。
「…………せいだ…………わたしの……せいで……」
(うわぁ~ぉ、ヤバい人かな?)
それが優斗の少女に対する第一印象であった。
何の事情も知らないのであれば、ぶつぶつと独り言を呟きながら歩いている人間がいれば、誰であれそう考えもしよう。
精神的な病でも抱えているのか、それとも危ない薬でもやっているのか。いずれにせよ、どれだけ容姿が整っていようが関わり合いになりたい人種には見えない。
おかしな因縁でもつけられれば堪らないと、相手を極力刺激しないように歩道の中央から隅へと寄って、なるべく相手の視界の隅にだけ映るように移動した。
しかし、少女は優斗の存在など気付いていないらしく、覚束ない足取りのまま擦れ違おうとする。その横顔を一瞬だけ眺め、関わり合いにならず済んだ幸運にホッと息をついたのも束の間。
「…………あ」
「うぉぉい! ってオレのバカッ!!」
少女の両脚から力が抜け、身体が崩れ落ちた。
これまで積み重ねてきた人生故になのか、優斗は条件反射的に地面へと打ち付けられようとした身体を支えてしまう。
行動の結果として口から吐き捨てられたのは自分自身への悪罵だけ。何も考える余裕などなかったとは言え、関わり合いになるべきではないと思った人間を助けてしまったなど目も当てられない。
しかし、一度助けてしまった以上はこのまま見捨てるわけにもいかない、と少女の状態を確認する。
別に人目があるわけでもなし、見捨ててしまえばよかろうものをその選択肢が頭に浮かばない辺りが、彼の彼たる由縁だろうか。
「…………うぅ」
(意識は混濁。呼吸は浅い。脈拍は早い。が、病気じゃないし熱もない。となると、貧血持ちか精神的なもんか……?)
医者ではなかったが知識は持ち合わせているのか、意識を失ってもなお悪夢でも見ているように苦悶の表情を浮かべる少女の状態を探る。
力の抜けた身体を地面へ落とさぬように片膝を付いて背中を支え、手首に触れて脈を、額に手を当てて熱を測る。
結果は問題なし。
素人目ではあるが、病気らしい病気に罹患してはいない。
なおも考えられるのは慢性的な貧血か、精神的な不調が肉体にまで現れたのか。命に別状がないと分かったものの、嬉しい事態とは言い難い。
いずれにせよ、これ以上の対処は不可能だ。
そもそも素人目の診断など当てにならず、失神直前まで行っている以上はその道のプロに任せて然るべきであった。
「仕方ない、救急車を呼ぼう―――ひぃっ!?」
「……きゅ、う……や、やめ……」
(こっわ)
ポケットのスマートフォンを取り出して手早く119を入力しようとすると、意識が朦朧としているであろう少女に手首を掴まれる。
万力の如き握力と鬼気迫る表情で救急車を止められ、情けない悲鳴を上げてしまう。
けれど、少女も限界だったのだろう。それを最後に全身から力が抜け、意識を完全に手放してしまった。
「密入国者とかじゃねーだろうなぁ。帰国早々、勘弁してくれよ~」
救急車のような公的な機関の使用を避けたがるなど、それくらいしか思いつかなかったらしい。
仮に彼の考えが正しかったとしたら、救急車を呼んでしまうのが一番良い。後は野となれ山となれ。彼女が何者であれ、的確な治療を受けた後で適切な公的機関が裁きを下すだけ。
それでも、優斗は一度は社会に見捨てられた。それを拾い上げたのは、社会という
根本的に社会に対する信頼というものが欠けており、無慈悲な機構では救えぬものが存在していることを知っている。それを救うのが他ならぬ人の心であると疑ってはいない。
だから、それがどれだけ社会的に違法かつ多くの者に迷惑を掛けかねない行為だとしても、救急車を呼ばぬことを決めたのであった。
尤も、彼女は密入国者などではない。それはあくまで彼の推測に過ぎない。
少女は少し前まではアメリカに突如として現れた超新星にして、今や世界を相手取って武装蜂起した犯罪者。
