全身無職に改造されたが、今は何とか時計屋やってる   作:ひょっとこハム太郎

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少し前
「一夏の思い出・漆」


 

 

 

 

 

「成程、そういった経緯だったんですね」

「なー? 偶然だろ?」

「偶然にしては出来過ぎだと思います。天文学的確率です。どれくらいになるかなぁ?」

「70億分の1くらい?」

「いえ、総人口だけでなく、他にも色々な要素が絡むので、もっと低いですよ、多分」

「ひぇー。マジで運命だな、こりゃ」

「でも、優斗さんは運命を信じないんですね。確かに、自分で道を切り開く、みたいな感じではありませんけど」

「だって、オレが全身無職に改造されたのも運命になるんだぜ? 酷くない???」

「全身無職に改造されたことは兎も角、病気になるのが運命なら、確かに……すみません、軽率でした」

「そんなに気にしなくていいって。何でも難しく考えるのは、お前の悪い癖だぞー?」

 

 

 マリアと優斗の出会いを聞きながらのコンビニへの道中はあっという間であった。

 おかしな連中に絡まれるということもなく、安全無事に辿り着き、今は買い物も済ませて車が店内へ突っ込んでくるのを防止するためのバリカーの上に、優斗とエルフナインは揃って座っていた。

 花を摘みに行ったマリアをイートインで待っていたのだが、殊の外エアコンが効き過ぎていて、くしゃみをし始めたエルフナインを見かねて外で待つことにしたからだ。

 

 バリカーの上に座っていたエルフナインは、自身の軽率な発言を恥じ入るように俯いた。

 優斗がどのような病に苦しめられたのかは分からないが、患った人間の思うことなど一つと分かる。

 

 ――どうして自分が。

 

 大半は、その一言に集約される筈だ。

 病気とは不摂生によって生じるものもあるが、俗に大病と呼ばれるものの原因は遺伝性であったり、現代の医学では解析不可能であったりと理不尽そのものと言える。

 それを『運命だったから』の一言で他人事のように片付けられては、患った側からしてみれば業腹極まりない。優斗が運命という言葉そのものを嫌うのも頷ける。

 

 しかし、彼は気にした素振りも見せず、自分ばかりを責めるエルフナインの頭に被っていた麦わら帽子を乗せて、そのまま優しく撫で回す。

 熱中症にならないようにと気を遣うと同時に、落ち込んでしまった彼女を励ますような仕草。それだけで、エルフナインがはにかんだように笑ったのは、彼の人柄の為せる技であった。

 

 

「しっかし遅いなぁ、マリア。何やってんだか」

「駄目ですよぅ。女性は身嗜みに気を使うんですから」

「おっ、言うねぇ。エルフナインも、そういう時期が来るのかねぇ」

「むむ。やっぱり優斗さんはデリカシーがありません。ボクだって身嗜みにはちゃんと気を遣ってます。ほら、おさげだってエビフライみたいで可愛いでしょう?」

「…………ちょっ、とぉ……オレに、そのセンスは理解できないかなぁ……?」

「えー」

 

 くせっ毛を纏めたせいなのか、首の後ろでひょこひょこと跳ねる三つ編みをドヤ顔で見せつけくるエルフナイン。確かに太さから曲がり具合までエビフライに見えないことはないが、優斗は首を傾げながらに答えた。

 可愛い、という点には概ね同意するが、彼の頭の中では可愛いとエビフライはどう頑張っても繋がらない。彼女の独特過ぎる感性に、同意するか否か迷いに迷った挙げ句、結局は同意できなかった。

 

 同意を得られなかったエルフナインは、信じられないという表情を向けてくる。

 自身の感性を疑わない在り方は年相応である。幼子特有の独特さは、歳を重ねた青年には理解し難かったが、愛らしく映る。目尻を緩ませて、何かを懐かしむように微笑んだ。

 

 その優しい笑顔に、エルフナインはふとした疑問が浮び、特に深く考えることなく疑問をそのまま口にしていた。

 

 

「そう言えば、優斗さんの御家族はどうされているんですか?」

「……………………っ、あー、」

「あっ……ご、ごめんなさい。急に……」

 

 

 何処となく年下の扱いに慣れている雰囲気は予てから感じていた。

 事実、切歌や調は優斗を兄のように慕っているし、エルフナインは出会って間もないと言うのに、兄がいればこのような感じなのだろうか、と思っている。

 

 だから、今まで一度も見たことのない彼の家族に関して、触れてしまった。

 

