全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる 作:ひょっとこハム太郎
「セレナ、何処に行くつもり……?」
「ふふ、姉さんに会って貰いたい人が居るの」
時期はフロンティア事変が集結を迎えて数ヶ月後。
世界を揺るがす事件が始まった秋は過ぎ去り、冬を超え、春先の空気に包まれ始めている。新たな生命が芽吹き始める陽気の中、セレナにとっては馴染みになった、マリアにとっては二度目の来訪となる街を姉妹揃って歩んでいた。
未だフロンティア事変の全容は把握されたとは言い難く、世界に残された爪痕は色濃く残っている。
そんな中、何故、事件の中心人物の一人にして、世界を揺るがす切欠となったマリアが再会を果たした妹と共に出掛けているのか。
それは稀代の外務省事務次官・斯波田賢仁と彼女達の母親代わりであったナスターシャ教授の働きによるものが大きい。
特異災害対策機動部二課の尽力により、事件の首謀者であったナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス、マリア・カデンツァヴナ・イヴ、暁 切歌、月読 調の五名は身柄を確保・逮捕された。
海底より浮上したフロンティアと呼ばれる先史文明期の星間航行船よりウェルとの不和によって宇宙へと射出されてしまったナスターシャの生存は絶望視されたが、セレナを連れ立って事件へと介入した“機械仕掛けの魔人”の手により、地球への生還を果たしている。
その後、ナスターシャ教授は日本政府と司法取引を行い、自らの知り得る限りの全ての情報を開示。その見返りとして、家族の自由を願い出た。
斯波田事務次官は彼女の情報を下に米国政府を牽制。不都合な事実を覆い隠そうと五名の死刑適用を推し進めていた米国に二の足を踏ませ、F.I.Sなどという組織は存在しないと言葉を引き出した。
結果、存在しない組織がテロ行為など起こせる筈もないというパラドクスに陥ってしまい、五名の罪状は消滅。
ウェルは聖遺物そのものと化した左腕を危惧した国連によって日本政府に封印を依頼。一時は国連の保護観察下に置かれた残る四名も、シンフォギアを保有する特異災害対策機動部二課を国連直轄下の超常災害対策機動部タスクフォース“S.O.N.G”と再編して首輪を付ける事を条件に、編入が認められる運びとなった。
セレナも事情聴取後、S.O.N.Gが身柄を預かることとなり、こうして一つの姉妹と血ではなく絆で繋がった家族は同じ時を共有するに至った。
彼女の持っていた魔人製ギアと入院していた病院へ振り込まれた金の動きから、死にかけていたセレナを救ったのは間違いなく魔人と桜井 了子であるとは判明したものの、二人の目的は未だに不明でしこりを残す結果となっているが、些細な問題である。
「会って貰いたい……ってまさか。認めない! 認めないわよ! セ、セレナにはまだ早いわ!」
「そ、そういうのじゃないわ。もう姉さんったら、早とちりなんだから。凄くお世話になった人なの…………今後はどうか分からないけど」
「やっぱりそうなんじゃない!」
制限こそあるものの、F.I.S時代に比べれば遥かに自由な現在を、マリアとセレナは十分すぎるほどに堪能している。
そして、離ればなれになっていた年月を埋めるべく、今はこうして姉妹としての時間を過ごしていた。
しかし、それも其処まで。
妹の見たこともない女の顔に、マリアの顔は蒼白になっていく。
決して恋路の邪魔をしたい訳ではない。ただ、目に入れても痛くも痒くもない可愛い妹が、おかしな男に引っかかり、負わなくてもいい傷を心に負ってしまわないか心底から心配しているのだ。
思えば、セレナは優しく、何処までも人を信じている子だった。ネフィリム暴走事件においても、自分達を実験体程度にしか見ていない者達を守るためにすら命を賭した。
つまり、逆を言えば、騙されやすいタイプである、とも示していると取れないか。少なくとも、マリアはそう考えた。一度でも考えてしまえば、単なる妄想であっても現実と受け取ってしまうものだ。もう彼女の頭の中は、手篭めにされるセレナ、涙を流しているセレナ、男に良いように弄ばれて捨てられるセレナ、更には金蔓、やり捨て、危険な薬、という言葉しか浮かんでいない。
――私が守護らねばならぬ。
すっかり早とちりしてしまったマリアは固く誓う。