そして、自らの知り合いであるセレナ・カデンツァヴナ・イヴの姉であるマリア・カデンツァヴナ・イヴであるなどと、今の彼には知る由もないのであった。
■ ■ ■
「…………うっ」
マリアは突如として覚醒した。
とは言え、寝起きのそれとは明らかに異なり、知覚の半分が眠ったようにぼんやりとしていて思考すらままならない。
その半睡の状態で、なおも必死で思考を組み上げていく。彼女にあったのは危機感と強迫観念だった。
世界へ向けて放たれた宣戦布告の真の目的は、星の救済。
今より三ヶ月前。胸の恋心を言葉にすべく、施されたバラルの呪詛を解呪するために月を撃ち落とさんとした亡霊フィーネによって引き起こされたルナ・アタック。
全ては響、奏、翼、クリスの四名の装者と多くの者の尽力により、失敗に終わったが、亡霊の残した爪痕は今もなおこの星を苛んでいる。
米国のとある機関が算出によれば、ルナ・アタック――――フィーネの持てる技術の粋を集めたカ・ディンギルによる荷電粒子砲により月の公転軌道が変化。そう遠くない将来、月は地球の重力に引かれ、落下するという結果が出ている。
この事実を米国政府は公にはせず、まず自らの安全を最優先とした。
月の落下などという極大災厄を前にして人の力は余りにも無力。公にしたところで不要な混乱を招くだけ。ならば、混乱が引き起こされるよりも早く、生き残る術を見つけ出した方が得策と考えるのは当然の帰結であった。
それに異を唱え、別の道を模索したのが彼女達、F.I.S。
地球各地に残る聖遺物の力を使い、無辜の民を可能な限り救済する。そのための宣戦布告であり、その裏で行われた計画の要たる聖遺物“ネフィリム”の起動実験。
けれど、F.I.Sの狙いは徐々に道を外れ始めていた。
米国政府からの追手。英雄願望を持つ男、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの思惑と邪魔立て。崇高なはずの理想は、空回るばかりで混沌ばかりを齎した。
悪を背負い、正義を貫く。
当初はその思いを胸に立っていたマリアであったが、今や心が折れかけている。
米国から放たれた特殊部隊に居所を探り当てられ、対処に出たウェルによる民間人の口封じ。元々、心優しいだけの少女にその現実は余りにも重すぎたのだ。
何とか自分を追い詰め、奮い立たせようとはしたものの、結果はこの有り様。
仲間達には気分を整えてくると潜伏先を出て、人気の少ない場所を歩き回っていたはいいが、最後には――――
「…………ッ!」
其処まで思い出し、マリアは身体を跳ね上げる。
意識を失う直前、確かに誰かに助けられた。助けられてしまった。全世界に中継されている中で宣戦布告をしたテロリストが、だ。
どう考えたところで、待っているのは公的機関への通報でしかない。どれだけ眠っていたかは分からないが、もう拘束されていてもおかしくはない。
白く染まっていた視界が開け、正しい現実が見えてくる。
しかし、見えてきたのは想像していた現実とは全く異なる長閑な風景。
人の気配はなく、あるのは芝生の敷き詰められた開けた敷地に、人工的に作られた丘。遠くには高層ビルが見える。何処にでもある町中の公園であった。
自分の身体を見れば、何一つ拘束などされておらず、毛布代わりに薄手のコートが掛けられて公園の
「此処は……?」
「あれ? もう目醒めた? ていうか、日本語通じるよな?」
「貴方は……!」
自身の置かれた状況を全く理解できないマリアは、知らずしらずの内に呆然と呟いていた。
その時、四阿の外から掛けられた声に、キッと敵意を秘めた表情を向ける。
その先に立っていたのは、意識を失う直前に見た男だった。
ギリギリ記憶に残っている表情はもっと焦りを見せていたが、今は朴訥とした笑みを浮かべており、羽織っていたはずのトレンチコートを脱いでいる。どうやら、彼女に掛けられていたコートは彼のもののようだ。
「貴方、目的は何……?」
「いや、目的も何もないけど。咄嗟に手を出しちゃったから助けただけだよ?」