 瞬間、優斗からありとあらゆる表情が消え去った。

 まるで人形のような――――いや、人形の方がまだ人間に近い無表情、と言った方が正しいかもしれない。

 今まで彼の顔に嫌悪など感じたことは一度もなかったエルフナインであったが、本能的に湧き上がってきた怖気に小さく悲鳴を上げそうになったほどだ。

 

 優斗もまた彼女の瞳に浮かんだ恐怖の色を見て取り、己の失敗を悟る。

 先程までの無表情は何処へやら、困り顔を浮かべて目を泳がし、次の言葉を選んでいるらしく、唸りとも取れる言葉にならない声を上げて誤魔化している。

 

 エルフナインもまた、失敗だったと慌てふためいていた。

 普段の彼に似つかわしくない表情は心臓に早鐘を打たせるほど。まるで今まで喋っていた人物がいきなり別人へと変じてしまったかのような不安感だった。

 すぐにいつもの彼に戻ってくれた安堵はあったものの、それだけの表情の変化は触れられたくない質問だと嫌でも理解させられる。不用意が過ぎた自分自身への叱責から既に泣きそうである。

 

 

「あー…………何だ。実を言うとな」

「あ、あの、無理に話して頂かなくても……」

「無理じゃないよ。それにこのまま話さないじゃ、お前が悪いみたいじゃないか」

 

 

 あくまでも気軽に。或いは、気を遣うように。

 相手の領域に踏み込んで、傷つけてしまうことを恐れているエルフナインを諭すように、いつもの優しい笑みを浮かべて語りかける。 

 

 別段、彼は傷ついてもいなければ、不快にも思っていない。

 家族の話などそれが自慢にせよ、愚痴にせよ、誰もが口にする類の話題。単に、不意を打たれただけに過ぎない。

 悪かったのはエルフナインの方ではなく、心の準備が出来ていなかった彼の方。それを認めているからこそ、固辞を押しのけて語り出した。

 

 

「全身無職に改造された後の話な?」

「は、はぁ……」

「退院の日になっても、だーれも迎えに来てくれなくてな。なんで? とか思いながら家に帰ってみたら、なんか更地になってた」

「え? えーーーーーーーーーーっ!?!?」

「そういう反応するよな。なんかオレ、家族にポイされちゃったみたいでね???」

「優斗さん言い方ァ!!」

 

 

 コンビニからお気に入りの惣菜パンが姿を消しちゃってさ、くらいの口調で、クッソ重い話を展開されてエルフナインは困惑に陥ってしまう。

 それが嘘か真かを判断する術はなかったが、少なくとも彼女の感覚ではどう考えても気軽な口調で話す内容ではない。言い方から何から軽過ぎる。奏が言っていた通り、この温度差は確かに風邪を引きそうだ。

 

 え? え? と困惑し続けるエルフナインを尻目に、優斗は自らの過去を変わらぬ口調で語る。

 

 どうやら彼は里子だったらしい。

 生まれてすぐに親に捨てられ、児童養護施設で育った後、運良く子宝に恵まれなかった里親に引き取られた。

 しかし、それから一年程で里親の間に実子が生まれてしまう。血の繋がらぬ子供よりも血の繋がった子供の方が可愛く思い、優先するのは生き物の本能である。その時点で里親にとって彼の価値は喪失した。

 その瞬間から、彼は透明人間になったのだと言う。確かにその場に存在しているにも関わらず、構って貰うこともなく、会話もなく、最低限生活の面倒を見て貰うだけ。居ても居なくてどちらでも構わない――――いや、さっさと居なくなって欲しい存在だったに違いない。

 それでも彼の性格が歪まなかったのは、持ち前のコミュ力で友人が多かったことと、引き取った責任を果たさない里親であったとしても、少なからずも感謝と受け取った愛情があったからだろう。折り合いも悪く、手を取り合うこともなく、絶対的な不干渉という前提こそあったがそれなりに生活は回っていたようだ。

 

 

「生まれた弟も可愛くてなぁ。お前みたいに素直で良い子だった。家ン中じゃ、親の目があったからあんまり話せなかったが、外だと一緒に遊んだりしたよ…………今、何してんのかねぇ」

「探したりは、しないんですか……?」

「当てがなぁ。もう10年近く前だし、当時は身体一つで放り出されて生きるのに必死だったから情報がなーんもねぇ。それに今更会ったって上手くいくとも思えないし、今の生活もあるからな」

 

 

 遠い目をして蒼く澄み渡った空に視線を飛ばす。その横顔は憎しみとは無縁で、ただ過去を懐かしんでいる。少なくとも、エルフナインの目にはそう映った。

 