相手が全うな相手であるならばまだしも、セレナを陥れようとしている相手であるならば。命に変えても守護らねば。
そのために、見極める。下卑た欲望を愛想の仮面で隠しているような輩であれば、何としてでも薄汚い仮面を打ち破り、セレナの目を覚まさせてやるのだ、と一大決心していた。
なお、決心した当の本人も色恋沙汰など未経験。今まで戦闘訓練ばかりで初なネンネも同然。どう考えても、そういった輩にとっては鴨なのだが、全ては心に作られた棚に上げられていた。
「姉さんには、そういう人はいないの?」
「いないわよ。F.I.Sでは同年代の男はシンフォギアを纏えないから訓練プログラムが別だったでしょう? それ以外は年も離れてたし。ウェル博士なんて論外も論外でしょう?」
「でも、今はS.O.N.Gにいるでしょう? 気になる人とかいないの? 緒川さんとか、藤尭さんとか、素敵だと思うわ」
「セレナ、あのねぇ……」
自分の記憶にあるセレナとは随分と違う様子に、思わず離れていた歳月の重さを感じてしまう。
だが、それは決して悪いばかりではない。何時も何処かに憂いのあった笑顔は、一片の曇りもなく眩しいばかり。人としても、女としても遙か先に行かれてしまっている気さえする。
今も自身の弱さを克服しようと藻掻いている己に情けなさすらも感じてしまう。しかし、其処は姉としての矜持がある。不様な姿は見せられず、精一杯の虚勢として呆れを露わにした。
気になる人、と言われても困る。
惚れた腫れたなど正直な所、分からない。そもそも、S.O.N.Gに属する者は真正の善人だとは思うが、出会ってから日が浅過ぎる。好きになる以前に、相手を知る・覚える段階なのだ。気になるも何もない。
セレナが上げた二人にしても、確かに顔貌も性格もいいと思うのだが、私生活も趣味もよく知らず、恋人になりたいかと言われれば、違う気がする。
「――――あ」
「なに? 姉さんにもやっぱりいるの?」
「ち、違うわよ!」
その時、ふと思い浮かんだ顔に、マリアは思わず声に出してしまった。
自らの失策に気付いたものの、時既に遅し。純粋な喜びでキラキラと瞳を輝かせるセレナに興味を持たれてしまったようだ。
相手は、年は、何処であったの、と質問攻めにあう。
その度に、違うから、そういうのじゃないから、と否定しても全く聞く耳を持ってくれない。
すっかり色恋沙汰に興味を持つ年になったのね、と喜べばいいのか辟易すればいいのかマリアには分からない。
思い浮かんだのは、この街で出会った男だ。知っていることなど名前と職業程度でしかないが、気になると言えば気になる。
ただ、それは愛だの恋だの小難しいものではなく、単純に顔を合わせて礼をしたいだけ。
フロンティア事変の最中、何度となく心が折れた。自身にとって不利で厳しい状況そのものよりも、積み重なっていく己の罪には耐えられなかった。
確かな目的へと向かっている筈なのに、築かれる屍山血河。正しい行いのために悪を背負ったというのに、得られるのは混迷するばかりの現実。
彼女でなくとも心も折れよう。果たすべき目的も果たせず、徒に無関係な犠牲者ばかりが積まれていくなど。
それでも、心折れたままであったとしても、目指すべき場所ではなかったにせよ、最後まで走り抜けられたのは、再会を疑わぬ者の声を確かに聞いていたからだ。
もう膝から崩折れて、二度と立ち上がれない。そう思う度に、またなという明日を願う声に手を引かれて立ち上がれた。
(確か、時計屋だったわね。探してみるのも、悪くないわね……)
問い続けてくるセレナをあしらいながら、ぼんやりとそんなことを考える。
再会は難しくないだろう。時計の専門店などそう多くはない。ネットで街の名前と時計屋で検索するだけで確実にヒットする。後は虱潰しに探していけばいいだけだ。
彼は驚くだろうか、嫌な顔でもするだろうか。それとも、ただ優しいだけの笑みを浮かべるだろうか。
世界を上手く回すため、フロンティア事変を起こした犯罪者ではなく、フロンティア事変を終わらせたとされる汚れた英雄になってしまったが、彼の態度はきっと何一つ変わらないだろう。短い出会いであったが、そういう人柄はよく分かった気がする。
今の今まで目まぐるしく変わっていく環境で、考えている暇さえなかったが、こうして思い出してはもう一度会いたいという気持ちがふつふつと湧いてくる。
これは恋……ではないと思う。思うのだが、否定も出来ない。自分でもよく分からぬ気持ちに、もしこれが恋ならチョロい女だこと、と僅かばかりに自嘲する。