「私を、知らないの……?」
「知ってるも何も初対面なんですけど……え? それともなに? 有名人なの???」
呆然の次には唖然とする他なかった。
アレだけ派手にぶち上げたと言うのに、この男は本当に何も知らないらしい。
困惑しているばかりで、演技らしい様子も全く見受けられない。警戒心ばかりが高まっていたマリアにしてみれば、肩透かしもいいところだ。
ルナ・アタックという惨劇の中心にはなったものの、何処の国と戦争をしている訳ではない平和な国とは聞いていたが、まさか此処までとは……。
見ず知らずの人間を助けるのは結構だが、それが危険な相手だとは思わないのかと素直に思う。
事実、マリアはテロリストに類する人種だ。目的が崇高であろうが、手段に暴力を用いている以上は彼女自身も認るところ。
確かに、意識を失う直前、救急車を呼ぶなと言った気はするが、それを律儀に守ってなおかつ介抱までするというのだから、唖然としよう。
「助かったわ。じゃあ、これで……くっ……!」
「おいおいおい、まだ立ち上がるな。失神してたんだ。多分、疲れかなんかで頭に酸素を上手く運んでくれてない。まだ座ってなきゃ駄目だって」
「で、でも……」
「いいから。今は自分の身体のことを一番に考えろ」
「ご、ごめんなさい、……ちゃんと休んでから行くわ。貴方はもう行って……」
「冗談だろ? このまま放置して死なれでもしたら寝覚めが悪い。オレは心配で夜も眠れなくなっちまうよ」
これ以上、この場に長居は出来ない。ただ良心に従っただけの人間まで自らの事情に巻き込みたくはない。
そんな生来の優しさからベンチから立ち上がって去ろうとしたのだが、急な目眩に視界が黒く染まり、身体からは平衡感覚が失われる。
マリアの男に身体を支えられ、そこでようやく自身の体調が芳しくない事実に気づく。何もしていないにも関わらず、動悸が激しく、全身が鉛のように重い。これでは立ち上がるなど夢のまた夢だ。
一刻も早く立ち去りたかったが、男に諭されて全てを諦める。
米国、日本は共に自分を探している。無理を押してでも離れるべきなのは分かっていたが、彼の言葉は思わず甘えてしまうほど不思議に心へと響いた。
恐らくはマリアとは異なり、自分を偽っていないからだろう。何処までも自身の良心に従って動き、他者を慮る。崇高な理想がなくとも、有り触れた善意と人間性が其処には確かに在ったから。
「ほら、飲み物。貧血なのかよく分からんけど、鉄分多いの買ってきた。でも有名人だったのか。どれくらい? 映画とかで見たことないから歌手なの?」
「え、ええ、そんなところよ……」
「へぇ~、有名ってQueenくらい?」
「流石に、其処までじゃ……」
「じゃあBeatlesレベル?」
「それは寧ろ知名度上がってないかしら???」
半世紀以上も前の世界中で人気を博した超有名バンドを引き合いに出され、謙遜ではなく事実としてそれを否定した。
確かに、米国チャートで頂点に上り詰めてはいるが所詮は一度きりだ。その二つは頂点に立った回数が文字通りに桁が違う。彼等がこの世を去ってから数十年だと言うのに、未だに熱狂的な人気を博している。とてもではないが肩を並べるには至らないと思う。
が、自身が非常に危険な立場に立たされている現実を全く理解していない男は、なーんだと呑気に返してくる様に、思わず苛立ってしまう。歌姫としての仮面も、武装組織の長としての仮面も被れなかった。
本当に危険なのだ。命の危険すらあるだろう。
日本側に保護されるならまだ良い。日本にとって彼は守るべき国民である以上、事情聴取で拘束はされてもその後は事件自体に関係性はないとして解放されるはず。
米国側にこの現場を見られれば最悪も良い所。米国にとって自身は様々な意味で消し去りたい存在。ただ話した、ただ助けた助けられただけの関係であっても彼を消そうとしかねない。