 人は苦難を乗り越え、成長し、前に進む生き物だ。

 貴方が居なければ生きていけない、アレがなければ生きていけない、などと嘯いたとしても、実際にそうなってしまって自殺することはあっても自然死することはない。

 どうしようもない喪失感に襲われたとしても、胸に穴が空いたままだとしても、人は前に進む。進むしかない。報酬も見返りも求めずに、失敗も後悔も恐れずに遮二無二なって進み続ける他はない。

 

 少なくとも、彼女の周囲は皆そうだ。他者に傷つけられた過去を持つ響、他者と手を取り合うことを恐れて傷つけてしまったマリア。皆、大なり小なり失うものがあり、それでもなお俯くことなく前へ前へと一歩ずつ踏み出している。

 大切な半身であり、大切な家族であるキャロルであってもそうだった。例え、道を間違えたとしても、その歩みは前へと進むためのもの。時に立ち止まる必要は認めるが、立ち止まり続ける理由にはなりはしない。

 

 

「ま、悪いことばかりじゃなかったよ。死ななきゃ安い、生きてるだけで丸儲けってのも学べたし、先代の爺さんやお前等にも出会えたし、何とかやっていけてるからな」

「今は立派な…………立派な? …………時計屋さん? ですよね?」

「其処は時計屋って言い切ってくれない???」

 

 

 優斗の語り口と雰囲気のお陰か、エルフナインは気に病むことなく話題の転換についていけていた。

 彼自身、人の踏み込まれたくない領域を嗅ぎ分ける天性の嗅覚を持っているが、それはそれとして踏み込まれたくない領域へと踏み込んでいく必要性は認めているのだろう。一概に間違いとは言えない。人を知るには相手が何に怒るのか、何に触れられたくないのかを知るのが一番の近道だから。 

 そうして、互いに傷つけあいながら理解していけばいい。痛みも教訓もなく人は成長しないように、人間関係でも同じことと信じているから。

 

 それはそれとして、エルフナインの顔面は疑問符だらけになっていた。

 当然だろう。時計屋としての仕事は確かに熟しているのだが、それ以上に修理屋としての仕事の方が目についてしまう。何でも御座れで修理してしまうのなら、時計屋ではなく修理屋だ。尤も、修理はそれぞれの製品によって専門的な知識が必要になる場合が殆ど。何でも直してしまうのはそれはそれで異常ではある。

 

 

「何となくなぁ。何となく分かるんだよ、その物の直し方とか動いている理屈が」

「………? どういうことですか?」

「全身無職に改造される前は、単に手先が器用なだけだったんだけどな……爺さんは、創造物の本質を掴む力、とか言ってたっけ?」

 

 

 エルフナインの不思議そうな顔に、優斗は自らの秘密、そして時計屋の傍ら修理稼業も続けていられる理由を打ち明ける。

 

 彼曰く、物の外観や中身を見ただけで、創造者の理念、設計者の思想が理解できるのだという。

 それだけではない。構成された材質、制作のための技術、成長に至る経験、使用された理論、蓄積された智慧までもが何となく理解できてしまうらしい。

 彼自身、言葉では説明できないが、本質的に理解は出来ている。恐ろしいのは、それが職人の手掛けた一品物ばかりではなく、大量生産品の内の一つであっても変わらないらしい。

 

 一つの創造物にその分野のは技術体系全てが込められている。

 先代曰く、創造物が作成されるまでに込められた技術を観察し尽くし、更には創造者に共感することによって知識と経験までも理解するのだとか。

 

 

「そんなこと、出来ちゃうんですね……」

「おや、信じるのか? こんな超能力みたいな与太話」

「人にはまだまだ未知な部分がありますから。命の危機に瀕して、未知の領域が拓けることもあるかもしれません。それに、優斗さんはつまらない嘘を吐く人ではないですから」

「…………そっかー。気味悪がられると思って他の連中にも話してないから、これはオレとお前だけの秘密な?」

「ひ、秘密ですか。これは気をつけなくては……!」

「そんな気負わなくてもいいけどな」

 

 

 優斗が秘密を語ったのは、自分を信頼してくれたからと解釈した彼女は、フンスと鼻を鳴らして気合を込めた。元々生真面目な性格の上、この様子なら言い触らすことはないだろう。

 余りに気合が入り過ぎている様子は優斗にしてみれば面白かったのか、キリっとした横顔を眺めながらくつくつと笑っていた。

 

 ちょっとした秘密を打ち明けることで、両者の距離がぐっと縮まる。

 年が離れているという点さえ除けば、世界の何処でも展開されている光景――――その時までは。

 

 

「――ちょっと、いいかな?」

「え?」

「は?」

 

 