しかし、同時に仕方ないとも思う。アレだけ弱りきった自分に優しさから手を差し伸ばし、その後も何気ないはずの言葉が確かな力となってくれた。私がチョロいのではなく、状況とタイミングと相手が悪いと自分で自分に言い訳をしてみる。
「姉さん、此処よ」
「………………」
「こんにちわー」
「ちょ、セレナちょっと待って! 待ちなさい!」
気が付けば、商店街の片隅にある店へと辿り着いていた。
施設育ちのマリアには馴染みが薄い、洋風の佇まい。看板を掲げていないが、扉の横にある窓からは見慣れたものから見たことのない一品まで取り揃えられた時計の数々。
何処からどう見ても時計の専門店である。
今し方まで考えていた男の職業を思い出し、まさかと固まるマリアであったが、セレナは気付いていない様子で軽い足取りで店内へと足を踏み入れてしまう。
何の覚悟も心の準備も出来ていなかった彼女は一歩遅れる形で、妹の後を追う。
そんな偶然、ありえる筈がない。頭で何度否定しようとも、万に一つの可能性が消えず離れない。
「…………そうか、ついに来てしまったか、この時が」
初めて入る馴染みも何もない店だと言うのに、不思議と懐かしさのある内装。
その中で、扉に背を向けて何らかの作業をしていた店主と思しき男が、振り返りもせずにそんな言葉を呟いていた。随分と聞き覚えのある声に、マリアは生唾をごくりと飲み込んだ。
時計修理専用の工具を机に置き、振り返った男は冷や汗を大量に掻きながら、どうにかこうにか刻んだであろう引き攣った笑みを浮かべていた。
「……や、やあ、ほんと久し振りだね、はい」
「い、飯塚 優斗……!?」
「えっ!? 姉さん、優斗さんを知ってるの!? ……ってぇ!?」
(姉さんの気になってる人ってもしかして……!)
(セレナの会って貰いたい人って……!)
「「ええーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」」
仲睦まじい姉妹の絶叫が店内どころか商店街中に響き渡りそうな勢いであった。
よもや、まさか。マリアにとってはセレナが。セレナにとってはマリアが。会って貰いたかった人物が。再び会いたかった人物が。全て同一人物であろうなどとは予想はしていなかった。
唯一、二人の関係を把握できていた優斗だけが、面目次第もないといった表情で椅子から立ち上がっている。
何とか言葉を発しようとしているが、姉妹の口はパクパクと動くばかりで何の音も発していない。発せない。
余りにも出来すぎな偶然、数奇な運命を前にしては、二人の反応も無理はあるまい。互いの顔を見合わせ、同時に優斗の顔に視線を飛ばし、再び互いの顔を見合わせるの繰り返ししか出来ない。
まるで時間が止まったような、地球そのものが静止してしまったような沈黙の中、時計が時を刻む音だけが正確なリズムと共に奏でられる。
その中で店主である優斗は、この状況を打開すべく動き出す。
その場で両手両膝を付いて床に頭を擦り付ける平身低頭、日本における窮極の謝罪、ジャパニーズDOGEZA。なお、彼の場合は土下座の中でも最下位に位置する安さである。常日頃からこういったことばかりしているから有り難みも薄かろう。
「すまん、すまん。オレがもうちょい早く気付いていれば、七面倒なことにはならなかったかもしれんのに。すまぬ、すまぬ」
驚きに固まる姉妹と情けない姿を晒す男という珍妙な光景が展開される店内を、通行人やら商店街の住人達が何事かと覗き込んでいた。
優斗は詳しい話を聞いてはいない。
ただ、マリアと出会った後で、セレナと直接顔を合わせて対面することが出来ず、姉の存在を伝えることが出来なかったのである。
セレナはセレナで病院関係者から情報を意図的に遮断されており、優斗が気付いたとほぼ時を同じくして姉が何をやっているかを知り、魔人製のギアを使ってこの街を離れてしまった。その後は、フロンティア事変の顛末の通り。現れた魔人の導きによってフロンティアへと趣き、事態の収拾に努めたのであった。
まるでボタンの掛け違い。
ほんの少しだけ優斗が気づくのが早ければ、或いはほんの少しだけセレナが気づくのが遅ければ、結果はもっと違うものとなっていたであろうし、または早期に解決していたかもしれない。運命とは、真よくできた織物であった。
時計屋さん痛恨のやらかし――――!