もっと最悪なのは、ウェルにこの場を目撃されることか。彼は既に民間人を手に掛けている。テロリストである自分達の姿を見られた以上、敵に情報を渡さないために口封じして当然と考えるだろう。
ウェルは危険過ぎる。目的を遂げるために手段を選ばない。
重要な時、重要な場面に置いて、他を顧みない逸脱した人間性は英雄と呼ぶに相応しいかもしれない。だが、不必要な犠牲を生み出している現状は、多くの人々を救いたい彼女にとってとてもではないが受け入れられるものではなかった。
それでも心も身体も思うように動いてはくれない。
日に日に重なっていく己の罪。自分自身を責め苛む他ならぬ自分自身より生み出される自責の念。それでも信頼を向けてくれる仲間。世界のためにという使命感。そして、全てに反した本音と弱音。
全てが板挟みだ。この状況から抜け出すことなど出来ず、走り始めた以上は決して許されない。
精神の不調が身体にまで現れて頭痛が酷い。
兎にも角にも、一人で立てるようになるまで回復に専念しなければ始まらない。目の前の男もただ善意に従っているだけ。運が良いのか悪いのか、何も知らないようではある。
実質的に男へ甘えてしまっている己を自嘲しながら、渡されたパックを開ける。
一日分の鉄分を補給! と銘打たれたフルーツのミックスジュースは、見ず知らずの自身を慮って買ったのだろう。その気遣いのお陰なのか、此処数日の間、何の味も感じなかった舌は確かな甘味と酸味を感じ取った。
「……貴方は、旅行の帰り? 悪かったわね」
「旅行というか仕事と約束の半々。まー、これくらいはどうってことない。人を助けるのに理由はいらないしなぁ」
「そう…………仕事は何を?」
「時計屋。今回はアンティークの時計を探しに行ったんだ。普段は修理やってる。家電とか車とか色々」
「へぇ…………ん? 時計屋さんなのに?」
「時計屋さんなのになぁ」
なぁんでかなぁ、と自身の境遇に疑問府を浮かべながら、自分用に買ってきた缶コーヒーを煽る男。
テーブルを挟んだ反対のベンチへと座った彼に、動けるようになるまで離れるつもりがないと感じ取って始めた世間話の一環であったが、透けて見えてくる人柄に思わず笑ってしまう。
今のように善意で行動した挙げ句、本来ならば自身の専門ではない物まで修理する羽目になったのだろう。
彼のような人間ばかりなら、世界はこれほどまでに悲劇で満ち溢れていなかっただろうと心底から思う。
けれど、人は残酷で、世界は無慈悲だ。今こうしている間にも、政府は不都合な事実の隠蔽に奔走し、月は徐々に地球の重力へと引かれ近づいているのだから。
「ふぅ…………そろそろ行くわ」
「そっかー。うん、顔色も良くなってるし、それなら暫くは大丈夫だろ」
「ありがとう。貴方、名前は? このお礼は必ず」
それから数十分、互いの事情にそれほど踏み込まず、他愛のない会話を繰り返していた。
すっかり回復したとは言えないが、気分も体調も随分と良くなっていた。元より精神的な重圧と罪悪感から現れた不調だ。精神が回復すれば、自ずと肉体も回復していく。本来ならば毒にも薬にもならないだろう会話だろうが、マリアにとっては上等な薬だったのかもしれない。
それほどまでに、男の雰囲気は優しかった。
肩肘を貼る必要はなく、自然体で語り合えた。母親代わりの存在には握った正義を信じて、仲間の前であっても自身を偽らざるを得なかった彼女には、何の関係もない男だからこそ偽らざる自分で言葉を交わせた貴重な時間であった。
でも、一つだけ嘘を吐く。
この先に如何なる結末が待ち受けているかは定かではないが、自身の目論見が成功するにせよ、失敗するにせよ、もう二度と会うことはあるまい。
成功したとしても犯罪者。犯した罪は償わねばならない。後の人生は一生檻の中。
失敗したとしたのなら待ち受けるは人類の衰退。極大災厄を止めること叶わず、多くの人命が失われる。その中には、自身や彼も含まれるはずだ。
何の関係のない自身を良心に従って助けた彼に、私は大丈夫だから、と余計な心配させないためだけの優しい嘘だった。