 仲睦まじく話していた二人の背後から近寄る黒い影。

 いきなり声を掛けられた二人が振り返った先で見たのは、日本では一目で相手の属する組織の分かる制服を纏った男が二人。

 

 片方はまだ若く、年齢は二十代の前半ほどの新人だろう。

 もう一方は、歳を重ねて仕事も人生の理不尽にも慣れてきた三十代後半のベテラン。

 

 薄手の青いシャツに、紺色のベスト。被った帽子と胸には特徴的なバッチが取り付けられている――――もうお分かりだろう、警察官である。

 両者ともに野獣の如き強い眼光を放っており、よくよく見れば主婦と思しき女性達が遠巻きに優斗とエルフナインを眺めながらヒソヒソと話していた。

 

 何故自分達が警察に声を掛けられているのか全く理解できていない二人は、ポカンと口を開けるばかりで危機感というものがまるでない。

 

 

「実は先日、この辺りで変質者が出たんだよ。幸い、被害者には被害はなかったが、ちょうどその子くらいの年でね。背格好が君によく似ていたという目撃情報がある。それで先程、通報があったんだ」

「あーはん? なるほどぉ……なるほど、ナルホドぉ…………………………ち、ちがうんですよ?」

 

 

 ベテランからのざっくりとした説明でも、優斗は自身の置かれた立場を瞬時に理解した。理解したものの、咄嗟に出てきたのは毎度お馴染みの台詞だけであった。

 頭の中では、その時に自分は此処にはいなかったやら、別の街で仕事してましたやら、この子は単なる知り合いですやらと様々な言葉が駆け巡っていたが、証拠がない以上は言い訳にしかならず、喉から飛び出してはくれなかった。

 

 但し、唯一飛び出た台詞もまた言い訳臭い。警察官の眼光が更に強まり、もはや優斗は泣きそうだった。

 

 

「ま、待って下さい!」

「え、エルフナイン……!」

 

 

 その時、警察官と優斗の間にエルフナインが割って入る。

 これまで受けてきた恩と信頼に応えるべくという強い思い。更にはこの場で優斗を救えるのは自分だけという使命感が彼女を突き動かしていた。

 

 両手を多く広げた彼女の背中を見て、またしても泣きそうになる優斗。

 子供だと思っていた子が立派に成長している様子を目にした親戚の叔父さんのような心境であった。

 

 

「優斗さんは、えっと……そのぉ……」

「え、エルフナイン、無理しなくていいからな……!」

 

 

 だが、エルフナインの奮闘も其処までだった。

 警察官が向けてくるのは紛うことなき正義感と弱者である君を救わなければならないという強い職業意識である。

 あくまでも使命感に突き動かされた彼女であったが、相手が納得できるであろう説明を残念ながら用意できておらず、気圧されるばかり。

 

 優斗は危惧していた。エルフナインが自分に不利な証言をするとは思えないし、疑ってもいない。

 だが、言葉というものは難しい。一つのアクセントの違いで、本来の気持ちとは全く別の受け取られ方をされてしまうもの。不用意な発言にさえ。今は注意を払わねばならない……!

 

 

「優斗さんは……優斗さんは、いい人です! (とても性格の)いい人なんです!!」

「「(恋人的な意味で)いい人ぉ!?」」

「あ゛あ゛ァア゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛あ゛ァ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ァ゛ァ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 

 

 此処に、バラルの呪詛により、統一言語を奪われたが故の悲劇が生まれた。いや、喜劇か。

 

 普段は賢く語彙力もあるのだが、追い詰められて語彙力が低下してしまったエルフナイン。

 エルフナインの言い分を全く見当違いの方向に受け取ってしまう警察官達。

 そんな中、冷静でこそなかったが、瞬時に自分の立場が更なる悪化の一途を辿っている事実に気付いて膝から崩れ落ちる優斗。

 エルフナインの言葉が届いたのか、ヒソヒソからザワザワと声量の変わる主婦達。

 

 当事者ではなく傍観者でかつ全体像を把握している者にはこれ以上ない喜劇であり、優斗とエルフナインにとっては悲劇であり、警察官と主婦達には勧善懲悪の物語であった。

 

 

「ち、ちがうんです! ちがうんですよ!?」

「…………この児ポ法抵触下衆野郎が」

(そこまでいう!?)

「おい、止めろ。まだ決まりじゃないだろう――――それはともかく、駐在所で詳しい話を聞かせて貰おうか……!」

(これもうだめだ。たいほしちゃうぞモードにはいってる……)

 

 

 持ち前の正義感故にだろう。口汚く罵ってくる新人とそれを抑えるベテランの構図。

 しかし、ベテランの目もまた悪を憎む正義の炎で燃え盛っている。その瞳と増す一方の威圧感に、逃さねぇからな、絶対逃さねぇからな!! という強い意志を感じざるを得ない。

 

 論理的ではない弁解の言葉など、相手に届く筈もない。

 新人さんによる全く見当違いの罵倒は、そんな風に見えるんだオレ、と優斗の心に深い傷を負わせた。真正のロリコンでもなければ誰とて心に深い傷を負うだろう。

 

 それでもなお優斗は諦めきれず、救いの主を探し求める。

 冤罪で逮捕されるなど御免被る。況してや、本当の犯罪者が野放しになってしまうではないか。このままでは自分自身の生活とこの近隣の青少年達の健全な育成が脅かされてしまう。心根は立派で人間的なのであるが、自己救済に走らず他人に助けを求める辺り、情けなさの極みである。

 

 ――――それでも天に願いが通じたのか、救いの主が瞳に映る。

 

 すっきりした様子で、薄い化粧も髪型もバッチリ決まったマリアがコンビニのトイレから現れた。

 優斗とお話一杯できちゃった、と中学生の片思いのような気分なのか、それとも夜の酒盛りが楽しみなのか。兎も角、るんるん気分で鼻歌を歌いそうな勢いなのは間違いない。

 しかし、窓の外で展開されている光景を一度見て目を逸し、目を見開きもう一度視線を向けてバッチリ優斗と目が合った。綺麗な二度見であった。

 

 

(何やってるの貴方!?)

(たすけてください)

 

 

 この時ばかりは、相互理解を阻むバラルの呪詛も意味をなさなかったらしい。

 共に兄、姉という立場。グループの年長者という立場。或る意味でもっとも近しい二人である。後の会話では、言葉もないままに相手の言いたいことが完璧に理解できたそうだ。奇跡である。

 

 優斗の声なき声を聞き取ったマリアは、サンダルのヒールを折る勢いで店内を駆けた。

 リノリウムの床を踏み抜かんばかりの力強さ。最初の一歩は、弦十郎の震脚を彷彿とさせる。

 あっという間に店の自動ドアに辿り着き、勢い余ってマットですっ転びそうになったものの、今や一流エージェントとしてもやっている才女には何の障害にもなりはしない。ドアの開く遅さにもどかしさすら感じながら外へと飛び出して――――

 

 

「あっ、やっぱりマリア・カデンツァヴナ・イヴだ!」

「ファ、ファンです! 結婚して下さい!」

「いや、サインだろ。何言ってのお前。結婚ならオレもして欲しいし!!」

「ちょ、ちょっと貴方達、そ、そういうのは後に……」

(やくにたたねぇ……!)

 

 

 ――――ファンと思しき野球少年達に囲まれてしまう。

 

 残念ながら、奇跡が置きたとして救済に至るとは限らない。奇跡とは必ずしも良い方向で世に出るわけではなく、救済に繋がっているとも限らない。何だか悲しいね。

 

 今の今まで優斗を助けられるのは私だけだ、と意気込んでいたマリアの心はパッキリと圧し折られた。

 何せ、彼女のトラウマを直撃している。かつてフロンティア事変の折にウェルが口封じした一般人は、部活帰りと思しき野球少年であったのだ。

 心優しい彼女に、自分を慕う者を押し退けることも出来る筈はなく、トラウマも相俟っておろおろと諌めようとしているのだが、野球少年達の興奮した様子に圧倒されるばかり。

 

 もう事態は好転しないのだ、と受け入れた優斗の目は死んだ魚の如く濁っていた。

 

 

 こうして、変質者プラス児ポ法抵触の疑いをかけられた優斗はあえなく誤認逮捕される直前にまでいった。

 が、野球少年達にサイン握手ウインクを要求される中、弦十郎に助けを求めたマリアの少し遅いファインプレーにより、該当区域の警察上層部へと連絡が入り、誤解が解けて何とか収束するのであった。

 

 なお、S.O.N.G指令とその右腕、及び信頼厚いオペレーター達から発せられた言葉は如何のようなものであった。

 

 

『……また、だったなあ。オレはこういうことで権力を使ってしまうのはどうかと思うんだが、皆が世話になっているからなぁ』

『……また、でしたね。今度、怪しまれない立ち居振る舞いを伝授しましょうか?』

『……またかよ。お前、いい加減にしろよ?』 

『……また、なのね。おかしいわよね、何もおかしいことしてないのに』

『何時も助けてくれるのは有り難いけど、その反応止めてくれない???』

 

 

 

 

 





持つべきものは、権力を持った友人――――!
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