「飯塚 優斗。この街の商店街に店があるから。そっちは……?」
「私は……マリア。ただのマリアよ。本当に助かったわ、ありがとう。じゃあ」
フルネームを名乗らなかったのは、何となく。
マリア・カデンツァヴナ・イヴという名は歌姫としてのもの。言わば、偽りの姿でもあった。紛うことなき本名ではあるのだが、彼女自身としてはそう認識している。
親から引き継いだ姓ではなく、親から貰った名だけが自身を示す記号。最早、会えない両親や父祖を嫌っているのではなく、あらゆる因縁から解放された自分自身と相対してくれた彼だからこそ、ただのマリアで十分だと感じたのだ。
その言葉を最後に背を向ける。戻るのは酸鼻極まる
「おーい、マリア!」
「…………?」
「――――
「…………ええ。またね」
振り返って待ち受けていたのは、思いも寄らぬ言葉。
彼にしてみれば当然の、何気ない再会を願った一言であったのだろう。だが、マリアの口から引き出されたのは、切なる願いだった。
ベンチに座ったまま、屈託のない笑みを浮かべて手を降っている男は本当に何も知らない。
彼女の背負った何もかもを知らず、世界が危機に晒されているなどと知らない。呑気で能天気も良い所だろう。だが、だからこそ、彼女自身が理解しようとしなかった願望を引き出した。
敵わない、と思いながら踵を返す。
決して叶わぬ願いだったとしても、それは時として人の力となるものだ。
思いも寄らぬ出会いと運命。またという明日を疑わぬ者のために、再びマリア・カデンツァヴナ・イヴに戦場へと舞い戻っていった。
「なーんか、変な奴だったなぁ。でも、イヴにちょっと似てたな…………そういや、有名人だっけ。調べてみるか」
マリアの背中が見えなくなるまで見届け、これでもう心配はない、と優斗はベンチに座ったままスマホを操作する。
「えーっと、マリア、歌手、ピンクブロンドっとぉ。へぇ、マリア・カデンツァヴナ・イヴねぇ…………ん? んん??」
思いついたワードを検索エンジンに入力すると出るわ出るわ。
その中にあった彼女の本名を見た瞬間に、優斗の顔が奇妙に歪む。そして、どっと額に汗が浮かんでいく。中には本名だけでなくテロリスト、などという物騒なワードも見えていた。
嘘でしょ? 嘘だよね? こんなの絶対おかしいよ、と思いつつも、知り合いの少女とマリアは外見的特徴で一致する部分が余りにも多く、姓が完全に一致している。いくら頭で否定しようとも、出る結論は一つであり、やることも一つ。
「イヴのねーちゃんだこれぇ! しかも何コレ!? え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛ぇ゛え゛え゛ッッ!! ウッソだろお前ェ! テロリストって何してくれてんのぉッ!?!」
――――この後、滅茶苦茶セレナの所へ走った。
CMネタ
翼「この後のマリアはとんでもなく強かったな」
マリア「まあメンタルさえ安定していればこの程度当然ね!(ドヤドヤァ」
奏「でも、すーぐにまた曇ったんだよなぁ」
マリア「ちょっと奏、持ち上げてすぐ地面に叩きつけるのやめてくれるかしら???」
切歌「マリアは、マリアは悪くないデスよ!」
調「全部ぜんぶウェル博士とかいうクソメガネが悪い」
セレナ「でも、魔人さんにメガネ叩き割られてましたね……」
優斗「流石は悪事以外は何でも出来る女。悪役としてのポジも奪われてるよ。もう正義の味方やってセレナと一緒に幸せになって??」
マリア「…………セレナと一緒には難しいかもしれないわね(ジリ」
セレナ「…………姉さんの幸せは願ってますけど、私の幸せも諦めるつもりもありませんから(ジリ」
優斗「やだこの姉妹、目が怖い!!」
未来(其処で私を幸せにしてって告白できないから一向に進展しないんだよねぇ……)
クリス(コイツだって恋愛してるわけでもねーのに、何で恋愛強者面してんだ???)